2019.02.15

大衆酒場とまちの行く末。

「お酒は何にしましょう?」と、大将が尋ねる。お店には日本酒が40種類以上。そのうちでも一番人気だというのが、カウンターの奥に鎮座している菊正宗の樽酒だ。お客の「いいねえ、まずはそれを一本!」という声が響き、心地よいざわめきが酒場に満ちていく。樽酒は5日前後で空になるという。

そんな愛すべき大衆酒場、昭和14年創業の日本橋〈ふくべ〉に、“若手飲酒シーンの旗手”という異名を持つコラムニストが座っていた。数々の名店を紹介する新世代の書き手、パリッコさんだ。「古い大衆酒場にいると、まちの見え方が変わってくる」とパリッコさんはいう。私たちが見逃しがちなまちの変化を、今日もパリッコさんは盃を傾けながら眺めている。

(撮影:河内彩)

F.I.N.編集部

くさやにイカ刺し、……酒飲みにはたまらない肴を〈ふくべ〉さんにご用意いただきました。どうぞ日本酒を飲みながら、話をしていただければ。

パリッコさん

すみません、ではまず一口……ああ、おいしいですねえ(笑)。

F.I.N.編集部

パリッコさんにオススメいただいた、こちら〈ふくべ〉さんですが、二代目の大将のお話ですと、今年で創業80年。以前のお店は東京大空襲で焼けてしまい、昭和25年に近くで再開して、そこから移ったこの建物は昭和39年からのものだそうですね。

パリッコさん

30年以上現役だという一升枡がすごいですよねえ。使い込まれて丸まって……もはや球体に近いですもんね。

F.I.N.編集部

一合一勺(しゃく)入るという徳利は特注だと、大将がおっしゃってましたね。

パリッコさん

お客さんにきちんと一合、たっぷり飲んでもらいたいという心意気なんですよね。大衆酒場から未来を考えるというテーマなら、こうした文化遺産のようなお店を紹介したいと思ったんです。古い酒場は、再開発であるとか、あるいは後継ぎがいないという問題でお店を畳んでしまうことも多いのですが、こちらは三代目もお店に立たれていて。ずっと続いてほしいですね。

F.I.N.編集部

そもそもパリッコさんはお酒を嗜まれるようになってから、すぐに大衆酒場の世界に飛び込んだのですか。

パリッコさん

いえ、30歳ころまでは、新しいお店やチェーン店で騒ぐような飲み方をしていたんです。それに飽きた時、フラッと高円寺の焼き鳥屋〈大将〉に入ったら、値段も安いし、居心地もよくて。そこから10年ぐらいかけて、だんだんと好きになっていきました。ハマっていくと、〈ふくべ〉の大将は、僕にとっては芸能人のような憧れの存在なんですよ(笑)。

F.I.N.編集部

大衆酒場は、何が一番の醍醐味なのでしょうか。

パリッコさん

一番の魅力は、“非日常感”ですね。たとえ地元であっても、入ったことのない酒場に足を踏み入れると、途端に旅行に来たような感覚になります。いつも過ごしているまちとは違う場所にいるような気がして楽しいし、それが居心地いい。初めての店の暖簾をくぐるワクワク感が大好きですね。そしてひとしきり飲んで外に出ると、またいつものまちがそこにある。ちょっとの間、非日常の空間に行っていた面白さが、刺激や癒しになっているんだと思います。もちろん、そこから徐々に常連になって、第二の家のようになっていく楽しさもありますね。

F.I.N.編集部

若い世代が年配の常連ばかりの酒場に入っていくのは、物怖じしませんか。

パリッコさん

意外と大丈夫ですよ。自分勝手な振る舞いをせず、最低限のマナーを守っていれば、特に浮くこともありませんから。僕もふだんは、特にインターネットで調べることもせず、フラフラとまちを歩いて、気になったお店に入っていっています。特に自分から常連さんに話しかけることはしないのですが、どこかの会社の社長さんと、自分は社長だと言っているけど絶対にそうじゃなさそうな人がカウンターに並んで飲んでいたりすると、とてもいいなあと思います(笑)。

F.I.N.編集部

大衆酒場ならではのフラット感がありますよね(笑)。でも、古い酒場は、気づくとなくなってしまっていることもありますよね。

パリッコさん

そうですね、自分が好きだったお店も次々となくなってしまって……もちろん、それぞれの老舗が長く続いてほしいと願っています。ただ一方で、「絶対に保存しなきゃ!」と主張する気にはなかなかなれないんです。まちは変化するものですし、寂しいけど、仕方がない側面もある。横浜の野毛には「都橋商店街」という飲み屋街があります。1964年の東京オリンピックの時、そのあたりにあったお店を川沿いの二階建ての建物にギッシリ詰め込んだものですが、今では逆に味わいがある。そうした何十年といったサイクルで、まちは変わっていくのかな、と。

F.I.N.編集部

老舗を愛しつつ、新たな変化も同時に酒場から眺めていくわけですね。

パリッコさん

最近は「ネオ大衆酒場」と呼ばれるような、老舗の大衆酒場を愛する若い世代が開いたお店も増えているんですよ。

F.I.N.編集部

オリジナルな煮込み豆腐も有名な中野の〈コグマヤ〉さんといったお店がありますね。

パリッコさん

そうなんです。少し前は昭和レトロなお店が流行りましたが、あれとはまた違う。古い大衆酒場を愛し、一方で自分の持ち味も出していく、研究熱心なお店が出て来ているんですね。〈コグマヤ〉さんの煮込み豆腐も、東京の老舗風なところと、名古屋のドテ煮を合わせたような、自由な発想の一品ですし。そうしたお店がまた、何十年後に老舗になっていくはずです。頼もしいですよね、「任せた!」というか……どの立場から言っているのかわからないですけど(笑)。

F.I.N.編集部

〈ふくべ〉さんのような老舗と、新たな老舗候補。大衆酒場から見える世界は奥深いですね。それはそうと、もう一杯いかがですか?

パリッコ

すみません、じゃあ……ああ、本当においしいですねえ(笑)。皆さんも一杯いかがですか?

Profile

パリッコ/酒場ライター

DJ/トラックメイカー/漫画家他。FUNKY DANCE MUSIC LABEL「LBT」代表。酒好きが高じ、雑誌、Webなどの媒体で居酒屋に関する記事を多数執筆中。著書に『酒場っ子』、『晩酌百景』、『酒の穴』など。

〈ふくべ〉

東京都中央区八重洲1-4-5

営業時間:

月〜金 16時半〜22時45分(ラストオーダー:22時15分)

土 16時半〜21時45分(ラストオーダー:21時15分)

定休日:日曜、第2・第4土曜

*日本酒 升一合 650円迄

なぜ、人は大衆酒場に心惹かれるのか。気軽に体験できる「非日常感」を求めて、人は大衆酒場の暖簾をくぐるのですね。魅力的な空間であるために、百貨店をはじめとする小売業もお客様が求める「非日常感」を提供できるようになったほうが良いのではないか?そんなヒントをパリッコさんのお話から得ることができました。

(未来定番研究所 菊田)