若い作り手たちの、これまでとこれから。<全3回>
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2018.12.11
未来を仕掛ける日本全国の47人。
毎週、F.I.N.編集部が1都道府県ずつ順番に、未来は世の中の定番になるかもしれない“もの”や“こと”、そしてそれを仕掛ける“人”をご紹介します。今回取り上げるのは、三重県の鈴鹿市。「和える」代表の矢島里佳さんが教えてくれた、伊勢型紙職人の那須恵子さんをご紹介します。
この連載企画にご登場いただく47名は、F.I.N.編集部が信頼する、各地にネットワークを持つ方々にご推薦いただき、選出しています。
100年先の未来に向け、伊勢型紙の心を丁寧に伝える人。
三重県鈴鹿市の限られた地域でのみ伝承され、千年以上もの長い歴史を誇る「伊勢型紙」。これは友禅染や小紋などの型染めに用いるためのもので、和紙を加工した紙(型地紙)に彫刻刀で文様や図柄を丹念に彫って作られる伝統工芸品です。この高度な技術と鍛錬、根気が必要になる職人の世界に那須恵子さんは自ら飛び込み、「100年先も染め手を支え、型紙で心を伝える」ことをモットーに技術を磨くのはもちろん、型紙の魅力を伝えるべく幅広い活動を続けておられます。推薦してくださった矢島さんは、「那須さんは、年配の職人さんたちも将来を期待する、伊勢型紙界の若手ホープ。地道に産地で粘り強くお仕事をされている姿勢に未来の可能性感じます」と太鼓判。那須さんにお話を伺ってみます。
F.I.N.編集部
こんにちは。本日はどうぞよろしくお願いします。
那須さん
よろしくお願いします。
F.I.N.編集部
まずは、三重県の鈴鹿市について教えて下さい。どんな土地ですか?
那須さん
三重県は、山にも海にも面したとても豊かな土地です。特に、自分の出身が海のない岐阜県だからか、開放的な雰囲気がとても住みやすく感じています。それに伴い、みんなの気持ちものんびりしているところがありますね。おおらかな人が多いです。
F.I.N.編集部
穏やかな土地なんですね。那須さんが取り組まれている「伊勢型紙」とは、そもそもどういうものなんですか?
那須さん
伊勢型紙とは、伝統的な染色道具です。和紙を柿渋で3枚ほど貼り合わせて丈夫にした型地紙と呼ばれるものに、様々な技法で彫刻を施し、それを使って着物や浴衣、さらには紙や革などを染めます。かつては焼き物の器の模様をつけるのにも使われました。私はその中の、彫る作業に従事しています。
F.I.N.編集部
緻密で繊細な作業とお見受けします。もともと岐阜のご出身とのことですが、そもそも伊勢型紙を知ったのはどんなきっかけだったのでしょうか?
那須さん
私はもともと印刷会社で働いていました。業務の中で、紙を切って絵を描く作業があり、その時間は、いつも没頭できて楽しかったんです。会社を辞めた時にも、漠然と、もっと手作業を突き詰められる仕事がいいなと思っていました。そこで安直に、「伝統工芸の仕事だったら手作業で、かつとことん没頭して取り組めるのでは」と思い、様々なものづくりを調べていく中で出会いました。
F.I.N.編集部
伊勢型紙を初めて見た時、どんな風に感じられましたか?
那須さん
もともと着物が好きで模様が好き、紙を切ることが好きだったので、それを全部網羅しているということもあり強く惹かれました。また何と言っても、一目見た時に、凄まじい技術だなと。これが人間の手でできることなんだということに衝撃を受けるとともに、つい、そのスキルを自分も手に入れられたらという好奇心が湧いてきて(笑)。思い切って飛び込んだのが2010年のことです。
F.I.N.編集部
大きな決断でしたね。実際に飛び込んでみて、思い描いていたのとギャップはありましたか?
那須さん
始める前のイメージは、ひたすら机に向かって、閉じこもって黙々と仕事をすると思っていたのですが、実際には少し違いました。というのも、もちろん技術を高めるためには黙々と練習することが必要なのですが、それと同時に伊勢型紙の需要を高めていく仕事も必要だったんです。伊勢型紙は、年々需要が少なくなっている産業。生涯の仕事にしていくためにも、なんとか産業として元気づけていかなければいけず、”伊勢型紙の仕事を作ること”も大事な要素でした。なので、技術を磨くだけでなく、イベントに出て接客をしたり、何かワークショップをしたりすることも多く、そう考えると、少し思っていたのとは違うなと思います(笑)。
F.I.N.編集部
確かに職人さんと言うと、籠ってひたすらに作業をするイメージがあります。
那須さん
そうですよね。基本的に私は人前に出ることがあまり得意ではないんですが、それを嫌がって、逃げて、諦められるほど、中途半端な気持ちで伊勢型紙の道に進もうと思ったわけではないんです。伊勢型紙を背負えば人前にも立てるし、説明もできる。“型地愛”だけは十分あるので、表に出ることも楽しむくらいの気持ちで向き合っています。
F.I.N.編集部
苦手も前向きに捉える、素晴らしい姿勢です。人々に伊勢型紙のことを伝える時に、意識していることはありますか?
那須さん
伊勢型紙とは言っても今の時代、他の技術でいくらでも見た目に相違ない完成品が作れる状況ですし、デザインだけが一人歩きすることもあります。ですが、伊勢型紙の基盤にあるのはあくまでも彫る技術。その上で、特有のデザイン、染めた後の風合いがあるので、伊勢型紙だから出せる魅力を訴えることは心がけていますね。逆に、それがなければ特段この技術を残していく意味もなくなってしまう。手作業でこうしたデザインが施せることに興味を持ってくださる方には、一生懸命お話しています。
F.I.N.編集部
那須さんは、「常若(とこわか)」のメンバーとして、他の伝統工芸の若手たちと繋がり、ともに活動をされていますね。
那須さん
はい。常若というのは、三重を拠点にする活動する伝統工芸の若手職人たちのグループです。私は現在のメンバーの中では最後に入りました。職人の仕事は、始めた頃が一番大変。親方とマンツーマンの空間で、誰にも悩みを相談できない中、たとえ異業種でも職人同士だったら、悩みにともに向き合い、共有し、もっと楽しく修行ができるようになるのではというところを発端に始まったと聞いています。
F.I.N.編集部
那須さんはどんなきっかけで参加することになったのでしょう。
那須さん
若手の職人さんでグループを作って活動をしている。しかも、様々な工芸の人たちが集まり一緒になって活動しているというのを聞いて、きっと若手なので同じ苦労を抱えているだろうとか、伝統工芸を広めていく活動に協力して取り組めたら、きっと効果があるだろうという思いで話を聞きに行ったのがきっかけです。ちょっと様子を見ようと思っただけだったのですが、「一緒に活動を始めるなら今だよ」と誘われ、「あ、じゃあお願いします」と流れで入ることになりました(笑)。
F.I.N.編集部
いずれの産業も高齢化が進む中、若い力を合わせることができる機会は貴重ですよね。実際に入られて、一緒に活動をしていくメリットはありますか?
那須さん
もう、良いことずくめですね(笑)。ひとりではなかなか届かない相手にもPRできるし、私が不得意とするようなことを補ってもらえることもある。もちろん、私が得意なことで誰かを助けられることもあるし、お互いの得意分野を発揮して、一人よりも大きい力で動いていけることは何よりものメリットです。
F.I.N.編集部
持ちつ持たれつ活動されているということでしょうか。他の多くの地域でも、伝統工芸を未来に継承していくことが課題になっています。少しでも糸口を見つけるためには、那須さんはどんなことが必要だとお考えですか?
那須さん
未来に残すどころか、今は自分が死ぬまでこの仕事ができるかどうかも怪しい状況です。でも、続けるためには、高い目標を持たないといけないと感じているので、自分の活動のモットーとして「100年先も染め手を支え、型紙で心を伝える」を掲げ、常若のようなグループみんなでPRをすることに力を入れています。年配の職人さんからは、若い頃は真面目に修行をするべきだという意見もあります。その意見もよく分かりますし、本当はそれが一番だと思うのです。でも今はただ黙って良い仕事をするというだけではなかなか世の中に見つけてもらえない時代になっているといのも正直なところ。一般の人と伝統的なものづくりの接点がなくなってきている中では、情報発信をしていくことはすごく大事だと考えています。知ってもらわなければ、存在しないも同然。遠慮しすぎて黙って潜んでいるというよりかは、恥を忍んで、胸を張って、情報発信をし、知ってもらうことが大事だと思います。そういうところで、若手が産業全体にもっと貢献できれば良いと思いますし、産業全体を元気にしていきたいなと思います。
F.I.N.編集部
那須さんをご推薦くださった「和える」の矢島里佳さんのような、職人ではない外からの若手の視点というのもキーになってきそうですね。
那須さん
そうですね。学ばせていただいていることはすごく多いんです。矢島さんとの出会いは、三重県が開いたものづくりのセミナーがきっかけ。私は伊勢型紙を説明する代表として招聘されていき、参加していた矢島さんとのご縁ができました。その時、伝統工芸や手間のかかるものづくりの良さは何なのかということや、一般の人からどういう風に見られているのかということをたくさん教えていただきました。一度内側に入ってしまうと、自分の技術を高めることばかりに目が行き、視野が狭くなりがちなのですが、伝統工芸は芸術ではなく産業。人が求めるものを作るにはどうするべきなのか、私たちは本当の魅力はなんなのかということを外の視点をいただきながら、自分たちが理解し、それを生かしていけるということが大事だと思っています。
F.I.N.編集部
様々な立場の若い力を合わせれば、伝統工芸の未来も変わるかもしれませんね。本日はありがとうございました。
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