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街の一角が変わると、その場で行われる営みが変わり、人々の流れが変わり、街自体が変わっていきます。そんな変化の真ん中にある空間や建物を紐解いていくと、未来の街並みが見えてくるかもしれません。この連載では、街の未来を変えるようなポテンシャルを持った場所を訪ね、そのデザインや企画を担当した建築家やディベロッパーがどのような未来を思い描いているのかを探っていきます。
本州からフェリーで3時間ほど。島根県隠岐諸島に位置する小さな町・海士(あま)町は、ユネスコ世界ジオパークに登録された地。その入口にジオ・ミュージアム兼ホテルとして誕生したのが〈Entô(エントウ)〉です。島の大地に呼応するように佇む建築は、一体どのようにして生まれたのでしょうか。設計を手掛けた〈MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO〉の原田真宏さんと原田麻魚さんの言葉から、その哲学を紐解きます。
(文:片桐絵都/写真:Ken’ichi Suzuki/サムネイルイラスト:SHOKO TAKAHASHI)
Entô
用途:ホテル
所在地:島根県隠岐郡海士町福井1375-1
施工年:2021年
延べ床面積:約5666.21㎡
設計:MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO
島をまるごとホテルとみなす
F.I.N.編集部
〈Entô〉のプロジェクトに携わるようになった経緯を教えてください。
真宏さん
始まりは海士町が主体となったオープンコンペです。2013年にユネスコ世界ジオパークに登録されたのをきっかけに、海士町では自然と観光を軸に地域を活性化する構想が動き出しました。コンセプトは「島全体を1つのホテルに見立てる」というもの。ただ、島にあったホテルは老朽化した国民宿舎のみ。そこで海外のラグジュアリー層の来島も視野に入れ、本館の改修と別館の建て替え計画が立ち上がりました。これが〈Entô〉のプロジェクトの始まりです。
ジオパークの拠点施設として建てられた〈Entô〉は、館内に地球と隠岐の成り立ちが学べる展示室「ジオルーム “ディスカバー”」や「ジオ・ラウンジ」を併設。宿泊だけでなく、利用客を施設の外、島全体へと送り出すビジターセンター機能を兼ねている。
麻魚さん
このプロジェクトが始まる前から、島では再生に向けたブランディングが進められていました。当時の海士町は人口減少や財政難にあえぎ、存続そのものが問われていたからです。島民としては〈Entô〉を単なるラグジュアリーホテルにするのではなく、島の魅力を発信する場にしたいという思いがありました。それは同時に、自分たちの誇りを保つための場でもあった。そういう意味では、通常のホテルの与件とは大きく違っていましたね。
F.I.N.編集部
「島全体をホテルに」というコンセプトをどうカタチにしていきましたか?
真宏さん
海士町の魅力は太古から変わらぬ自然です。独自の生態系に出会うために、人々は3時間フェリーに揺られてはるばるやって来ます。しかし、それこそがこの島の価値なんです。この島には「ないものはない」というキャッチコピーがあります。ないものはないと開き直っているようでもあるし、大事なものはすべてあるというダブルミーニングで、僕はこの言葉がすごく好きです。そんな場所に都市型のラグジュアリーホテルを建てるのは、おかしな話ですよね。パチンと指を鳴らせばシャンパンと葉巻が出てくるような「なんでもある」状態をつくってしまうと、本来の島の良さが損なわれてしまう。そこで僕たちが行ったのは「線を1本引くだけ」というミニマムな操作でした。
〈MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO〉によるコンセプトのスケッチ。
F.I.N.編集部
それは具体的にどのようなことでしょうか?
真宏さん
島の入口に1本の線を引き、それ以外の建築的介入は極力しないというアプローチです。人為を可能な限り削げば、島そのものの輪郭が浮かびあがるはず。この島ならではの贅沢は、絶えず変化する海の色や風向きの微細な階調を味わうことです。その移ろいを感じ取るための「基準線」のような建築にするのが理想的だと考えました。
その思想を体現しているのが「薄さ」です。一般的な都市のラグジュアリーホテルは間口が狭く、奥行きが深い。すると土地利用効率は上がりますが、外部との距離はどうしても遠くなります。一方、線には長さはあっても奥行きはないですよね。そこで〈Entô〉は建物の奥行きをできるだけ浅くして、間口をたっぷりと広く取りました。この直線的な平面計画により、宿泊者が感じる自然の割合を最大化しています。
〈Entô〉海側(東側)の外観。
〈Entô〉別館の客室。プライベートテラスと大きな窓が、客室と海をシームレスに繋ぐ。
麻魚さん
普通、ホテルは建物の中で世界観をつくろうとします。でも〈Entô〉のブランドをかたちづくるのは、外側にある島そのものです。ホテルの在り方としては真逆の発想なので、建築もひっくり返して考える必要がありました。例えば、レセプションを介さずに部屋にアクセスできるよう、外廊下形式にするなど。手すり付きのフロントバルコニーではなく、部屋の隣にサイドテラスを設けて風が抜けるようにしたのもこだわりです。1つのホテルにまとまってはいますが、動線は島に開かれたコテージに近い設計になっています。
真宏さん
港の脇にあるという立地も魅力です。滞在の始まりと終わりに〈Entô〉の姿を目にするので、その存在が島での時間を一編の物語として演出してくれます。いわば映画のオープニングとエンドロールのような役割ですね。
船から見た〈Entô〉。
島の人とともにつくる建築
F.I.N.編集部
そのほか、設計を進めていくうえで特徴的だったことはありますか?
真宏さん
難しかったのはゼネコンの選定です。人口2,000人あまりの小さな離島に、ホテルをつくれるような建設会社は存在しません。本州のゼネコンに頼むとしても、職人の渡航費や滞在費も施工費に加わるのでコスト上のリスクが高い。そこで、CLTという木のパネルを建材として使おうと考えました。
CLTとは、繊維方向を直交させて接合した無垢材のパネルで、コンクリートと同等の強度を持ちます。1枚で仕上げ材や断熱材などの複合的な機能を果たすため、カードハウスのようにパタパタと組み立てていくだけで、建築の大枠が完成します。加工をある程度本州で済ませておけば、島では組み立てるだけなので工期も短くなります。こうした方法まで含めて提案した結果、なんとか協力してくれるゼネコンを見つけることができました。
F.I.N.編集部
施工にも島独自のアプローチが必要だったということですね。結果的には「ないものはない」のコンセプトを体現する、美しい過程になったのではないでしょうか。
真宏さん
そうですね。やっぱり、島には島ならではの生きていく事情というものがあるんですよ。都市のように社会サービスが整っていない分、島の人は自分で生きていくための活動を当たり前にやっている。「1人ゼネコン」みたいなものです(笑)。豊かで厳しい自然の中で主人公として生きている人々というのは、非常に魅力的ですよね。
麻魚さん
自然と同じくらい、人もこの島の大切な資産だと思います。実際、〈Entô〉の運営も島の人々の手によって行われています。シーツの洗濯や窓拭き、食材の提供、アクティビティのガイドまで、すべて島の人々が担っているんです。みなさんがホテルを自分ごととして捉えてくださっているからこそ成り立つ、サステナブルな運営です。
真宏さん
都市で生きていると、常に「生かされている」という感覚が付きまといます。でも島の人は、自分の人生を誰かが何とかしてくれるなんて思っていない。「自分たちの未来は自分たちでつくる」という実感が持てる社会は充実しているし、すごく楽しいですよね。そんな風に生きている島の人々と触れ会える点も〈Entô〉の大きな魅力だと思います。
〈Entô〉の西側(町側)の外観。客室へと続く廊下は町へ開かれている。
生の自然には普遍的な価値がある
F.I.N.編集部
開業して5年が経ちましたが、〈Entô〉は島に対してどんな存在になっていますか?
真宏さん
難しい立地ながら、地域活性化の取り組みとして成果が出ていることは本当に喜ばしいことだと思います。一般的なホテルではマーケットリサーチをして、成功例も研究したうえで設計しますが、その程度の成功例じゃ海士町には通用しないんです。
麻魚さん
どうやったって僻地だし、日帰りもできないし、コンビニもない。ホテル名の由来も「遠い島」で〈Entô〉ですから。ここにしかない価値を見極めるには、島に滞在することの意味を本質的に捉え直す必要がありました。
真宏さん
都市にいると、外にいてもずっと人工物の中にいるじゃないですか。それは、インテリア(屋内空間)にいるのと、どこか同じな気がするんですよ。でも海士町に来るとエクステリア(屋外空間)に出たなと感じられる。人の手でつくられたものを介さずに、生の自然にアクセスする充実感というものは、普遍的な価値を持っています。その価値を信じて振り切ったからこそ、今の〈Entô〉の姿があるんだと思います。
麻魚さん
背景を「ジオパーク」として捉えると、建築も人も、島の風景や地質そのものと同質ですし、建築の内・外という概念も捉え直すことができます。そこから得られるダイレクトな感覚と豊かさを1つずつピックアップしていきながら、島の人々と一緒に〈Entô〉という表現にまとめることができた。本当に幸せな時間でしたね。
F.I.N.編集部
「そこにある自然と人とともにつくり上げる」という〈Entô〉のプロセスを都市の建築に生かすとしたら、どんなことができるでしょうか?
真宏さん
都市だって自然といえば自然です。カラスからすれば、コンクリートも日の当たる大きな石ですし、針金のハンガーも優れた巣作りの材料になります。社会の要望は動機にはなりますが、あくまで移ろいゆくもの。そこだけに最適化したものをつくっても、数年後にはきっと役に立たなくなるでしょう。しかし太陽の動き方は変わりません。あるいは身体も。都市にあるものを自然とみなせば、新しい建築の在り方が見えてくるはず。〈Entô〉のように、普遍的な価値もそこから見出せるかもしれません。
麻魚さん
私は街でパルクールをしている子が好きなんです。彼らは手すりや壁や柵を地形のように解釈して遊んでいますよね。若い世代にとっては都市が自然なんだと思います。記号やしきたりのような既成概念を一度クリアにすれば、都市に違った面白味を見出せるんじゃないでしょうか。
建築の新しいスタンダードを探す
F.I.N.編集部
これから都市に必要な場や建築はどんなものだと思いますか?
真宏さん
人類は誕生してからずっと都市化を推し進めてきました。そして人新世(1950年代以降に当たる新しい地質年代の区分を指す用語)を迎え、とうとう都市が地球を覆い尽くした。これからはそれが逆転していくでしょう。そう考えると、引き算の建築を考える必要があると思っています。建物のない土のエリアをどうつくるか、みたいな話ですね。建築家が言うことじゃないかもしれませんけど(笑)。
麻魚さん
私たちは2人とも自然が好きなので、人工物もフィジカルに愛でてしまう傾向があります。針金で巣をつくるカラスの視点に近いのかも。最近ひそかにやりたいと思っているのは、使われなくなった駅前デパートとかに水槽を設置して鰻の養殖をすること(笑)。魚や野菜って地方から都市に持ってくるイメージがありますが、日本の鰻の値段が上がっているなか、都会の鰻が一番新鮮で安くて美味しいという状況が生まれたら面白くないですか?水深のいらない鰻なら荷重的にも可能ではないかと思っています。エスカレーターのある吹き抜けを使って、上階から数カ月ごとに下階に落とし、最後にトラックに乗せて出荷する……(笑)。こんな妄想なら無限にできますね。
真宏さん
都市に生産性を見出すという観点は重要ですよね。普段、常識で定番だと思っていることは、意外と実態がなかったりするものです。狭く深く閉じるべきだとされている都市の建築をひっくり返して、広く浅く開けば、地域と人が出会うきっかけが生まれる。そんな風に、奇抜さを狙うのではなく「新しいスタンダード」を探すことで、フレッシュな答えが見えてくるのではないかと思っています。
原田 真宏さん(はらだ・まさひろ)
1973年、静岡県生まれ。芝浦工業大学大学院建設工学専攻修了(三井所清典研究室)後、〈隈研吾建築都市設計事務所〉〈ホセ・アントニオ&エリアス・トーレス アーキテクツ〉〈磯崎新アトリエ〉で経験を積む。原田麻魚とともに2004年〈MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO〉を設立。
原田 麻魚さん(はらだ・まお)
1976年、神奈川県生まれ。芝浦工業大学建築学科を卒業後、〈建築都市ワークショップ〉所属。原田真宏とともに2004年〈MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO〉を設立。
【編集後記】
取材のなかで「ひっくり返す」という言葉が何度か出てきたのが印象的でした。ホテルをミュージアムやビジターセンターと捉えること、都市を生産地と捉えてみることなど、あらゆるものの既成概念を除いて新しい意味や役割を付与しなおすことは、これからさまざまな“未来をつくる場”が生まれるためにどんどん試みられてほしいと感じます。
では、どうやってひっくり返したらいいのか?そこには、人や地形や自然や人工物など「すでにそこにあるもの」を分け隔てなく尊重し、魅力的なものと捉えるおふたりのような姿勢が、必要なものの1つとしてあるのではないでしょうか。
(未来定番研究所 渡邉)
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未来場スコープ
case9| 〈Entô〉人為を削いだ先にある、島そのものの輪郭。
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