2025.10.08

第11回| 世界を映す地球儀を日本から。〈渡辺教具製作所〉代表・渡辺周さん。

メイドインジャパンプロダクトの魅力をたずね、それを継ぐ人の価値観を探る連載企画「メイドインジャパンを継ぐ人」。第11回は、国産地球儀の製造を続け、国内トップシェアを誇る〈渡辺教具製作所〉代表・渡辺周さんにお話を伺います。精緻な地図表現と確かな職人技によって作られる同社の地球儀。現在では、教育用具にとどまらず、大人も楽しめる道具として支持されています。2016年に事業を継いだ渡辺さんが、伝統と革新のはざまで見据える「日本のものづくり」の未来とは?

 

(文:船橋麻貴/写真:大崎あゆみ)

精密な紙地図にこだわる、

世界で2社だけの製法

〈渡辺教具製作所〉では、紙製での機械生産を行っている

1937年に創業した〈渡辺教具製作所〉。脈々と受け継がれてきた地球儀づくりのなかで、今もなお守り続けているのが、精密な紙の地図を花びらのように分割して印刷し、機械で球体に貼り合わせるという製法です。

 

「この紙製での機械生産を行っているのは、世界でも当社とアメリカの〈リプルーグル〉の2社だけです。安価で大量生産が可能な樹脂製が主流になるなかで私たちがこの製法を続けているのは、精密さを担保できるから。熱でフィルムを伸ばして加工する樹脂製とは異なり、紙に印刷された細かい描画をそのまま球体に表現できるので、より正確な情報を伝えることができるんです」

 

同社では紙製での機械生産と並行して、舟型に分割された地図を職人が1枚ずつ丁寧に貼り合わせる「手貼り」と呼ばれる伝統的な製法も続けています。

 

「手貼りの強みは、柔軟に対応できることなんです。特注や小ロット製作もできますし、大型のものも作れる。実際に直径170cmほどの地球儀を作ったこともあります。さらに、昔からお使いいただいている地球儀の地図を新しく貼り替えるというご依頼にも応えられるんです」

 

一方で、この手貼りの製法は高度な集中力を要するため、職人ひとりの作業は1日3時間までに制限しているそう。それでも続けているのは、精密さと正確さへのこだわりを貫くため。

 

「効率でいえば機械生産に敵いませんが、やはり正確さと精密さは群を抜いています。創業時から掲げている理念『精密な地図を日本人のために作る』を守るため、この製法を大切にしています」

〈渡辺教具製作所〉で手貼り製法を行える職人は5名ほど。手先の器用さだけでなく、コツコツと作業を続ける忍耐力が必要なのだそう

同社の地球儀に必ず明記されているのが「製造年」。これは世界的に見ても珍しい取り組みで、正確性を最優先する姿勢の表れといえます。

 

「ものづくりの観点で考えたら、製造年を表記すると古いものだと思われる可能性があるので、普通はやらないんですよ(笑)。だけど私たちが大切にしているのは、事実を正しく伝えること。その時代の正しい情報であることを優先したいんです」

 

正確さを徹底する。そんな思いから、地図の描画にも一切の妥協がありません。

 

「海岸線は衛星画像をもとに描いていて、特に海岸線は細かいところまで徹底的にこだわって描画しています。世界でもトップレベルの精密さだと自負しています」

手に取る人の表情を変える。

地球儀のワクワクを届けたい

そんな〈渡辺教具製作所〉の代表に、渡辺さんが就任したのは2016年。3人兄弟の三男として育ったため、当初は家業を継ぐつもりはなかったといいます。

 

「父が早逝してしまい、母が会社を支えていました。いずれ兄弟の誰かが継ぐだろうと思っていましたが、長男はデザイナー、次男はゲーム会社、三男の私は商社勤務。それぞれ別の道を歩んでいましたが、なぜか私が『器用だから』という理由で継ぐことになったんです」

海外駐在経験もある渡辺さんは「ものを売る視点」を持って家業へ。就任当初、驚いたのは「売場の変わらなさ」でした。

 

「子供のころから販売を手伝っていましたけど、20年、30年経っても売場の雰囲気がほとんど変わっていなかったんです。並んでいるものも売り方も基本的には同じ。逆にいえば、それだけ長くお客様に求められてきた証拠だと思います」

 

その変わらなさを前に、渡辺さんのなかに芽生えたのは「売場をもっとワクワクさせたい」という思い。

 

「お客様が地球儀を手に取って回す瞬間、表情が変わる。あのワクワクをどう届けるかが、自分にとって一番のテーマでした」

回したくなる仕掛けを忍ばせ、

伝統を守り、挑戦を続けていく

〈渡辺教具製作所〉の地球儀には、回したくなる仕掛けが随所に散りばめられています。マゼラン艦隊の航路を記したモデルもその1つ。地球儀を回すたびに、大航海時代の冒険を想起させます。

 

「ただ国名を載せるだけじゃなく、歴史や物語を重ねると回したときに、『あ、ここをマゼランが通ったんだ』と気づきが生まれます。そういう仕掛けを入れると新しい発見が生まれ、地球儀を回すのがもっと楽しくなるんです」

素材にもこだわり、台座には天然木のラバーウッドを使用。環境に配慮しつつ温かみのある質感を大切にしています。こうした丁寧なものづくりは長年愛され、購入者のなかには「一生もの」として使い続ける人も少なくありません。

 

「40年前に買った地球儀を貼り替えてほしいという依頼もあります。新しく買い直すのではなく、貼り替えてまで使ってくださる。それだけ価値を感じていただけているのは、本当にありがたく、うれしいことだと思っています」

 

伝統的なものづくりを守る一方で、新しい挑戦も。〈ほぼ日〉との共同開発で誕生したAR地球儀「ほぼ日のアースボール」もその象徴です。

 

「スマホやタブレットを地球儀にかざすと、地球の雲や雨、風がリアルタイムで見られるんです。私自身も、世界には1年を通して寒暖差の激しい地域が多いことを知って驚きました。遊び心をどう仕込むかで、地球儀の可能性はもっと広がると感じました」

2017年に誕生した「ほぼ日のアースボール」。地球のリアルタイムの姿はもちろん、各国の面積、人口、GDPなど世界のいろいろな情報を知ることができる

さらに渡辺さんは、地球儀が大人にとっても新たな発見の道具になるといいます。

 

「例えば国別に色分けした『行政型』では、アメリカの都市が西海岸に集中している理由や、首都の配置から国の成り立ちが見えてきます。一方、標高で色分けした『地勢型』では、中国の大半が山や砂漠であること、日本近海の海流が豊かな漁場をつくっていることなど、地形から事実を読み解ける。ただ地図を見るのではなく、世界を立体的に眺めることで『そうだったのか』という発見が生まれるんです。そうした気づきを重ねられるのも、地球儀ならではの面白さです」

質実剛健な日本のものづくりが、

国内外で再評価される

代表に就任してから10年ほど。今、渡辺さんが見据えるのは日本のものづくりの未来です。大量生産・大量消費の時代が終わりに近づく一方で、長く愛用できるものや「付加価値を持つ嗜好品」への需要は確実に高まっているといいます。

 

「これからは安いから買うのではなく、納得できる理由がある商品が選ばれる時代になると思います。だからこそ、真面目に作られ、確かな裏付けのあるものづくりは評価されるはずです」

 

〈渡辺教具製作所〉の地球儀は、まさにその価値観を体現。正確な地図情報に基づき、長年使い続けられる品質を備えたプロダクトは、単なる教育用具としてだけでなく、「本物を持ちたい」と願う人々の嗜好品へと進化しています。その動きは国内にとどまらず、海外にも広がっています。

 

「海外のお客様から『ここまで正確に作られた地球儀は見たことがない』と評価いただくこともあります。日本のものづくりの強みはやはり『真面目さ』。だから私たちは、大量生産で世界に広げるのではなく、納得して選んでいただけるクオリティーを提供したい。日本の質実剛健なものづくりは、これから国内外で再評価されると思います」

〈渡辺教具製作所〉

1937年創業の天文教具メーカー。地球儀の製造・販売を主力とし、創業者の渡辺雲晴は、日本で初めて本格的な地球儀を製作した人物とされている。

https://blue-terra.jp/

【編集後記】

実際に現場で製品や制作過程を拝見して、渡辺教具製作所さんの地球儀が教育用具でありながら、インテリアやギフトとしての魅力をも兼ね備えた、多面的な存在であると強く感じました。また1つの製品がその「機能」だけでなく、「美しさ」や「触れた時の感動」といった価値を備えていることを目の当たりにして、ものづくりの面白さを実感することができました。そして、職人による手貼りの作業には思わず息をのむほどの美しさがあり、それは単なる手作業のぬくもりというだけではなく、高度な技術が支える正確性や、修理への柔軟な対応といった実用的な点で技術を継承していくことの重要性を改めて感じさせるものでした。

(未来定番研究所 榎)

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