2024.10.21

メイドインジャパンを継ぐ人。

第6回| レコード業界に新風を吹き入れるため、バトンは受け継がれる。〈中電〉の齋藤力也さん。

近年衰退傾向にあるとされているメイドインジャパンプロダクトの魅力をたずね、それを継ぐ人の価値観を探る連載企画「メイドインジャパンを継ぐ人」。第6回は、群馬県でレコードのカートリッジ、いわゆる「レコード針」を作っている〈中電〉の代表・齋藤力也さんの元へ。義父である先代から会社を引き継いでおよそ10年。異業種から製造業へと飛び込んだ齋藤さんが今見つめる未来とは。

 

(文:船橋麻貴/写真:大崎あゆみ)

「レコードを聴く人がいる限り、作り続ける」。CD全盛期に創設

2023年に国内での生産数が250万枚を超え、近年人気が復活しているアナログレコード。音の情報が1本の溝に記録されており、その溝をレコードカートリッジの針が読み取ることで、レコードプレーヤーから音楽が出力されます。

 

レコードという記録媒体から情報を取り出すために必要不可欠なレコードカートリッジ。その小さな部品を全て手作業で組立・調整・検査を行っているのが、群馬県邑楽郡千代田町にある〈中電〉です。設立されたのは、なんとCD全盛期の1996年。同社の代表・齋藤力也さんの義父で先代の樽屋毅さんが取締役を務めていた〈中央電子工業〉を退職する時に、撤退が決まっていたレコードカートリッジ関連事業を買い取ったことが始まりでした。

 

「1980年代にCDが台頭し始め、1990年代になるとレコード業界は一気に冷え切っていきました。義父は〈中央電子工業〉でレコードカートリッジ関連事業の営業などを担当していたので、そんな状況にとても憤りを感じていたようです。それで、『利益が見込めなくても、レコードが聴きたい人がいる限り、カートリッジは俺が作り続ける』と、退職金を注ぎ込んで事業を買い取ったんです。どうやら、それまで一緒にものづくりをしてきた協力会社さんとの繋がりも大事にしたかったようです」

 

多くの企業がレコード関連事業から撤退する中、カートリッジ製造を引き継ぐことを決意した齋藤さんのお義父さん。とはいえ、営業職だったため製造の方法と技術は持ち合わせておらず、〈中央電子工業〉の技術者に教わることからスタート。技術者の知識や、一緒にものづくりを行う従業員の力を借りながら、レコードプレーヤーメーカーに向けたOEM商品を製造し始めます。

カートリッジは、先端にレコードをなぞるダイヤのチップ、後端には磁石が取り付けられている。その磁石の周りは小さなコイルが巻かれている

レコードブームが再燃。しかし、カートリッジの需要は少ない

OEM商品を主力として、中国や台湾、そしてアメリカやヨーロッパまで出荷を拡大した〈中電〉ですが、お義父さんが他界。後継者の不在によって存続の危機が訪れたところに、義息子の齋藤さんに白羽の矢が立ちます。しかし2015年当時、齋藤さんはエンジニアの派遣会社を経営していたため、会社を継ぐことは考えていませんでした。

 

「自分の会社もあるし、レコード業界のことも全くわからなかったので、後継者になるとは思っていませんでした。しかし、受注済みの製品がいっぱいあることを知り、このまま会社をたたむのはお客様に申し訳ない。他に継ぐ人もいなかったので、私がやるしかありませんでした」

ソフトウェアのエンジニア経験はあるものの、レコード業界という未知の世界に飛び込むことになった齋藤さん。お義父さんが頼りにしていた技術者と自分が経営する会社からオーディオ好きの人材を確保し、自らも平日は群馬県で暮らし、週末は自宅のある神奈川県まで帰るという生活をスタートします。

 

こうして始まった新生〈中電〉。齋藤さんが会社を継いだ2015年はレコードブームが再燃し始めた頃でしたが、いわゆるマニアと呼ばれる人たちは高級機やビンテージを選ぶ傾向にあり、レコード業界に新規参入した若い世代が使うのは安価なプレーヤーに付属しているカートリッジのみ。単体で購入するユーザーは少なかったそう。

 

「カートリッジの代表的な種類には『MC型』と『MM型』があり、それぞれ発電方式が違います。私たちが作っているのは比較的量産しやすいMM型の方で、これを自社で生産しているのは国内で4社ほど。業界自体のパイは小さいですが、MM型は初期投資が大きいうえに、製品単価が安いため、新規参入するにはハードルが高い。これは私たちのような小さな会社にとって強みになりました」

〈中電〉ではカートリッジの検査も行っている。この波形が均一なら正常とのこと

体で感じて聴ける新たなカートリッジを製造

海外製コピー製品の蔓延、価格競争の激化などの影響もあり、OEM商品だけでは利益が出せなかったという齋藤さん。「既存の市場は小さいけれど、独自の色を出さないと生きていけない」と思い至り、2018年に自社ブランド〈CHUDEN〉を立ち上げます。

 

「レコードを再生する時、音の入り口になるのがカートリッジ。この違いによって再生時の音質が大きく異なるわけですが、私たちがコンセプトに掲げたのは耳や頭ではなく、『体で感じて聴ける』カートリッジ。一般的にMC型のカートリッジは『高音質』といわれることが多く、MM型を作る他社さんもそっちに移行し始めていました。私たちのような誰も知らないような小さな会社で同じことをしても太刀打ちできない。だから、圧倒的なパンチ力のあるオリジナルのMM型カートリッジを作ることにしたんです」

自社ブランドを立ち上げ、自社製品をオーディオの小売店に売り込みに行っても門前払いにあう日々。販路が見つけられず頭を抱えていた齋藤さんの背中を押したのは、先代の頃から付き合いのあった知人の一言でした。

 

「アナログオーディオの小さな展示会への出展をすすめられたんですが、自社製品があまりなかったので見送ろうとしていたんです。製品をたくさん作って準備万端で出展しようと思って。だけど、その知人にこう言われたんです。『まず出展を決めないと、いつまで経っても新たな製品を生み出せない。そうやって追い込まないと、今までと何にも変わらない』と。それで出展を決めた結果、新たな製品が生まれ、小売店の方ともつながることができました」

未来を見据えて渡される「次のバトン」

こうして生まれたのが、〈CHUDEN〉を代表する「MG-36」シリーズ。繊細で透明感を感じられる第1弾、圧倒的なパンチ力を誇る第2弾、そして今年10月には第3弾をリリース。グルーヴ感はそのままに繊細な音も聴けるこのカートリッジは、〈中電〉の技術が詰まったシリーズの集大成ともいえます。

今年10月に発売した「MG-36BPH」

会社を継いで10年弱。齋藤さんは新たな製品の開発にも尽力し、先代から情熱まで受け継いだように見えますが、「それだけではものづくりは続かない」と話します。

 

「異業種から来た新参者なので、おこがましいことは言えませんが、やっぱり情熱や思いだけでは事業は続かないと感じています。実際、カートリッジの部品を作ってくださっていた協力会社さんの閉業も目の当たりにしました。今のレコードブームもいずれ去るかもしれないし、正直これ以上、この市場が大きくなるとも思えません。ただ、これまでもそうだったように、ブームが去ってもレコードを聴いてくれるユーザーは必ずいます。だからこそ、その方々の心に響くような製品を作っていきたいと思っています」

 

異業種から転じてレコード業界に身を置いてきた齋藤さん。65歳を迎えた今、もっと先の未来を見据え、次のバトンを渡す後継者をすでに決めているそう。

 

「先代から繋がりがあり、うちで製品も作っているDJ機器・オーディオアクセサリーブランド〈100 SOUNDS(ヒャクサウンズ)〉の柏原正典さんに、3代目としていずれ会社を引き継いでもらおうと考えています。DJ機器メーカーやレコードプレス工場に勤め、DJ向けのカートリッジの流通や海外展開の経験も豊富な彼ならば、新たな道を切り拓いてくれると思っています」

〈中電〉

1996年に創設したアナログレコードのカートリッジを製造する会社。2015年からは、2代目の齋藤力也さんが引き継ぎ、自社ブランド〈CHUDEN〉も展開する。

https://www.chuden1996.com/

【編集後記】

齋藤さんは、自らが会社を継ぐことになるとは予想していなかったとお話されていましたが、「レコードを聴きたい人がいる限り、カートリッジを作り続ける」という先代社長の強い意志をしっかりと引き継いでいます。その姿勢からは、単なるビジネスを超えた、ものづくりへのこだわりが伝わってきました。これが製品開発にも大きく影響を与えていて、ファンを魅了しているのだと思います。

齋藤さんの取り組みは、独自の強みを維持することで市場での生存と成長が可能であるという貴重な示唆を私たちに示してくださっていると感じました。

(未来定番研究所 榎)

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