もくじ

2026.01.14

第2回| 消費者と生産者を「コンポスト」が繋ぐ。〈鴨志田農園〉が描く「循環型農業」の未来。

異常気象や価格変動の影響を、市場価格がダイレクトに受ける一次産業。これまで当たり前のように食べてきた野菜や米の供給が不安定になり、私たち消費者も、見て見ぬふりはできなくなりました。例えば農産物の価格はいくらが適正なのか。「有機」 とはどんなことをいうのか。国産の肉や魚が高価なのはなぜか? 何かを判断する前に、本当は知るべきことがあり、情報が飛び交う今の時代には、知ることこそ大事だと感じます。

5年先、10年先も食の未来が健やかであるために、私たちは今何をするべきなのか。この連載では農業をはじめとした食の生産、供給の現場で働く人々に話を聞き、私たちに今できることを考えていきます。

 

第2回は、東京・三鷹で農業を営む〈鴨志田農園〉。代表の鴨志田純さんは、野菜をつくる傍ら「コンポストアドバイザー」として農家や企業に循環型農業の技術を伝えています。日々の暮らしから出る食品残渣(ざんさ)を、新たな野菜づくりの資源に生かす試み。コンポストには、生産者と消費者を繋ぐヒントがありました。

 

(文:瀬谷薫子/写真:吉田周平)

Profile

鴨志田純さん(かもしだ・じゅん)

1986年、東京都三鷹市生まれ。鴨志田農園6代目園主。コンポストアドバイザー。三鷹市市政助言者(委嘱)。2014年に家業を継ぎ、堆肥づくりを軸とした循環型農業を実践。国内外で生ごみ堆肥化や地域資源循環の仕組みづくりに取り組み、自立分散型コンポストシステムやサーキュラーエコノミー型CSAの展開など、多様な現場で実践を重ねている。専門は堆肥化に伴う温室効果ガス(農学修士)。元数学教員、防災士。

「土」が違う、鴨志田農園の農業

三鷹駅から車で10分。住宅街のなか、一見アパートのような入口を抜けると、〈鴨志田農園〉の畑が広がります。東京郊外で農業を続け、6代目になる鴨志田純さんは、中学校の数学教師を経て11年前に農業の道へ。今は畑を営みながらコンポストアドバイザーとしても活動し、月に半分は全国や海外へ講演や指導に行く日々を送っています。

 

広さ2,800平米。都市農業らしく、コンパクトな農地です。今はここを純さんと母親、準研修生の3名で運営しています。

「年に40種、野菜以外も入れれば70種ほどの作物を育てています。

 

農地が小さいので、リレー形式で年に3〜4回、同じ農地に野菜を植え替えながらつくっています。回転率を高くすることで、少人数、かつ限られた土地でも、できるだけ少ない手間で効率的に利益を上げられる仕組みです」

 

畑は収穫を終えた後、次の野菜を迎えるために土を整える期間が必要です。なぜなら野菜を育てた後の土地は、養分や微生物のバランスが変化していて、一定の調整を経てからでないと、安定した野菜の生育につながらないため。こうした調整と生育の期間を考慮すると、同じ土地で野菜を育てるサイクルは、一般的には年に2回程度が目安とされています。

 

対して〈鴨志田農園〉は3〜4回。理由は畑を休ませる期間にあって、通常1カ月程度はかかるところ「早ければ3日、遅くとも1週間で次の苗を植えられる状態になる」とのこと。それにより植え付けから収穫までのサイクルがぐっと短縮できることで、同じ農地の面積で、2倍近い収益性が見込めるといいます。

 

なぜそんなことが可能なのか。秘密は土にありました。

消費者が土づくりに関わる

「自立分散型コンポスト」の仕組み

野菜は、土だけでは育ちません。土のpH値を調整する石灰や、野菜を育てるための肥料や、土の状態を整える堆肥など、いくつかの素材を混ぜ込むことで、野菜に適した土壌になります。

 

〈鴨志田農園〉ではそれらの代わりに、コンポストからつくられた堆肥を混ぜ込んでいます。そしてコンポストの原料の一部である生ごみは、〈鴨志田農園〉の野菜を食べる消費者の台所から集められているのです。

 

「私たちの野菜の主な販路は、『CSA』という関係を結んだ方への野菜セットの販売です。近隣の方は定期的に野菜を受け取りに畑へいらっしゃるので、その時に自宅のコンポストにためていた堆肥を回収し、畑づくりに生かしています」

 

「CSA」とは、Community Supported Agriculture(地域支援型農業)。農協などの流通業者を介さずに、農家と消費者が直接契約を結んで野菜の販売を行う制度です。半年や1年の単位で、毎月の野菜の金額を農家に前払いすることで、農家の持続可能な経営を支える仕組み。〈鴨志田農園〉では現在、60以上の世帯が会員になっています。

そして、このCSA制度にコンポストを掛け合わせたものが、鴨志田農園の行う「サーキュラーエコノミーCSA」という制度。サーキュラーエコノミーとは直訳すると「循環経済」。元は廃棄されていた資源が再び活用されることで、環境の負荷を減らしながら新たな経済価値を生み出していくことをいいます。

 

〈鴨志田農園〉のCSA会員は、自宅にコンポストを導入し、日々の生ごみを堆肥化しています。それを再び畑に戻すことで、新たな野菜がつくられる。つまりは「Farm to Table」だけでない「Table to Farm」の関係性が生まれているのです。

におわない、腐らない。持続可能な「完熟堆肥」

いざ始めるとなるとハードルが高く感じるコンポストですが、仕組みはとてもシンプル。CSA会員の各家庭には、専用のケースが配られます。合わせて配布されるのは、もみがらや米糠、落ち葉などを混ぜ合わせた「基材」と呼ばれるコンポストの素。ここに日々の食事の残渣を入れておけば、次第に微生物によって分解されていきます。

 

「農水省の統計では、人は1日に約103gの食品残滓を出すといわれています。家族3〜4人で、約500g。このケース1つで処理できる生ごみが40kg程度なので、単身世帯なら1年、3〜4人家族なら3カ月分の生ごみが堆肥化できます」

 

堆肥はにおいが強いイメージがあります。けれど〈鴨志田農園〉のそれは、なぜかにおいません。畑には堆肥がこんもりと山を成していますが、そこに生ごみの臭気はなく、顔を近づけてみると、陽に当たったふくよかな土の香りがします。

 

その理由は、腐敗臭が出ていないから。生ごみが腐敗するのはそこに含まれる水分と窒素が原因で、それらのバランスを整えることで、腐敗させずに分解をすすめることができるのだといいます。

畑で分解が進む堆肥は、高い時には70度近くまで温度が上がります。これは、微生物が活発な証。冬場の堆肥からは湯気が上がることも

「コンポストケースの表面には太陽光を通すポリカーボネート板が使われています。屋外に置くことで光が内部に入り、ケース内の温度が上がり、生ごみの余分な水分が抜けていきます。

また、もみがらや米糠でできたコンポストの基材には炭素が多く含まれています。炭素の割合が多いと、窒素の分量が抑えられ、生ごみの分解が順調に行われていく。腐敗ではなく、発酵が進むというわけです」

 

いわば腐敗の対局にあるものが発酵。発酵により有機物の分解が進み、安定した状態になった堆肥を「完熟堆肥」といいます。

完熟した堆肥にはにおいがなく、一般家庭でも続けやすいという利点があります。また、非完熟のものに比べて養分が安定した形で存在し、病原菌やガスなど、野菜の生育を妨げる物質の発生するリスクも少ないので、より安定した土壌づくりにつながるというメリットが。〈鴨志田農園〉の野菜が通常より早いスパンで生産できるのも、こうした完熟堆肥の効果によるものです。

ごみに見えるものも、見方を変えれば「資源」になる

「畑には現在、素材や熟成の方法が違う5種類の完熟堆肥があり、それらをブレンドしながら野菜づくりに使っています。

 

堆肥の原材料はさまざまで、落ち葉や木材は近隣の森林公園から、馬糞や鶏糞は、安全性が確認されたものを大学の馬術部や養鶏農家から引き取っています」

 

話を聞いていると、社会にはあちこちに処分に困っている資源があることを知ります。それはただ捨てるものと捉えれば「ごみ」。けれど見方を変えれば、豊かな「コンポストの素材」です。

 

「ごみって、昔は存在していなかった言葉なんです。瓦礫(がれき)、鉄屑、木屑。何かに加工する原材料としての呼び名がついていました。ただ、それを加工できる技術を持たなければ、資源は価値を失い、ごみになってしまう。資源を適切に扱える人の数が減っているのは、現代の課題です。

 

木々の葉や枝も、野山に生える草も、何げなく見ている街の風景の一部が、本当は堆肥の材料にできるもの。つまり野菜をつくる原材料が、身の回りにはあふれているんです」

課題を「具体的」にすれば、やるべきことが見えてくる

取材の間、鴨志田さんは野菜そのものよりも「野菜をつくる手前」の話を多くしていました。農作物とは結果であって、大事なのは工程。農業の本質は野菜をつくることだけではないのだと気づかされます。

「私がコンポストをはじめて試したのは、日本ではなくネパールでした。9年前、現地で農業支援に関わる機会があり、そこにあるものを活用しながら持続可能な農業を実現したいと考えた時に、この手段に行き着いたんです。

 

その後コロナ禍で改めて日本を見直したとき、この国でこそ、それをすべきなんじゃないかと思いました。生ごみの約8割は水分でできていて、本来は燃やさなくても処分できるもの。なのに、日本ではその大部分が燃えるごみとして捨てられている。燃やすために遠く海外から輸入した燃料を使い、多大なエネルギーが消費されているのは、とても不自然なことだと感じました」

 

課題を見つけたら、まずは具体的にしていきたいと鴨志田さんはいいます。何においても「具体的」であることが大事だと。取材の間、何度も繰り返していたその言葉には、強い意思を感じます。

「すでにできあがっている社会の仕組みに違和感があるとき、変えるために何をしていくか。法律や条例を作るだけでは、絵に描いた餅で終わってしまいます。

 

僕は、その餅をしっかり現実にしていきたい。だから、まずは今日の台所から出る野菜くずでコンポストを始めようと。そこでつくられた野菜がおいしければ、人の関心が集まりますよね。小さくても動き、共感者を増やしていくことが大切だと思っています」

「お金を出してトマトを買うって、なんて簡単なことなんだろう」

具体的であること。それは生産者だけでなく消費者にも必要な姿勢かもしれません。

 

「シンプルに言うなら、一度野菜をつくってみてほしいと思います。自分でつくれば、いろいろなことに気づくはずですから。

 

CSA会員で、畑にもよく来てくれている方がいます。彼女が夏に援農でトマトの脇芽取りを2時間手伝ってくれた後『お金を出してトマトを買うって、なんて簡単なことなんだろう』と言ったんです。生産者と消費者が近づいた瞬間だと感じました。そんな気づきが広がっていけば、いずれトマトの値段が変わる日がくるかもしれません。

CSAをはじめてから、お客さんの畑への関わり方にも変化がありました。台風が来ると、畑大丈夫?って、連絡をくれるんです。自分の食卓が畑と繋がっているからこそ気にかけてくれる。ただの売り手と買い手だったら芽生えない関係ですよね」

農家は、地域の防災機能を担っている

コンポストの役割は、生ごみの堆肥化だけではなく、農家と消費者を繋ぐこと。ご近所づきあいのように気にかけ合う関係性は、今の時代にこそ必要なものだと鴨志田さんはいいます。

 

「コンポストの取り組みを始めた目的のひとつに、防災がありました。以前、東日本大震災で被災地のボランティアへ行った時、断水によってトイレが使えなくなる問題に直面したんです。そこから公衆衛生が悪化する現状を目の当たりにして、これは大きな課題だと感じました。

 

コンポストケースは、平常時は生ごみの堆肥化に使え、緊急時はコンポストトイレとして使えます。各家庭で衛生的に排泄物を処理することができるので、実はその防災機能性にも期待してCSAを始めた経緯があります。

 

それに意外と知られていませんが、そもそも農地や農家という拠点そのものが、防災機能を担っています。まず、ここには野菜などの食糧が豊富にありますし、お米や小麦を育てている農家もいます。水も数百リットル単位で確保されていることが多く、うちでは納屋に自家発電機も備えています」

「地域のレジリエンスとして、都市農業って実はとても機能的な存在なんです。

 

行政主導で防災対策をすることももちろん大事です。ただ、民間の繋がりを深め、防災機能が地域で自活できることも、また大切だと感じています」

 

その意味で、もはや畑は農業生産の場所だけではなく、地域と繋がるための実証実験の場だと鴨志田さんはいいます。

 

目の前から具体的に。〈鴨志田農園〉が実証した「サーキュラーエコノミーCSA」は、今や全国で関心を集めています。鴨志田さんが主催する講習会には、これまでに80名以上が参加し、それぞれが各地で、この考えの担い手として活動を始めています。

 

鴨志田さんは最後に「どう野菜をつくるかは、どんな社会をつくるかだと思う」と言いました。それは消費者に置き換えれば、目の前の野菜とどう向き合うかが、これからの社会をつくっていくかもしれないということ。

今日、食べる野菜をどこで選ぶのか。生ごみをどう処理するのか。まずはいつもの選択を振り返ることから、具体的な一歩が始まっていくように感じました。

【編集後記】

私が育った地域は住宅と畑が混在していて、ご近所のお家の門前には季節で異なる採れたばかりの野菜や果実がカゴ盛りされて置いてあり、錆びた貯金箱と、年季の入った100円と書かれた蒲鉾板が添えられていました。〈鴨志田農園〉に伺ってその記憶が一気によみがえり、懐かしい気持ちになりました。

鴨志田さんの「農地は防災機能があり、そこに都市農業の価値がある」というお話は特に得心しました。生活者が生産者と身近な繋がりを持つことで、食も生活も安心を得る。生活の範囲が小さくなることで生まれる、とても重要な要素だと実感します。そして自身が都市型コンポストユーザーなので、大量の完熟堆肥に密かに高揚していました。ごみの概念についても、捨てる前に一拍おいて、これは資源にならぬか?と考えたいと思います。改めて農業と暮らしの関係を考えさせられた取材でした。

(未来定番研究所 内野)

知って、考える、食の未来

第2回| 消費者と生産者を「コンポスト」が繋ぐ。〈鴨志田農園〉が描く「循環型農業」の未来。