2026.10.05

第4回| 慣行と有機を「技術」が繋ぐ。有機の里・小川町の〈GOMAの会〉という挑戦。

異常気象や価格変動の影響を市場価格がダイレクトに受ける一次産業。これまで当たり前のように食べてきた野菜や米の供給が不安定になり、私たち消費者も、見て見ぬふりはできなくなりました。農産物の価格はいくらが適正なのか。「有機」とはなにか。国産の肉や魚が高価なのはなぜか? 何かを判断する前に、本当は知るべきことがあり、情報が飛び交う今の時代には、自分の意思で「知る」ことが必要だと感じます。

5年先、10年先も食の未来が健やかであるために、私たちは今何をするべきか。この連載では農業をはじめとした食の生産、供給の現場で働く人々に話を聞き、今できることを考えていきます。

 

第4回は、“有機の里”と呼ばれる埼玉県小川町で発足した〈GOMAの会〉。農家をはじめ、農業委員や研修生など、農業の周りにいる女性が集まり金ゴマを栽培する〈GOMAの会〉は、有機農家と慣行農家が共同で1つの畑を営む新しい試みです。なぜこの活動を始めたのか。話を聞くうちに見えてきたのは、これからの農業の課題でした。

 

(文:瀬谷薫子/写真:上原未嗣)

Profile

〈GOMAの会〉

有機農業の町・埼玉県小川町で、農業に従事する女性たちが発足させた金ゴマを栽培する取り組み。共同で1つの畑を耕し、金ゴマの栽培から商品加工、販売までを手掛ける。

 

山田富子さん(やまだ・とみこ)

小川町で250年の歴史を持つ〈山田農園〉を家族で営む。小川町の農業委員を20年以上務め、2022年に農家の仲間たちと〈GOMAの会〉を立ち上げ、代表を務める。

 

田下三枝子さん(たした・みえこ)

小川町で42年続く有機農家〈風の丘ファーム〉を夫婦で営み、農薬と化学肥料を使わずに野菜、米、麦、大豆を作る。役員として〈GOMAの会〉の立ち上げ、運営に関わる。

“慣行”と“有機”が共に畑を作る

小川町の新たな取り組み

〈GOMAの会〉のメンバー。左から横田智恵美さん、田下三枝子さん、山田富子さん、河村恵さん、有井佑希さん

埼玉県の中央部、秩父の山々に囲まれた「小川町」は、1970年代に日本でもいち早く有機農業が営まれた町。今も有機農家の数は国内でも特に多く「有機の里」として知られています。

 

そんな小川町で2022年に立ち上げられた〈GOMAの会〉。町内で農業に関わる女性を中心に発足した、共同で金ゴマを栽培するという、新たな取り組みです。

 

強い日差しが降り注ぐ夏の日、訪ねたのは町内でも有数の農業地域である下里地区に作られた金ゴマ畑。今回は代表の山田富子さんと役員の田下三枝子さんに話を聞きました。

広さ約300坪。25mプール3つ分ほどの敷地には、背高のゴマが葉を揺らし、薄紫の小さな花がちょうど見頃。初めてみたゴマの花畑。美しい景色にしばし見惚れます。

 

「きれいですよね。よく見ると、野菜の花ってこういうかわいらしいものが多いんですよ。色も優しくて」。声を弾ませる山田さん。

 

町内外からメンバーが集う〈GOMAの会〉、今では40人を超えます。毎年5月の終わり頃に種を撒き、収穫は10月。夏から秋にかけて、半年ほどかけて皆で手をかけ、金ゴマを育てています。

 

金ゴマとは白ゴマや黒ゴマに並ぶ品種の1つで、金色の種皮にコクのある味が特徴。ほかのゴマに比べ国内でもっとも流通が少なく、99%以上が外国産。国内で栽培されている金ゴマ自体が、とても希少なものです。

写真提供:横田農場 横田岳

「今年は梅雨が長引いて、種蒔きのタイミングがだいぶ後ろに倒れました。夏も昨年より雨が多いから、生育も遅くなりそう。ゴマは日照りの方が調子がいいんです」(山田さん)

 

酷暑に見舞われた2025年はまったく雨が降らず、農作物は大いに影響を受けた一方で、暑さに強い金ゴマは豊作だったとか。4年目を迎え、いまだ試行錯誤のさなかです。取材の間も畑に入り、雑草取りを始める役員の皆さん。作業の合間に聞こえる楽しげな会話と、時折響く笑い声から、仲の良さが伝わります。

 

〈GOMAの会〉がユニークなのは、それが女性農業者によってつくられた組織であることだけではありません。

 

代表の山田さんは“慣行農業”を営む農家。対して、役員を務めるその他4軒は、農薬や化学肥料を使わずに野菜を作る“有機農業”を営む農家。異なる立場の生産者が、同じ畑で手を動かし、共同で作物を育てることに、意義があります。

“慣行農業”と“有機農業”

それぞれの選択と事情

小川町に生まれ育った、生粋の地元民である山田さん。夫との結婚を機に農業を始めたのは約40年前で、当時は無農薬、無化学肥料で野菜を作る有機農業を営んでいました。けれどその後、息子さんが農業を継ぐことになったタイミングで方針を転換。必要に応じて農薬や化学肥料を取り入れる、慣行農業にシフトしました。

 

「ずっと良かれと思い有機農業を続けてきたので、除草剤を撒くということにはじめはすごく落ち込みました。それでも家族で食べていくためには、生産力をもっと上げなければいけないと。害虫や病気のリスクから少しでも野菜を守るために、慣行農業への転換を決めました」(山田さん)

 

農薬を使うのは、正直に言えば今でも嫌だと話します。ただ、どちらも経験してきたからこそ、慣行農業を選択したことには納得もしていると。できるかぎり低農薬に抑えつつ、生産力を維持していくことを課題にしながら、畑に向き合っているそうです。

 

一方、同じ〈GOMAの会〉の運営に関わる田下さんは、小川町で40年以上続く有機農家〈風の丘ファーム〉を夫婦で営んでいます。小川町の有機農業の祖といわれる、〈霜里農場〉の故・金子美登(かねこ・よしのり)さんのもとで農業を学んだのちに独立。数多くの研修生を輩出してきた〈風の丘ファーム〉は、小川町の有機農家のなかでも草分け的な存在です。

「小川町の自然を守りたいという気持ちで有機農業を選びました。野菜を信頼し、選んでくださるお客様の存在が支えになっていますし、有機農業をやっていて良かったなと思うことはたくさんあります。

 

それでも、儲けを得るとなるとやはり厳しさはあります。富子さんの言うように、有機農業は慣行農業に比べれば生産量も安定しませんし、うちで学んだ研修生のなかにも、現実の暮らしを考えて慣行を選択した人もいます」(田下さん)

 

それぞれの話を聞きながら見えてくるのは、“慣行”“有機”という括りだけでは想像が及ばない、個々の事情。農家にはその数だけ葛藤があり、結果選んだ農法があるのです。

 

それでも世の中には、農薬や化学肥料を使わない “有機農業” のカウンターに“慣行農業”が置かれる構図があり、それは時として誤った解釈や分断を生むことも。小川町でも、有機農業が立ち上がった当時から慣行農業との確執があり、それは今もゼロではないといいます。

「そもそもこの町で農業をするという立場は皆同じで、本来なら互いに協力し、情報交換をしながらやっていけたら理想だと思います。

 

けれど、慣行農家は市場へ野菜を出すのに対して、有機農家は個人客への販売が主です。作り方も販路も違うので、互いに関せずともやっていける状況があって。私と三枝子さんもずっと顔見知り程度で、これまで話をする機会はほとんどありませんでした」(山田さん)

「私たちだけで何かやってみましょう」

対話のなかで生まれた想い

そんな彼女たちが接点を持つようになったきっかけの1つが、「農業委員会」でした。それは、日本の各市町村に置かれた、農地の譲渡や売買を審議するための組織。農業関係者を中心に選ばれた「農業委員」が、非常勤の公務員として委員会に出て、農地の管理にあたっています。

 

山田さんは小川町の農業委員を務めて20年。活動のなかで次第に、有機農業に携わる女性たちと知り合う機会を得ていきました。

 

「農業委員には女性が少なく、かつ兼業農家の方も多くて、専業で農家を営む私とはモチベーションが違うと感じることが多々ありました。

 

けれどある時から、田下さんをはじめ専業農家の女性が委員として加わるようになって。同じ目線で話ができる女性の存在を、とても心強く感じたんです」(山田さん)

 

知り合った直後は、有機と慣行という立場の違いから、壁を感じることもあったとか。「今だから言えるけれど、最初は彼女のことが嫌いでした」と笑う山田さん。「それでも委員を一緒にやって、話をするうちに、考え方を知って。いい人なんだって気づいたんです」

 

必要なのは、慣行農家と有機農家が、互いの誤解を解いていく対話の時間だったのかもしれません。少しずつ距離を縮めていき、ある時、田下さんが放った「私たちで、何かをやってみましょうよ」という言葉が、今に繋がるきっかけになります。

 

「農業委員として活動するなかで、女性ならではの視点が求められていると感じることが多くありました。

 

農業は力仕事が多く、やはり男性が有利な場面もあります。それでも、私たちだってトラクターに乗れるし、草刈機も使える。技術的にはまったく問題なく動けるのだから、女性たちだけで協力して、何かを始めてみたらいいんじゃないかと思ったんです」(田下さん)

 

「私もずっとそんなことを思っていたので、彼女の声かけがうれしかった」と山田さん。そうして、当時の農業委員の呼びかけを中心に生まれたのが『女性農業者の集い』。農業に関する悩みや課題を交わし合う機会が生まれました。次第に話し合いのなかで「何かを共に作ってみよう」という意見が生まれ、山田さんが提案したのが、金ゴマの栽培でした。

 

「小川町は土が硬く、耕作には不向きとされる地域も多くあります。けれどそんな地質に金ゴマは向いていて、柔らかな土の畑より、より美しい金色のゴマが育つとか。ロマンがあるなと思ったんです。皆で何ができるかを考えた時、真っ先に浮かんだのが金ゴマ栽培でした」(山田さん)

 

こうして〈GOMAの会〉が始動。山田さんと田下さんのほか、小川町で有機農業を営む3名の女性と、広報の女性、合わせて6名が役員として栽培を主導しました。金ゴマを作るうえで選んだのは有機農法。山田さん自身もそれを望んだといいます。

 

「私以外の皆は有機農業をしていて、それぞれに苦労しながらも生活をかけて頑張っている姿を見てきました。そんな彼女たちに、農薬を撒こうなんて言えるわけありません。それに私も、できるならもう一度有機で野菜を作りたいと思っていたんです」(山田さん)

どこより輝く金のゴマを作ろう

畑に抱いた、農家のロマン

試行錯誤を重ねながらも金ゴマは順調に育ち、今は生産だけでなく、焼き菓子などの食品加工や販売までを皆で手掛けながら、少しずつ浸透させています。

 

いずれはこの取り組みを、町を超えより広い地域に広げていきたいと2人は言います。視線の先にあるのは、大きな課題です。

 

「農業委員の活動をしながら感じているのは、これから先、おそらく多くの農地が空いてしまうという問題です。農家の高齢化に対して、後継者が圧倒的に足りません。耕作放棄地が増え続ける現状を、なんとか食い止めたいと思っています。

 

私は70年以上この町に生きてきたので、農地を守りたい気持ちが、いつも心の根っこにあるんですね。少しずつでも、農地を管理してくれる人を増やしていかなければ、町が荒れていってしまう。土地を保つには、そこで作物を作り続ける必要があるんです」(山田さん)

「ゴマは小さな畑でも育てられる作物ですから、個人の庭くらいの小さな規模からでも気軽に始められるんです。これまで農業に関わってこなかった方たちでも、参入できる環境を整えたいと思っています。

 

いずれは女性だけでなく男性にも加わっていただきたいですし、慣行と有機で畑を分け、より広い農法で進めていく可能性も。さまざまな検討が必要ですが、いずれは小川町を代表する生産法人にしていけたらと思います」(山田さん)

 

未来に大きな目標を持つ一方で、まずは足元から。メンバーの皆さんは、関わり合いのなかに、やりがいを見出しているようです。

 

 

「農業研修生のメンバーは、先輩農家のやり方を間近で学ぶ機会になっていますし、小川町に移住してきたばかりの方は、暮らしの相談に乗ってもらうことも。畑で手を動かしながら、井戸端会議のようにいろいろな話をしています。

 

私たち役員も、普段同じ畑で物を作ることはないので、それぞれに違うやり方を見られるのは新鮮です。

 

印象的だったのは、役員の有井さんが、金ゴマの種を蒔いている姿を見た時のことです。蒔いては少し戻り、また蒔いて、という動き方をしていて、なぜなのか聞いたら、『この方が蒔きムラがなくなるよ』と。同じ師匠である金子さんから教わったと話していたんですね。

 

彼女の蒔き姿が、とても美しく見えて。知らなかったことを再発見できたような気がしました」(田下さん)

同じ課題に向き合うことで

「壁」を超えていく

関わり合うことで生まれる、農業者同士の技術交換。それを経て今年、ある出来事がありました。田下さんの夫であり〈風の丘ファーム〉代表の隆一さんが、〈山田農園〉に、きゅうりの技術指導を申し込み、研修に行ったというのです。

 

「話をもらった時は、本当にびっくりしました。隆一さんがうちに農業を見に来るなんて、これまでは考えられないことでしたから」と、興奮した面持ちで山田さんは話します。

 

「昨年、うちではきゅうりがうまく採れなくて。〈山田農園〉がきゅうりの栽培に特別な技術を持っていることは、以前から話に聞いていました。私は教わりに行ったらいいんじゃないかとずっと思っていたけれど、頑固な夫は自分でそうと決めなければ動かないから。話を聞いた時には私もうれしかったですね。

 

そもそも農薬を撒くか撒かないか以前に、野菜の出来を決めるのはその手前にある栽培技術で、それが8割を占めます。有機農業を選んでも、いいものを作れる技術がなければ野菜は売れない。だから山田さんのように技術をしっかり持っている人に、教わっていかなければいけないと。夫もそう考えるようになったんだと思います」(田下さん)

 

「慣行と有機の垣根がとれたように感じました。小川町の歴史に残るニュースだったと思う」。何度もそう繰り返す山田さんの姿は、喜びと同時に、これまでの苦労を物語っているようにも感じました。

慣行農家と有機農家の間にある垣根。それはたしかに存在する一方、そこに新しい風が吹けば、実は思いのほか軽やかに乗り越えられるものかもしれません。

 

例えばそれは、農業をもっと持続可能にしていくための、栽培技術の共有。耕作放棄地をなくしていくための取り組み。共通して目を向けるべき大きな課題のために、知恵を出し合うこと。

小川町の女性が立ち上げた小さな活動は、今やただ金ゴマを生み出す以上に、大きなものを生み出す予感を含んでいました。

【編集後記】

同じ目線を持ち、目指すものがある女性が集まることとは、なんと頼もしく力強いものなのでしょう。キャッキャとお話ししながら和気藹々、でも手元はテキパキと力強く除草し、はつらつと作業されている皆さんの姿がとても印象的で、たくさん咲いたゴマの淡い紫の花は愛らしくきれいでした。一方で、慣行と有機を皆が理解し、お互いの農業技術を学び合う謙虚さとリスペクトの関係は素晴らしいと思いました。おふたりの可愛らしさと聡明さのギャップが心に沁み、「金ゴマを作るのはロマンがある」という言葉にグッときました。女性が仕事をすること、仕事をし続けること、自分がしたいことの時間をつくること、挑戦すること。そのどれもが励まされるようなGOMAの会の皆さんが作る金ゴマ。味わえる日が楽しみで仕方ありません。

(未来定番研究所 内野)

もくじ

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