5年後の答え合わせ
2024.07.13
メイドインジャパンを継ぐ人。
近年衰退傾向にあるとされているメイドインジャパンプロダクトの魅力をたずね、それを継ぐ人の価値観を探る連載企画「メイドインジャパンを継ぐ人」。第4回は、ソフトビニールフィギュア(以下、ソフビ)を製作・販売する〈シカルナ・工房〉へ。造形師の宮澤博一さんが2007年に創設し、現在では原型製作から成型、塗装まで行っています。国内外から熱い視線を浴びるほど人気の〈シカルナ・工房〉のソフビは、どのように生まれているのか。そして今、宮澤さんがソフビを届ける理由とは?
(文:船橋麻貴/写真:大崎あゆみ)
ゼロからスタートしたソフビ製作
1950年代から製造が始まったとされている日本のソフビ。1960年代後半の怪獣ブームをピークに作り手が激減していきます。そんなソフビ界に新風を吹き込んでいるのが、2007年に創設した〈シカルナ・工房〉。それまで玩具店を営んでいた宮澤博一さんが、突如独学で原型の製作をスタートさせたのが始まりです。
「ブリキや超合金、ソフビなどの古い玩具を扱っていたのですが、インターネットの普及もあって、来店するお客さんの数が減って商品の仕入れもできなくなっていたんです。この先どうしようか考えた時、従来の古い玩具好きの人たちに向けて、新たにソフビを作って届けられたらと。ソフビを作ったことはなかったし、教えてくれる人もいなかったんですけど、できるんじゃないかと思って勝手に始めました。もちろん、自信なんてまったくなかったですけどね(笑)」
原型を粘土で作るところから始まるソフビ製作。〈シカルナ・工房〉では、その成形のほとんどを宮澤さんが担当しています。何の後ろ盾もなく始めたため、その方法さえも手探り状態だったそう。
「フィギュア製作の経験がなかったので、最初は原型を作るにもどんな素材を使うのかすら、わからなかったんです。だから、ホームセンターで粘土を手当たり次第買って試作する。その連続でした」
そう飄々と話す宮澤さんが作る原型は、ゴツゴツした皮膚、鋭い牙や爪など細部にまでこだわりが宿り、あまりの精巧さに驚かされます。妻で〈シカルナ・工房〉代表の宮澤カオリさんもまた、宮澤さんが作る原型に才能を感じていたよう。
「ちょっとクセがあって面白い。だから、お金を出して買ってくれる人がいるかもしれないと思いました」
そしてソフビ好きにも支持されているのが、〈シカルナ・工房〉ならではの塗装。深みのある独特な色合いに心を奪われますが、宮澤さんは軽やかにこう語ります。
「2色しか吹き付けていないのに、いろいろな色を重ねているように見える方法にたどり着いたんです。なんとなく楽しく色を重ねてみたら、複雑感や重厚感を出せたというか(笑)」
熟練の技術が必要な成形も諦めない
ソフビ製作は、粘土で作った原型をワックスに置き換えて、金型を製作。そこに材料を流し込んで成形した後、塗装を加えて完成します。当初、原型製作と塗装以外は外注していましたが、2016年からは成形にも取り組むように。しかし、そこでも大きなハードルが立ちはだかります。
「付き合いのあった成形屋さんに、『無償でいいから2〜3カ月修行させてほしい』とお願いしても断られるばかりで……。だけど、僕は何事もできるまで諦めずにやり続ける性格で(笑)。技術は教えてはもらえませんでしたが、見よう見まねでやってみようと思ったんです」
1つのことをとことん突き詰めるタイプだという宮澤さんは、成形に必要な設備と工房の場所を新たに確保。こうして原型製作から成型、塗装までのソフビ製作を行える環境を整えたものの、技術習得までの試練は続きます。
「一番ネックだったのは、金型に材料を流し込む成形の作業。200℃以上になる窯に入れて材料を焼きつけていくんですが、どのくらい焼けばいいのかもわからなくて。焼きすぎると素材が固くなりすぎて金型から外れず、反対に焼きが甘いと金型から外す時に変形してしまう。僕が作る原型は複雑な形のものが多いので、金型から材料を抜き取るにも高度な職人技が必要でした」
商業原型師としての存在意義
トライ&エラーを繰り返しながら、次第に勘とコツを掴んでいった宮澤さん。そこまで情熱を注げるのは、ソフビに可能性を感じたから。
「今や『ソフビ』という単語が海外にも浸透し、その勢いはブリキや超合金を超えるほど。それはやっぱりソフビの素材自体が親しみやすく、自由度が高いからだと思うんです。自分の頭の中で思い描いたことを原型に落とし込んで、金型を作ってもらう。いくら成形が難しくても自分たちでできるようになれば、ソフビの表現の幅が広がると思ったんです」
最近では完成したソフビに後から装飾を加えるという新たな試みを行うほか、オリジナルのソフビを別のソフビで改造した、〈シカルナ・工房〉の創設を記念したアイテムも製作・販売しています。
〈シカルナ・工房〉オリジナルのソフビはまるでアート作品のよう。ですが、「あくまでも商業製品」だと宮澤さんは語ります。
「元々古い玩具を売ってきたので、やっぱり僕としては欲しい人にソフビを届けたい。古い玩具は新たにもう作ることはできないけれど、ソフビなら今でも自分たちが作って届けることができるじゃないですか。僕はアーティストではなく、商業原型師。自分が存在している意義はそこにあると思うんです」
技術も知識も惜しみなく伝える
たった1人の職人からスタートした〈シカルナ・工房〉。創設から15年以上経った現在では20〜30代の若い世代の職人たちも加わり、新たなソフビ製作に日々挑んでいます。そんな〈シカルナ・工房〉の評判を聞きつけ、若い世代の人たちが見学に訪れることも多いそう。
「うちに見学に来てくれる人には、僕がわかる範囲なら何でも教えています。次世代に技術を継承したいとか、そんな大それたことじゃなくて、ただ親切にしたいだけというか(笑)。
ソフビ職人は減っていますが、頑張っていればそれに見合うような評価と対価は必ずある仕事だと思ってます。うちの商品でお客さんが喜んでくれるのであれば、そのための努力をこれからも惜しみたくないですね」
「諦めの悪い性格」と自身が話すように、困難に何度もぶつかっても諦めずに立ち上がってきた宮澤さん。この先もソフビの可能性を信じ、ソフビ製作と対峙していくよう。
「ソフビが作られるようになってから、100年も経っていないんですよね。だから、この先どうなっていくのかを解明できるのが楽しみなんです。それは自分が作るものに対してもそう。どこまで小さいものが作れるのか、どこまで精巧さを追求できるのか。そんな挑戦をこれからもできるのがうれしくて。
そして、〈シカルナ・工房〉としての直近の目標は、ソフビミュージアムを作ること。実は数年前から準備していたんですが、コロナ禍で計画が中断してしまっていて。物件の家賃だけ払い続けていて具合が悪いので(笑)、近い将来に実現させたい。これまで作ってきたソフビを展示したり、製造の様子を見ていただいたりして、ソフビの魅力を伝えていけたらと思っています」
〈シカルナ・工房〉
オリジナルの幻獣シリーズをはじめ、名作アニメキャラクターなどのソフトビニールフィギュアの製作・販売を行っている。
【編集後記】
取材当日は、工房にて独創的なソフビが所狭しと並んでいる様子を拝見し、これまでソフビに抱いていたイメージが一新されると共に、魅了される理由がわかったような気がします。宮澤さんの努力と試行錯誤を通じて生み出されたソフビには、技術の高さもさることながら、情熱と創造力が込められているように感じました。
これまでの経験や挑戦を通じて培われた宮澤さんの独自のスタイルとアイデアが、ソフビに魅力を与えているのだと思います。そのような情熱と心血が注がれた製品を見たことで、物事に打ち込むことの大切さを再確認しました。
(未来定番研究所 榎)
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