2022.02.14

目利きたちと考える、季節の新・定番習慣。<全10回>

第10回| 「バレンタインデー」は、社会的な遊びになる?

日本には、年間を通して伝統や文化に根付いた行事や習慣が多く存在します。中には、他の行事と比較すると、人々の関心が薄まりつつある行事も少なくありません。「未来定番研究所」では、そうした伝統行事を未来に繋いでいくためにも、各界で活躍している方々にお話を伺いながら、新しい行事や習慣の在り方を探っていこうと思います。

 

第10回目にお招きしたのは、京都橘大学で経済学を教えている牧和生(まき・かずお)さんです。オタク文化やサブカル文化を経済学から捉えて研究する牧さんに、5年先のバレンタインデーについて、「推し活」の側面からも語っていただきました。

(文:大芦実穂/イラスト:ユア)

「バレンタインデー」というと、好きな人へ告白するイベントだと思っていませんか? 日本のバレンタインでは、一昔前は女性から想いを寄せる相手へチョコレートを渡すというのが一般的でしたが、「義理チョコ」「友チョコ」「ご褒美チョコ」と楽しみ方が変わってきていることにお気づきでしょうか。そしてここ数年で新たに登場したのが「推しチョコ」というニューカルチャーです。

 

推しチョコとは、その名のとおり、自分の“推し”に対してチョコレートを贈ったり、または自分で楽しんだりするもの。例えば、推しの相手が2次元ということもありえますよね。その場合、実在しない対象ということを認識しつつも、そのキャラクターの製作者や会社に対して贈ることもあります。

 

いまや、アニメやゲームのオタクの世界では、キャラクターの誕生日を祝うイベントが一般的です。キャラクターは、誕生日や血液型、好きな食べもの等、詳細が設定されていることが少なくありません。これは私たちに親近感を与えるためです。人間相手なら、誕生日をお祝いすれば、「ありがとう」や「うれしい」という言葉が返ってくるなど、こちらの愛情が伝わっているんだということがわかりやすいですよね。しかし、2次元相手だと反応が返ってこないため、愛情を図る指標がありません。そこで、誕生日を祝うことで「誕生日を祝うくらい好きだ」ということを可視化して、自分で確かめるんですね。「愛」の確かさを。オタク分野で、「無限回収」という言葉があります。これは、例えば同じ絵柄の缶バッジを延々と集めていくことなどを指します。経済学的には、これまで同じものを集めることは無意味な行動だと思われていたんですね。やはり人は新しいもの、持っていないものをほしがると思われていたからです。ですが、これも「同じものを集めるくらい好き」という、愛情の可視化のための消費行動なのです。

最近では、推しの色に関連したグッズなどを集めることも流行っているようです。例えばゲーム『ドラゴンクエスト』の人気キャラクター・スライムなら、青色をしているので、青のジュースやお菓子を買おうなどといったことです。色で連想すると、何気ない毎日も楽しくなりそうですよね。

 

これらを踏まえて、私の考える「未来のバレンタインデー」ですが、より楽しみ方が多様化し、社会的な「遊び」へと発展していくと思います。これまでの恋愛を基準としたやりとりでは満足できない人々が、新しいチョコの遊びを始めていくのではないでしょうか。実在しない・レスポンスがない相手だと分かっているのに、チョコを贈るという行為を楽しんだり。好きなキャラに見立ててチョコを買ってみたり。そんなひとつの社会的な遊びになるのではと。

 

もともとチョコレートとバレンタインを結びつけたのは、チョコレート製造や販売に関わる生産者でしたが、今回の推しチョコといったカルチャーは完全に消費者からの発信という点もおもしろいと思います。“推し”がいる方はわかると思いますが、推しの存在は生きがいや辛い時の支えにもなります。辛い時に出会った本や映画、音楽に救われたという経験がある方も多いのではないでしょうか。バレンタインデーは“推し”や推しを作ったクリエイターに感謝を伝えるイベントになるかもしれないですよね。ほかにもVRの技術が進歩すれば、推しの姿を投影し、そこに人工知能も反映させることが可能になると思います。これまで推しチョコは一方向でしたが、チョコを渡すとオーダーメイドの反応が返ってくるなど、双方向のコミュニケーションができる日もそう遠くはないかもしれません。

 

新しい文化や技術はそういった“遊び”のなかから生まれます。そして社会がその遊びに対して寛容になり、違う価値観をおもしろいと思えれば、社会はさらに豊かになっていくと思います。

Profile

牧和生さん

京都橘大学 経済学部 経済学科 准教授。専門分野は、理論経済学/行動経済学/現代アニメ文化論。行動経済学における非合理的な意思決定をヒントに、多様な価値観が共存する現代においてサブカルチャーやオタク文化で生じる人々の非合理的な行動の意味やその可能性について、理論的に研究している。研究内容の詳細は、https://www.tachibana-u.ac.jp/discovery/interview/2112を参照。

【編集後記】

一年で一番チョコレートが購入される一大イベント「バレンタイン」。

名称は同じながら、時代時代でその中身は大きく変容しています。

ただそれでも、これまでは実在するものへのギフトとしてあったものが、実在しないものが対象となってくるという牧先生のお話は聞いていて新鮮でした。一方でおっしゃる通りそのような遊びの要素が新しいものを生み出していくのだと改めて実感しました。

 

(未来定番研究所 織田)