2021.11.15

目利きたちと考える、季節の新・定番習慣。

Vol.7 「虫聞きサロン」ができる? 声•脳•教育研究所代表の山﨑広子さんが予想する未来

日本には、年間を通して伝統や文化に根付いた行事や習慣が多く存在します。中には、他の行事と比較すると、人々の関心が薄まりつつある行事も少なくありません。「未来定番研究所」では、そうした伝統行事を未来に繋いでいくためにも、各界で活躍している方々にお話を伺いながら、新しい行事や習慣の在り方を探っていこうと思います。

 

第7回目にお招きしたのは、声が心身に与える影響を心理学の面から研究している山﨑広子(やまざき・ひろこ)さんです。秋の風物詩「虫聞き」について、文化背景や健康影響、そして未来のアイデアまで幅広く伺いました。

(イラスト:クボタノブエ)

秋になると、コオロギやスズムシなどの虫の声がどこからともなく聞こえてきますよね。虫の声を聞くという習慣は、実は日本だけのものではありません。例えば、中国では日本同様に虫かごに入れて飼う習慣がありましたし、虫聞きのコンテストも開催されていたようです。また、1800年代のイギリスを代表する小説家チャールズ・ディケンズは『炉ばたのこおろぎ』という作品を残しています。同時期に活躍したロマン主義の詩人ジョン・キーツもキリギリスやコオロギの声を歌にたとえました。

 

ただ、どちらかというと欧米よりも特に東アジアで虫の音が好まれたようです。その大きな理由は家の造りにあります。東アジアは森林が豊富で、気候的に夏は高温多湿であるため、建材には石よりも調湿作用に優れた木や草(い草や藁)が使われました。さらに、風が通るように外と内を遮断しない構造になっています。日本でも縁側は外と内が曖昧な部分です。すると、容易に想像できるかと思いますが、とにかく外の音がよく聞こえます。虫の声はもちろんのこと、風や雨などの音が常に聞こえている状態なので、必然的に環境音に敏感になったのではないでしょうか。

反対に、ヨーロッパなどでは石造りやレンガ造りの家が多く、家の外と中もきっちりと分けられているので、木造建築よりも外の音の流入は少ないのですね。

 

ここでひとつ、興味深い話があります。1970年代後半から1980年代にかけて、「筑波病」または「つくばシンドローム」と呼ばれる現象が社会問題になりました。これは、筑波大学に在籍していた研究者が次々と自殺をしたり、うつ病や統合失調症になったりしたというもの。最初は、都会に住んでいた研究者たちが、いきなり田舎に連れて来られたからではないか、と考えられ、筑波大学の周りに商業施設を作り、都市化を計りました。しかし、状況はよくなりません。そんな中、映画『AKIRA』の音楽も担当した研究者で音楽家の大橋力(おおはし・つとむ)さん(音楽家名義は山城祥二)が、筑波大学には環境音がないからではないかと提唱。確かに、研究に集中できるようにと、大学はコンクリート造りで、研究室もほぼ無音状態だったそうです。大橋先生は動物実験などで実証を得てから、環境音を取り込む試みをしたそうです。その結果、自殺者の数が減り、いわゆる筑波病に終止符が打たれたと言われています。もちろん、それだけが解決の要因ではないにせよ、ひとつの有効な手段だったということです。ではなぜ環境音なのかというと、自然の中には、人間の耳では聞き取れない超高周波が含まれており、これらが人の生理活動によい影響を与えるのではないかと考えられているからです。この現象を大橋先生は「ハイパーソニック・エフェクト」と名付けました。20万Hz(ヘルツ)以上のハイパーソニック(超高周波)が含まれた音は、脳の基幹部に作用してストレスホルモンを低下させ、免疫細胞を活性化させるそうです。その研究は現在、国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センターの本田学(ほんだ・まなぶ)先生が引き継がれています。

 

人間は、2万Hz以上の音は、耳で聞き取ることができませんが、実は皮ふなどの体全体を使って感じ取れます。虫の声をはじめ、自然の中にはハイパーソニックが溢れています。森の中にいると心地よく感じるのは、樹木が出す化学物質の作用もありますが、音の影響も大きいのです。ちなみに、テレビやCD、アプリ等の音にはハイパーソニックは含まれていません。ですから、アプリや動画でいくら虫の声を聞いたとしても、やはり本物には敵わないということです。

 

脳の健康のためというのはもちろんですが、ただ虫の声が聞きたいという人も、一定数はいらっしゃるはず。しかし都市部ではどんどん虫が減っていますよね。そこで、体験型の「虫聞きサロン」を作るのはいかがでしょうか。グリーンルームのような温室に、小川や滝を擁した野山のような自然環境を再現。その中でキリギリス、マツムシ、コオロギ、スズムシなどの鳴く虫が自由に動きまわっています。1階から3階くらいまであって、3階では高地にいるような虫が鳴いている。ハイパーソニック・エフェクトの効果を十分に感じたい方は、皮ふから吸収できるよう、なるべく半袖や短パンなどで肌を露出していくといいかもしれませんね。

虫の声がする場所=敵がいない安全な場所、というのを人類は古くから知っています。何か生き物が近づいてくると、虫はピタッと鳴くのをやめますよね。虫の声がするというのは、無意識のうちに安心感をもたらしてくれているものなんです。人々に心地よさを与えてくれる虫の声に注目が集まることで、虫たちが暮らす自然環境も守られていくといいですね。

Profile

山﨑広子さん

一般社団法人「声・脳・教育研究所」代表。音が心身に与える影響を音響心理学、認知心理学をベースに研究。特に「声」と心身のフィードバックに着目し、分析件数はもうすぐ4万例突破。著書に『8割の人は自分の声が嫌い』(角川新書)、『声のサイエンス』(NHK出版新書)ほか。音の現場を伝える音楽・音声ジャーナリストでもあり、取材執筆多数。学校教材も執筆。

https://www.yamazakihiroko.com/

【編集後記】

自然の音は体全体で楽しむ。

耳からだけではなく皮膚からも吸収するのであれば、全裸でハイパーソニックを浴びるのが、一番効果的ではないかと想像はふくらみます。

虫聞きサロンの発展形は虫聞きサウナ。

心身共に整う事、間違いなしではないでしょうか。

 

(未来定番研究所 出井)