2026.01.21

自分は自分でいい。「ほめるBar」の郡司淳史さんが思い描く、これからの「褒め」のあり方。

悪い点を指摘するのではなく、まずいいところを見つけて褒める。そんな場面が少しずつ増えてきました。自分自身を褒める動きが見られたり、成果や結果だけでなく「その人らしさ」が褒められたりと、「褒められる事柄」も、以前より広がってきているように思います。

 

では、褒め合うことが当たり前の社会に突入するために、私たちはどんな考え方を持つといいのでしょうか。何をどう褒めるかを見つめ直すことは、これからの価値観にもつながっていくはずです。F.I.N.編集部は、時代の目利きたちとともに「褒め合う社会になっていくには?」を考えていきます。

 

今回お話を伺うのは、2018年から「ほめるBar」を主宰してきた郡司淳史さん。これまで延べ2,000人以上の人たちを褒めてきました。ありのままの魅力を言葉に変えて届けてきたことで、見えてきたことは何なのでしょうか。そして郡司さんがたどり着いたその本質と価値、これからの褒めのあり方とは。

 

(文:船橋麻貴)

Profile

郡司淳史さん(ぐんじ・あきふみ)

〈株式会社心電〉代表取締役。1988年東京生まれ。日本大学卒業後、メディア運営会社に入社。退職後は、建設、清掃、引越などの現場仕事で生計を立て、独学で学んだ企画業でフリーランスに。〈株式会社ガイアックス〉、JR西日本グループなどさまざまな企業にアドバイザリーとして参画。
音楽イベント、野外フェス、旅、などの趣味から派生し、お茶にたどり着き、2016年、お茶プロジェクト「VAISA」を仲間と立ち上げる。その後、「心に電気を」を理念に〈株式会社心電〉を仲間とともに創業。その他、音楽イベント「choutsugai」、野外フェス「caravan」、「ともかくうごこう」をモットーにした「郡司塾」など小さな事業を立ち上げ続け、「人と自分に優しく、愛と、感謝と、尊敬を」を大切に活動中。人を褒める「ほめるBar」は、友人の山中散歩さんと中西須瑞化さんと2018年にスタート。現在は、日本大学やその他大学にて特別講師としても登壇する。

https://sinden.tokyo/

内面を見つめて褒めることが、

自分を認めるきっかけになる

「ほめるBar」は、友人の山中散歩さんと中西須瑞化さんと一緒にスタートした

郡司さんを中心とした「ほめる人」に話を聞いてもらい、自身の素敵なところを褒めてもらう「ほめるBar」。そのきっかけは、友人で生き方編集者の山中散歩さんとの何気ない雑談でした。

 

「『世の中、なかなか褒められる機会がないよね』という会話をきっかけに、SNSで『ほめるBarをやります』と投稿してみたんです。そうしたら、初回から30人くらいの方が集まってくださって。やっぱり皆自分のことを見てほしいんだなと、言語化できないニーズの大きさを感じました」

「ほめるBar」初回時の様子。SNSの投稿がきっかけとなり、友人たちを中心に褒められたい人たちが集った

そう当時を振り返る郡司さん。活動を続けるなかで、褒めに対する捉え方に、少しずつ変化が生まれていったそうです。

 

「『ほめるBar』を行ってだんだんわかってきたのは、自分自身が褒めること自体を目的にしていないということでした。僕が大切にしたいのは、相手と向き合う対話そのもの。『洋服が素敵ですね』といった表面的なお世辞を伝えるのではなく、その人の根底にある本人さえ気づいていない魅力や、本当に認めてほしい部分を一緒に見つけていく。褒めるという行為は、その人が自分自身を認めたり、自信を持ったりするためのきっかけになるものなんだと、続けるうちに感じるようになりました」

 

褒める方法や手段は「ほめる人」に委ねているという「ほめるBar」。郡司さんが活動を続けるなかで、自然と大切にするようになったのが、次の3つのルールでした。

・いいと思ったら、その瞬間に伝える。

・決して否定しない。

・しっかり相槌を打つ。

「この3つがあるだけで、その場は一気に『安心安全な空間』になります。何を言っても肯定的に受け取ってもらえるとわかれば、人は自然と心を開き、自分の内側にある言葉を紡ぎ出し始める。僕の役割は、その言葉を拾い上げ、ネガティブな面すらもポジティブに変えて、相手に伝えること。そうやって、自分自身を認める感覚を持ち帰ってもらえたらと思っています」

「ルクア大阪 妄想ショップ」にて開催した「ほめるbar」の様子。以降3枚目まで同様

承認欲求から自己理解へ。

変わりゆく褒めの価値

活動開始から8年ほど。「ほめるBar」に訪れる人たちの「褒められたい理由」に、ある種の変化を感じていると郡司さん。

 

「以前は『誰かに認めてほしい』という、外に向けた承認欲求が強かったように思います。でも、ここ1〜2年は少し様子が違っていて。他人からの評価というよりは、『自分はこれでいいんだ』という自分軸の確認、つまり自己理解やセルフケアの一環として、褒めを求めている人が増えていると感じます。社会が不安定な今、他人の物差しで測られる幸せではなく、『自分らしくあること』を誰かに肯定してもらいたい。それは、自分に対する『ステートメント(宣言)』の再確認のような作業だと感じています」

例えば、子育てに追われて自分を見失いそうになっているお母さんや、キャリアの岐路に立つビジネスパーソン。彼らは、自分が今ここにいることの意味を、言葉というカタチで表現してほしい。だから、自分では当たり前だと思って見過ごしている今の自分を、他者の視点を通じて言葉にしてもらう。そのプロセスこそが、自分を許し、愛することに繋がっているといいます。

 

「他人からの言葉を鏡にして、ようやく自分は間違っていないと自分自身を許せるようになる。今の時代、褒めることは、自分を認めるための大切な儀式になっているのかもしれません。誰かに認められることで、ようやく自分に対して許可を出せるようになる。僕たちが紡ぐ言葉が、その人が自分らしく生きるための後押しになれたらと思っています」

褒めにテクニックはいらない。

大切なのは、「当たり前」を捉える視点

日常生活のなかで誰かの魅力を言葉にするのは、意外と難しいもの。しかし、郡司さんは「特別な語彙力やテクニックは必要ない」と話します。

 

「皆さん、褒めようとすると何か特別な成果を探そうとしてしまうんですよね。でも、本当の魅力はそんなところにはないと思うんです。例えば、時間通りに来てくれたこと。それだけで、相手の時間を尊重しているという素晴らしい魅力じゃないですか。もっといえば、『朝、ちゃんと起きられたこと』『ごはんをおいしいと感じられたこと』。当たり前だと思われていることのハードルを下げてみる。そうすると、自然と言葉は出てくるはずです」

郡司さんの言葉は、時にネガティブだと思われている側面さえも、唯一無二の個性として光を当てます。

 

「仕事ができない、コミュニケーションが苦手、とコンプレックスを抱えている人も少なくない。でも、それは視点を変えれば『自分独自のやり方を模索している』ということかもしれないし、『相手の反応を繊細に感じ取れる』ということかもしれない。コンプレックスは、その人がその人であるための大切な欠片なんです。それを否定せず、魅力の1つとして言葉にしていく。そうすると、自分の嫌いだった部分を少しずつ愛せるようになっていきます」

これからの時代に必要な、

自分をケアする力

相手のいいところを見つめ、そこに光を当て、曇りなき言葉で伝えてきた郡司さん。1年ほど前から、小麦や砂糖、乳製品を控えるといった食事の改善を行っているそう。自分のコンディションを整えることは、相手の微細な変化や魅力への気づきに一役たっているのかもしれません。

 

「これからの時代、自分をケアすることは、より必要不可欠になるのではないでしょうか。自分がハッピーであればあるほど、人をハッピーにすることができるはずだと思うので。最近は、自分を整えることと人をちゃんと認めることって、結局繋がっているんだなと感じています」

写真:嶋崎征弘

郡司さんの活動は、今や「ほめるBar」の枠を超え、企業の組織づくりにも広がっています。あるプロジェクトでは、スタッフ一人ひとりの魅力を引き出し、お互いに認め合い、企業の成果に繋げていく「サポーター」のような関係性を構築しています。

 

「トップダウンで『褒めなさい』と言われても、正直困るじゃないですか。だから、まずは1人が隣の人のいいところを言葉にしてみる。それをされた人が、また別の人に繋いでいく。自分を認められるようになった人は、自然と周りにも優しくなれる。そのポジティブな連鎖が、結果として組織のパフォーマンスだけでなく、個人の幸福度をも上げていくと思います」

AIにはできない褒めがある。

場と身体がつくる言葉の重み

テクノロジーが進化し、AIが完璧な褒め言葉を生成できるようになった現代。それでもなお、郡司さんは「リアルな対面」が生み出す熱量を信じています。

 

「画面越しでも言葉は伝わりますが、その場で共有する空気感や熱量は、やっぱりリアルにしかありません。相手の表情の変化、声のトーン、その場の匂いや光。そうした膨大な情報のなかで発せられる言葉には、AIには真似できない重みがある。これからの時代こそ、こうした身体性を伴う対話が普遍的な価値を持っていくと信じています」

 

リアルな温度を感じながら、相手も自分も肯定していく。そんな響き合いの先に、郡司さんが見据えているのは、褒めという言葉すら意識しなくなるほどの地続きの未来です。

 

「理想は、僕たちのような活動が必要なくなることですね(笑)。皆が日常のなかで、自分のことを『これでいいんだ』と思えて、隣にいる人のいいところを自然に言葉にできる。特別なことじゃなくて、もっと普通に呼吸するみたいに褒めが行き交う。そんな社会になったらいいなと思っています」

【編集後記】

愛読している漫画のなかで、容姿を褒められた主人公が謙遜したのに対し、外国人のキャラクターが「謙遜しすぎは日本人の悪い習慣。美しいと言われたらこういうの。『ありがとう』」というシーンがありました。直接褒められたり、相手を褒めるのは恥ずかしい気持ちが先行しがちですが、比較的SNSの世界だと、思ったらすぐ相手に「素敵!」「可愛くてかっこいい!」など素直に伝えられている気がします。また、ちょっと怪我したり少し物事につまづくと、健康なことやスムーズなことが当然でないのに気づけますが、郡司さんのように気づいていることがデフォルトだと、より日々を健やかに過ごせるように思います。褒めることで生まれる肯定は、自分も相手も大切にする、あたたかな行動だと感じました。もし自身にその機会があれば素直に「ありがとう」と、気持ちを返したいと思います。そうすると、自分だけでは生まれなかった感情を発見できそうです。

(未来定番研究所 内野)