2020.12.04

本来あるべき人と音との自然な関係とは。 環境音から考える、社会における音の可能性。

人間は元来、自然や様々な暮らしの営みによって生じる音に囲まれて暮らしてきたもの。しかし、近代化や都市化が進むことで、自然環境の音が聞こえなくなると同時に、身の回りには人工的な音が溢れてきました。そんな中で人工生命(ALife )研究者によるスタートアップ企業〈オルタナティヴ・マシン〉によって開発されたのが、音響自動生成マシン「ANH(*1)」。その場の音環境に適応し、自然なサウンドスケープを構築するという目的で生まれたこの仕組みは、人が心地よく過ごせる都市や社会をつくるためのヒントになるかもしれません。〈オルタナティヴ・マシン〉の代表取締役である升森敦士さんと、社員でありサウンドアーティストでもある土井樹さんと、自らの作品の中に環境音を取り入れる音楽家の蓮沼執太さんの鼎談から、環境音を起点にした未来の社会における音の可能性を探っていきます。

*1  一般社団法人ALife Lab.と株式会社電通国際情報サービス (ISID) が主宰する「集団の形成メカニズムの分析と介入法を実証する研究プロジェクト」の一環として開発が行われました。

音からみる、社会と環境のいま。

左から順に、土井樹さん、蓮沼執太さん、升森敦士さん

F.I.N編集部

まず「ANH」という製品について簡単に教えていただけますか?

升森敦士さん(以下、升森さん)

もともと生物というのは、豊かな自然環境でそれぞれ時間、空間、周波数において独自の位置、つまり、ニッチをみつけだして、自然と棲み分けをしていると言われています。これを「音のニッチ仮説」と呼びます。「ANH」は、「音のニッチ仮説」に基づいて、その場の音環境に適したサウンドスケープをリアルタイムで再構築して、作り出すシステムです。もう少し詳しくお話しすると、設置された環境の音を集音し、環境の周波数帯域の空きが自然と埋まるような新たな音を自律的に生成し、多様な音を複雑なタイミングで出力しています。

「ANH」の写真

蓮沼執太さん(以下、蓮沼さん)

どういう活動をされているか気になっていたので、ご一緒できるのを楽しみにしていました。お互い立っている場所は違うけれど、もしかすると捉えているポイントは近いのかなと感じています。「音のニッチ仮説」に紐づいて、この東京・渋谷という都市環境で、「ANH」がどういう風に生かされていくのかワクワクしています。

F.I.N編集部

環境音は、社会や環境とどのように関係し、影響を与えているのでしょうか?

升森さん

そうですね。例えば、最近の研究で、珊瑚が死んでしまった場所に、生きた珊瑚礁の音を録音してきて流すと、魚が再び戻ってきたという話があります。これも、環境音が直接的に生態系に影響を与えていることを示す面白い事例の一つですね。

土井樹さん(以下、土井さん)

ニュースで取り上げられていましたが、コロナ禍に、ある地域では鳥の鳴き声の周波数が下に下がったんだそう。外出自粛により、街中から人の騒音が急になくなったからです。これはまさに「音のニッチ仮説」。それまでは、高い周波数で無理して鳴いていたかもしれません。それを本来の周波数に下ろしてきたということ。コロナ禍で、こういう変化は大きかったと思います。

蓮沼さん

確かに、インドでは普段見えなかったヒラヤマ山脈が見えるといった、目に見える環境の変化もありましたよね。

空間、環境、時間によって

今ここにある音を自然に戻す。

升森さん

そもそも人間が作った都市空間などは、自然とは違う異質な音環境になっていて、それが人の心理にも影響を与えると言われています。人間だけでなく動物もそうですけど、進化的に遺伝的にも獲得されていた“自然”の状態からずれてしまうと、何かしらのストレスがあるはず。「ANH」は、音を埋めてその場に合った自然な音環境に戻すようなシステムとしても捉えられると思います。また、環境自体も変化していくので、同じ場所でも「ANH」によって生成される音は変わります。

蓮沼さん

場所や空間だけでなく、時間もそうですよね。同じ場所でも朝・昼・夜でその場所の音は変わると思うし、そもそも変わるということが普通なんですよね。だから、変化するということに柔軟というか、その瞬間とその空間によって、音を作って出しているということでしょうか。

土井さん

僕は、音楽を作る時はいつも、音の背後性みたいなものを考えるようにしています。「ANH」は今ここにある音によって環境を作るようなサウンドスケープ的な要素がありますが、蓮沼さんは音をどのように捉えていますか?

蓮沼さん

音って、その瞬間いきなり発生するわけではなく、例えば、木が育って、そこに虫や鳥がきて、実がなってといったように、ずっとそこに存在する環境に流れる時間があるんです。いきなり鳥が鳴いているわけではなくて、鳥が生まれるところから今この瞬間に鳴くまでの時間があります。結局今そこにある“音”というものには、それが出来上がるまでの時間の層、歴史も含まれていると思うんです。ひとつの音に対して膨大な時間が含まれていることを意識することは、現在より必要になっていると思います。一瞬で消えていく音ひとつをとっても、そこには歴史や時間があるなと考えています。

AIを使った、音楽作りの今。

F.I.N編集部

AIによる音の自動生成というものは、音楽作りをする中で新しいものなのでしょうか?

土井さん

実は、音楽は自動生成の歴史が深くて、かなり初期の段階から行われていたんです。例えば、初期の西洋音楽だと、アルファベットと音をあらかじめ対応させて、歌詞にそのルールに従って音をつけることで音楽になったり。今で言う「データマッピング」の走りのようなものですね。自動生成の歴史が長いのは、「音楽は神様に捧げるものなので人はできる限り介在しないほうがよい」という考え方があったんじゃないかなと僕は思っています。

蓮沼さん

今は、AIが言葉も作れるし、メロディーもドラムとベースを分けて作ることもできます。どんどん人間が出る隙間がなくなってくる。でも僕は人工知能を使うことに対してはポジティブなので、どんどん使っていけばいいと思っています。これからはAIがつくる音楽も主流になると思うんです。それによって、今まで持っていた固定概念も見直さざるを得ないし、じゃあ私たちは何をしようかという気持ちになる。でもAIは、人間ではないと思うんです。あくまでいろいろな考え方があると思うけど、人間を拡張したり補助してくれるような付き合い方ができるといいなと思っています。

升森さん

わかります。AIというのは、あくまで人間が作った大量のデータを元に学習する場合は、基本的には人間の範囲を超えられないんです。しかし、学習の仕方を工夫することで、AIは人間とは違った知性を獲得する可能性をもっています。例えば、少し前に、碁のAIが人間に勝ったというニュースがありましたが、そのAIは最終的には人間の作ったデータを使わずにAI同士で対戦して学習することで、人がさす手とは全く違うさし方をし始めました。そうするとそれにインスパイアされて、人間側もさす手が変わっていくはず。つまり、人間とは違う知性をもったAIとうまく付き合うことによって人間の能力が拡張していくということです。音楽もそういう方向に進んでいくとおもしろいんじゃないかと思います。

土井さん

僕も音楽を作るので、蓮沼さんの考えもすごく理解ができます。僕は自分がわからないような、理解できないような音楽をAIに作り出してほしいという願望があります。自動作曲もすごいけど、ALifeの観点から言うと、“自律的”に音楽を作るマシンをどう作るかを考えていきたいなと思っています。

未来の社会における、音の可能性。

F.I.N編集部

5年先の未来、どんなことを想像していますか?今後の課題などを教えてください。

土井さん

僕の好きな音楽家はなぜかスポーツができる人が多いのですが、そういった音楽と身体性の関係というのは、まだあまりフォーカスされていないので考察していきたい課題です。それとトラウマ。アートなどを作る時、幼少期のどろっとしたトラウマによって生まれたというエピソードは多いですよね。そういったトラウマを人工システムに埋め込むことができるのか。そうする必要があるのかどうかもわからないけど、人間はそういうものが制作の動機になる場合が多いので、それについても考えていきたいですね。

升森さん

音の未来を考えてみると、今まで音楽を聴くというと、ステレオスピーカーが多かったし、耳から聴くことが当たり前でしたが、デバイスを脳に直接埋め込んで、脳内でしか聞けない音というのも出てくるかもしれない。個人的には音を聞いているときは特に想像力を掻き立てられると思っているのですが、例えば耳を介さずに脳内での想像を直接引き出すことで構成された音楽を聴くということも今後あり得るのかなと思いますね。

蓮沼さん

細胞も音を聴いている(反応している)といいますよね。近い未来、耳を介さずに聴く音楽が生まれるかもしれない。それによって人間の創造性を促して、高めてくれる存在になるといいですよね。あと、僕が思ったのは、自然の音の中で周波数が欠けてしまっている部分をリカバリーしていく作業がこれから必要だと感じています。だからと言って旅に出るとかではなく、その場所にはその場所の音がある。そしてそこに住む人の営みがある。そういったことが今の都市環境では希薄になっていることに、社会も気づきはじめていますよね。

升森さん

世界的に様々な領域で多様化、多層化が進んでいるけれど、人間がこれまでに作った人工的な技術や社会は、多様性や多層性を許容するものになっていないと思います。これからはそのような人工的な硬いシステムを、もう少し生命化して柔らかくしていくことが、弊社としての目的でもあります。そうなると音楽ももっと生命化していくんじゃないかなと。音楽って生命に近いと思うんです。はじまりがあって終わりがあって。音楽自体も生命化していくというのもおもしろいですよね。

蓮沼さん

システムと音楽の関係性の話でもありましたが、音楽は決められたシステムがあって、その制約の中でAIが機能を発揮するんです。だからシステム自体をより生命化してアップデートできるとおもしろいのですよね。社会のシステムを変えるとなると大きな話になるけど、社会と音楽は密接に繋がっていて、互いに変化していくと思うんです。だから音楽のシステムが変わっていくことで、相互的に刺激し合いながら変化していけたらいいなと思いますね。

Profile

蓮沼執太さん

 

音楽家、アーティスト。蓮沼執太フィルを組織して国内外でのコンサート公演をはじめ、映画、演劇、ダンス、CM楽曲、音楽プロデュースなど、多数の音楽制作。また「作曲」という手法を応用し物質的な表現を用いて、展覧会やプロジェクトを行う。最新アルバムに蓮沼執太フルフィル『フルフォニー』(2020年)がある。http://www.shutahasunuma.com

Profile

升森敦士さん

〈オルタナティヴ・マシン〉代表取締役。東京大学大学院特任研究員。人工生命研究者。自律性、オープンエンドな学習や進化に関する理論研究を行うとともに、アンドロイドAlterシリーズ、ANH-00など、自律性やオープンエンド性を取り入れたインスタレーション、展示の制作やシステム開発も手がけている。

https://alternativemachine.co.jp

Profile

土井樹さん

〈オルタナティヴ・マシン〉シニアリサーチャー・サウンドアーティスト。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 特任研究員。社会性生物の群れの運動や人工システム内に創発する主観的時間などのテーマで研究をするとともに、アート・音楽作品の発表を行っている。またCM、インスタレーション、展示のサウンド制作及びソフトウェアプログラミングも手がけている。https://alternativemachine.co.jp

編集後記

2020年は「おうち時間」を充実させることに挑戦した方も多かったのではないでしょうか。居心地よい空間をつくる工夫といえば、インテリアや家電などに注目しがちですが、「環境音」もすごく重要な要素であることを、今回の取材を通じて学びました。インテリアショップに、ANHのような人間にとって心地よい音環境を提供してくれる装置が、当たり前のように売られている時代が、近い将来、やって来るかもしれません。

(未来定番研究所 菊田)