第1回|
第2回|
第3回|
第4回|
第5回|
第6回|
第7回|
食、住まい、交通……。私たちの文化や習慣、暮らしの定番は、外国の方から見たら面白く、未来につながるポイントが多くあるようです。この連載では、そんな人たちが見つけ出した「未来の種」にフォーカス。「Seeds of Japan’s future(日本の未来の種)」と題し、日本で働いたり、暮らしたりしている外国出身の目利きに話を伺い、私たちが見えていない・気づいていない日本の魅力を新たに発見していきます。
第7回は、日本で唯一の西洋人盆栽園オーナーとして、茨城県を拠点に活動するアダム・ジョーンズさん。母国のアメリカの大学で美術と教育を学び、埼玉県・大宮の名門「蔓青園(まんせいえん)」での厳しい修行を経てプロの盆栽師に。時間をかけて植物と向き合う盆栽には、私たちが忘れかけている眼差しへのヒントが隠されているはずです。今回は、アダムさんに盆栽に目覚めたきっかけや魅力、世代を超えて命を育む時間、自然との新たな共生のカタチなどを伺い、日本の「未来の種」を探ります。
(文:船橋麻貴/写真:嶋崎正弘)
アダム・ジョーンズさん(Adam Jones)
アメリカ・ペンシルバニア州出身。大学で美術と教育の学位を取得。卒業後は、アジアのさまざまな国で英語を教える仕事に就いた後、日本の盆栽文化に強く惹かれ、さいたま市北区盆栽町にある日本有数の盆栽園「蔓青園」で5年間の修行を積む。盆栽のプロフェッショナルとして日本盆栽協会より認定を受ける。現在は茨城県阿見町にて、日本で唯一の西洋人所有の盆栽園〈Tree House Bonsai(ツリーハウスボンサイ)〉を運営。国内外の訪問者に向けてさまざまなレッスンやワークショップを提供している。
未来の種①
アートの目線で出会った、終わりなき「生きた彫刻」
現在42歳になりますが、私が子供の頃、英語圏での日本の文化といえば「忍者」や「盆栽」などがよく知られていました。映画『ベスト・キッド』で盆栽の存在を知ってはいましたが、当時はまだ、将来自分が盆栽師になるとは思っていませんでした。
大学時代はアートと教育を学んでいて、陶器や版画を制作していました。その頃から、部屋には蘭やサボテンなどの植物をたくさん置いていて、「植物っていいな」と感じてはいたんです。
元々、世界の文化が好きで、いろいろな経験をしたいという思いがありました。そのため、大学卒業後はタイや韓国などアジアのさまざまな国を巡り、文化を勉強したり見たりするための手段として、英会話を教える道を選びました。
そうしたなかでたどり着いた日本。本格的に盆栽の世界に触れるきっかけになったのは、大宮盆栽村や大宮盆栽美術館を訪れたことでした。そこで初めて見た盆栽は、大学でアートを専攻していた私の目には、ただの植物ではなく、過去から受け継がれ、未来へと変化し続ける「生きた彫刻」のように映ったんです。陶器や版画と違って終わりがなく、ずっと続いていく。その世界に強く惹かれ、趣味ではなくプロフェッショナルを目指すことを決意しました。
未来の種②
師弟関係を築くなかでの、「自ら学ぶ」という姿勢
プロの盆栽師になるため、私はさいたま市の盆栽町にある、日本有数の老舗盆栽園「蔓青園」の門を叩きました。そこで過ごした5年間の修行時代は、言葉や文化の壁もあり、本当に大変なことの連続でした。
アメリカには、日本の伝統的な職人の世界にあるような、厳格な「師弟関係」の文化はありません。だから、日本の師弟関係に入って、親方や先輩たちが手取り足取り何かを「教えてくれる」わけではないということに結構戸惑いました。それでも、道具の名前を覚えるところから始まり、基本的には親方が仕事する姿をじっと見て、技術を盗むようにして覚えていきました。言葉が完璧に通じないからこそ、ただ待つのではなく、自分から積極的に技を見て、気づき、体得しようとする「学ぶ姿勢」が最も大事なのだと知りました。
そして今、私はここ〈Tree House Bonsai〉で、自分が弟子を取る親方の立場になりました。弟子を持って初めて、「ああ、あの時親方はこういう気持ちで私に厳しく接していたんだ」「あえて教えないことで、自分で気づかせようとしてくれていたんだ」と、当時の親方の大変さや深い意図が身に染みてわかるようになったんです。
未来の種③
あえて技術を前に出さない日本の美意識
アダムさんは「蔓青園」の技術を受け継ぎ、石そのものを鉢に見立てた盆栽を仕立てている
そうして親方の姿を見つめ、自ら学び続けるなかで、私は盆栽の技術における正体に気づかされました。
西洋のアートや庭園は、人間の意図や技術を前面に出すことが多い気がします。でも、日本の盆栽はまったく逆。理想の形を求めてハサミを入れ、針金をかけ、何年もかけて人間の手で緻密に作られているはずなのに、完成した姿からはその技術があえて見えないように仕立てている。まるで最初から大自然のなかで、雨風に耐えながら自生していたかのような自然の美を表現しているんです。手をかけているのに、その手を見せない。この独特な自然との向き合い方、引き算のような美学を知ったときは、本当に大きな衝撃を受けました。
毎日盆栽と向き合い、手を入れを続けるなかで体得した職人の技術や、日本独自の「引き算の美学」の感覚。あの厳しい5年間をやり抜いたからこそ、今の盆栽師としてのベースとなるプライドが培われたのだと思います。
未来の種④
「時間の循環」を受け継ぎ、次世代にいい状態で手渡す
盆栽には「完成がない」とよくいわれます。生きている植物が相手なので、今日手を入れたから終わり、ということはありません。日々姿を変えながら成長していく植物の美しさをコントロールし、育て続けることには、大きな面白さがあると同時に難しさがあります。
効率やスピードばかりが重視される現代社会において、盆栽のように「あえて時間をかけること」には、とても重要な意味があると感じています。そして何より、私自身がその長い時間を受け継いでいる1人の「受け継ぎ手」でもあります。盆栽は、絵の具で描いたら終わり、粘土を焼いたら終わりという芸術ではありません。何十年、何百年とずっと続いていくものです。かつての人が手入れをして大切に作ってきた植物を、今度は私たちが手を入れて、そしてまた未来の人に渡していく。そうした時間の流れているところが、盆栽のすごく面白い部分です。
だからこそ私が今、盆栽の枝に針金をかけたり、ハサミを入れたりするとき、見つめているのは現在の姿だけではありません。10年後、50年後、そして自分がこの世を去った100年後のこの木の姿を想像しながら、手入れをしていることになります。自分の代だけで完結させず、「未来の世代に最高の状態のバトンを残す」という超長期的な感覚こそが、これからの時代に私たちが自然と豊かに共生していくための、大切な眼差しになるのではないでしょうか。
未来の種⑤
茨城・阿見町から、盆栽文化を世界へ
「蔓青園」での修行を終えて独立する際、私は都市部ではなく、茨城県の阿見町という自然豊かな土地に拠点を構え、〈Tree House Bonsai〉を開きました。西洋人として日本の盆栽園を独立開業した前例はありませんでした。「大変だ、難しい」と思いながらも、「誰もやっていないなら、できる」という思いが、私を前へ踏み出させてくれました。杉や竹に囲まれたこの美しく静かな場所は、成田空港から車で30分ちょっと、都心からも電車で1時間ほど。落ち着いた自然の美しさがあり、盆栽を存分に楽しむには最高の環境です。
茨城県阿見町の住宅街に佇む〈Tree House Bonsai〉。アダムさんが丹精込めて手入れをする盆栽たちの美しい空間が広がる
私は大学で教育を学んだバックグラウンドがあり、これまで20年近くの教育経験があります。伝統文化としての盆栽は、どうしても「難解で敷居が高い」と思われがちです。だからこそ私は、自分が培ってきた美術の視点と教育の経験を活かして、盆栽の美しさや手入れの仕組みをロジカルに、そしてオープンに伝えていきたいと考えています。
園内では、国内外から訪れるさまざまな方に向けて、レッスンやワークショップを用意しています。伝統をただ閉ざされたものにするのではなく、若い世代や海外の人々にもわかりやすい言葉でシェアしていくこと。こうしたアプローチこそが、伝統文化を未来へ繋ぐために私が大切にしている取り組みです。
海外から来られるお客様と接していると、世界中の人々が盆栽のなかに凝縮された自然の摂理に深く惹かれているのを感じます。一方で、日本の方々が当たり前すぎて気づいていない盆栽の価値も、外から来た私だからこそ強く感じることがあります。盆栽は、人間が100%コントロールできるものではありません。真夏の強い太陽から守るために寒冷紗(かんれいしゃ)をかけたり、時には枯れてしまったりすることもあります。そうした「ままならない自然」と対話し、環境の変化を受け入れながら折り合いをつけていく。このしなやかな精神性こそ、日本が誇るべき文化の本質ではないでしょうか。そうした盆栽文化をしっかりと受け継ぎ、この〈Tree House Bonsai〉から次世代に届けていきたいです。
【編集後記】
取材はアダムさんの〈Tree House Bonsai〉に伺いました。視界に収まりきらない敷地に置かれた、それぞれが個性を放つ盆栽はもちろん、借景となっている竹林、足元の砂利に至るまで、すべてがすっきりとして美しくきれいで、まるでアダムさんの盆栽のなかに自分が縮小して存在しているように思えました。改めて木の年齢は人の寿命を何年も上回り存在することへの畏怖と、人の手が加わり変化するというところに、可愛らしさというか、そこにも盆栽がとても長く愛されてきた理由が少し理解できた気がしました。過去の職人たちが植えたり育てたものをアダムさんが育てて、アダムさんも木を植えて、また次の世代に渡していくというお話はとても印象的でした。盆栽は過去から続いて、5年先、10年先のもっともっと先を見据えていて、確かに未来につながっていくもの。今見ているものは星の輝きのようだ、と感じました。
(未来定番研究所 内野)
第1回|
第2回|
第3回|
第4回|
第5回|
第6回|
第7回|
Seeds of Japan’s future
第7回| 盆栽は時間を受けつぎ、未来に手渡していくもの。盆栽師のアダム・ジョーンズさん。
閲覧中の記事
第7回| 盆栽は時間を受けつぎ、未来に手渡していくもの。盆栽師のアダム・ジョーンズさん。