2021.12.14

名誉教授に聞く、「本当に伝えたい大事なこと」。

齢を重ね、人生の真理を見定められる方々が、今、後世の人たちに伝えたいことは何だろう? お茶の水女子大学・名誉教授、文化人類学者の波平恵美子さんに、「今だからこそ伝えたい大事なこと」について、お話をお伺いしました。2001年の著書『生きる力をさがす旅-子ども世界の文化人類学』(出窓社)では、今を生きる子どもたちに向けて文化人類学の知識・体験から紡ぎだされたメッセージを送った波平さん。F.I.N.では、今を生きる“社会人”に向けて、お手紙をいただきました。

Profile

波平恵美子(なみひら・えみこ)

1942年、福岡県生まれ。文化人類学者。お茶の水女子大学名誉教授。九州大学教育学部卒業後、九州大学大学院博士課程在学中に、渡米。テキサス大学大学院人類学研究科にて学位を取得。帰国後、九州大学大学院修士課程に復学し単位取得満期退学。文化人類学を専門に研究を進めながら、研究者佐賀大学助教授、九州芸術工科大学(現・九州大学)教授、お茶の水女子大学教授を歴任。主な著書に『ケガレ』(講談社学術文庫)、『いのちの文化人類学』(新潮選書)『暮らしの中の文化人類学(平成版)』(出窓社)、編著に教科書として評価の高い『文化人類学』(医学書院)がある。

波平恵美子さんが、本当に伝えたい大事なこと。

11月某日、福岡から谷中の研究所に届いた1通の封筒。今回、波平さんにはメッセージを直筆のお手紙にまとめていただきました。今を生きる社会人を、ご自身の年齢の半分である40代と考え、過去から現在をたどり見えてきた未来の見据え方。そして、歳を重ねても“自分”の人生を歩むためのヒントがありました。

40代は勝負できる年。波平さんが振り返る、反省と捉え直しの日々。

未来が拓けるようなメッセージの中に、「40歳の時に思い描いた私とは大きく違いますし」という気になる一文。波平さんは、現在の考え方に至るまでにどのような人生、歴史を歩んできたのでしょうか? 今回の感想を伺いながら、まだまだ聞きたい疑問をぶつけてみました。

 

「名誉教授といいましても偉いものではありませんが……」と謙遜しながら今回の依頼を快く引き受けてくださった波平さん。突然の依頼にも関わらず引き受けてくれたのはなぜですか?

 

「私はどんな依頼も断らないことにしているんです。ありがたいことに今も講義や執筆などさまざまな依頼があるのですが、一つも、絶対に断らない、というのを自分の座右の名にしていまして。たとえ専門外であっても、その依頼をきっかけに勉強をすることにもなりますし、その積み重ねによって道が拓けていくような、そんな予感もするのです」

 

お手紙では人生を時間軸で考え、今を生きる社会人を40代と捉えていただきました。波平さんは40代をどのように過ごしていたのでしょうか? 大学院を出てからアメリカに留学、学位を取得し研究者としての道が拓けた1980年代。波平さんは、勝負の年だったと振り返ります。

 

「私の40代は、研究者としてプロになれるかどうかのちょうど境目。睡眠時間を削りながらひたすら勉強していました。みなさんは40代というと社会の中堅だと考えるかもしれませんが、私は自分の経験や周りの先輩方を見ていても、一番勝負できる年だと思っているんです。過去の自分がさまざまな経験をしてくれていますし、何よりも馬力のかかり方が並ではないと思っています」

 

勝負の40代、「このテーマだったら私を越す人はいないというところまでやりたい」と考えた波平さんは、それまで専門的に勉強していた文化人類学の研究から離れ、当時の日本では未開の分野を研究テーマに設定。「医療人類学」という言葉がまだない時代に、日本で初めて論文を発表します。しかし、その論文は当時の日本では見向きもされず、とても悔しい思いをしたそうです。

 

「当時、自分の研究のどこが良くなかったのかとたくさん反省しました。こういう検証をすることが、手紙でも触れた「反省」。「後悔」ではありません。両者の違いは、今の自分をどう捉えるかだと思います。現状を嘆く後悔は、何の役にも立ちませんから。過去の自分を捉え直して前向きに行動に移すことが大切です」

 

そこで、日本で読まれないのなら海外に向けて本を出版しようと目標を定め直した波平さん。成し遂げるためにはどうしたら良いか、テーマ研究を進めていくなか、日本人が英語で本が書いたとしても500冊しか刷られないこと知ります。

 

「私は少なくとも自分がこれまでやってきた研究内容は世界に出しても全然見劣りしないと過剰な自信があったんです。世界に向けて500冊しか刷ってもらえないなんてあまりにも影響が小さい。それだったら、必ず1万冊売り上げる本を書こうと、さらに方向転換をしました。そして、1984年には『ケガレの構造』を出版。何度も改訂し、今でも多くの人に読まれていると聞いています」

未来の自分を知りたかったら、過去の自分を遡る。

反省を繰り返し、方向転換を重ねる生き方。波平さんは、人生をどう捉えているのでしょうか?

 

「私の人生は一つの目標に向かってまっしぐらではなくて、絶えず軌道修正しています。それは反省しながら次は何ができるかを考えてリサーチをすること。リサーチを重ねれば、必ず解決の糸口が見つかると思っています。

 

それから、今でも5年ごとに軌道修正するようにしているんです。なぜなら、今の状況だけを見ていても適切な道が開けるとは思えないんですね。そうではなくて、5年10年と節目で自分の人生を振り返ってみる。振り返った年月が長ければ長いほど先が見えてきます。5年振り返ったら1年先が見える。10年振り返ったら3年先が見えてくる。データが多いほど、自分のうちにある原理や動き方などの傾向が見えてくるようなイメージです」

 

5年先の未来を探ろうとするF.I.N.編集部にとって、目から鱗の言葉をいただきました。では、今の波平さんの関心はどこにあるのでしょうか?

 

「今は“進化”の勉強をしています。コロナウイルスの蔓延もそうですが、地球温暖化など環境問題にも興味がありまして。私は文化人類学が専門なので人間の“文化”を長い間見てきたのですが、結局生き物としての人間をより深く理解しなければ文化もよくわからないなと。普段は学会の論文や新聞はもちろん、気になる本があれば即座に買って読みます。今は生物進化の本とウイルスの本を一緒に読んでいますよ。まだまだ新しい発見がありますし、勉強は楽しいとつくづく感じています」

Profile

【編集後記】

冒頭の直筆のお手紙にあったように、今の自分に固執せずに10年・20年先の「在りたい自分」に向けて変わっていくために、「常に反省を繰り返し、過去を振り返り、軌道修正をし続けることで自分自身を知ることで、未来に向けての道筋が見えてくる」と力強く語られる波平教授。

そのためにも、常に自分の未知の分野にも積極的に関わっていこうとされる気概に、自分自身の至らなさを恥じ、少しづつ視野を広げていこうと反省させられました。

まずは気になりつつ、手をつけていなかった本から読み始めます。

(未来定番研究所・織田)