いま「共創」や「共有」「共同」などのキーワードが注目されるように、何かと何かがつながること、共にあることから、新しい価値が生まれている気がします。人やモノ、ことの新たな組み合わせや、新しい手法によって生まれるつながりが、世の中に新しい化学反応を起こしているのではないでしょうか。今回F.I.N.では、「つなぐ」を手掛ける目利きに話を聞き、つなぐ対象や手法、つなぐことの先にある新たな価値や事象に目を向け、5年先の兆しを探っていきます。
銅器や漆器など400年以上続く伝統産業が息づく富山県高岡市で、街と工芸をつなぐ試みとして生まれたイベント「市場街(いちばまち)」。2012年の誕生から10年以上も、街を舞台に地域の人々、職人、来訪者を巻き込みながら進化を続けてきました。今回は、その仕掛け人で実行委員長の國本耕太郎さんに、街をひらくことの意味や工芸の未来に対する思いを伺います。
(文:船橋麻貴)
國本耕太郎さん(くにもと・こうたろう)
「市場街」実行委員長、〈漆器くにもと〉代表。
1909(明治42)年創業の漆器問屋〈漆器くにもと〉の4代目で、職人と他業種をつなぐ伝統工芸産地プロデューサーとしても活動。伝統工芸とアウトドアを融合したブランド〈artisan933〉の共同設立者も務める。
「好きになってもらう」から始まった、
産地をひらく試み
富山県高岡市で毎年9月に開催される「市場街」。歴史的な建造物が多く残る山町筋(やまちょうすじ)や御旅屋町(おたやまち)といった市内の各所で、工芸品の展示販売、フードやドリンクが楽しめるマルシェ、職人たちとの交流など、多彩なコンテンツが楽しめます。その立ち上げのきっかけは、元々開催されていた「工芸都市高岡クラフトコンペティション」。当時、作家の登竜門ともいわれていた全国公募のクラフトのコンペですが、街としての盛りあがりという点には欠けていたと國本さん。
「せっかく全国から作品が集まっても、百貨店の展示で終わってしまう。それなら、この期間中は街全体をものづくりで盛りあげようと考えたのが始まりでした。初回は『市場街』の発起人である前委員長が旗振り役となり、4つの会場からスタートしたんです。百貨店やギャラリーに加え、スナックの店先を使ってクラフトの器でスイーツやコーヒーを楽しむ企画を行いました」
「市場街」は小さな試みから始まりましたが、回を重ねるなかで國本さんを動かしたのは、伝統産業が抱える危機感。年々業界が内向きになり、消費者の顔が見えなくなっている現状を目の当たりにし、「このままでは未来はない」という思いを抱えます。そんな強い思いが、街の中心部で「ひらかれた産地」をつくることを決意させます。
「ものづくりをして単に売るだけでは、もうダメだと思ったんです。高岡の工芸品を買ってもらうには、高岡そのものを好きになってもらう必要がある。輪島や金沢など他の産地と並んだ時に、『高岡に行ったことがある』『高岡の職人に会ったことがある』と思ってもらうことが、ものを選ぶ理由になるんじゃないかって」
國本さんは街の観光資源を「ものづくりに携わっている人」と捉え、職人が生業を続ける街全体を舞台にしていくことに。しかし、街をひらいていくことに当初は反発もあったといいます。
「山町筋は伝統的建造物保存地区になっていて、昔から暮らす人たちは街や景観に対する思いが強く、最初は受け入れてもらえないことも。だけど、ひざを突き合わせて話し合えばわかってもらえる。何かあったらすぐに行って説明して、時には一緒に飲みに行って(笑)。戦った人ほど仲良くなれるというか、顔の見える関係をつくることで理解してもらえました」
土蔵造りの街並みが残る山町筋では、マルシェイベント「ものの市」が行われる
人が集まれば、街が変わる。
広がる「市場街」の輪
鋳物の技術を体験できるワークショップや、職人がバーテンダーとなってものづくりを語り合う「職人Bar」など、今では100を超えるコンテンツを楽しめる「市場街」。多彩なコンテンツを生み出しているのは、「やってみたいならやってみよう」という実行委員会の背中を押して任せる姿勢にあるよう。
「僕たちには『これをやってはいけない』というルールがほとんどないんです。楽しそうだなと思ったらやればいいし、やってみてから考えればいい。そういうスタンスなんです。あまり深くものごとを考えてないのかもしれませんが(笑)、こうして余白をつくったほうが面白いコンテンツが生まれる気がします」
職人の話をじっくり聞ける「職人Bar」
実行委員のうち、地元出身者は國本さんを含めてわずか2人。あとは県外からの移住者やクリエーターがほとんど。地元以外の視点を入れることが高岡の魅力を再発見するきっかけにもなっているといいます。
「外からの視点で『高岡って面白い』って言ってくれると、地元の人も『そうかもしれん』って思えるんですよ。地元の人間が気づかない、街の魅力や文化を外部からの目線で発見し、言語化してくれる。それが『市場街』を行ううえでとても大きいんです」
そうした余白のある運営は、街の外の人たちにまで浸透。「市場街」をきっかけに高岡ファンになった人が、新たなコンテンツを生み出すことも。
「高岡を気に入ってくれた人が、自分の会社の活動を『市場街』で発表したり、職人さんを誘って新たなものづくりをしたり。不思議なことに、僕らがお願いしなくてもどんどん自走していくんです」
2025年の開催では、三井化学グループの社員有志活動〈MOLp®︎〉が初出展。高岡市に縁もゆかりもない三井化学だが、これまでに高岡の職人といくつものプロダクトを作っている
見せることで、誇りが生まれる。
職人を変えたオープンファクトリー
「市場街」の核となるコンテンツの1つが、工芸品を作る現場が見られる「オープンファクトリー」。これは、とあるクリエイターからの助言を受け、工芸品を都会に売りに行くという姿勢から、産地に買いに来てもらうという発想のもとで実現されました。
「伝統工芸の良さは、どれだけ口で説明しても伝わらない。一番手っ取り早いのは、作っている現場を見てもらうことです。すぐに売り上げにつながるわけではありませんが、オープンファクトリーをやることで職人さんたちのモチベーションがすごくあがったんです」
今まで問屋を通して仕事をしてきた職人たちは、自分の製品が誰にどのように使われているのかを知る機会がありませんでした。しかし、オープンファクトリーを通じて「自分のやっていることはすごいこと」と誰かに気づかせてもらうことで、彼らの内なる誇りとやる気が再燃したといいます。
「人前で話すことで自分の仕事を見つめ直す機会になり、人にものを教えるのもうまくなる。僕たちはものづくりをしている職人さんをスターにしたい。それがオープンファクトリーを続ける明確な目標です」
オープンファクトリーでは、鋳物やおりんなどの製造現場が見られる
つなぐことで街は元気を取り戻し、
伝統工芸は新しい未来へ
街と工芸、街と人、人と人をつなぐことで産業を活気づけ、地域に新しい人の流れとつながりを生んだ「市場街」。成功へと導いた理由の1つには、高岡に根付く文化があるよう。それが、39歳以下の若手たちが集まる「高岡伝統産業青年会」の存在です。國本さんもそのOBの1人。
「伝統産業青年会は全国で高岡の他に石川にもあるんですが、高岡が特殊なのは市単位で活動していること。小さくて密なコミュニティだから、問屋や職人といった立場や壁を越えて、若いうちから対等に交流できる。だから『市場街』といったイベントも皆で協力して続けてこられましたし、産業も街もよくしたいという気持ちも一緒なんです」
若いうちに対等な立場で交流する文化と、新たな試みを受け入れる國本さんの余白の哲学が結合し、高岡の伝統工芸は未来に向かう強固な基盤を築いています。
「僕たちはいいか悪いかよりも、訪れる人に楽しんでもらいたいという思いでずっとやってきました。これからも『市場街』で街や人、そしてものづくりの技に一目惚れしていただきたい。そのために、工芸や街、人に自然とつながれる接点を『市場街』から届けていきたいと思っています」
【編集後記】
國本さんが「1歩踏み込めば、どの街でも面白い」とおっしゃっていたのが印象的でした。「つなぐ」とは「誰かがあいだに入ってあげる」ことなのだと思っていましたが、作り手が使い手のほうへ1歩、使い手が作り手のほうに1歩、それぞれ近づいていくことが大事なのかもしれません。今回の取材で高岡を訪れて「市場街」を存分に楽しみ、街の人や職人が私に1歩近づいてくるのを感じ、私もかけがえのない1歩を踏み込みました。
ホームページをみてみると、「市場街」をつくる人々のなかには「旅の人」という役割があるそうです。その街に踏み込み、外からその街のおもしろさを発見する「旅の人」の姿勢を、これから消費者や生活者として何かとつながる時の心得だと思って大切にしたいです。
(未来定番研究所 渡邉)