もくじ

  • 建築空間に宿る日本人の美意識と時代性。一級建築士・髙橋浩伸さん。

2026.01.09

建築空間に宿る日本人の美意識と時代性。一級建築士・髙橋浩伸さん。

古くから人は心惹かれるものを美しいとしてきました。しかし、そのあり方は時代や文化によって変化しています。古代から現代に至るまで、科学や哲学、美学などさまざまな領域で「美とは何か」を探る試みが続いています。

私たちはなぜ彫刻や絵画に心を動かされるのでしょう。また夕陽を美しいと感じるのは、どんな理由からなのでしょうか。こうした問いを通じて、自分では思いもしなかった美に触れることで、新しいものの見方を取り入れられるかもしれません。今後も移り変わっていくであろう「美」に対する価値観や意識について考えます。

 

熊本県立大学で建築デザインの教育・研究に携わる髙橋浩伸さん。日本人の美意識や美的空間の創造に関する調査・実験を行い、空間デザインへ生かしています。髙橋さんは2018年に、日本的な美を表す言葉と建築様式の推移についての論文を発表しました。それによると、多くの「美を表す言葉」の起源は、「日本建築の美」が確立する時期と合致するといいます。上代(飛鳥・奈良時代)から現代までの日本人の美的価値観の移り変わりについて、また日本建築の美的体験とは何を指すのか、髙橋さんにお話を伺います。

 

(文:宮原沙紀/写真:Hironobu Takahashi)

Profile

髙橋浩伸さん(たかはし・ひろのぶ)

1963年生まれ。熊本県立大学環境共生学部教授、博士(工学)(九州大学)、一級建築士。長崎県南島原市で建築設計事務所を主宰後、2014年より現職。クリエーターとして空間デザインも行う。日本建築、特に茶室空間の調査・分析を通して、日本人の美意識に宿る「さりげない深い配慮と奥ゆかしさ」を探求。著書に『現代空間美学-建築において「美」を考える』(花書院)など。

人それぞれが持つ、美意識

F.I.N.編集部

髙橋さんが日本の美意識や美的空間に関心を持たれたきっかけは何だったのでしょうか?

髙橋さん

もともと私は設計事務所を主宰しており、20年以上にわたって建築設計に携わってきました。設計を進めるなかで、自分が美しいと感じたものをプレゼンしてもクライアントとどうしても感覚が食い違うことがあったんです。その経験を通して「自分の美意識と他者の美意識は違う」という当たり前のことを、改めて強く意識するようになりました。そして美意識そのものを体系的に学びたいと考え、設計業務と並行して大学院に進みました。

F.I.N.編集部

「美しい」という感覚の定義が、人によって大きく異なるということでしょうか。

髙橋さん

はい。大学院で研究を進めるうちに、個人の差だけでなく、西洋と日本で美意識が大きく異なることが分かってきました。近年では、この日本人の特徴的な美意識を、さらに多角的視点から研究しています。そしてこの美意識は日本独自で他に類を見ないような、次世代にも継承すべき価値観だと感じています。

F.I.N.編集部

では、その日本人の美意識とは具体的にどんな特徴がありますか。

髙橋さん

一般的にいえば、西洋では「形」。目に見えるプロポーションや黄金比などが重視され、分かりやすい。一方、日本の美は「もののあはれ」や「わび・さび」など、言葉で完全に説明するのが難しいけれど、なんとなく感じられる趣として共有されてきました。目に見える形だけでは捉えきれない、曖昧さを含んだ奥深さを感じさせる美。その奥深さの根底には、「さりげない深い配慮を尊び、決して誇張しないという奥ゆかしさの美」が存在する。そこにこそ日本の美の大きな特徴があるのだと思います。

時代とともに移り変わってきた、日本の言葉と美意識

F.I.N.編集部

髙橋先生は2018年に、芸術工学会誌で「日本の美的概念に関する時代推移とその構成モデル」という論文を発表されています。そのなかの、「美しいという言葉が時代とともに変化してきた」という点がとても興味深いと感じました。

髙橋さん

言葉には、その時代の価値観や文化が反映されています。その背景を知らなければ、日本人の美意識がどのように変化してきたのか、あるいは何が変わらず受け継がれているのかは見えてきません。そこで、まずは美を表す言葉に着目し、古典や和歌などの資料をひも解いていきました。国語学ではすでに知られていた内容も多いのですが、それらを体系的に整理することで、時代ごとに美意識がどのように受け継がれ、あるいは別の形に変化していったのかが、より明瞭になったと感じています。

F.I.N.編集部

先生が論文とともにまとめられた表は、とても分かりやすいですね。

芸術工学会誌77号「日本の美的概念に関する時代推移とその構成モデル」より。(https://www.jstage.jst.go.jp/article/designresearch/77/0/77_158/_article/-char/ja/

髙橋さん

飛鳥・奈良時代は、日本文化が形づくられ始めた時期で、その頃にはすでに「くわし」といった美の言葉が登場しています。

そして平安時代。この数百年の間に、現在の日本人の美意識が確立されたと考えています。曖昧さと情緒を内包した言葉が数多く生まれ、日本人独自の特徴的な美意識が育まれた時代です。

鎌倉・室町時代に入ると武家文化が台頭し、公家文化とは違う価値観が浮上します。質素さや機能性を重んじる武士の感性が「わび・さび」に繋がっていきます。

安土桃山時代には千利休が質素で精神性を重んじる「わび茶」を大成し、死生観すら美意識に反映され、日本独自の特徴的な美意識として「わび・さび」が確立されます。

江戸時代には鎖国によって独自の文化が熟成され、町人たちが「粋(いき)」という美意識を育てます。茶会が庶民にまで広がったことで、美の担い手が武士や貴族だけでなく、一般市民にまで広がったわけです。

F.I.N.編集部

こうした美意識の変化は、建築にも現れているのでしょうか?

髙橋さん

はい。例えば平安時代の貴族文化では、寝殿造のような非常に華麗で壮大な建築が造られました。遊びのための空間も多く、余白や贅沢を楽しむ空間構成になっている。これが鎌倉・室町時代になると、武士が政権を握り、書院造へと移行します。格式や序列が空間に明確に反映され、床の高さを変えるなど、ヒエラルキーが建築によって可視化されていくんですね。江戸時代になると、書院造を少し崩した数寄屋造が登場します。茶室文化の影響を受け、書院造の四角い柱ではなく丸太柱を皮付きのまま用いるなど洗練と遊びを併せ持つ様式です。こうして、時代の価値観が建築様式にまざまざと反映されていることが分かります。

「日本庭園 有楽苑」にある国宝茶室「如庵」(犬山市)。

F.I.N.編集部

では、日本人の美意識が特に大きく変化したのはいつでしょうか?

髙橋さん

これまでお話ししてきたように、日本の美意識は1,000年以上にわたって熟成されてきました。その大きな転換点が近代明治の開国です。ここからあらゆる分野が西洋化に向かい、ヨーロッパやアメリカに倣うことが急速に進む。それによって、日本人が長く大切にしてきた美意識などの価値観や思想を、一度否定してしまったと考えています。もちろん、そのなかでも日本の良さを訴え続けた人はいましたが、一度この日本人の美意識を手放してしまったことで、私たちは現在、美を見失っているのではないかというのが私の見立てです。

F.I.N.編集部

明治以降、日本人の美意識の拠り所は失われてしまったのでしょうか?

髙橋さん

完全に失われたわけではありません。「わび・さび」や「幽玄」といった概念は、多くの日本人が今でもなんとなく分かるんです。若い学生たちに聞いてみても、その直感的・感覚的なニュアンスは理解され、確かに受け継がれていると感じます。ただ一方で、機能性や合理性が重視されるあまり、新たに美しいものをつくろうとすると、すぐにスマホで調べて、自分の感性や感覚のフィルターを通さず、無条件に取り入れようとする傾向もある。このような状況を見ていると、今は日本人の古からの美意識を完全に失ったというよりも、見失いかけている状態というのが正確かもしれません。つまり、日本人が「美について考えなくなっている」ということだと思います。誤解を恐れずいえば、日本美の根底にある「さりげない深い配慮を尊び、決して誇張しないという奥ゆかしさの美」を捨て、機能性や効率性だけで生きているということだと考えています。

F.I.N.編集部

そうなんですね。現代の美の価値観とは、どんな特徴があるのでしょう?

髙橋さん

ひとことでいえば「多様性」でしょうか。「美」も「醜」もすべて良いとされる時代だと思います。

多様性を否定するつもりはありませんが、歴史をたどって感じるのは、現代は秩序を失いかけている状態なのではないかということです。私としては、「美しいものは美しい」「美しくないものは美しくない」という、ある種の秩序が必要だと考えています。

F.I.N.編集部

髙橋先生にとって、美の重要性とはどんなものですか?

髙橋さん

私は建物を見るために国内をよく巡ります。例えば、「豊田市美術館」や「東京国立博物館法隆寺宝物館」など谷口吉生さんの建築を見た瞬間、身体が震えるような感動を覚えました。そうした美的体験が、建築を続ける私の原点になっていますし、学生やクライアントとも共有したいと願っている感覚です。心が動くということが人生においてどれほど大切か。年齢を重ねるほど、その重要性を強く感じるようになりました。私にとって心を動かす源が、美であり、建築の美なんです。

F.I.N.編集部

心が震えるような体験にたどり着くには、自分の美意識を理解することが必要なのでしょうか?

髙橋さん

私は学生たちにいつも言うのですが、最近の若い人たちはとても感性が豊かなんです。批判的な大人は「最近の若者は……」と言いがちですが、少なくとも私が20歳だった頃よりも、はるかに多くのものを見て感じ取っている。しかし、その処理の仕方をまだ知らない。アンテナに引っかかったものを、自分のなかに蓄積する力が弱いというか、流してしまうようなところがあるんですね。自分が感じたものを、自分を磨く材料として使うこと、その積み重ねが美意識をつくり、自分自身をつくっていく。だから私は「自分の眼(感性)を信じなさい」とよく話しています。自分は自分でつくるんです。

建築における美的体験とはなにか

F.I.N.編集部

建築の美的体験には、機能性といった要素も含まれるのでしょうか?

髙橋さん

美的体験は頭ではなく心で感じるものだと考えます。「機能的だ」「使いにくい」といった論理では、きっと心は震えないでしょう。美しいと感じる瞬間は、理屈では説明できないもの。学生にはよく「最初はなんとなくで、いい」と伝えています。説明できる美は本当の美ではないと思っているからです。大切なのは、自分自身が見て聞いて感じたものをきちんと蓄積していくこと。その蓄積がある一定量を超えると、突然花が開くように自分自身にとっての美が分かる瞬間が訪れます。だからこそ、美しいと思うものを見たり経験したりすることがすごく大事なんです。

F.I.N.編集部

美しいものを美しいと思うためには、さまざまな体験が必要なのですね。

髙橋さん

はい。建築に限らず、美術でも映画でもいい。広くいろんなものを見るほど、美意識は豊かになっていくと思います。

F.I.N.編集部

建築家やデザイナーには、どのような美的感覚を空間に取り入れてほしいと考えていますか?

髙橋さん

それぞれの価値観でつくっていいと思います。ただ1つ忘れてほしくないのは、建築が人間のためにあるということ。人々を喜ばせ、安心させ、幸福にするため、私は「美」を用いました。デザイナーによっては「癒し」であったり、「安全」であったりと、コンセプトはさまざまあるでしょうが、建築は人間のためにあるというその根源だけは外してはいけないと考えています。

日本人の美意識のこれから

F.I.N.編集部

今後、日本人の美意識はどうなっていくのでしょうか?

髙橋さん

喪失したまま終わるとは思っていません。西洋にも「暗黒の千年」といわれる時代がありました。約4世紀から14世紀頃まで、神が絶対だった時代です。私は、現代がそれに似ていると感じます。神の代わりにAIが存在し、人間は自分で考えることを忘れかけている。しかし中世が終わるとルネサンスが生まれ、人間を再び見直す動きが起きました。美意識も同じだと思っています。AIに依存する時代を経て、必ず人間とは何かを見つめ直す時期が訪れる。感性を磨き、価値観を探り、内面に深く問いかける時代がまた始まるはずです。

【編集後記】

西洋の影響を受けた現代日本の生活文化のもとで暮らしてきた私ですが、日本古来の美意識は共感するところがあり、改めて日本人としての実感を持ちました。一方で、それについてなかなか自分の言葉で説明できないところも多く、目に見えない曖昧さを含んだ日本の美意識の奥深さを感じました。日本で培われてきた美の価値観を学びつつ、日々心震わす瞬間を重ね、それを探究していくことで、今を生きる日本人としての美意識を持てるようになれたらと思います。

(未来定番研究所 高林)