2024.10.04

言葉

心を動かす「言葉」の魔法。コピーライター×元アナウンサーの「伝わる術」

日頃から私たちそれぞれが思いを伝えるために使っている「言葉」。近年はインターネットやSNSが生活に定着し、以前よりも個人が言葉を発信する機会が増えたように思います。SNSを発端に新しい言葉やそれにまつわる文化が次々と生まれる一方で、不特定多数の人に触れられることから、違う意味合いで思いが伝わってしまうことも。言葉の楽しさにも難しさにも直面している今こそ、F.I.N.ではその可能性を信じて探求していきます。

 

今回は「言葉を伝えるプロ」であるお二人のもとを訪れました。心を掴む言葉を生み出す達人・博報堂のコピーライター井口雄大さんと、お茶の間を魅了した話術のプロ・元NHKアナウンサーで、現在はスピーチコンサルタントとして活躍されている松本和也さんです。

 

仕事でプレゼンをする時、家族に気持ちを伝えたい時、SNSで発信する時……。誰でも一度は、「うまく言葉にできない」「相手に伝わらない」と悩んだことがあるはずです。言葉の難しさに向き合い、試行錯誤を重ねてきたお二人は、どのように「伝わる」技術を駆使してきたのでしょうか。

 

(文:末吉陽子/写真:西あかり/サムネイルデザイン:岡本太玖斗)

松本和也さん(左)、井口雄大さん(右)

Profile

松本和也(まつもと・かずや) 

パブリックスピーキング・コンサルタント。株式会社マツモトメソッド代表取締役。1991年、NHKにアナウンサーとして入局。奈良・福井の各放送局を経て、1999年、東京アナウンス室に。主な担当番組は、『英語でしゃべらナイト司会』(2001~2007)、『NHK紅白歌合戦』総合司会(2007,2008)、『NHKのど自慢』司会(2010~2011)、『ダーウィンが来た!生きもの新伝説』ナレーション(2006~2012)など。2016年6月退職。同年7月から現職。

 

井口雄大(いぐち・ゆうた)

株式会社博報堂 クリエイティブディレクター/コピーライター/MDコンサルタント

SDGs17Goalsの日本語版キャッチコピーをはじめ、広告はもちろん、新規事業や研修プログラム開発まで、言葉を軸に幅広いアウトプットを手がける。最近の仕事に、ABJ/STOP!海賊版「ありがとう、君の漫画愛。」、SDGメディア・コンパクト「1.5℃の約束」、東京地下鉄「Find my Tokyo.」など。東京コピーライターズクラブ会員。博報堂SXプロフェッショナルズ メンバー。大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「Dialogue Theater-いのちのあかし-」クリエイティブディレクター。

伝わる術1:外側じゃなくて、中身を追求――伝えるべき本質を捉える

F.I.N.編集部

お二人は異なる分野のプロでいらっしゃいますが、「言葉で何かを伝える」という大きな役割は共通している気がします。

松本さん

コピーライターの仕事をすべて理解できているわけではありませんが、アナウンサーがニュースや情景をレポートすることと、コピーライティングの本質は同じなんじゃないかなと思っています。

 

言葉の背後にある情報そのものやビジョンが重要であり、そのうえで言いたいことをどんな声やどんな間をつくってアウトプットするかが大切です。アナウンサーの場合、ぼんやりしたものを誰にでもわかりやすくブレイクダウンして具体的に伝える役割が求められます。ただ、原稿を読んでいるわけではないんです。

井口さん

外側じゃなくて、中身が大事だということですね。アウトプットの形は違いますが、大きな意味では、やっていることは同じかもしれません。まずは届けるべきものを考えたうえで、適切に伝えることを求められる仕事ですよね。

 

広告もそうですが、最近増えている新規事業の開発やそのコンセプトワークでも、まず「こういうふうに世の中なったらいいよね」「今はこうだけど、本当はこうあるべきじゃないか」と考えたうえで、それを広告や事業に落と込んだらどんな形になるのか。どんなメッセージを打ち出していくのか。それは社会に受け入れられるのか。企業や事業の本質的なあり方を、まずはじめに考えますね。その意味で、コピーライターの仕事を突き詰めると、「書くこと」ではなく「考えること」だと思っています。

松本さん

私は現在スピーチコンサルタントとして活動していますが、言葉のアプローチが井口さんのアプローチと似ているなと思いました。

 

「上手に話したい」という相談は多いのですが、話し方が下手というより、伝えるべき内容が整理されていないことが原因である場合がほとんどです。例えば、企業の社長のスピーチも、素晴らしい話なのに相手に響かないケースは少なくありません。そこで、私は社長の言葉に隠された真の思いを引き出すことを大切にしています。なぜその事業を行っているのか、どんな未来を描いているのか、本質を捉え直すことで、言葉は驚くほど力強さを増します。

伝わる術2:受け手のための言葉を紡ぐ――「伝える」と「伝わる」の境界線

松本さん

言葉を突き詰めることは、私も大事にしてきた部分です。ニュースだって、読むのが第一の仕事ですよね。でも、読んでいるだけでプロって、なんか違う気がするんです。書いてある内容を理解して、自分の声に乗せて、相手に伝える。さらに、それがちゃんと伝わっているかどうかを客観的に分析できるのがプロだと思うんです。僕はそこにこだわっていますね。好き勝手に喋っているように見えて、実はすごく考えているんです。

井口さん

たしかに「どう伝えるか」より「どうしたら伝わるか」、相手がどう受け取るか、どう感じるか、をすごく考えていますね。

松本さん

まさにそうです。私はNHK時代に動物番組のナレーションを担当していたのですが、「茂みの向こう。何かが動いています」と一言伝えるにしても、どんなトーンで言うか、例えば隣で囁くように言うのか、上から注意喚起するみたいに言うのかで、全然違いますよね。それを考えながら伝えるのがプロの仕事なんだと思います。

 

時には冷静な言葉ほど心に響くこともありますよね。無機質なものを、いかに有機的に伝えるか。映像とセットでどう見えるか。いろんな要素が絡み合って、「伝わる」が成り立っているんだと思います。

井口さん

広告の仕事はクライアント企業の方と一緒に考える機会が多いですが、クライアントの担当者が、企業や商品を広告するうえでの「こうしたい」「こう伝えたい」という想いをまずは伺います。なんでそう考えているのか。どういう目的のためにそうしたいのか。

 

それを第三者的に個人として客観的に捉え直して、世の中は今はこういう状況だけど、そのまま伝えて届くのかな、どんな意味があるのかなとか。そこでどういう言葉を選ぶべきなのか、あるいは手段としてCMもあれば、ポスターもあれば、イベントもあるけど、どうすると一番いいのかを考えていく。

 

そして自分が書いたものや考えたことに対して、もう一度客観的になる。いいと思って考えたけど良くない、なぜだろうと。それを一人でやったり、仲間の反応を見たり。そういった「客観視」の繰り返しが、「伝わる」ためには大切だと思っています。

伝わる術3:じっくり、あるいは瞬発的に思考する――言葉と格闘する、プロの矜持

井口さん

アナウンサーとコピーライターの一番の違いって、伝えるうえでの「瞬発力」だと思うんです。アナウンサーって現場で即座に喋らなきゃいけない時があるじゃないですか。あれがやっぱりすごいと思います。

 

広告の仕事は精度と耐久性が求められるので、僕らは、例えば1時間とか2時間とか、下手したら2週間とか1カ月かけて、CMやポスターでどんな言葉を出していくべきか、じっくり考えてつくっていますけど、アナウンサーはそれを瞬発的にやっていかなきゃいけないと思うので、そこが一番大きな違いじゃないかと思いますね。頭の回転がすごいんだろうなと。

松本さん

たしかに瞬発力は大事ですね。特に、生放送の現場では、何が起こるかわかりません。状況に合わせて、瞬時に情報を整理し、的確な言葉で伝えなければならない。スポーツと同じように、頭で考えるよりも先に、体が反応するようになるまで、訓練を重ねることが大切です。もちろん、事前の準備も重要ですが、それ以上に、どんな状況にも対応できる柔軟性と、瞬発力が求められる仕事です。

井口さん

コピーライターも肩の力を抜いて、深く考えずにバンバン書いていった方が良いコピーが書けたりします。考えすぎると、スポーツでいえば身体が動かない状態になる。

でも、それに対する考察をしないと、その先伸びていかない。その辺が面白いですよね。

伝わる術4:伝える手段は言葉だけじゃない――五感を研ぎ澄まし、表現の可能性を広げる

F.I.N.編集部

コピーであれば文字の色や形、アナウンスやスピーチであれば音量や身振り手振りなど、「伝える」手段は言葉以外にもあると思います。お二人はどのような表現方法から刺激を受けていますか。

松本さん

私はとにかく暇さえあればYouTubeを見ていますね。ユーチューバーならではの喋り方はもちろん、テーマを切り替えるときに「ドドン」と音を流すとか、言葉を超えた伝え方の発見があります。

 

あと、個人的に落語を学んでいるのですが、落語は言葉だけで、情景や登場人物の心情を表現する、究極のエンターテインメントです。話し方、間合い、声色、表情、身振り手振り。五感を刺激する、様々な表現方法が駆使されています。私自身、落語を習い始めてから、言葉の可能性を改めて感じています。言葉以外の要素を意識することで、言葉はより豊かに、そして力強く、人の心に響くものになると感じています。

 

五感を研ぎ澄まし、さまざまな表現方法から学ぶことで、言葉の可能性は無限に広がっていくのではないでしょうか。

井口さん

僕もYouTubeはすごく見ますね。学ぼう、という意識はそこまでないですが、ラップバトルとか、選挙演説とか。やっぱり感情が乗ると言葉は強いなとか、なんでこっちは叩かれて、こっちは応援されるのかなとか。あと、これは仕事中ですが、オンライン会議で後ろに本棚がある人は頭が良さそうだなとか、真面目に仕事しながら若干違うことを考えてたりします。仕事以外のところで自分が面白いと思う何かを見ながら、結果的にスキルアップしてたらいいな、みたいな感じはあります。

伝わる術5:伝える前に、「聴く」を欠かさない――相手を思いやるコミュニケーション

F.I.N.編集部

言葉のプロとして、伝え方を追求しているがゆえに気をつけないといけないことも多いと思います。相手を傷つけない、温かい言葉で伝えるにはどうすればいいのでしょうか。

井口さん

僕らの仕事って、言葉を研ぎ澄ませたり、象徴的にしたり、ある種何かを切り捨てたり。言葉に強さを求めがちなところがある。だからこそ、プライベートでは意識して、一番柔らかい言葉を大事にしなきゃいけない、と昔先輩が話してくれたことがあります。とてもいい話なのですが、全然できてないかもしれません。仕事の方が目的があるから簡単っていうか。プライベートの方がコミュニケーションは難しい。

松本さん

私もコミュニケーションの大切さを実感していますね。というのも私は「なんで?」と質問しすぎてしまう癖があるんです。相手の話を遮ってまで、「なんで?」と問いただしてしまう。質問しすぎて、妻から「うるさい」と言われてしまったこともあります(笑)。

 

相手の気持ちを考えずに、自分の好奇心を優先してしまっていたのだと反省しました。それからは、「なんで?」と聞く前に、まずは相手の言葉に耳を傾けるようにしています。

井口さん

相手が話したいと思っている時に、よくわからなくてもとりあえず聞こうという余裕だったり、まず受け止めるという思いやりだったり。答えを出すことより、相手を思いやる気持ちが大事なんでしょうね。そういうことが柔らかいコミュニケーションにつながっていくのかもしれませんね。

【編集後記】

どれだけ「伝えたい」と思っても、うまく届くとは限らないのが言葉の難しいところです。しかし今回の取材では、その難しさこそが言葉のおもしろさだったのかも?と感じることができました。数多の言葉からこれだというものを選ぶ難しさ、選んだ言葉をどんな調子で伝えるかコントロールする難しさ、自分の発した言葉が届いているかを分析する難しさ。きっと誰もが苦労することですが、その難しさに関心を持ち、積極的に「格闘」することを楽しむ姿勢が2人のプロには共通していたのではないかと思います。

誰かに何かを伝える場面は日々必ずおとずれるもの。言葉の難しさを自覚するだけでなく、探求してみることで「伝わる」に少しずつ近づいていきたいです。

(未来定番研究所 渡邉)