2026.03.27

デザイナー・辻尾一平さんに聞く、世界を少しだけ自由にする「違和感」の育て方。

古くから人は心惹かれるものを美しいとしてきました。しかし、そのあり方は時代や文化によって変化しています。古代から現代に至るまで、科学や哲学、美学などさまざまな領域で「美とは何か」を探る試みが続いています。

私たちはなぜ彫刻や絵画に心を動かされるのでしょう。また夕陽を美しいと感じるのは、どんな理由からなのでしょうか。こうした問いを通じて、自分では思いもしなかった美に触れることで、新しいものの見方を取り入れられるかもしれません。今後も移り変わっていくであろう「美」に対する価値観や意識について考えます。

 

神経美学の研究者・石津智大さんは、人が美を感じる瞬間について「予測が外れる『驚き』が、予測が通じる安心を上回った時」と語っています。つまり私たちは、ただ整った形や色を見る時だけでなく、「はっとする」「新しいことに気づく」瞬間にも、美の感覚を抱いているのかもしれません。そこで今回お話を伺うのは、グラフィックデザイナーの辻尾一平さん。注ぐ飲み物によって文字が現れる「珈琲牛乳のグラス」や、包んだものがパンに見える包装紙「Bakermee(ベーカミー)」など、日常の見え方を少しだけずらすことで、自分の世界が広がるような体験を届けてきました。辻尾さんの視点から、その変化が生まれる構造を探ります。

 

(文:船橋麻貴/写真:森本絢)

Profile

辻尾一平さん(つじお・いっぺい)

〈TOAL inc.〉 CEO、グラフィックデザイナー。

1992年大阪府生まれ。成安造形大学卒業後、〈トラフ建築設計事務所〉、〈TAKAIYAMA inc.〉を経て、2019年に独立。2022年に〈TOAL inc.〉を設立。サイン計画や商品企画立案、ロゴデザインなどを手掛ける。その一方で、自主的な制作を行い、WEBサイトやSNSでの発表を続ける。

X:@keltoto

「美しさ」は、構造やプロセスのなかにもある

F.I.N.編集部

今回の特集では、「美をかたちづくるもの」を掘り下げています。辻尾さんは、ものづくりにおいて「日常の違和感や構造、見え方のズレ」を大切にされていますよね。そうした視点に目が向くようになったのは、いつ頃からですか?

辻尾さん

はっきりこの時からというのはないんですけど、昔から「これって、なんでこうなっているんだっけ?」と気にかかるタイプではありました。ものの名前や、何のために作られたかわからないルールとか。それで高校生の頃、先生の言うことに納得できなくて反省文を書かされたりもしていました(笑)。デザインを仕事にしてからは、それがより意識的になった気がします。

F.I.N.編集部

「違和感やズレを形にしよう」という動機が、辻尾さんのなかでしっくりきているのはなぜですか?

辻尾さん

「美しさ」の基準って、人によってかなり違うじゃないですか。特に見た目重視の「美」を主軸に投げかけるのは、自分のなかで少し恥ずかしさもあるというか。僕の美の基準が多くの人と共有できる自信がそこまでないんです。でも、「あれ?」と思う体験やロジックがあれば、それは誰が見ても明らかで、共感ポイントを作りやすいんですよね。

F.I.N.編集部

個人的な感性よりも、客観的な仕組みを重視されているのですね。

辻尾さん

そうですね。美しいという言葉は、一般的には意匠や見た目の文脈で使われることが多いですが、僕は理屈やプロセスのなかにある美しさに興味があります。一見ぶっ飛んでいるようで、実はきちんと筋は通っている。そういう納得感のある構造に惹かれるんです。

辻尾さんは、見る角度によって絵柄が変化する独自機構のアートワーク制作も行っている

「保留」された記憶が、別の体験と結びつく瞬間

F.I.N.編集部

辻尾さんが日常のなかで「ん?」と立ち止まる瞬間は、どんな時ですか?

辻尾さん

見え方が急に変わる瞬間ですね。先日雪が降った時に、枝に積もった雪が綿花みたいに見えたり。植物の壁画かと思ったら、反対側から光が差してフェンスに影が映し出されていただけだったり。どちらも見え方のスイッチが切り替わるのが面白いなと感じました。

辻尾さんのスマホには、日常での気づきがたくさん記録されている

F.I.N.編集部

その違和感や発見は、どうやって作品に昇華させているのでしょうか?

辻尾さん

スマホにメモしたり写真を撮ったりしますが、すぐに完成させるというよりは、1回保留にすることがほとんどです。頭のなかにずっと置いておくと、別の体験と勝手に結びついたりして、そこから作品になることが多いですね。

F.I.N.編集部

拾いあげたアイデアのうち、実際に形になるのはどれくらいですか?

辻尾さん

体感だと1〜2割くらいです。単純に思いついても自分がワクワクしなかったらボツになりますし、基本的には一度じっくり寝かせます。時間を置いてもやっぱりいいなと思った違和感が消えないものだけが残って、それが最終的に作品になっていますね。

F.I.N.編集部

多くの人が見過ごしてしまう「ズレ」を、辻尾さんがキャッチできる秘訣は何でしょうか?

辻尾さん

多分、好奇心ですね。基本的に何でも面白いと思っているんです。事象の背景を勝手に想像したり、観察や考察をしたりするのが純粋に好きなんですよね。あとは単純に視力がよくて、いろいろ見えてしまうというのもあるかもしれません(笑)。

「?」から「!」へ。驚きをデザインする

注いだ飲み物によって「珈琲」「牛乳」「珈琲牛乳」の文字が浮かびあがる「珈琲牛乳のグラス」

F.I.N.編集部

辻尾さんの代表作の1つ、「珈琲牛乳のグラス」は、どんな違和感から生まれたのでしょうか。

辻尾さん

もともとはパソコンの電源を落とした時に、画面に埃がついているのに気づいたのがきっかけですね。「色や光で見えたり見えなかったりするものがあるんだ」って。そこから色の見え方や光の当たり具合で、何かが見えたり消えたりする仕組みが作れないか、と考えました。

F.I.N.編集部

最初から珈琲牛乳が起点にあったわけではないのですね。

辻尾さん

最初は、この見え方の変化をグラスのなかで再現できないかと考えていました。その過程で、牛乳を注ぐと文字が現れて、コーヒーを注いだら別の文字になるという仕組みを思いついて。「あ、これ珈琲牛乳にしたら、文字が両方浮きあがるじゃん」と、3種類の楽しみ方があることに気づいたんです。珈琲牛乳でしか成り立たない仕組みや意味合いが、副産物としてあとからついてきたんですよね。

 

ただ、実際に成立させるのは大変でした。特に牛乳の白い文字は、影が消えないとか、文字が読めないとか。文字を塗りではなく、線で設計することで解決しました。

F.I.N.編集部

包んだものがパンに見える包装紙「Bakermee」は、どうやって生まれたのでしょうか。

辻尾さん

漫画『HUNTER×HUNTER』のヒソカというキャラクターが好きなんですけど、そのヒソカが持つ物質の表面を偽装する能力「ドッキリテクスチャー」が起点なんです。それで包装紙で何かできないかと考えていた時に、「包んだら何か別のものに見えるんじゃないか」と思ったんです。包む前はただの紙なのに、包んだ瞬間にパンに見える。その変化が面白いなと。

「Bakermee」は、バゲットやデニッシュ、食パンのように見える3種類の柄がある

F.I.N.編集部

辻尾さんの作品は手にした瞬間に「はっとする」体験が詰まっています。人が驚く構造をつくるには、何が大切だと思いますか?

辻尾さん

仕組みを理解できることですね。まったく理解できないものはただ不思議なだけで終わってしまいますが、不思議に見えた物事の背景にある仕組みを理解できて初めて「はっとする」んだと思います。

 

だから僕が大切にしているのは、「?」から「!」の流れ。言葉で説明するより、自分で気づいた方がインパクトは大きい。だから、一瞬驚いて、そのあと理解できるくらいのラインを狙っています。それが、僕なりの面白さや気持ち良さの共有の仕方なんです。

F.I.N.編集部

その面白さが、SNSなどでも大きな反響を呼んでいますよね。

辻尾さん

あとは「人に伝えたくなる」という要素も大事だと思っていて。ロジックをメインに据えることは、言語化のしやすさにもつながります。言葉にしやすいということは、人にとっても語りやすいアイデアになっているということ。僕がSNSも使いながら作品を作っている背景には、そうした人に伝えたくなる広がりやすさへの意識も強くあります。

〈三菱鉛筆〉とコラボした「JETからくりギフト KURUPAKE」。外側のパッケージを回すと、「THANK YOU」「PRESENT」「FOR YOU!」のメッセージが変化して現れる

当たり前を疑うことで、世界は少し自由になる

F.I.N.編集部

ご自身の作品によって誰かの世界が少しだけ変わる体験について、どう捉えていますか?

辻尾さん

 

そういう体験になってくれることが、一番うれしいですね。「もの」そのものではなく「体験」を提示できたということなので。自分の作品が誰かの手に渡り、その人の視点が少しだけずれる。そのプロセス自体に面白さや価値を感じます。

 

「珈琲牛乳のグラス」を販売していた時に、おじいちゃんが一度帰ったのに、わざわざ戻って買いに来てくれたことがあって。ご年配の方にも伝わったことと、「戻ってでも欲しい」と思ってもらえたことがうれしかったです。

F.I.N.編集部

辻尾さんのような眼差しを持つことで、私たちの生活はどう変わると思いますか。

辻尾さん

僕にとっては普通のことなので、自分の眼差しというのが正直あまりつかめていなくて(笑)。でも、周りからは「いつも楽しそう」とよく言われるので、単純に毎日が少し面白くなるのかも。同じ景色でも、発見が増えるので。

F.I.N.編集部

発見が増えることで、心のあり方も変わっていきそうですね。

辻尾さん

そうですね。「当たり前って、意外と成り行きや便宜上でつくられているんだな」と気づくことができれば、少し自由になれる気がするんです。世の中の決められた正解や美しさに縛られすぎず、自分なりの「あれ?」を面白がれるようになれば、毎日はもっと豊かになっていくと思います。

【編集後記】

改めて考えてみれば、おそらく世界は自分の知らない理屈だらけで成立しています。今回のお話からは、それらを「うわ、いいな」という新しい感情で見つめ直すヒントをいくつもいただけたように感じました。例えば自分の外側にある論理に対して好奇心を持つこと、思わず語りたくなる構造をつくること。「知らない」ということが美的体験に変わりうると考えることができれば、新しい価値や豊かさを見つけるきっかけも増えそうです。

(未来定番研究所 渡邉)

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