2025.08.18

「定番」=面白くないもの?〈THE〉の3人が語る、定番の定義。

F.I.N.を運営する〈未来定番研究所〉は、2017年3月の設立以来、「5年先の未来の定番生活を提案する」をテーマに探求を続けてきました。移り変わる社会のなかで、何が受け継がれ、どんな価値観が次の時代に根づいていくのか。その問いに向き合い続けてきたからこそ、今改めて「定番」の姿に光を当てます。

時代を越えて信頼され、繰り返し選ばれてきた定番。かつては「みんなの当たり前」として存在してきましたが、生活スタイルや価値観の多様化により、その佇まいは少しずつ変わり始めています。それでもなお、繰り返し選ばれ、長く使われ、日々のなかで育まれていくものは、確かに存在します。

定番は、どのように生まれ、どう変化し、どこへ向かうのか。F.I.N.では、定番の正体を探りながら、その存在意義を見つめ直します。

 

今回お話を伺ったのは、新しい定番を提案するブランド〈THE〉を運営する〈THE株式会社〉代表の米津雄介さん、クリエイティブディレクターの水野学さん、そして〈中川政七商店〉前代表の中川淳さんの3名。未来の定番とは何か、一緒に考えてみました。

 

(文:大芦実穂、写真:西あかり)

Profile

米津雄介さん(よねつ・ゆうすけ)

〈THE株式会社〉代表取締役/プロダクトマネージャー。1980年生まれ。東京造形大学卒業後、文具メーカーで商品開発とマーケティングに従事。2012年創業時にプロダクトマネージャーとして〈THE株式会社〉に参画し、全国のメーカーを回りながら、商品開発・流通施策・生産管理・品質管理などプロダクトマネジメント全般と事業計画を担当。2015年3月に代表取締役社長に就任。共著に『デザインの誤解』(祥伝社)。2022年より東京造形大学非常勤講師。

https://the-web.co.jp/

Profile

水野学さん(みずの・まなぶ)

〈good design company〉代表/クリエイティブディレクター/〈THE株式会社〉取締役。1972年生まれ。多摩美術大学卒業。1998年〈good design company〉設立。ブランドや商品の企画、グラフィック、パッケージ、インテリア、宣伝広告、長期的なブランド戦略までをトータルに手掛ける。主な仕事にPanasonic、相鉄グループ、熊本県「くまモン」、三井不動産、再春館製薬所ほか。2024年発表の「グローバルクリエイティブランキング」では「エグゼクティブクリエイティブディレクター」部門で日本1位、世界30位にランクイン。「Cannes Lions」金賞ほか国内外で受賞歴多数。

https://www.gooddesigncompany.com/

Profile

中川淳さん(なかがわ・じゅん)

〈PARADE株式会社〉代表取締役社長/〈THE株式会社〉取締役。1974年生まれ。京都大学法学部卒業後、富士通に入社。2002年に〈株式会社中川政七商店〉に入社し、2008年に十三代社長、2018年に会長に就任。工芸業界初のSPA業態を確立し、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、経営コンサルティング・教育事業を展開。2025年2月に会長を退任。現在は、「中小企業経営」や「ビジョンとブランディング」を軸とした企業支援を行う。著書に『経営とデザインの幸せな関係』(日経BP社)などがある。

https://join-parade.jp/

「定番」は、時代とともに形を変えていくもの

F.I.N.編集部

まず始めに、〈THE〉にとっての「定番」とは何でしょうか?

米津さん

〈THE〉は今年で14年目を迎えます。その歩みのなかで、ガラス製の醤油差しから電動自転車まで、多様なジャンルの「定番」を考察してきました。そのなかで大切にしているのが、2012年の立ち上げ時に設定した「THE5箇条」という基準。形状・歴史・素材・機能・環境という5つの要素を満たしたものを定番と呼ぶことにしています。「ストレスなく長く使えるもの」ともいえるのかなと思います。

水野さん

〈リーバイス®〉の「501 ®」みたいなものをつくれたらいいよね、という話はよくしていますね。といっても、「501 ®」は誕生してから今まで、形を変えずにやってきたかというとそうではなく、時代に合わせて微妙に変えている。だからまったく変わらないものが定番とも限らないと思っていて。時代とともに形を変えていく、いわば「長い流行」みたいなものが定番といえるのでは?と思っています。

中川さん

「これが定番です」とカチッと固めた瞬間に、定番じゃなくなりそうですよね。その時代の揺らぎであり、進化を受け入れつつも、軸足をしっかりと持っているものが定番なんだろうなと。

長く使うことは、環境配慮にも繋がる

F.I.N.編集部

定番商品の良さとは、どんなところでしょうか?

米津さん

様々な視点でサステナブルなところです。商品を気に入って長く使ってもらえれば、限りある地球の資源を大切にできます。製造工程でも「同じものを長く作り続ける」ことは、原料や資材の調達、技術継承においてサステナブルであるともいえます。また、アイデアを無理やり捻り出すような製品開発や、毎年同時期の営業活動に必要以上に経営資源を割くのではなく、製品設計や改善、健全な啓蒙のために経営資源が投入されやすくなります。やはり、「環境負荷を減らせて、世の中にとってもいいことだよね」という点が「定番をつくる」という活動の、一番コアな部分だと思います。

水野さん

例えば、レストランやカフェでグラスを10個そろえて、そのうち1個が割れてしまった時に、もしグラスが抜本的なモデルチェンジをしていたら、残り9個は処分しなければならないかもしれません。もちろん、グラスがそろっていなければならないという前提条件があった場合ですが。でも、定番品としてずっと同じ形のグラスが売られていれば、そういった無駄を防ぐことができます。だから、定番をやるということは、環境配慮っていう点が一番大きいんじゃないかと。

中川さん

実は、サステナブルだという観点は、あとから気がついたんですよね。

水野さん

そうなんです。最初は「定番が好きだから」「世の中にない定番をつくろう」というところからスタートしたのですが、よくよく考えたらこれって環境配慮に繋がっていたんだ、と。冒頭で「THE5箇条」の話をしましたが、立ち上げの時は「環境」ではなく「価格」だったんですよ。でもこの気づきがあって、「環境」に変えました。

F.I.N.編集部

そうなんですね。では、当初の「THE5箇条」に入っていた、「価格」についてはどのようにお考えですか?

米津さん

僕たちは「適価」と呼んでいますが、文字通り適切な価格を重視しています。

中川さん

単に安くすればいいというわけではなくて、商品をつくるためには、サプライチェーンに関わる人たちにきちんとした対価を払う必要があります。だから会議で「いかに価格を下げるか」という話にはならず、むしろ持続可能なものづくりのために、適正な価格を設定するにはどうしたらいいか、ということをいつも話し合っています。

「定番」には時代性がなく、特徴がない

F.I.N.編集部

商品が「定番化した」と判断されるのはどの段階なのでしょう。

水野さん

最終的には市場が決めることだと思います。私たちは今後の定番になるだろうと思ってものづくりをしていますが、確固たる判断というのは市場がするんじゃないかな。

米津さん

あとは「時間」もあると思います。例えば、創業当初から販売している「THE GLASS」は、10年以上販売を続けていくなかで、国内外のホテルやレストラン、空港ラウンジなどでも使ってもらっていますが、そうした実績の背景には「長く同じものを販売している」ということも影響していて、それらを見た時に「これは定番になれるのかもしれない」と期待してしまいますね。

F.I.N.編集部

商品に対して、「これいいな」から「手放せない」と感じるようになるまでには、何が起きていると思いますか?

米津さん

無意識に同じものを選ぶうちに、これいつも使ってるな、手放せないなという感覚になるのではないでしょうか。例えばお茶を飲みたい時、グラスってほとんど無意識に選んでいますよね。でも実は、どれくらいの容量が入るのか、なんとなく瞬時に計算しているんじゃないかと。ということは、容量がぱっと見てわかりやすいほうが、選択の負荷が減ります。それが、いつもそのグラスを選ぶことにも繋がる。そういった感覚を踏まえて「THE GLASS」は、ショート、トール、グランデと3つのサイズを用意して、容量が一目でわかりやすいように設計しています。

中川さん

使い心地と見た目の良さがないと使い続けられないと思うので、そのバランスがうまく取れていないと、「手放せない」にはならないんじゃないかな。

F.I.N.編集部

それでは、一時のブームで終わってしまって、定番にならない商品には、何が欠けているのでしょうか?

水野さん

面白いものは定番化しにくいと思います。なのでブームで終わってしまう商品は、「面白い」のではないでしょうか。定番になるには、ある種「つまらなさ」が必要だと思っていて。僕たちに面白いものをつくろうという意識はまったくなくて、なんならどれだけつまらないものを愚直につくれるかっていうところだと思うんですよね。

中川さん

言い換えると、「定番」には時代性がなく、ブームには時代性があるということだと思います。普通、商品を企画する時って、特徴のあるものをつくろうとするじゃないですか。〈THE〉はなるべくその特徴をなくし、角がない丸いものをつくろうとしています。売る側からすると非常に売りにくいと思うのですが、幸い〈THE〉には〈THE SHOP〉というオンリーショップがあるので、そこで魅力を発信できています。

機能性と美を兼ね備えてこそ、定番

F.I.N.編集部

〈THE〉の定番商品といえば、グラスや洗濯洗剤が人気ですが、他の商品についても教えてください。

THE SUNSCREEN[Think Nature]

米津さん

日焼け止めは発売してまだ1年ほどの比較的新しい商品です。最大の特徴は、環境配慮と人の肌への優しさを両立している点。

「パラオ基準」って知ってますか?2020年にパラオ共和国で定められた、サンゴ礁に悪影響を与える日焼け止めを禁じる法律に基づく規制の通称です。基準をクリアしていない日焼け止めの持ち込みや販売は禁止されていて、海外から持ち込んだ日焼け止めも、没収されてしまうんですよ。そこで、この基準をクリアする、指定された成分を一切使わない日焼け止めを開発しました。クリーム状で白浮きせずにストレスのない塗り心地を実現するのにすごく苦労しましたね。

THE Sweat Series

THE Sweat Series – Zip up Hoodie

米津さん

〈THE〉のスウェットやパーカは、和歌山県周辺だけに残る「吊り編み機」という特殊な機械で編まれています。1960年代頃までアメリカで使われていた機械で、1時間に約1mしか編めない非効率な方法。そのためその後1時間に24mも編める「シンカー」と呼ばれる新しい機械が出てきた時に、皆そっちへ移ってしまいました。でも「吊り編み機」で編まれた生地はすごく丈夫。柔らかいのに長持ちするんです。古着屋などで売られている60年代の〈チャンピオン〉のスウェットが今でも着られるのは、この機械で編まれているからともいわれています。

 

水野さん

もちろん装飾にもこだわっています。もともとスウェットはスポーツウエアとして開発されたものですが、現代はファッションとして人々の生活に馴染んでいます。その点を考慮し、例えば襟を少し立ち上がりやすくさせたり、細部への美も追求しています。

THE SCISSORS

米津さん

ハサミの形は4000年前の古代エジプト時代からほとんど変わっていないそうです。誰もがハサミだとわかる形でありながら、切れ味がしっかり担保されている点が、定番の要素だと思っています。

水野さん

そこにハサミとしてのモノの美しさを加えていくことで、長く使い続けることができる。多くの道具は使っている時間より置いてある時間の方が長いので、置かれている姿や立ち姿の美しさは、大事なポイントかなと思います。

長く続けるためには、変化し続けることが必要

F.I.N.編集部

最後に、皆さんに伺います。モノとの付き合い方が多様化している昨今ですが、これからの時代に求められる「定番」は、どのようなカタチになっていくと思いますか?

中川さん

定番の本質が10年後、すぐに変わるわけではないと思います。ただ、時代の変化に細かく対応したり、基準が変わっていくことにも目を向けたりしなくてはならないと感じますね。例えば、10年ほど前までは環境配慮についてそこまで議論されていませんでしたが、今は重要な要素になっています。最近は〈THE〉で「B Corp認証*」の取得も進めていて、会社としても進化していく必要があるなと感じています。

*B Corp認証…環境や社会への配慮、透明性、説明責任などにおいて高い基準を満たし、持続可能な経営を実践している企業に対して与えられる、国際的な民間認証制度。

水野さん

世の中の不確実性が高まっている昨今だからこそ、日々の暮らしのなかに変わらないものがあることは、大きな安心につながるのではないかと感じています。〈THE〉のプロダクトが、精神的な安定をもたらす一助になれたらいいなと思います。

米津さん

定番を売り続けるためには、定番をつくり続けることが必要で、そのためにはサプライチェーンのなかにもエコシステムをつくっていくことが大事だと感じています。日本のものづくりの世界では、後継者問題や、人手不足・原料輸入など、存続に関わるさまざまな問題を抱えていて、もう精神論の「がんばろうぜ!」だけでは立ち行かなくなっています。続けるためにはどうしたらいいか、法整備や産業構造の問題も含めて、真剣に考えるべきフェーズにきていると思いますね。

【編集後記】

昔から、同じものをずっと使い続けるのが好きです。壊れたら直してもらえたり、使い切っても同じものがいつでも買えたりすると、なんだか安心します。

今回の取材で感じたのは、「定番」という言葉が、実はとても動的で挑戦的な概念だということです。〈THE〉の皆様のお話からは、定番品を作るという、一見シンプルでありながら実は非常に難しい挑戦に真正面から向き合い、それを楽しみながら取り組まれていることが強く伝わり、お話を聞けば聞くほどその姿勢に引き込まれていきました。

定番とは、変わらないものではなく、時代の変化に寄り添いながら、少しずつカタチを変えていくもの。その柔軟さがあるからこそ、暮らしの中に長く根づいていくのだと実感しました。

(未来定番研究所 榎)