2024.07.29

モヤモヤ

佐渡島庸平さんと石井玄さんが語る、「モヤる前に大切な、違和感と心のザワつき」。

最近のF.I.N.編集部が大切にしている、考えを熟成するための「モヤモヤ」する時間。モヤモヤと一口に言っても、日常でふと感じる違和感だったり、課題が整理できていない状態だったり、自分や誰かのモヤモヤであったりと、その種類はさまざまです。ポジティブに捉える人もいれば、そうでない人もいるかもしれません。この特集では「モヤモヤって何?」という問いを出発点に、時代の目利きたちと5年先の未来を探っていきます。

 

モヤモヤとの向き合い方は人それぞれですが、その中でも「明確に決着をつける人」と「あえてあいまいにする人」の両者が存在するのではと考えました。そこで、「あいまい」のススメを提唱する〈コルク〉代表の佐渡島庸平さんと、明確な答えを出し続けているイメージのコンテンツプロデューサー・ディレクターの石井玄さんをお招きし、それぞれの「モヤモヤ論」を展開。と思いきや、どうやらお2人は早速共鳴されたようで……。

 

(文:船橋麻貴/写真:嶋崎正弘/サムネイルデザイン:佐藤豊)

石井玄さん(左)、佐渡島庸平さん(右)

Profile

佐渡島庸平さん(さどしま・ようへい)

〈コルク〉代表。1979年兵庫県生まれ。東京大学文学部を卒業後、講談社に入社。モーニング編集部にて、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの編集を担当する。2012年に独立し、クリエーターのエージェント会社〈コルク〉を創業。漫画家や小説家などのクリエーターとインターネット時代の新しいエンターテイメントの創出を目指している。著書に『ぼくらの仮説が世界をつくる』(ダイヤモンド社)、『観察力の鍛え方』(SB新書)など。

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石井玄さん(いしい・ひかる)

〈玄石〉代表取締役。プロデューサー・ディレクター。1986年埼玉県生まれ。2011年サウンドマン入社。『オードリーのオールナイトニッポン』『星野源のオールナイトニッポン』『佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)』などにディレクターとして携わり、『オールナイトニッポン』全体のチーフディレクターを務めた。2020年ニッポン放送入社。2024年2月のラジオイベント『オードリーのオールナイトニッポン in 東京ドーム』では製作総指揮を担当。2024年4月に独立し、〈玄石〉を設立。著書に『アフタートーク』(KADOKAWA)がある。

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モヤモヤの原因は、コミュニケーション不足

F.I.N.編集部

そもそもお2人は、モヤモヤすることってあるのでしょうか?

石井さん

あまりないですね。モヤモヤしたらその場で極力解決しているので。たとえば、相手にモヤっとすることがあっても、その原因を突き止めて割と納得しちゃうというか。どうして相手がモヤっとする行動を取ったのかを考えて、お互い理解するまで話し合ったり、逆にわかり合えなかったら距離を取ったり。モヤモヤをそのままにしておくのが気持ち悪いし、日常的にそういう選択をしているので、モヤモヤすることが少ないのかもしれません。

佐渡島さん

僕もほぼ同じ考え(笑)。自分はモヤモヤすることは少ないけど、最近皆「モヤる」って言葉を使うじゃないですか。さっき「chatGPT」に聞いてみたら、どうやら2000年ごろから使われ出したみたいなんですよ。そのくらいみんなモヤモヤしているのだろうけど、「モヤる」って言葉を使うのは自分がよく理解できない時。しかも、そのことを一方的に相手に伝えて、お互いに理解を深めようと はしないんですよね。

石井さん

あぁ、確かにそうですね。

佐渡島さん

よく相手から「モヤる」って言われるんですけど、僕は否定された気持ちになるんですよね。「モヤる」という言葉を使うことで、まるで自分が繊細な人間で、僕はそうじゃない とディスられているようにも感じるし。わからないことから逃げて、突き放されているような気もする。「繊細どころかむしろ攻撃的じゃん」って(笑)。

石井さん

「モヤる」って言うことで相手をシャットアウトし、その後にするべきはずの話し合いを遠ざけているんですよね。そもそもコミュニケーション不足が原因でモヤっているのに。

佐渡島さん

そうそうそう。コミュニケーションって常に誤解が起こるものだから、それをどう解決していくのかが大切。それなのにコミュニケーションの仕方が、自分が想定していたものと違ったら、糾弾したり社会的に排除したりして相手を追い込んでしまう。その一言目になるが、「モヤる」なんだと思います。

石井さん

あと、コンプライアンスや多様性を大切にする時代になったから、本音を言えるタイミングが少ないのも「モヤる」原因の1つだと感じました。「これを言ったらパワハラになるかな」とか、「これを聞いたら失礼かな」とか、コミュニケーションを取ることを躊躇してしまう。特に今はそういう環境になっているから、人は「モヤる」のかもしれないですね。

この先、モヤモヤはAIが解決していく

F.I.N.編集部

モヤモヤはこの先どうなりますか?

佐渡島さん

今、社会がいろいろな人に適応するように進化していると思うんです。息子が不登校なんですけど、息子からしたら学校側が自分たちが楽しめるような仕組みになっていないのがおかしいって感じで。僕ら親世代は環境や社会に合わせて生きるのが成長だと考えてきたけど、息子はそれに対してはっきりとノーと言っているんです。自分が合わせるんじゃなくて、さまざまなものがパーソナライズされる時代になろうとしている。AIやロボット、服のサイズなんかもそう。だからモヤモヤの元となり得るコミュニケーションも、個人個人に合わせる時代になると思うんですよね。数年後、AIを介さずに相手と話すことはなくなっているんじゃないかな。

石井さん

それは面白いですね……! AIがコミュニケーションを取り持つようになるんですか?

佐渡島さん

AIがそれぞれの人の知識レベルやしゃべり方のクセを分析して相手に伝える、言わば翻訳者のような働きをするようになると考えています。たとえば僕が「はい」と言った場合、その言葉の中に感謝の気持ちがあるのかどうかって、相手の想像力やこれまでのコミュニケーションの量によって、読み取り方の差が出てくるじゃないですか。そういう差が生まれないように、AIがコミュニケーションをサポートする時代になると考えているんですよね。

石井さん

たしかに打ち合わせや会議でも、人によって受け取り方が異なることが多い。だからもしこの先AIが進化して、しゃべり方や声のトーンでその人の真意を分析ができるようになったら、モヤることがもうなくなりますね。僕としてもコミュニケーションの掛け違いみたいなことは頻繁に感じるので、そうなったら仕事もしやすくなって生きやすくなりますね。

F.I.N.編集部

AIがコミュニケーションを媒介することでモヤモヤは解消されるかもしれませんが、想像力や思いやりなど人間としての機能は衰えたりしないものですか?

佐渡島さん

むしろ解像度が上がるのではないでしょうか 。現状、モヤるまでのコミュニケーションで、双方に相当な勘違いが起きているじゃないですか。相手に他意はないのに悪意を感じたり。そういうすれ違いにAIが介入してくれたら、より繊細な感情に対して、理解が深まるんじゃないかって。そもそも僕自身、技術の進化に対しては前向きに受け止めるタイプなんですよね。もちろん技術の進化によって起こる弊害もありますが、それを想像して未来を憂うより、明るい使い方を考えて自分たちの可能性を広げる方がいいなって。

石井さん

いいですね。僕はイベントの制作もしているので、1,000人近いスタッフと関わることもあって。先日のラジオイベント『オードリーのオールナイトニッポン in 東京ドーム』では製作総指揮をやらせてもらいましたが、そこで感じたのは共創の難しさでした。関わる人数が多いし業界もバラバラだったので、オードリーの若林(正恭)さんはじめ、僕ら演出チームの考えをしっかりとスタッフ全員に伝えるのは難しい。だから、AIがコミュニケーションを媒介してくれるようになったら、エンタメの世界のクオリティーは上がっていく気がします。

佐渡島さん

そうなんですよね。共創という言葉、随分前から流行りまくっているけれど、実際には関わる人数が多くなるから、そう簡単にはいかない。だけど、AIがコミュニケーションを媒介してくれたら、意思疎通が円滑にいくから共創が可能になるはず。技術の進化と社会の関係って面白いもので、まず社会が変化し「共創」のような言葉が生まれてから、技術が追いついて、解決に至る。「モヤる」も同じで、これからはAIが解決していくんじゃなでしょうか 。

石井さん

まだAIがコミュニケーションを媒介してくれていないので、そういう意味で今は僕自身がAIの代わりですね(笑)。佐渡島さんもそうだと思いますけど、才能豊かなクリエイターと接しているので、その頭の中を言語化してアウトプットしないといけない。そのために質問を繰り返したり、あえて違うことを言ってみたり。そういう作業を積み重ねるのが僕の仕事なので……。やっぱりAIがあったら、すごく楽でいいですね(笑)。

感覚を磨き、違和感や心のざわつきに気づく

F.I.N.編集部

モヤモヤすることの影響や作用ってありますか?

佐渡島さん

どちらかというとモヤる前の段階、心がザワザワっとした時の感覚を養う方が大切だと考えています。社会も学校もある程度 ルールに従順であることが求められるけど、それは必ずしも完璧な仕組みにはなっていない。だからこそ、そういう違和感にどれだけ多く気づけるかがポイントだと思うんですよね。些細な違和感が新しい創作に結びつくだろうし、トラブルを事前に察知でき回避できるようにもなるので。

石井さん

そうですね。そういうセンサーが働くと、何かが起こる前に次の一手を講じられますよね。「この人にはこういう伝え方をしよう」とか、「この人には丁寧に確認をしよう」とか。相手に対する違和感って、初手でなんとなくわかりますよね。感覚的なものかもしれないですけど。

佐渡島さん

その違和感のセンサーはどうしたら養えるんだろうって、最近すごく考えるんですよね。それで思い至ったのが、まずは身体感覚を磨くことが有効かもしれないって。

石井さん

えっ、身体感覚ですか?

佐渡島さん

そうそう。今の僕の靴、5本指に分かれていてほとんど裸足の感覚なんですよ。2年ほど前に買ったばかりの頃は履くのが大変でしたが、今はすっと足の指が入るようになって。これを履くと足裏の重心のかけ方がわかるようになるんですけど、最近それがなんとなくわかってきたんですよ。

石井さん

僕、昔サッカーをやっていたんですけど、体の重心の重要性はたしかに感じていました。だけど、大人になって何もしていないとその感覚がどんどん鈍ってしまうんですよね。でも、どうして佐渡島さんは感覚を大切にしようと思ったんですか?

佐渡島さん

いろいろな人と仕事する中で、指示や指摘などを言語化して明確に伝えることが大事だと考えていたんですが、必ずしもそれがいいとは限らないことに気づいたんです。そういうやり方ではダメージを受けて動けなくなる人もいるんだなって。それでコミュニケーションの仕方に悩んで、ヨガを取り入れてみたり、馬とコミュニケーションを取ってみたりして。

石井さん

今かなり合点がいきました。佐渡島さんのこの落ち着き具合はなんだろうと思っていたんですけど、呼吸を大切にするヨガや、じっくり時間をかけて行うであろう馬とのコミュニケーションから来ているんですね。

佐渡島さん

普段からスマートウォッチをつけて、呼吸数や心拍数を確認していています。モヤモヤって不安な気持ちやストレスなど身体状況と結びついているはずですが、呼吸数や心拍数を落ち着かせると、それらを回避できる気がします。もし誰かにモヤモヤを抱いた場合、自分が変わるかその関係性を変えるほうがいい。なぜなら他者は変えられないから。だからまずは自分の中のザワつきや違和感に気づき、その要因を突き止める。そうすると、モヤる前に解決に導けるんじゃないですかね。

石井さん

そうですね。モヤる前にできることがいっぱいありそうですよね。違和感やザワッとした感覚に気づいたら内省してみる。そうすると、モヤって苦しくなることが少なくなるかもしれませんね。今回佐渡島さんの話を聞いて、僕も身体感覚を向上させたくなりました。佐渡島さんのように、馬とコミュニケーションを取るのはなかなか難しいですけど(笑)。

【編集後記】

私自身、対人関係の「モヤモヤ」に悩むことも多かったのですが、今回の取材は、自分の行動を客観的に見つめ、「モヤモヤ」の正体に向き合うきっかけとなりました。お2人もおっしゃっていましたが、まさに普段、「気になることがあるけれど、今話すと雰囲気を乱すかも」とか、「説明したいけど長くなるからあとでもいいか」など、「モヤモヤ」の前の心の「ザワザワ」を放置し、他者だけでなく、自分との対話すら怠っていた場面が多くあったかも……と振り返ります。お話の中で登場した未来のAIは目利きの方々ならではのお考えで、より解像度の高い対話が可能になる世界を想像しわくわくしましたが、AIが実現するその日まで、まずは他者とも自分とも向き合う時間を大切にしていきたいと思いました。

(未来定番研究所 岡田)