目利きたちと考える、季節の新・定番習慣。<全10回>
2022.03.30
未来命名会議<全9回>
連載『未来命名会議』は、まだ言葉になっていないけれど、未来の定番になるかもしれない事象に名前を授けていく企画です。各分野に眠る事象を、その道の識者とF.I.N.編集部が対話しながら「命名」を行います。
第9回は「映画鑑賞」について。下北沢のミニシアター「K2」を運営する大高健志さんにお話を伺いました。
(イラスト:megumi yamazaki)
オンラインが行動様式の中心となり、映画体験は急激にオンライン視聴に移行しました。しかしそのような中、映画館では「一時より客足が戻る」「商圏が先鋭化する」という変化が起こっているように感じます。
今年1月にオープンした下北沢のミニシアター「K2」を運営していても実際に体感するところです。オープン直後に蔓延防止措置が発令された為、苦戦を予想していましたが、それ以上の来場者数があります。ではなぜ、コロナから2年が経ち映画館の客足が戻ってきたのでしょうか。それはオンラインで映画や動画を視聴する中、作品と向き合うにはやはり映画館がいいと気付いたからではないでしょうか。集中力が醸成されるフィジカルな空間として、映画館の価値が再認識されてきていると感じます。
自分個人の体験としても、自宅での鑑賞には『テラスハウス』や『バチェラー』のような自発的な集中力をそこまで必要としないエンタメ作品ならいいですが、没入して能動的にコンテクストを読み解くアート映画や、作家性のある作品には不向きに感じてしまいます。集中して作品と向き合うには、オフラインでまわりに他人がいる、ある種の“軟禁状態”で没入できる空間が必要になります。映画館で入場料1800円を払ったら、その作品がどんなにつまらなく感じてもとりあえずは観続けますよね。僕自身も「この映画つまらないな」と思いながら観ていても、最後の5分でこれまでの印象がすべて覆されてしまうような作品に出会うと、「自分の見立てが間違っていたな」と気付かされることがあります。このように、つまらないことを許容し最後まで観続けた先に、自分の見立ては絶対的に正しいものではないという気づきを与えてくれる映画館は、自分だけでは持ち得ない視点を増やし、社会への解像度を高めるための重要な文化的装置ともいえます。
もう1つの変化は、商圏の先鋭化です。コロナで人の移動距離が大幅に減ったことでターミナル駅にわざわざ行くのではなく、近場の駅で過ごそうという人が増えています。「K2」も今だからこそ成立していますが、渋谷や新宿にアクセスのいい下北沢という場所で映画館を出すというのは、すこし前ではあまり考えられない試みだったでしょう。
商圏の先鋭化が起こっているからこそ、これからの映画館は地域に集まる人を考慮してそれに応える場所であることが重要になると思います。つまり映画館は、地域の住民のほか、仕事、遊び、表現などの多様な目的で来ている人がコミュニケーションを取るための“コモンズ(共有地)”になるべきです。ですから「K2」では上映する作品も、地域の下北沢の演劇文化、バンドカルチャー、そして映画史的にも意味のある作品を混ぜて上映するという3つの路線で考えています。
また、映画館がコモンズとしての役割を目指すとき、観賞後に話し合えるコミュニティが必要になります。「K2」でも立ち上げの準備を進めていますが、例えばオンラインでコミュニティを作って、コミュニケーションを取るための場所として映画館を提供する。そこで上がった住民の声が映画館の運営や上映作品に反映されるなら、それは映画館の新しい形とも言えますよね。このような事例が実現できれば、街づくりのときには「とりあえずミニシアターを作っておこう」ということになり、未来への映画文化継承にもつながります。「K2」が成功事例になり、「1つの街に1つの映画館」がデフォルトになるといいと思っています。
F.I.N.編集部は、大高さんのお話にあった「映画館のフィジカルな空間としての価値」「コモンズとしてのあり方」を非常に興味深くお聞きし、名前を与えることにしました。
一切の連絡を断った缶詰状態だから「映画缶」と言ってみてはどうか。もしくは、コモンズとして街に1つの映画館があることのほうにフォーカスして、「街コモン」と名付けてみるのはどうか。
このように命名会議を続ける中で、大高さんに「即決です!」というお言葉をもらったネーミングがありました。その名も、ずばり、「シネこもり」。オンラインの世界から解放されて籠れる空間、映画作品にとことん向き合うための行動を表したネーミングになります。
意味:約2時間、オフラインの状態で映画館に籠ること
用例:「この作品はシネこもりしないと分からないよ」「シネこもりしたら自分のバイアスに気付いた」
第9回目の未来命名会議。またひとつ、世の中の新しい事象に名前を与えることができました。今後、「シネこもり」が広まり、映画館の持つ魅力が継承されていくことを願って。その動向に、皆さまもぜひご注目ください。
大高健志
MOTION GALLERY代表/Incline LLP役員
1983年 東京生まれ。外資系コンサルティングファームに入社し、主に通信・メディア業界において、事業戦略立案、新規事業立ち上げ支援、マーケティング、オペレーション改善等のプロジェクトに携わる。その後、東京藝術大学大学院に進学し映画製作を学ぶ中で、クリエイティブと資金とのより良い関係性の構築の必要性を感じ、2011年にクラウドファンディングプラットフォーム「MotionGallery」を設立。以来50億円を超えるプロジェクトの資金調達~実現をサポート。2022年1月Inclineのメンバーの一人として下北沢にミニシアター「K2」をオープンする。
【編集後記】
コロナによってコンテンツの配信サービスが劇的に増えました。それらが支持される背景には、好きなものを好きなときに好きなだけ楽しめるという”コスパの良さ“があります。そんな退屈を一切排除したがる時代において、大高さんの「つまらないことを許容する」という言葉には頭に勢いよく水をかけられたような衝撃を受けました。目先のつまらなさを徹底的に取り除いた効率的なくらしのなかには、きっと偶然の発見も、予期せぬ豊かな出会いもありません。ときどき退屈のなかにじっと身を預けてみることが定番になった社会は、今より少しやさしい気もします。
早速今日から、つまらなさを悪と決めつけずにうまく付き合っていこうと決めました。
(未来定番研究所 中島)
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第9回| シネこもり
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