もくじ

2025.03.18

八百屋〈Gg’s〉の角谷香織さんがたどり着いた、「振り売り」という商いのカタチ。

スマホ1つで誰もが売り手になれる時代。形のある「モノ」だけでなく、「ノウハウ」や「背景」までもが商品として流通するようになりました。商品があふれかえる今、消費者の心を揺さぶるのは、「何を売るか」よりも「どう売るか」なのかもしれません。実際、サブスクやSNSの活用といった新しい売り方も次々と登場しています。F.I.N.では、現代の商い方に注目し、その背後にある価値観を紐解きながら、新しい商いのあり方を探ります。

 

平安時代から京都に伝わる販売方法「振り売り」。ザルや桶、かごをぶら下げた天秤棒を担ぎ、売り歩いたことから名付けられた行商のスタイルで、京都では農家が畑で採れた旬の野菜をお客さんに直接販売してきたそう。そんな振り売りをアップデートしながら、作り手と買い手を繋いできたのが八百屋〈Gg’s(ジージーズ)〉の角谷香織さん。大きな流通が一般的となっている現代に、なぜ振り売りが必要なのでしょうか。角谷さんが振り売りに見出している可能性とは?

 

(文:船橋麻貴)

Profile

角谷香織さん(すみや・かおり)

1988年京都府⽣まれ。京都⼤学⼤学院 修⼠課程修了。東日本大地震後、風評被害と向き合う農家の想いに触れ、農家を伝える〈Gg’s〉を立ち上げ、振り売りをスタート。京都の農家を回り、レストランやホテル、一般家庭に野菜を届けている。

http://ggs-kyoto.com

「振り売り」を選んだのは、

農家の野菜の魅力を届けるため

消費地である都と、作物が育つ生産地が隣接する京都。そんな土地の構造から、京都では上賀茂や山科を中心に、「振り売り」という販売方法が定着しています。京都で生まれ育った角谷さんも、この振り売りが身近な存在だったと話します。

 

「子供の頃から、おばあちゃん家に振り売りに来ていた上賀茂の農家さんのトマトが大好きでした。私があまりにも喜ぶものだから、おばあちゃんも毎回のように買ってくれて。その時は振り売りではなく、『賀茂のおばちゃん』って呼んでいましたね」

 

角谷さんがそうして親しんだ振り売りを自ら始めたのは、2015年。学生時代に東日本大震災のチャリティーライブで福島の農家と出会ったことがきっかけで、生まれ育った京都の野菜にも興味を抱くように。畑を手伝ったり、夏野菜を一緒に収穫したり、京都の伝統的な漬物「すぐき漬け」を作ったりと、上賀茂の農家〈八隅農園〉の八隅真人さんと親交を深めるうちに、振り売りに目を向けるようになります。

 

「八隅さんは当時30代。若い世代にしては珍しく振り売りをしていたんです。その姿を見て、なんだか面白そうだなって。生業や商いをしようというより、農家さんが手塩にかけて作った野菜の魅力を伝える手段として、まずはやってみようというくらいの気持ちで始めました」

農家とお客さんを繋ぐ媒介者として、

畑や野菜のリアルな状況を届ける

〈八隅農園〉の野菜を車に積み、振り売りを始めた角谷さん。知り合いやSNSで呼びかけた人たちに野菜を販売してみると、「地野菜を食べたいと思っていたのに、どこで買えばいいかわからなかった」という声が多く、地元の消費者と地野菜に距離があることに気づきます。

 

「実際、自分も野菜を買いに行っても他県のものがズラッと並んでいて、意外と地野菜を買うことができませんでした。そんな状況を知り、せっかく近くで生産されているのだから、信頼できる農家さんの野菜を鮮度のいい状態で届けられたらと。野菜とお客さんの距離を縮めるのは、自分の役目なのかもしれないと思うようになりました」

野菜に詳しいわけでも、目利き力があったわけでもなかったという角谷さんは、〈八隅農園〉やその繋がりで知り合った農園に通い、出荷を迎える畑や野菜の状況を把握するように。それを「情報」として整理し発信することで、個人や飲食店など顧客からの要望を叶えていきます。

 

「野菜は自然の産物なので、その時に採れたものを食べてもらわないといけません。とはいえ、お客さんは今畑で何が育っていて、これから何が出荷されるのかを簡単に知ることはできない。だから私が畑に行ってリアルタイムの野菜の情報を把握し、個人のお客さんにはSNSで発信し、卸先の飲食店には週2回情報を届けることを意識的に行っています」

 

情報の発信を大切にしながら振り売りを行い、年数を重ねるうちに安定して野菜を届けられるようになった角谷さん。災害や不作で届けられない野菜があった場合でも、日々のリアルな畑の情報をお客さん自身が知っていることから、当たり前のこととして理解が得られているといいます。

 

「むしろ、『台風が来ていたけど、大丈夫だった?』という心配する声もよくいただきます。畑や野菜のリアルな状況をお客さんに知っていただくことで、生産地を身近に感じ、自分ごととして考えてくれている気がします」

季節や京野菜を捉え直す。

角谷さん自身の価値観も変化

農家やお客さんなど取引相手が増え、振り売りを何度も繰り返すうち、角谷さん自身にも変化が起こります。

 

「年数を重ねれば重ねるほど、『あの季節になったら、あの農家さんのあの野菜を食べたい』と、季節の訪れが楽しみになっていきました。2月の初午の時は、京都では伝統野菜のはたけ菜を食べるのですが、それをお客さんと一緒に待ち侘びたり。自分の中ではただの決まり事だったことが、季節を順番に体験できる特別なものに変わっていきました」

角谷さんが作った「はたけ菜のからし和え」

そして、角谷さんの価値観に変化をもたらせたものがもう1つ。振り売りをすることで、京都で昔から作られている固有の野菜・京野菜を捉え直すことにも繋がったそう。

 

「聖護院かぶや九条ねぎ、賀茂なす、万願寺とうがらしなど、京都には在来種がたくさんあります。他の地域と違って京都にはどうしてこんなにも在来種が残っているのだろうと昔から興味がありましたが、京都の人は季節ごとに変わる京野菜をそれぞれ決まった調理法でおばんざいやお漬物にして楽しんだり、それ以外にも他の食材と同じように日常的に食べているんですよね。万願寺とうがらしをピーマンの代わりに使っていたり。お客さんとのやり取りを通じてそういうことを直に感じられたので、当たり前の存在だった京野菜をこの先も残していきたいと思うようになりました」

「信頼」でモノを買う体験は、

生活を楽しく豊かにする

振り売りを始めてから10年。角谷さんは何度も農家やお客さんと顔を合わせ、野菜を届けてきました。その魅力を尋ねると、こんな言葉が返ってきます。

 

「家族や友人以外に、毎週顔を合わせることなんてないじゃないですか。何年も繰り返しやり取りしたり、1対1で会話したりするうちに、親戚が増えていく感じなんですよね。振り売りを通じてお互いのことをだんだん知って、濃いつながりができていく。お客さんから家族や旅行の話を聞いたり、SNSを通じて私が農園に視察に行っている様子を知ってくれていたり。昔は物々交換などで関わりのある人たちからモノを入手していたと思いますが、それがあまりない現代ではこうやって『信頼』でモノを売買することは貴重で面白い。人とダイレクトに繋がれる感覚があるから、今までやってこられたんだと思います」

 

角谷さんが野菜を売りながら、丁寧に築いてきた「信頼」。振り売りという商いが今もなお残り続けているのは、この「信頼」があるからこそ。

 

「ズッキーニが大量にできちゃって農家さんが困っている時は、『買うよ!』とお客さんが快く買い取ってくれて、過剰に採れた分が自然に分配されていくんです。もちろん全部をさばくことはできないかもしれませんが、少しでも農家さんの役に立てているなら、これほどうれしいことはないですね」

 

そして「信頼」でモノを買う体験は、日常を少し楽しく豊かにしてくれると角谷さん。

 

「便利な買い方は世の中にたくさんあるし、高級品や一級品はお金を出せばおそらく買えるでしょう。だけど、自分にとってすごく身近な人から買う体験は、それとはまた違う豊かさが確実にあると感じています。料理をする時や食べる時に、買った人のことを思い出してうれしくなったり、楽しい気持ちになったり。世界一おいしいモノではないかもしれないし、たまにちょっと不便で面倒かもしれない。だけど、信頼できる人から買う体験は特別だし、なんだか心地よくて楽しい。その対象が野菜だから特殊に感じるかもしれませんが、コーヒースタンドや飲み屋だってそう。実は身近にたくさんあるんですよね。こういう楽しくて心地いい売り方・買い方ができる小商いが、この先も残っていくといいなって思います」

【編集後記】

振り売りという販売方法は、一見すると昔ながらの商いに思えますが、その本質は今の時代にこそ必要なものなのかもしれません。顔の見える関係性や、信頼を通じた買い物の積み重ねが生み出す豊かさなど、それらは単なる「モノの売り買い」を超えた、大切な価値を提供しているように感じます。

角谷さんは、振り売りを続ける中で「信頼できる人から買う体験は特別だし、なんだか心地よくて楽しい」と話してくださいました。便利な買い方はいくらでもありますが、信頼できる人とやり取りしながらモノを買うことの楽しさは、別の魅力を持っています。顔を合わせ、言葉を交わし、季節の移り変わりとともに関係が深まっていく。そんな「信頼でつながる買い物」の価値を、改めて見直したいと思いました。

(未来定番研究所 榎)