地元の見る目を変えた47人。
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2018.08.14
未来を仕掛ける日本全国の47人。
毎週、F.I.N.編集部が1都道府県ずつ巡って、未来は世の中の定番になるかもしれない“もの”や“こと”、そしてそれを仕掛ける“人”を見つけていきます。今回向かったのは、岡山県の真庭市。オカズデザインの吉岡知子さんが教えてくれた、蒜山耕藝の高谷さんご夫妻をご紹介します。
この連載企画にご登場いただく47名は、F.I.N.編集部が信頼する、各地にネットワークを持つ方々にご推薦いただき、選出しています。
“食べたいものをつくる”を基本に、食本来の豊かさを伝える人。
岡山市から車で約2時間。岡山県と鳥取県の県境・蒜山地域に拠点を持つ蒜山耕藝は、”食べたいものをつくる”をコンセプトに、農薬や肥料を使わない「自然栽培」(*1)という農法で、お米や穀類、野菜を作っています。推薦してくださった吉岡さんは、「はじめて彼らの拠点に伺った際、あまりの美しい風景に『ここは桃源郷なのでは?』と思ったのを覚えていますね。彼らは、自分たちの作った作物を醤油やモナカの皮など加工品にし、週末は自分たちの作った野菜や米・麦だけで料理をしています。いわゆる六次産業ですが、それらがすべて、味はもちろんパッケージなどの質が非常に高く、妥協がなく素晴らしいものを作られているんです。六次産業品の中には、値段と質が見合わない例も多くありますが、高谷夫妻と出会うことで見方が変わりました。彼らのバランスとれた芯がある人柄も、敬愛しています」と話します。今回は、高谷絵里香さんにお話を聞いてみました。
F.I.N.編集部
こんにちは。東京は暑い毎日が続いていますが、いかがお過ごしですか?
高谷さん
今年はこちらも移住してから一番の暑さです。例年はクーラーも扇風機もほとんど使わずに済んでいましたが、今年は真夏日が続き作物も人も驚いています。
F.I.N.編集部
そうなんですね……、体調など崩されないようにしてくださいね。今日はよろしくお願いします。まずは、蒜山はどんな土地ですか?高谷さんが感じられる魅力を教えてください。
高谷さん
水がきれいで、自然が手付かずのまま残っている土地です。良い意味で経済成長をしていない、ある意味取り残された地域で、そこに私たちは魅力を感じています。
F.I.N.編集部
お二人はもともと関東で別のお仕事をされていたそうですね。農業にはいつ頃から関心があったんですか?
高谷さん
10年くらい前からでしょうか。もともとは二人とも食べることが好きで、そこから食べ物がどういう風に作られているのかに、どんどん興味が移っていき、農業にも興味を持つようになりました。でも当時は、農家になりたいとは思っていませんでしたね。
F.I.N.編集部
そもそもは普段食べている食の成り立ちを知りたいと思われたんですね。
高谷さん
はい。「知りたい、学びたい」という思いだけで、2010年には肥料と農薬を使わない自然栽培(*1)という農法を実践している農家さんのところに夫婦で研修にも行きました。もともと自然栽培(*1)にとても惹かれていたのですが、そこでの経験でさらに腑に落ちました。まずは、シンプルに味がおいしく、それが体に染み込むようなおいしさであること。また、農薬や肥料を使っておらず、文字通り”自然”に沿って育てられた作物であれば、体に不自然さを与えないこと、作物が育つ様が人間としての生き方に通じるということを、身を持って知ることができた貴重な経験でした。それでもまだ、自然栽培(*1)に関わりたいという思いはあれど、農家になりたいとは思っていませんでした。
F.I.N.編集部
なるほど、では、実際に農家になることを決意されたのは何がきっかけだったんですか?
高谷さん
2011年の東日本大震災がきっかけです。一言で言うと、「お金よりも命が大事」であることを痛感しました。生きていく上での豊かさを考え、自然栽培(*1)の作物を作りたいと感じ、農家になろうと思い至りました。
F.I.N.編集部
ご自身の”食べたいものを作りたい”と思われたと。蒜山の土地にはどのように出会われたんでしょうか?
高谷さん
2011年の7月頃から九州、四国で畑を始められる土地をいろいろ見て回っていて、蒜山に始めて訪れたのが2011年の8月末頃。初めて訪れた時に、そのありのままの自然の風景にピンときましたね。そのまま、ずっと住んでいるような感じです。
F.I.N.編集部
今はどんな作物を作っていますか?
高谷さん
メインはお米で、他には麦や大麦などの穀類、野菜などを作っています。
F.I.N.編集部
なるほど。農業だけでなく、加工品も作っていますよね。これは何かきっかけがあったんですか?
高谷さん
これも、シンプルに自分たちが”食べたいもの”だったからです。もち米を作付けして、「せっかくだからお餅が食べたいな、作ってみよう」とか、「麦茶も飲みたいね」とか言って、自分たちが食べたいものから始めています。あとは、蒜山は、冬に雪がとっても多いところなので、農閑期の収入源としても意識はしていましたが。
F.I.N.編集部
あくまでも、発端は、「食べたい」という思いからだったんですね。推薦してくださった吉岡さんは、加工品について「味はもちろんのこと、パッケージの質が高い」とおっしゃっていました。
高谷さん
パッケージやロゴは、ずっとプロのデザイナーさんにお願いをしています。自分たちは食や自然栽培(*1)という農法に興味を持って取り組んでいますが、自分たちの友達を含めて、まだまだ関心が薄い方が多いのも現実です。どうやったら多くの人に手に取ってもらえるかなと考え、デザインの力を借りようと考えました。食べてもらうところまで持っていけたら、もうこっちのものだと思っているので(笑)。
F.I.N.編集部
確かに、手に取るきっかけがない方というのも多いですからね。さらに、蒜山耕藝では、作業場兼食卓ということで「くど」という場を運営されているかと思います。「くど」はどんな場にしようと作られたんですか?
高谷さん
そもそもは、自分たちの作業場を作ろうと思って、古くて、床も壁もない建物の改築を始めました。進めていく中で、せっかくなら、自分たちの作物や加工品も販売できる場所にしたいと感じ、途中からお客様もお迎えできる場にしていったんですよ。でも、実際にオープンしてみると、直売所としてものを売るだけだと、お客様ってあんまり来てくれないんだなっていうのが分かりました。実際に食べてもらえる場にしようと飲食も充実させた結果、今に至ります。
なので、最初からこういうお店にしようという明確な像があったわけではなく、「気軽に来てもらえるような場所を作りたい」というのがスタートで、だんだん出来上がってきた感じですね。
F.I.N.編集部
自然な流れで今のスタイルに行き着いたんですね。食事のメニューは、どんなふうに決めているんですか?
高谷さん
基本的には、お米も野菜も、その時に自分の畑にあるもので作ろうと思っています。なので、必然的に週替わりになったり、変わらない週もあったりまちまちですね。
F.I.N.編集部
今が旬の”一番おいしい食”を楽しめる場なんですね。「くど」では、オカズデザインの吉岡ご夫妻とも一緒にイベントをされていますね。
高谷さん
はい。もともと吉岡さんご夫妻とは、一緒にご飯を食べるなど、家族のようなお付き合いをしています。「くど」でイベントをやることも、それは自分たちが一緒にご飯を食べていることの延長というか、その豊かな時間を一人でも多くの人に味わってもらえたら嬉しいなっていう気持ちが発端なんです。お二人は、食に対してすごく誠実でいらっしゃるし、スタンダードなことを個性的に解釈されて表現される、一見相反することを内包されて食に向き合われているところが唯一無二だなと思っています。心から尊敬している存在です。
F.I.N.編集部
なるほど、すごく素敵なご関係ですね。最後に、未来に向けて目標や理想があれば教えてください。
高谷さん
私たちは、あんまり先のことを考えずに、自然の流れで今に行き着いているので、目標は持ったことはないんですが、まずは”私たちがおいしいと感じるおいしさ”がもっと広まればいいなと。今やっている、”自分たちがおいしいと感じるものを、皆さんに提供する”という部分の精度を上げていくことが大切だと思っています。
また、社会全体のことを考えると、先行き不安なことも多いですよね。それでも今、私たちは自分たちの作物を食べてくれた方のお腹に時限爆弾を仕込んでいると思っているんです。今は食べて「おいしいね」くらいだったとしても、じわじわと、味だけでなく、自然栽培(*1)という作物のストーリーに意識が向いてきて、いずれは「お金よりも命が大切」という価値観が一人一人のお腹で爆発するといいなと思っています。
*1 栽培期間中、農薬、肥料不使用
F.I.N.編集部
良い時限爆弾が、未来の食卓のスタンダードを変えるかもしれないですね。本日はありがとうございました。
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