2021.08.23

未来命名会議<全9回>

第2回| ニッチャンネル

連載『未来命名会議』は、まだ言葉になっていないけれど、未来の定番になるかもしれない事象に名前を授けていく企画です。各分野に眠る事象を、その道の識者とF.I.N.編集部が対話しながら「命名」を行います。

第2回は「動画配信」について。企業や著名人のYouTubeチャンネルの制作・運営を支援するBitStar代表の渡邊拓さんにお話を伺いました。

(イラスト:megumi yamazaki)

僕が今、動画配信の大きなトレンドとして興味を持っているのはショート動画(短尺動画)です。これまで一分以内のショート動画はTikTok中心でしたが、今年7月にはYouTubeでも短尺動画サービス「YouTubeショート」が始まりました。YouTubeのアルゴリズムで長尺動画が優遇されてきましたが、ショート動画の需要が高まってきた流れを受けての動きと言えるでしょう。

 

長尺動画は視聴する側からすると、エネルギーと時間を使うので見るかどうか悩むことも多々あるかと思います。けれど、ショート動画ならそんなふうに思い悩むこともなくなりますよね。思うままに次々動画を見ていけばいい。言い換えると、長尺動画とショート動画は全く違うコンテンツとして視聴されているのです。

 

ちなみに、最近では、ライブ配信などの長尺動画を短く編集して字幕を付けた「切り抜き動画」もYouTubeで増えています。これも、必要なところだけ端的に見たいという人がいるからでしょう。

 

また、ショート動画の流行は視聴者だけでなく、発信者側のハードルを低くしています。スマホで撮った動画を凝った編集なしにアップして成り立つので、プロとアマチュアの差が出づらい。そのため素人でも動画配信がしやすくなりました。YouTubeが成熟期を迎える中、エントリーの入り口が広がったことで新たな人気者が出てくるのではないかと楽しみです。

 

もう1つ、動画配信の大きなトレンドに「ジャンルのニッチ化」があります。YouTuberという存在が浸透し、自分も気軽に発信者になれるという意識が広まったので、当然ながら、カテゴリーの細分化が生まれます。

 

ニッチなジャンルとして人気なのは、キャンプやゴルフなど趣味領域の動画です。あとは、いわゆる「おうち時間」の動画、料理やエクササイズ、DIYも伸びていますね。最近では、おばあちゃんがデイケアセンターに行くまでをQ&Aで追いかけたチャンネルまで出始めていて、「分かっているなあ」と。また、大型重機で木を切る様子を収めた林業の会社のショート動画など、一部のマニアックな人たちの心をくすぐるような動画も出てきています。

 

さて、この「ジャンルのニッチ化」ですが、ショート動画の波とも相まって、今後ますます活発になるのではないかと私は感じています。というのも、企画や演出など、労力のかかっていた長尺動画に比べ、ショート動画なら手軽に撮って配信できるからです。ニッチ化とショート動画というトレンドのシナジー効果ですね。

 

世の中では、ライフスタイルの多様化という現象が見られるようになって久しいですが、動画の世界においては、今後ますます細分化・ニッチ化が見られるようになっていくのではないでしょうか。その中から、マスの支持を集めるものも出てくるのか。今、注目して見ているところです。(渡邉 拓さん)

ショート動画の潮流と重なり、動画ジャンルのニッチ化が加速する――。渡邉さんの話を受け、F.I.N.編集部は、まずはいくつかその場でネーミングをご提案させていただきました。

 

カテゴリーの細分化、ニッチ化の観点からいうと、従来は「ケーブルテレビ」などがその役割を担っていた気がします。今ではYouTubeで手軽に見られるようになったので、「テレビ」ではなく、「ケーブル動画」と言ってみるのはどうか。

 

高齢者のYouTuberに絞り、それを「ばあちゅーぶ」あるいは「ばあちゅーばあ」と命名してみるのはどうか。調べてみると、漬物作りや畑の耕し方などを惜しげもなく提供してくれる「ばあちゅーばあ」の方々、非常に人気のようです。

 

このように命名会議を続ける中で、渡邉さんに「面白いですね」というお言葉をもらったネーミングがありました。

その名も、ずばり、「ニッチャンネル」。

どこか、某有名掲示板の名前と似ているように思いますが、こちらは動画配信におけるムーブメントの意味です。

 

意味:動画ジャンルのニッチ化が進む現象のこと。

用例:「ニッチャンネル化が進む」「そのコンテンツ、ニッチャンネル向きだね」

第二回目の未来命名会議。またひとつ、世の中の新しい事象に名前を与えることができました。

5年先には、どのような「ニッチャンネル」が存在するでしょうか。その動向に、皆さまもぜひご注目ください。

Profile

渡邉 拓さん

BitStar代表取締役社長CEO。2011年慶應義塾大学大学院理工学研究科卒業。新卒でスタートアップに入社し新規事業の立ち上げに従事。独立後、友人のYouTuberを支援したことを転機としてBitStarを創業。現在はコンテンツ産業を担うメガベンチャーを作るべく累計30億円を資金調達し、インフルエンサーマーケティングのトータルソリューションを展開。デロイトトーマツ主催「日本テクノロジー Fast 50」に2年連続で選出。著書に『動画マーケティングの新常識 最強のYouTube活用術』

【編集後記】

多様な価値観にフィーチャーする「ニッチャンネル」の加速・普及は、ユーザーがこれまで何気なく見過ごしていた日常のワンシーンの魅力に気づかせてくれたり、普段の生活では触れ得ない未知なる領域への扉を開けてくれたりするきっかけになるかもしれません。規模の小さいジャンルだけに、一度ハマれば支持層の熱気もマス向けより高くなるのでは…。そのような「ニッチャンネルコミュニティ」の形成も想像でき、今後がさらに楽しみになりました。

(未来定番研究所 中島)