2024.09.11

ゆるす

Web空間『かくれてしまえばいいのです』に絵本作家・ヨシタケシンスケさんが込めた想い。

少しでも誤った発言や対応をしたものなら、ただちに糾弾され一発退場となりかねない昨今。過去の発言を掘り起こして非難する様子も見られ、年々「ゆるさない社会」が加速しているように思います。一方で、自分や他人を許すことの重要性を見直し、寛容さを大切にする動きも広がりを見せています。あらゆる場面で寛容さが増すと、私たちの生活はどのように変わるのでしょうか。F.I.N.では、この「ゆるす社会」を実践している人々を取材し、彼らの視点から未来の社会の在り方を探っていきます。

 

今回、お話を伺ったのは、絵本作家のヨシタケシンスケさん。絵本を通じて、ものの見方や捉え方にはさまざまな視点があることを描いてきました。そんなヨシタケさんの新たな取り組みとして公開されたのが、Web空間『かくれてしまえばいいのです』。24時間誰でも匿名・無料で利用できるこのスペースは、生きづらさを抱える人々の受け皿になっています。この場所に込めた想いや、ヨシタケさん自身の生きにくさについても教えていただきました。

 

(文:大芦実穂 /写真:野口恵太 /サムネイルデザイン:小林千秋 )

Profile

ヨシタケシンスケさん

1973年 神奈川県生まれ。絵本作家、イラストレーター。筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。日常の1コマを切り取ったスケッチ集や、装画、挿絵など、幅広く活動している。MOE絵本屋さん大賞、ボローニャ・ラガッツィ賞特別賞、ニューヨーク・タイムズ最優秀絵本賞など、受賞多数。

https://yoshitakeshinsuke.net

生きにくいと感じている人々がいる

『かくれてしまえばいいのです』は、生きにくさを感じている子供や若者の避難所として、2024年3月1日に開設されたWeb空間です。「誰も自殺に追い込まれることのない生き心地の良い社会」を実現するための自殺対策の一環として、NPO法人〈自殺対策支援センター ライフリンク〉が運営しています。

ヨシタケさんはこのプロジェクトのコンセプト設定や全体の世界観、キャラクターデザイン、各コンテンツの設計を担当されました。ご自身もこれまで「生きにくさ」を感じながら生きてこられたそうです。

 

「小さい頃から不安を感じやすいタイプでした。今でも不安はありますが、暗いニュースやSNSなどをシャットアウトして、気分が落ち込まないようにしています。現代は情報があふれかえっていて、何を信じればいいのかわかりませんよね。自分の中に哲学があって、『これはこうだ!』と決められる人はいいけれど、みんながみんなそうじゃない。何を参考にして生きればいいかわからない苦しさがあると思います。

 

生産性ばかりが重視され、自分はこの世界に必要とされている人間なのか自信が持てなくなる。1つの生き方だけが正解という社会では息苦しいのは当然だと思います。本当はいろんな生き方、考え方があっていいはずで、それを認めてくれる社会というのが生きやすい社会なんじゃないかなと」

ライフリンクの代表から『かくれてしまえばいいのです』の構想を聞いたのは、ヨシタケさんがちょうど「しんどい」と感じていた時期でもあったそうです。

 

「実は自分のために引き受けたようなところもあったんです。連絡をいただいた去年の6月頃は、精神的に不安定な時期でした。非常にしんどい時間帯もあったので、そうなった時は助けてもらおうと思っていました。自分の精神面や企画の複雑さ含め、すごくチャレンジングなプロジェクトでした」

 

なぜ自殺対策のためにWeb空間を作ることになったかというと、自殺の相談窓口への電話やSNSのアクセスが殺到していて、対応しきれない課題があったから。ギリギリのところでSOSを出しても、その手を握ってもらえないと絶望した気持ちになる、とヨシタケさんは話します。

 

「ライフリンクは、自殺をしたいと考える人が、最後に電話をするようなところ。もう生きていたくないという人に対して、生きるためのヒントを伝えたり、行政に繋いだりしているんですが、相談者は増える一方で、相談員が足りないという課題があったそうです。今すぐ相談はできなくても、せめて2、3時間避難できる待合室のような場所があったらいいよね、というところからこのプロジェクトは生まれ、私に連絡がありました。

 

また、電話すら躊躇してしまう人もいます。自分なんかが相談していいんだろうか、と。僕もまさにそのタイプで、なかなか人に相談ができないんです。そういう人には『相談するか迷っているボタン』、つまり迷っている人がいていい場所が必要だと思っていて。自分からは助けを求められないけど、自由に出入りできて、安心できる空間になったらいいよね、と」

『かくれてしまえばいいのです』に込められた想い

この場所を作るにあたり、どんなストーリーだったら利用者が共感できるのか、嫌な気持ちにならないか、自身を例にして考えたとヨシタケさんは言います。

 

「僕はひねくれ者なので、世間で流行っているものとか、ポジティブでパワフルなメッセージとかに、嫌悪感を抱いてしまうこともあります。だから単純に『自殺はダメですよ!』とは絶対に言いたくなかった。それよりは、いろんな気持ちを抱えている人に対して、自由に何かを選択できる場所にしたいなと思っていました」

 

実際に『かくれてしまえばいいのです』に入ってみます。始めに投げかけられる質問「あなたはいま、どんなかんじ?」には、「りゆうがあってしんどい」「りゆうはわからないけど、しんどい」「べつにしんどくはない」の3つの選択肢が。

この質問には、ヨシタケさんのこだわりがあります。それは、「しんどい」を選んだ人だけが中に入れるという点。この空間には同じ悩みや苦しみを持った人だけがいるという安心感にもつながります。また、「しんどい」に対しても、理由の有無で2つの入口を用意しました。

 

「学校に行かない選択をした子の中にも、『理由がわからない、うまく説明できないけどしんどい』というタイプが多くいることを、別の機会に学んでいました。そういう子にとっての入口も、ちゃんと作りたかったんです」

 

これは実は、制作の途中でテストユーザーからのフィードバックの意見を反映したもの。ヨシタケさん自身、制作するうえでさまざまな気づきや発見があったそうです。

「わたし」であるキャラクターが頭にスカーフのようなものを巻いて、毛布のようなものに身を包んで歩いているのは、この世から身を隠すため。

入口で質問をしてきたのは、お団子頭の「むかんけいばあちゃん」。この空間の管理人でもあり、ガイドでもあります。まずはむかんけいばあちゃんの部屋に入り、自己紹介をクリックすると、「アタシは、あなたとはむかんけい。あなたの家族でも、先生でも、上司でも、クラスメートでもない。むかんけいだから、アタシには何を話しても大丈夫」というメッセージが。知らない相手だからこそ気軽に相談できるとヨシタケさんは言います。

 

「自分が死にたいと思っている時、何に困ってるの? とグイグイ来られると余計しんどいはず。放っておいてほしい人もいるはずなんです。なぜ家族や友人に相談できないかというと、近しい人に自分の不調を知られたくないから。逆に自分のことを知らない人にだったら話せるはずなんです。だからかくれがの要となる人は、利害関係が何もない人にしようと。そこで『むかんけいばあちゃん』というキャラクターを作りました」

かくれがは、大きな木とその根っこで構成されています。葉っぱの部分は「しにたいきもちとむきあうエリア」、根っこの部分は「しにたいきもちをやりすごすエリア」で、それぞれ目的が異なります。むきあうエリアには、「こっそりハッキリ発表ルーム」や「ロボとおしゃべりコーナー」「むかんけいばあちゃんの部屋」「センパイ横丁」「そうだんセンター」などがあり、同じように悩んでいる人の話を聞いたり、AIに話を聞いてもらったり、アクティブにしんどさと向き合っていくことができるコンテンツがそろっています。

 

向き合えるほどの気力もないという人は、階段を降りて、「やりすごすエリア」へ。ここには「ふにゃふにゃニュースセンター」や「ゲーム自習室」「あなたのオススメおしえてルーム」「オススメ市場」などがあり、かわいい動物の動画を見たり、ゲームをしたりして、とにかく今のつらい気持ちをやり過ごせるような空間になっています。

 

ヨシタケさんはこの世界観を考えた時に、この世でもあの世でもない、「その世」を作りたいと思ったのだそう。

 

「今生きているこの世に居心地の良さを感じられない人が、あの世へ行くことを選んでしまう。2つの間に『その世』という場所があれば、つらい時には一時的にその世に避難して、元気になったらまたこの世に戻って来られるんじゃないかと。一見するとただの木だけれど、かくれがに入ればこの世からは見えなくなって、安心して過ごすことができる。Web上のメタバース空間ではあるけれど、別世界に行くという実感が必要だと思って、入る時と出る時の演出にはこだわりました」

 

かくれがから出る時には、「いつものせかいにもどる」を押すだけ。むかんけいばあちゃんが外の世界まで送ってくれて、最後には背中をさすって温かい言葉をかけてくれます。「しんどくなったらいつでもきてね」とばあちゃん。またこの世界で頑張っていこうと不思議と勇気が湧いてきます。

いつでも帰ってこられる場所がある

『かくれてしまえばいいのです』が目指す最終的なゴールは、利用者がいなくなることだとヨシタケさん。一方で、もっと軽い気持ちで利用してくれる人が増えたらいいとも話します。

 

「この場所が1つの選択肢として存在しているのは、やはり大事なことなんじゃないかと思います。ここは24時間スタッフが管理していて、危険な発言などは掲載できないようになっています。だからどこどこで待ち合わせようとか、自殺を誘うようなことも書けないし、まず利用者同士が話せないようになっています。

 

つらくなった時に、この世とあの世の接点としてここを思い出してくれたらうれしいですし、今後も継続して皆さんに使っていただくためにもアップデートしていく必要があるかなと思っています。

 

僕自身描いていて驚いたのが、むかんけいばあちゃんの『未来のことはどうでもいいんです』という言葉。ほんとうに今日の命を長らえられることが一番大事で、10年、20年先の未来のことなんてどうでもいいから、この後の2時間生きていたらもうそれでいい。ここに来て、学校や親は教えてくれないさまざまな価値観に触れることで、人生にはいろんな選択肢があることを知ってほしいなと思います」

また、ヨシタケさん自身にも、大きな変化があったと言います。

 

「ここができあがった日に、人生で初めて心療内科の予約をしたんですよ。人に相談できない僕が、やっと手を挙げられたんです。行ってみたら、こんな簡単なことだったのかとちょっと拍子抜けしました。Webの公開から2カ月間くらいは調子が良かったんですが、最近はまた少し揺り戻しがある状態。でもそれも自分の心のクセというか個性のようなものなので、どううまく付き合っていくか、長期的に考える必要があると思っています。表現で誰かを救えるかもしれないなんて、過度な期待はしていません。でも『かくれてしまえばいいのです』が、どこかで悩んでいる人の心に少しでも引っかかってくれたらいいですね」

【編集後記】

取材を経て、老若男女を問わず、多くの人が「りゆうはわからないけど、しんどい」という感情を抱えた経験があるのではないかと思いました。社会の中で生きる私たちは、しばしば「しんどさ」の明確かつ正当な理由を見つけなければならないという圧力を感じ、それが更なる「しんどさ」を引き起こしているようにも思います。
ヨシタケさんの「かくれてしまえばいいのです」では、自分の感情やペースを大切にしながら、様々な価値観や選択肢を感じることができる場を提供してくれています。私たちが自分自身と他者を許し、受け入れることができれば、多様な価値観を認め合う社会を築くことができると、ヨシタケさんの体験談や創り上げた空間から感じることができました。
(未来定番研究所 榎)