未来定番サロンレポート
2023.08.18
集う
オンラインコミュニティなどネット上で集う文化が加速する一方で、近頃はリアルな場で人と「集う」ことの必要性を感じる機会も多いはず。そこで、8月のF.I.N.では「集う」について考えていきます。
今回注目するのは、ジェーン・スーさんと堀井美香さんによる、TBSラジオの人気Podcast番組『OVER THE SUN(オーバー・ザ・サン)』。2020年10⽉に配信がスタートし、今や月間リスナー約80万人となった同番組。公式ファンブックのみならず、番組が介在せずともオープンチャットは大盛り上がり。ファンダムともいえるこのムーブメントは、なぜ起きているのでしょうか。パーソナリティとリスナー両者の熱を近くで見ている番組プロデューサーの吉田周平さんと一緒に、ファンダム形成の理由を6つのトピックで探っていきます。
(文:船橋麻貴/写真:大崎あゆみ)
吉田周平さん(よしだ・しゅうへい)
TBSラジオ 事業創造センターコンテンツ制作担当。
中央大学法学部法律学科卒。2010年、TBSラジオに新卒入社。10年以上営業セクションを経験した後、2021年から番組制作に携わる。同年4月より『OVER THE SUN』の担当に。現在は地上波、Podcastなどの多くの番組制作を担当している。
トピック①:TBSラジオ制作の初のPodcast専門番組
2020年10⽉、コロナ禍真っ只中に配信が始まったPodcast番組『OVER THE SUN』。誕生のきっかけは、ジェーン・スーさんがパーソナリティ、堀井美香さんがパートナーを務める『ジェーン・スー 生活は踊る』(TBSラジオ)の金曜日の放送が、編成上の都合で同年9月に終了することでした。
「オバサン(OVER THE SUNの略称。以下、オバサン)は、スーさんから『堀井さんと自由にしゃべれる場所を残してほしい。地上波が終わるならPodcastでやりたい』という要望を受けて生まれたんです。当時のTBSラジオでは、Podcastでオリジナルのコンテンツを制作する予定はなかったにも関わらず、編成からGOが出た。結果的に、局として初めてのポッドキャスト専門番組としてスタートしました」
編集作業を行う局員2人、パーソナリティ2人という最小人数でのスタートを切った『オバサン』。普通のラジオとは違う作り方だからこそ、スーさんと堀井さん、そしてリスナーの魅力が大いに発揮されていると、吉田さん。
「Podcast番組なので時間の制約がないのも、地上波との大きな違いですね。何せ『おおよそ30分』と言いながら、1時間超えなんて当たり前ですから(笑)。だけど『オバサン』はその特性が存分に生かされていて、リスナーからの長尺メールも全部読んでいます。普通なら要約してお届けしますが、『オバサン』リスナーのメールは前段から締めまで全部面白い。分量も文体もお手紙みたいで素敵なんです。それはきっと、ラジオにメールを送ったことがない方が多いからだと思うんですが、それこそが番組の空気感や味を生み出している気がします」
トピック②:打ち合わせも台本もない番組づくり
きちっとした台本がないのも『オバサン』の特徴の一つ。スーさんと堀井さん2人の、時にどうでもよく、時に芯を食うトークは、リスナーたちの心をグッと掴みます。台本をあえて設けない自由に語らうスタイルだからこそ、地上波と比べて際どいトークに及ぶことも。
「たまにLINEでメモを送ってくれることもありますが、話す内容を事前に打ち合わせしたり、こちらからお願いしたりすることもありません。だから予定調和になることは絶対になく、番組スタッフの僕は特等席でそれを楽しませていただいています。どこに転ぶかわからないから、際どいトークになることももちろんありますね。心がザワっとするワードや言い過ぎと感じる部分は編集でカットすることもありますが、地上波の編集よりは一歩踏み込むようにしていて。僕はパーソナリティのお二人と年代も性別も違うので、そこの距離感とバランスはうまく取れるように心がけています」
トピック③:『オバサン』を彩る、独自の共通言語文化
「おはこんばんちわ」「ご自愛ください」「互助会員」「負けへんで」など、パーソナリティとリスナーの共通言語として頻繁に使われるワードたち。その誕生の背景には、前トピックに挙げたリスナーの長尺メールが関わっているよう。
「『おはこんばんちわ』は、『Dr.スランプ』のアラレちゃんの挨拶をスーさんが使ったことをきっかけに、リスナーからのメールの冒頭の挨拶に使われるようになりました。『ご自愛ください』も同じように、メールの締めに使用されています。やはり、リスナーからのメールを時候の挨拶を含めて全部読むことから、こうした頻出ワードが生まれるのだと思います」
「友達は大事な時に助け合う存在だ」ということからリスナーを「互助会員」と呼んだり、「勝ちに行くのではく、負けへんでという気持ちで挑む」といったスーさんの発言から、「負けへんで」精神がリスナーに根付いたりと、番組生まれのワードがリスナーたちの熱をさらに上昇させています。
「これはもう、リスナーの心を掴むスーさんの言語化能力の高さでしょう。それに乗っかる堀井さんの感性も素晴らしいですよね。収録でパンチラインになりそうなワードをメモるようにしているんですが、Ep.95の『OGORI』と『MUNOU』は良い例です。堀井さんは2022年の春にTBSを退社し独立されたのですが、この回では仕事で失敗をして結構落ち込んでいらして。その原因を2人で話すうち、「驕り」があったことと、この失敗から自分の「無能」さを叩きつけられたという話になったんです。そこから「OGORI」「MUNOU」というワードが生まれ、グッズとして販売をしたいと半分冗談で話したら、本当にデオスプレーやボディソープなどに商品化されました。他のワードもLINEスタンプになったりしていて。グッズ化することで、よりワードを気に入ってくださっているのかもしれません」
トピック④:リスナーとの距離を近づける真剣な「おふざけ」
リスナー100人同時にシートマスクするオンラインイベントや、パーソナリティとリスナーが同時期にヒヤシンスを育て、番組で経過報告をしあう「ヒヤスンス」など、番組ではリスナーを巻き込んだ奇天烈なムーブメントやイベントが度々巻き起こります。番組が盛り上がり、ファンダムが加速していくのは、パーソナリティ2人の真剣な「おふざけ」に付き合ってくれるリスナーの懐の広さがあってこそ。
「最初はパーソナリティ2人と同年代の女性リスナーが多かったですが、今ではその層が広がって若い世代も増えています。どうやらみなさん、スーさんと堀井さんが真剣にふざけている様子を見て、『あんな風になりたい』『2人のように歳を重ねたい』と、そのおふざけを一緒に楽しんでくださる懐の広い方が多いようです。
なかでも印象的だったのは、2022年10月に開催した番組初のリアルイベント。バブル時代を思わせるファッションで登場したスーさんと堀井さんが、OL風の制服や聖徳太子にお色直ししたりとめちゃくちゃでしたが(笑)、日本を代表するテノール歌手・秋川雅史さんがサプライズで登場してくださったんです。しかも、『ヒヤスンス』企画に乗じて番組収録中に作った番組公式テーマソング『希望のスンス』を歌ってくださった。僕は舞台袖でニコニコ笑っていましたが、会場にいらっしゃったリスナーのみなさんはオセロをひっくり返すように、どんどん泣いていくんです。『希望のスンス』はとてもいい曲で僕も大好きなんですが、『これはどういう現象?』って嬉しくも複雑な気持ちになりました(笑)」
このイベントを機に、リスナーたちが集う番組非公式のオープンチャットが始動。2023年8月現在、約4000人のメンバーが所属し、番組の話はもちろん、悩み相談が行われたり、趣味からなる部活動を楽しんだりと、コミュニティとして活発に動いています。
「聞いた話だと、お子さんの受験問題が解けないという投稿に対して、得意な方が解説し、そのお悩みを解決したそうです。これこそまさにお互いに助け合う互助会員ですよね。番組スタート当初、『リスナー同士が仲良くなって、コミュニケーションが取れるようになったらいいよね』という話をしていたので、まさに今そうなっているのがとても喜ばしいです」
『オバサン』こぼれ話①|2人のおふざけは、新番組の誕生のきっかけに?
『オバサン』での2人のトークから、吉田さんは、秋田県出身の堀井さんが同県出身のゲストと秋田弁で楽しく語らう『秋田県人しか出ない』というPodcast番組を作ることに。
「完全に『面白そうじゃん』というノリです。堀井さんとゲスト、そして制作に僕1人さえいればできると思って局に提案したら、予算の都合がつきやすい年度末ということもあってか通りました。結果的にディレクター、作家、僕のスタッフ3人という、『オバサン』よりも、なぜかスタッフが多い本格的な番組になってしまっているんですけどね(笑)」
トピック⑤:オバさんの逆襲、中年の希望
なんと言ってもリスナーたちを魅了するのが、スーさんと堀井さんのトークと、そこから滲み出る2人の人柄。同年代のリスナーは2人に共感を覚え、若い世代のリスナーは2人に希望を見出しているようにも思えます。そんな2人を一番近くで見ている吉田さんは、スーさんと堀井さんについてこう話します。
「価値観は全く違うのに、仕事に対する向き合い方や姿勢をお互いにリスペクトし合っているのをひしひしと感じます。2人は2013〜2014年にオンエアされた『ザ・トップ5』シーズン3(TBSラジオ)で初タッグを組みますが、その時は今のように馬が合っていたかと言うとそうではないと思うんです。それが『生活は踊る』で共演されて年月を経るごとに、お互いの面白さに気づいていったのではないか、と。もちろん2人とも尋常じゃなく面白いですが、本当に「?」な発想をするのは堀井さんなんですよ(笑)。リスナーのみなさんはお気づきかと思いますが、局を退社されて自由に羽ばたいている堀井さんは一層面白くなっていますよね。そんな堀井さんの魅力を引き出すスーさんも、やはりプロデューサー的な能力に長けている。そんな2人を見ていると、お互いが作用し合って魅力を引き出し合っているように思えます」
『オバサン』こぼれ話②|吉田さんの神回は……?
リスナーたちから神回と称されることが多いのは、ep.30の「〝アツアツあんかけ〟に気をつけろ!」の回。総合格闘技を情熱たっぷりに語るスーさんに、率直な質問をぶつける堀井さん。次第にヒートアップし軽い口げんかのような状況に発展していくという、ある意味スリリングな回ですが、真っ直ぐに向き合う2人の姿に心を打たれる人も多かったはず。そこで気になるのが、2人のトークを特等席で見聞きしている吉田さんの神回です。
「う〜ん、どれも好きなので難しいですが、僕の神回はEp.46の『私の妄想〜リアルに好きな食べ物を添えて』の回です。リスナーの妄想話が炸裂する回ですが、オダギリジョーさんとの妄想カップル話にはお腹を抱えて笑いました。Podcastは過去のエピソードも聴けるので、ぜひチェックしてみてください(笑)」
トピック⑥:リスナー、スポンサー、パーソナリティ三方良しの企画
企業やメディアとの協奏が続々と決まっている『オバサン』。スポンサーとなる企業やメディアの担当者たちの多くが互助会員だから、番組でリスナーに提供されるプレゼントは、「この商品いいから、みなさんも使ってみて」といった「お裾分け」のような空気が漂っています。こうしたスポンサーとリスナーの距離感は、『オバサン』ならではとも言えます。
「元々TBSラジオでは、地上波番組とPodcast番組のセットで広告販売していて、Podcast番組のみのセールスはやっていませんでした。『オバサン』の人気もあってそれが次第に許されるようになったのですが、局員としてありがたいのは、パーソナリティの2人がスポンサーの重要性を番組内でも語ってくれること。というのも、スポンサーがいなければ出演フィーやスタジオ代なども払えないので、僕たちは番組を作れません。それを包み隠さずに2人は語りますし、スポンサーコーナーもリスナーが参加したいと思える企画を一緒に考えてくれます。
電子機器メーカーのLenovoさんがスポンサーになってくださった時は、『Lenovoさんのパソコンを使ってやりたいこと』というリスナーの夢を応援するようなプレゼント企画を行ったんですが、300通以上の応募をいただきました。しかもみなさん、情熱たっぷりの文章を綴ってくださっていた。それに感銘を受けて、スーさんと堀井さんは自腹でパソコンを購入して、プレゼント数を増やすほど盛り上がった企画となりました。このように、スポンサー、リスナー、パーソナリティ全員で番組を楽しむ。もちろん、僕たちスタッフ陣も。これは、とてもいい循環だなぁと感じています」
『オバサン』がきっかけとなり、今では局でPodcast専門番組を制作するように。その立役者でもある吉田さんは、これからの音声メディアの広がりについて、こんな期待を寄せます。
「今、リスナーもパーソナリティになれる時代となりました。もちろん制作する側からしたら脅威ではありますが、さまざまな垣根を超えてラジオやPodcastなどの音声コンテンツが愛されるのは業界にとってもいいこと。僕としては専門番組をもっと制作して、リスナーの幅を広げていきたいと思っています。今一番作りたいのは、『レバニラ食べたい』という、レバニラをひたすら食べるだけの番組。今のところ誰からも理解を得られていませんが(笑)、スポンサー、リスナー、パーソナリティのみなさんの力を借りて、実現できるように頑張りたいと思います」
【編集後記】
音声コンテンツはもとより他メディアと比べて、パーソナリティとリスナーの距離を近く感じやすいという特徴があるといわれています。しかし、『OVER THE SUN』の”互助会員”の連帯感は、他番組のリスナーのそれとはやはり一線を画すものがあるように感じます。それは、番組で紹介される互助会員からのメールはとても私的で、その方の人となりもよく伝わってくるため、自分以外の互助会員の存在をより近く、リアルに感じ、仲間として認識しやすいからなのかもしれません。だからこそ、会ったことはないけれど確かな仲間の存在や、スーさん、堀井さんの楽しいトークに鼓舞されたり、心を揺さぶられたりして、またエピソードが更新されるたびにそこに集いたくなるのだと思いました。社会全体でも生活でもなにかと不安がつきまとう今日、このようにエンパワーメントされたり、心地よい連帯感を感じられるコンテンツが支持を集めていくように感じました。
(未来定番研究所 中島)