地元の見る目を変えた47人。
2022.03.11
つながり
バーバーとヘアサロンという垣根を超えて、人と人がつながるコミュニティスポットとなっている「INN THE PEOPLE」。人とのつながりによって人生に転機が訪れたという店主の岡本佳隆さんは、人と人をつなぐ架け橋になってきました。どうしてそこまで人と人のつながりを大切にするのでしょうか。岡本さんに聞きました。
(文:船橋麻貴)
全ての始まりは、アメリカで触れたバーバー文化から。
愛知県名古屋でヘアサロンとバーバーを併設する「INN THE PEOPLE」。ランニング・コミュニティ「COMMON LANDSCAPE」を主宰するほか、オンラインショップ「床屋手帳」や、ポッドキャスト番組「PEOPLE HOUR」を展開することから、人と人がつながるコミュニティスポットとしても機能しています。
店主の岡本佳隆さんがコミュニティを意識したのは、2012年ごろ。今のようにバーバーを併設する前、美容室のオーナーとして、店内で運営していたジェネラルストアで販売する雑貨を買い付けるため、アメリカのニューヨークやポートランドを訪れたことがきっかけでした。
「その当時はバーバーをやろうとは全く思っていなかったんです。ところが、ニューヨークやポートランドのバーバーに訪れてみたら、倉庫のように広くて開放的な店内の真ん中に大きなソファーが置いてあって、その両サイドでカットしている人たちは刺青だらけなのに、立ち振る舞いがクラシックでかっこよすぎて。目の前に広がったこの光景は、僕の知っている町の床屋にはないクリエイティブな空間でした。
まずそこに衝撃を受けたんですが、飛び込み客として髪を切りたいと伝えると、驚くほどフランクに『じゃ、その辺で待っていて』と真ん中のソファに案内されて。それで待っていたら、隣に座っているお客さんに『お前、日本人か?』なんて聞かれて、全然英語も話せないけど仲良くなって、いろいろなお店を教えてもらったんですよ。気がつけば理容師さんたちとも自然と会話が生まれていて。この光景に触れた時、これだと思いました」
当時としては珍しい、バーバーの中にカフェを併設していたり、オリジナルのアパレルグッズを販売していたりと、日本のただ髪を切るだけの“床屋”とは違う、アメリカのバーバー文化に触れた岡本さん。アメリカのバーバーで生まれていた新しいコミュニケーションのあり方に惹かれ、日本でバーバーを開店することを決めます。瞬時にこの決意ができたのは、若かりし頃に体験した人とつながる心地よさがフラッシュバックしたから。
「高校生の時、古着屋さんによく通っていたんです。その古着屋の店主に僕の人生はすごく影響を受けているんですが、その人からもたくさん人をつなげていただいて。そこでできた人とのつながりに何度も救われたし、人生自体も大きく変わったんです。ただのきっかけといえばそれまでですが、そこには必然性があるのも確かだと思うんです。だからこそ、人生にドラマが生まれておもしろいと。ただのつなげたがりといえば、それもそうでしょうけど(笑)」
さらなるつながりを求めて、ランニング・コミュニティを発足
バーバー開店という夢を叶えるため岡本さんは3年かけて通信学校に通い、理髪師の免許を取得。これまで運営していたヘアサロンと床屋を融合させ、2015年に「INN THE PEOPLE」をリニューアルオープンさせます。アメリカで見たバーバー文化に、自分なりのスタイルを掛け合わせた新しい床屋を思い描きます。
「アメリカで見たバーバー文化を日本に広めようとは考えてなくて、とにかく自分が理想とする気持ちのよい床屋さんをやってみようという気持ちでした。当時店内にあったジェネラルストアで自分好みのコーヒー豆や古着、本などの雑貨を販売したり、好きなアートやレコードといった自分の生活にある自然な形をそのまま店内で表現しました。そうしたら、いつしか共通言語を持つお客さんが足を運んでくれるようになったんです」
お客さんが増える一方で、忙しさのあまり、お客さんと話せなくなるという、思わぬ誤算が。ジレンマを抱えた岡本さんは、ランニング・コミュニティ「COMMON LANDSCAPE」をスタートさせます。
「お店が忙しいんだったら、お店を飛び越えてお客さんとコミュニティをつくろうと、お店に来てくれていたお客さんとランニングコミュニティを立ち上げました。ちょうどその頃、世界でランニングカルチャーブームみたいなことが起きていて、僕らが幼い頃に遊んでいたストリートの世界と似ていたんです。だけど当時僕はランニングなんてしたことなかったんですけどね(笑)」
新たなるコミュニティを作ったもののメンバーは一向に増えず、2年間は2人っきりで走る日々。別の友人の一人が仲間を連れてきてくれたことを皮切りに、徐々にメンバーは増え、今では40人ほど。現在は名古屋と東京の2つの拠点で活動を行っています。
「やっぱり誰かと一緒に走ることは、楽しくて心が豊かになりますね。とくに特別な会話をするわけではないですが、ファッションや音楽、アートを共通言語に、オリジナルのプロダクトを作ったり、イベントを開催したりして。いつしか、ここで出会った仲間同士で仕事を一緒にしたり、メンバー内で結婚する人まで出てきました。知らないうちにどんどん輪が深まって。COMMON LANDSCAPEは、それぞれの熱量があったからこそできた、生命体のようなものだと思います。走らなければ見えない景色が確かにそこにあったんです」
場所や立地は関係ない。どこにいたって人と人はつながれる。
2015年に「INN THE PEOPLE」と「COMMON LANDSCAPE」をスタートさせ、人と人をつないできた岡本さん。実際にコミュニティ形成を実感したのは、意外にもコロナ禍以降だと言います。
「うちのお店って普通の住宅街にあるのに、実は地元のお客さんが結構少なくて、遠方から来てくれるお客さんが多いんです。コロナ禍以降もはるばる来てくださって。なかには韓国から来てくれる人もいるんです。そうした中、ある時、岐阜から1時間半くらいかけて来てくれる方が『ここに来る道中も楽しみにしている』とおっしゃったんですよね。僕はそれを聞いて、街や立地を超えた何かに気づいたんです。それでこの先、『INN THE PEOPLE』を、人を起点にしたコミュニティスポットとして、より機能させていきたいと強く感じました」
さらに岡本さんは2020年6月、友人と一緒にポッドキャスト番組「PEOPLE HOUR」を開設。毎回ゲストを招き、その人が次のゲストを紹介してつなぐ形式を採用しています。岡本さんも友人も知らない人がゲストとなるこのスタイルにしたのも、人とのつながりを大切にしてきた岡本さんだからこそ。
「僕が人とのつながりを大事にする理由は二つあって。一つは、リレーションの重要性と可能性があること。人とのつながりには安全地帯のような性質があるので、ありのままの自分でいられるんですよね。もう1つは、共通言語を持つ仲間がいることで、新たな目標に向かって助け合うことができること。とまぁ語ってみましたが、人とつながることって単純に楽しいんですよね(笑)」
そんな岡本さんが思う、この先の新しいつながりとは?
「僕はこれまで人と人をつなぐことを大切にしてきましたが、この先は人と体験をつないでいきたいと思っています。たとえば、『INN THE PEOPLE』と関わることで、旅のような体験ができたり。こうした人と体験をつなぐために、近い将来、小さな宿泊施設を開業したいと考えているんです。実は今年にお店を東京に移転予定で、この新たな土地でその夢が叶うかはまだわかりませんが、床屋さんの枠を飛び越えて髪を切るだけではない新たな体験を届けていきたいんです」
岡本佳隆
愛知県出身。2009年にオーナーとして美容室「SHIKI」をオープン。2015年より理容師として活動を開始し、店名を「INN THE PEOPLE」に変えてリニューアルオープン。さらにランニング・コミュニティ「COMMON LANDSCAPE」を立ち上げ、名古屋や東京をフィールドにグループランを主催する。2022年、「INN THE PEOPLE」を東京エリアに移転オープン予定。
【編集後記】
コロナ禍で人との繋がり、コミュニティの在り方が注目されるなか、自分が楽しく人と繋がれる場を次々に創出されていく岡本さんのお話を聞くうちに、岡本さんの磁力に自然に人が集まってくるのだと感じました。
新たなステージとして人と体験をつなぐことを構想されていますが、そこでも繋がりが別の繋がりと結びついて、新しい体験を生み出す場になっていきそうな気がします。
(未来定番研究所 織田)
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