F.I.N.的新語辞典
2018.10.09
2016年。スイスのチューリッヒで、一風変わったスポーツ大会が開催されました。その名も「サイバスロン」。人とテクノロジーの融合を目指し、その先にあるロボットの社会実装を促すというこの大会の様子は、どのようなものだったのでしょうか? 日本から参加した和歌山大学の中嶋秀朗教授に、その様子を伺いました。
中嶋秀朗/和歌山大学システム工学部システム工学科教授
1973年生まれ。東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻修了。2007年より千葉工業大学工学部未来ロボティクス学科准教授(2013‐14年、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員)を経て現職。専門は知能機械学・機械システム(ロボティクス、メカトロニクス)、知能ロボティクス(知能ロボット、応用情報技術論)。2016年には、「サイバスロン2016」に「パワード車いす部門(Powered wheelchair)」で出場。世界4位を獲得した。
第一回目のサイバスロンは、スイスのチューリッヒで開催された。
サイバスロン、という言葉をご存じでしょうか? 勘のいい人なら、「コンピューター」を意味する接頭辞=Cyber(サイバー)と、「コンテスト」を意味する接尾辞=athlon(アスロン)から、テクノロジーとスポーツが掛け合わさった“何か”をイメージされるかもしれません。実際、ロボット工学をはじめとするテクノロジーを応用した国際的なスポーツ大会であることは間違いありませんが、サイバスロンは、「先端テクノロジーを用いた義肢や車椅子を使って、障がい者が競技に挑むスポーツ大会」であることが特徴です。
障がい者とスポーツというと、パラリンピックを想起する方もいらっしゃるでしょう。その違いは、パラリンピックが「人は、肉体と精神をどこまで突き詰められるか」を競い合うものであるのに対し、サイバスロンは、「技術と人が協力し合い、いかにして、設定された課題を克服するか」を競い合うものである……とされています。
そんなサイバスロンが最初に開催されたのは、2016年。開催地は、スイス・チューリッヒでした。
第一回大会の種目は、脳コンピューターインタフェイスレース、機能的電気刺激自転車レース、強化型義手レース、強化型義足レース、強化型外骨格レース、強化型車椅子レースの6つ。このうち、強化型車椅子レース(Powered Wheelchair Race)、いわゆる電動車椅子部門に出場し、見事4位に入賞した「RT-Movers」を率いた和歌山大学の中嶋秀朗教授に、サイバスロンの意義と、その未来について伺いました。
ロボット研究は、アカデミアの外へ出るタイミングに来ている。
F.I.N.編集部
そもそも、サイバスロンを運営しているのはどういう組織なのでしょうか?
中嶋教授
サイバスロンは、チューリッヒ工科大学のロバート・ライナー教授の発案でスタートしたイベントです。産業界(インダストリー)と学会(アカデミア)の連携を深めることに加えて、技術者と障がい者のふれあいを通じて議論を深め、ロボット工学を用いた補装具の普及を目指しています。
F.I.N.編集部
中嶋先生がサイバスロンに出場しようと思われたきっかけは何でしょう?
中嶋教授
私は、ひとことで言うと移動ロボットの研究をしています。現在は移動能力を高める研究と、自動運転のような自律運転関係の研究という、2つのフィールドに携わっています。元々は、段差や階段を登れる車椅子の開発といった「移動能力の向上」を専門としていたのですが、今後のパーソナルモビリティの趨勢を考えると、自律移動の研究は不可欠ですからね。
常々、社会に実装されるような研究をしていきたいと考えているのですが、アカデミアの中に閉じているのではなく、サイバスロンのような、企業や一般の方々も多く集まる大会に参加することで、自分の研究内容を社会に直接問いかけるカタチで実証できるのではと考え、参加を決意しました。
障がい者スポーツへの意識の高さに驚く。
F.I.N.編集部
参加されてみて、どういった体験や印象を持たれましたか?
中嶋教授
個人的には、今後につながる人脈を広げることができました。そのなかには、学会に出ているだけでは出会えなかったような人や組織もあります。
正直、移動ロボットの技術は相当進化しています。次に必要なのは、社会全体が「使うぞ」というフェーズになることで、そのためには、ロボットを使う側にいる方々とどんどん交流していく必要があると、常々考えていました。その点サイバスロンは、単に先端技術のお披露目ではなく、競技性を持ち込んでいることで、一般のお客さんはまずエンターテインメントとして見ることができますし、そのなかで、「こういう技術がこれから社会に実装されていくんだ」「こういうハンディキャップを持っている人たちがいて、それをカバーするこんな技術があるんだ」ということを、自然と知っていくことができる非常にいい機会だと感じました。
F.I.N.編集部
会場には健常者の方のほかに、身体障がい者の方も、かなりいらっしゃったのでしょうか?
中嶋教授
多かったですね。正直、あそこまでの密度で集まっている様子を拝見するのは始めてだったので、ビックリしました。おそらく欧米の方が、車椅子を使われる方々が、当たり前のように社会に溶け込んでいるのではないかと思います。
F.I.N.編集部
現地の車椅子ユーザーとのふれあいはあったのでしょうか?
中嶋教授
会場では機会がありませんでした。正直、出場することにいっぱいいっぱいで(笑)、そこまでの余裕はありませんでした。でも、視界にはすごく入ってきましたね。もう少し余裕がある状態で参加できていたら、彼らといろいろ話もできたのではないかと思います。
結果は4位だったけれど、技術的に劣っているとは感じなかった。
F.I.N.編集部
レースに出場し、結果は4位だったと思うのですが、この結果に関してはどういうご印象ですか? 例えば上位のチームと中嶋先生のチームの技術では、何が違ったのでしょうか?
中嶋教授
スピードです。ぼくらはスピードを抑えていました。といいますか、そもそもスピードへの意識がありませんでした。技術的に劣っているとは思いませんでしたので、スピードを追求して準備をしていたら、さらに上位に行けたと思います。あの時は、ソフトウェアの仕様を平面でも50㎝/秒以上には上がらない設定にしていましたし、ほかにも安全策をたくさん入れていましたので、どれだけうまく操作をしたとしても、順位は変わらなかったと思います。
強化型車椅子レースは、サイバスロンの6種目の中でもテクノロジーの割合が多いと思います。サイバスロンは、「人とテクノロジーの融合」を謳う大会だと思いますが、その融合する割合が、種目によって異なるわけです。より人間がメインになっているレースと、技術の方が割合として高くなってくるレースがあるわけで、電動車椅子(強化型車椅子レース)は、技術の割合が高い種目だと思います。
F.I.N.編集部
先程、車椅子は欧米の方が社会に溶け込んでいるとおっしゃいましたが、確かに日本は、まだまだバリアフリー化が足りていない印象です。だからこそ、中嶋先生が研究されている階段を登れる車椅子を待ち望んでいる方々は、多くいらっしゃるのではないでしょうか?
中嶋教授
確かに、階段とは言わず、ちょっとした段差を動けるだけでも、いまとはだいぶ行動範囲が広がるはずですので、ぜひ普及して欲しいと思っています。ただその一方で、電動車椅子のメーカーはどうしても中小企業なので、限られた資本力の中で大きなチャレンジをしようという話は、なかなか出てこないんです。では大資本、具体的にはクルマメーカーになってきますが、そういったところはどうかというと、彼らは基本的に自前主義ですし、クルマより小さいモビリティには、まだ手が出せていない印象があります。
2019年、東京にサイバスロンがやって来る?
中嶋教授
もうひとつ、電動車椅子を社会に普及させていくためには、新たにレーンを設ける必要があると思います。現状でも、シニアカーが走っていると邪魔だと思う方がいらっしゃいますからね。その辺のインフラも変えていく必要があると思います。
ただ、先程も申し上げましたが、技術的にはだいぶできつつあるんです。あとは、いつ本当に使わなければいけないときが来て、「使うぞ」というフェーズになるかどうかなんです。ですから、アカデミアの中だけではなく、社会に出てやっていく必要があると思います。電動車椅子に限らず、ロボットはどれもそういう段階にあると思います。
F.I.N.編集部
その意味でも、サイバスロンはいいショウケースになったというわけですね。
中嶋教授
その通りです。それで言うと、ひとつの節目が2020年なんです。第2回目のサイバスロンが、再びチューリッヒで開催されるのですが、そのエキシビションを東京で開催する計画が進んでいます。サイバスロンで成績のよかった研究チームを選りすぐって、エキシビションというカタチで開催する計画です。オリンピック、パラリンピックがあって、その流れの中でサイバスロンを見せられるのはとてもいいことなので、ぜひ実現させたいと思います。
もうひとつ、サイバスロンのそれぞれの種目を、2020年までに世界でやりましょうという「ワールドシリーズ」も開催される予定です。日本では電動車椅子(強化型車椅子レース)部門を2019年5月頃に川崎でやろうと計画中です.
ロボットに関していうと、例えば2005年に愛知万博がありましたし、それ以前にもホンダのアシモなどがありました。ただ当時と違うのは、いまはロボットの裾野が大きく広がり、実際に使えるフェーズになっていることなんです。「どうやって開発するか」ではなく、「どうやって使っていくか」という時代に変わってきているわけです。だからこそ、サイバスロンのような大会を通じて社会実装を早めて行きたい。そのためにも、ぜひ、日本での開催を実現させたいと考えています。
編集後記
F.I.N.的新語辞典でも取り上げた「サイバスロン」。とても興味があり、改めて中嶋先生にお話を伺うことができました。
今ある電車や車などは、身体をそのままの状態で移動しています。ですが、サイバスロンのような技術の掛け合わせ方を利用することで、身体の形から変化させ、快適な移動を実現できるのだと知りました。テクノロジーが開発から実用のフェーズへの移行している今、よりよい社会が生まれるために、私達ができることを考えていきたいです。
(未来定番研究所 佐々木)