2024.10.25

余白をつくる

活動弁士の坂本頼光さん、どうしたらいい「間」と「空気」を生み出せますか?

余白を持つって何だかかっこいい。余白が潜むものごとに触れると落ち着く気がする。遊び心がある軽やかな人や、ほっと息抜きができる場所……。なにかとせわしない世の中で、余白のある存在や余白の持ち方が注目されているような気がしています。F.I.N.では、そんなさまざまな「余白」と上手に付き合っている目利きたちに取材し、余白についての考え方や取り入れ方を探ります。

 

余白の1つともいえるのが、日本人が昔から大切にしてきた「間」や「空気」。しかし、ここ最近は何事においても説明が過剰になり、余白が埋め尽くされるような感覚になることも。そこで今回は、間と空気を読む・生み出す目利きとして、無声映画の上映中にスクリーンの脇で内容を解説する活動弁士・坂本頼光さんにインタビュー。会場の空気を感じ取り、声色や話す速度を調整することでその場を操る坂本さんに、いい間の作り方や空気を読む力を養うヒントを伺います。

 

(文:船橋麻貴/写真:嶋崎正弘/サムネイルデザイン:美山有)

Profile

坂本頼光さん(さかもと・らいこう)

活動弁士、ナレーター。1979年東京都生まれ。中学時代より活動弁士を志す。1997年にマツダ映画社主催の話術研究会に入り、弁士修行を開始。2000年12月、正式デビュー。以降、小劇場や単館系映画館、福祉施設、神社仏閣などで、時代劇作品を中心に活弁ライブを続ける。2019年公開の映画『カツベン!』では出演のほか、俳優陣の活弁指導も務める。平成28年度国立演芸場花形演芸大賞銀賞、平成30年度同大賞金賞受賞。

X:@sazaza_fuguta

漫画家志望から活動弁士へ

スクリーンの横で登場人物の声から物語のナレーションまで、説明と語りを添える活動弁士。少年時代は漫画家を志し、水木しげる作品に傾倒していたという坂本頼光さんが、活動弁士に憧れを抱くようになったのは中学生の頃。学校の授業で、活動弁士がセリフやナレーションなどを入れた無声映画に出会ったことがきっかけでした。

 

「今もお仕事でご一緒する活動弁士の第一人者・澤登翠さん(さわと・みどり)が解説をつけるチャップリンの『キッド』(1921年公開)という名画を観て、衝撃を受けたんです。無声の映像に、澤登さんの語り、楽団が生演奏する音楽が合わさって、そのライブ感と一体感に痺れてしまって。当時、僕は映画熱に取りつかれていて、劇場やレンタルビデオでそれなりの作品数を観ていたんですけど、こんなに胸が高鳴る経験は初めてでした」

少年時代は水木しげるさんの作品に傾倒していたという坂本さん

活動弁士という職業を知ると同時に、坂本さんを魅了したのは、映画の世界観の中に光る活動弁士の巧みな技でした。

 

「『キッド』の中にチャップリンが靴を食べるギャグがあるんですけど、相手役の子役・ジャッキー・クーガンに『胃薬を飲んだ方がいいんじゃないの?』といったセリフを当てていたんです。そこは澤登さんが考えたオリジナルですけど、そのアドリブ風のセリフが印象的で。活動弁士という存在に興味を覚えました」

作品とお客さんを信頼し、あえて「間」を作る

名画を通した活動弁士との出会いが契機となり、修行を経て2000年に晴れて活動弁士となった坂本さん。自分の好きな作品に自分で考えた台本をあて、その作品をお客さんに披露する喜びを覚える一方で、「責任」を感じることもあるそう。

 

「作品を生かすも殺すも、活動弁士の匙加減1つだなと感じます。なぜなら、活動弁士はその作品の魅力を効果的に伝えるガイド役なので。活動弁士が説明的になりすぎたり、不自然なツッコミを入れすぎたりすると、お客さんはきっとその作品に入り込めない。僕は若い頃、結構ツッコミを入れていたんですよね。作品内に起こる矛盾に『こんなわけないんですけどね』なんて言ったりして。だけど、そのツッコミは指摘になって作品を傷つけるし、観てくれているお客さんの邪魔にもなるんですよね。そういうことをお客さんの反応から、徐々に学ばせていただきました」

台本を作るのも活動弁士の仕事の1つ

作品を生かすも殺すも、活動弁士の腕次第。作品の魅力を届けるためには、「間」の設け方が必要不可欠のよう。

 

「僕の場合、年の半分近くは寄席に出て短編作品をかけるので、どうしても説明量が増えることはあります。ただ、他の機会に長編や中編を上映する時は、お客さんが疲れないように、作品に没頭できるように、あえて間を多く取ったりします」

 

例えば、幼い頃に生き別れた母を探す番場の忠太郎の姿を描いた映画『瞼の母』(1931年公開)。やっと再会した母に『お前は私の子じゃない。さっさとお帰り』と言われ、大きなショックを受ける番場の忠太郎の姿がアップで映し出されるシーンでは、坂本さんはたっぷりと間を設けます。

 

「僕自身が作品をきちんと理解し、その魅力をお客さんに届けることができたら、しっかりと間をあけてもわかってもらえる。こうして設けた余白がお客さんの想像する余地につながって、もっと作品を愛してもらえると思うんです。そういう作品とお客さんへの『信頼』みたいなものはあるかもしれません」

取材中、坂本さんは『瞼の母』を披露してくれた

「空気」を読むことは、心の余裕にも繋がる

坂本さんは作品の魅力を届けるため、「空気」も大切にしているそう。お客さんに子供が多い場合はわかりやすく、イベントなどで行う場合はテンションを高くし、その場の空気を即座に感じ取り、それに合わせて作品を上映します。

 

「イベントなら前説で会場の空気感を掴んだり、寄席なら自分の出番前の一席でお客さんの反応を見たりして、当日の解説を調整することが多いですね。『こういう場合はこう』とパターンが決まっているかと言えば、そうではありません。なぜなら、会場の空気は当日しかわからないから。だから、パンパンに詰め込んだり、きっちりとパターン化したりせず、臨機応変にやっていく。そういう『余白』や『遊び』を自分の中に持っておくことで、心に余裕ができるような気がします。そのあけてある余白は、全体の2〜3割くらいですかね」

活動弁士として会場の空気を読み、いい間を生み出す坂本さん。最後に、「坂本さんのように、いい間と空気を作るにはどうしたらいいですか?」と聞くと、「う〜ん」とたっぷりと間を取ってこう返してくれます。

 

「やっぱり、映画や芝居をいっぱい見ることじゃないですかね。たくさんのシチュエーションや人の心の機微に触れると、だんだんわかってくるのかもしれません。と言ったものの、日本人は全体の和を大切にするし、むしろマイペースな芸人よりも、世間の皆さんの方が間や空気は大切にしていると思います。

 

ただ、最近はSNSが一般化し、そこに流れるこれまでと違った間や空気に翻弄されがちなのかもしれません。コミュニケーションを取るのは見えない相手だし、時間や意図もすれ違いやすい。それに惑わされずにいたら、これまで通り、自然といい間と空気を作り出せると思います」

【編集後記】

まず、当日はプロが作り出す間と空気に圧倒されました。実演が始まると、場の空気が変わるのを感じ、そこに絶妙なタイミングで入る「間」によって、言葉の1つ1つに重みが生まれ、自然と心に入ってくるような感覚を覚えました。

日常は情報であふれており、つい詰め込みがちな生活を送っていたことを振り返り、自分にとって適切な「間」を無視して生活していたのではないかと思い始めました。坂本さんの話を伺って、自分にとって最適な「間」があること、そしてその「間」が心地よさを生み出すということを気付かせていただきました。

(未来定番研究所 榎)