2024.07.08

体感する

五感を研ぎ澄ませられるか。暗闇の世界〈ダイアログ・イン・ザ・ダーク〉から学ぶこと。

デジタルやバーチャルが暮らしに根付いていく一方で、「リアルの重要性」を痛感している私たち。こうした社会の中で、この先どう生きていけばいいのか。F.I.N.では、現実と仮想をそれぞれ体感したり、比べたりしながら、5年先の「現実と仮想の社会」にもたらすヒントを探っていきます。

 

今回着目するのは、視覚障害者のナビゲートのもと、完全に光を遮断した「純度100%の暗闇」の中で視覚以外のさまざまな感覚やコミュニケーションを楽しむソーシャル・エンターテインメント〈ダイアログ・イン・ザ・ダーク〉。テクノロジーの発達によって身体感覚が鈍感になっているともいわれている今、それを体験することで五感を研ぎ澄ませることはできるのでしょうか。私たちが学び取れるものとは? F.I.N.編集部員たちの体験レポートと、〈ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン〉代表の志村真介さんとの対話から探求します。

 

(文:船橋麻貴/写真:武石早代/サムネイルデザイン:millitsuka)

暗闇で感覚とコミュニケーションを楽しむ

〈ダイアログ・イン・ザ・ダーク〉へ

私たちは五感を研ぎ澄ますことができるのか。そんな問いを探るため、F.I.N.編集部は東京・竹芝にある〈ダイアログ・ダイバーシティミュージアム「対話の森®︎」〉へ。

こちらで常設しているのが、真っ暗闇のエンターテインメントとして知られる〈ダイアログ・イン・ザ・ダーク〉。これまでに世界47カ国、900万人以上が体験し、日本では1999年の初開催以降、24万人以上が視覚以外の感覚を使って、新たな気づきを得てきたといいます。

 

今回編集部員たちが体験するのは、暗闇の中で懐かしい電車の車両「キハ40」に乗って旅をする〈ダイアログ・イン・ザ・ダーク〉のプログラム。スタートまでの間、会場のエントランスを回遊していると、天井から吊り下げられたカラフルな紙に目が留まります。

「『いま、生きている』こと、実感すること、そのもの」

「心と心で赤い糸をつなぐこと」

 

「対話とは何か?」という問いに対して、これまでの体験者やサポーター、スタッフたち約300人が答えた言葉が書かれているそう。

 

そんな数々の言葉に夢中になっていると、「そろそろ出発の時間ですよ」と声が掛かります。呼びかけてくれたのは、今回私たちを暗闇の世界に連れ出してくれるアテンドのノージーさん。

編集部員を含めた6名の参加者が集合。みんなでニックネームを教え合ったり、ノージーさんから白杖(はくじょう)の使い方を習ったりした後、いよいよ暗闇へと続く扉が開かれます。

音と気配を頼りにしながら

何も見えない暗闇の中を歩いていく

扉の中を進むと灯りが徐々に落ちていき、さらに次の部屋で待っていたのは、まさに「純度100%」の真っ暗な世界。

「本当に何も見えない……」

「ちょっと足がすくんじゃう」

 

参加者たちからそんな声があがると、「大丈夫、すぐに慣れていきますよ」とノージーさん。そのあまりにもやわらかく、やさしい声掛けに思わずほっとします。

 

「まずはここで、みんなで輪になってしゃがんでみませんか?」

ノージーさんからの提案に、参加者たちは戸惑いながらも白杖で地面を叩いて、お互いの位置を把握していきます。

トントントントン。白杖が地面を鳴らす音で、近くの人がどこにいるのかなんとなくわかってきます。暗闇の中では自分の位置を言葉で伝えることが大切だと、事前にノージーさんから教わっていた私たち。「◯◯、右にいます」「◯◯、しゃがみます」と、自分の名前を言いながら声をかけ合って輪を作ります。

 

「ボールで遊んでみましょう」。ノージーさんがそう言いながら取り出したのは、音の鳴るボール。向かいにいる人に手を叩いてもらい、そこに向かってボールを転がしていきます。手の鳴る方に上手に転がしたり、相手を通り過ぎて行ったり。何も見えない空間でのやり取りや遊びを通じて、私たちは音や人の気配を徐々に感じ取れるようになっていきます。

視覚以外のもので、

何かを見ることはできるのか

こうして暗闇の中で遊んだり歩いたりしているうちに、私たちが乗る電車があるプラットホームに到着しました。音や人の気配に敏感になっていたものの、「何も見えない中で、電車に乗るなんて無理……」という少しの不安が頭をよぎります。

 

「車内に席があるから、みんなで座ってみましょう」。先導してくれていたノージーさんの声を遠くに感じることから、「この電車、けっこう大きいかも?」とその姿を想像します。

 

参加者同士でそれぞれの位置を確認したり、時に手を取り合ったりしながら歩いて行くと、「みんなちゃんといます?」と最後尾にいる参加者から心配そうな声が。すると、ノージーさんが「ゆっくりで大丈夫ですよ。前の人が出す音の方向に進んでみて」と返してくれます。

 

好奇心に駆られてグイグイと前に進む人、近くの人と助け合いながら暗闇を楽しむ人、周りを何度も確かめながら慎重に歩く人など、暗闇の中では自分の内面が照らされるよう。

 

そして無事に車内の席に着席。椅子の肘かけや座面の感触を確かめたり、電車の窓に手をあてたり、近くの参加者と話したりしているうちに、「目には見えないけど、みんなの姿や景色が見えるような感覚」に。もちろん暗闇に目が慣れて何かを見えてくるということはありませんが、そんな不思議な感覚に包まれます。

見えるような感覚になるものの、実際には一点の光もない

電車に乗ること数分、たどり着いたのはキャンプ場。電車を降りて歩いて行くと、ジャリっとした音が聞こえたり、ふわふわとした感覚が足に伝わってきます。「砂利だ」「草の道だ」と音や感覚から得られる情報にワクワクしていると、「そろそろ、ここでひと休みしましょうか」とノージーさん。

 

そこに広がっていたのは、大きなテント。1人ずつ靴を脱いで入り、輪になって座ると、「おいしいお団子があるから、みんなで食べない?」とノージーさんからうれしい提案が。

 

お団子が1人1人に行き渡り、「いただきます」の合図でぱくり。一口味わうと、味覚が敏感になっているからなのか、うんとおいしい。「香りがいい」「食感が楽しい」と、参加者たちからも笑顔がこぼれます。

 

暗闇の世界を楽しんだら、いよいよ灯りのある部屋へ。名残惜しさを感じながら、徐々に光のある世界に戻っていくと、目を瞑りたくなるほどの眩しさに驚きます。元の世界には暗闇の心地よさはないけど、参加者たちは視覚以外の感覚に対して新たな気づきを得たようです。

感覚を拡張する体験は、

人生の豊かさにつながっていく

暗闇の中で過ごすことおよそ90分。視覚以外で得られる感覚とコミュニケーションを楽しみ、編集部員たちは感動と興奮が冷めやらない様子。この胸の高鳴りの正体は何なのでしょうか。〈ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン〉代表の志村真介さんとの対話から考えていきます。

〈ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン〉代表の志村真介さん。マーケティング・コンサルタントを経て、1999年から〈ダイアログ・イン・ザ・ダーク〉の普及に尽力している

志村さん

今回〈ダイアログ・イン・ザ・ダーク〉を初めて体験されて、いかがでしたか?

F.I.N.編集部

ノージーさんと暗闇の中で一緒に旅をして、私たちは何も見えていないのに、ノージーさんは何もかもが見えているようでした。

志村さん

〈ダイアログ・イン・ザ・ダーク〉を体験した子どもたちはよく、「ノージーは暗闇の中では見えていて、明るいところに戻ってきたら見えなくなる」と言うんですよね。実際、これまで視覚障害者を助ける立場だった皆さんが、暗闇の中ではノージーに助けられることが多かったと思います。こうして視覚障害者の1人であるノージーと出会ったことで、この先は見る世界がガラッと変わるはず。街の中で白杖をついている人や車椅子の人によく会うようになるんですよ。これはみなさんの視力が良くなったわけでも、街が変わったわけでもない。みなさん自身の視野が広がったからなんです。

F.I.N.編集部

誤解を恐れず言うと、今回ノージーさんと出会ったことで、視覚障害者の方々の捉え方がたしかに変わった気がします。

志村さん

それこそソーシャル・エンターテインメントの魅力なんです。なぜ皆さんが視野を広げられたかというと、暗闇の中では視覚を手放さなければならず、障害の有無や性別、立場など、いつもの自分の役割から解放されるから。対等な立場で対話できるから、みんなが同じ社会で生きていることに改めて気づけるんです。それはノージーに対してだけでなく、一緒に参加したメンバーに対してもきっと同じ。何か新しい気づきがありませんでしたか?

F.I.N.編集部

普段は控えめな人が先頭に立ってみんなを導いてくれたり、逆にリーダー的な存在の人がドギマギしていたり(笑)。みんなの新たな一面に気づけました。

志村さん

暗闇の中では自分の役割を手放すから、その人の核となる部分やその人らしさがあぶり出されるんです。

F.I.N.編集部

そういった新たなコミュニケーションの醸成にもなりましたが、暗闇の中に身を置いたことで「私たちが普段、いかに視覚に頼っているか」ということにも気づけました。

志村さん

視覚は五感の中でも最も大きな感覚だとされていて、人は情報の80%を視覚から得ているともいわれています。その視覚からの情報をゼロにする〈ダイアログ・イン・ザ・ダーク〉では、視覚以外の他の20%の感覚を100%まで拡張。「暗闇」という漢字には2つも「音」という文字が入っているくらいなので、とくに聴覚は著しく増幅したはずです。

F.I.N.編集部

たしかに何も見えない空間では、「声」や「音」がとても頼りになりました。ではなぜ、普段の生活で聴覚や嗅覚などの感覚は、視覚に比べて控えめなのですか?

志村さん

私たちの感覚は、刺激を受ける最小値「閾値(いきち)」を設定しています。五感の中でも「閾値」の割合は視覚が多く占めるので、聴覚や嗅覚などほかの感覚は閾値が高くなり、感じにくくなります。そのため、例えばノージーの場合は、視覚以外の感覚の「閾値」が低いので、音や香りなどが感じやすく豊かになります。だから、みなさんそれぞれの足音を聞き分けられるし、声色や呼吸の変化に気づき、今怖がっているのか楽しんでいるのかがわかるわけです。

F.I.N.編集部

私たちも〈ダイアログ・イン・ザ・ダーク〉での体験を通じて、聴覚や嗅覚などの感覚を高めることができるのですね。近年はテクノロジーの発達によって身体感覚が鈍感になっているともいわれていますが、私たちの感覚はこの先どうなっていくのでしょうか。

志村さん

テクノロジーが発達し仕事や家事のパフォーマンスが上がっていく一方で、やはり感覚自体は鈍化してしまうことはあると思います。例えばAIが人間に変わって文章をすべて書くとなると、おそらく将来私たちは文字が書けなくなって、いずれ退化してしまうでしょう。

 

つまり、人間の頭脳を外在化してしまうと、私たちが持つ機能が全部退化してしまう。だけど、〈ダイアログ・イン・ザ・ダーク〉で体験していただいた通り、五感の中の1つの感覚をオフにすると他の感覚が拡張します。そういう感覚を豊かにする体験を通じて、人と人の関わりやつながりを体感し、今ここに生きていることを実感していただけたら。この先の人生を豊かに生きていくためにも、〈ダイアログ・イン・ザ・ダーク〉の暗闇と静寂を経験することは、ますます大切になってくると思います。

〈ダイアログ・イン・ザ・ダーク〉夏季限定プログラム

能登応援特別企画「暗闇の夏祭り」

開催期間:7月9日(火)〜8月31日(土)※一部、休演日あり。

開催場所:ダイアログ・ダイバーシティミュージアム〈対話の森〉(東京都港区海岸1-10-45アトレ竹芝 シアター棟1F)

料金(税込):大人3,850円、学生(中高生・大学・専門学生・大学院生)2,750円、小学生1,650円

Webサイトより事前予約制

https://did.dialogue.or.jp/

※プログラム内容は季節ごとに変わります。

【編集後記】

暗闇への旅を経て、私が見ている世界の解像度は大きく変化しました。白杖を持つ人、手話で会話をする子どもたち、エレベーターを探してベビーカーを押す人、音の鳴らない音付き信号機。それまでも見ていたはずの人々や物事の背景に対し、思いを馳せずにはいられませんでした。

志村さんはお話の中で「当たり前の今を手放すことで、この瞬間の『今』に没入できる」とおっしゃいましたが、暗闇では「見える」という当たり前だけではなく、1人1人が持つ肩書や役割を手放し、その人本来のありのままの姿と対峙しました。立場や関係性、周りの目などから解放されたことで、自然と誰かに手を差し伸べたり、逆に誰かの声や温もりに安心して身を委ねてみたり、それまで忘れていた他者に頼り頼られる感覚や、自分自身を信じる力を取り戻せたように思います。忙しない現代においては、きっとこの感覚を忘れる日がくるのかもしれません。その時は再びこの場所を訪れ、この瞬間の「今」を生きる自分に向き合いたいと思いました。

(未来定番研究所 岡田)

プログラムの最後には、ノージーさんとメンバーで語らう場面も