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2018.05.09

酒蔵〈寺田本家〉が伝える、菌と共生する未来<全2回>

第1回 24代目・寺田優さんに聞く酒造りの秘密

今の世の中では、あらゆる場面で除菌や殺菌をし、“菌を排除すること”が常識です。しかし、tasobi代表の堀田幸作さんや〈タルマーリー〉オーナーシェフの渡邊格さんなど、多くの方が菌を排除しない洗剤選びや自然に発生する菌を生かした食品作りを実践していました。いずれは菌と共生することが世の中の定番となるかもしれません。

300年続く老舗の造り酒屋〈寺田本家〉が実践するのは、蔵に棲む菌や、人の手の常在菌など、自然の助けを借りながらじっくり時間をかけて造っていくという方法。造り出されたお酒は、「世界のベストレストラン50」で第1位に4回も選出されたレストラン〈Noma〉も採用するなど、世界的に高い評価を得ています。今回は、この〈寺田本家〉の酒造りを通して、菌や発酵の奥深さ、そして菌と共生する未来を考えてみました。

(撮影:鈴木慎平)

先代が気づいた、自然に帰る大切さ。

F.I.N.編集部

〈寺田本家〉の酒造りは、いつ頃始まったのでしょうか。

寺田さん

〈寺田本家〉は1673年に近江地方で創業をしました。その後、延宝年間(1673〜81年)頃、千葉県神崎町に移り住み、現在の地に蔵を構えました。創業340年あまり、自分で24代目になります。神崎町は米どころで湧き水もあり、利根川が近くにあるので酒を江戸に出荷するための便も良かったため、以前は7軒ほどの酒蔵が集まっていたと聞いています。現在残っているのはうちを含めて2軒の酒蔵です。

F.I.N.編集部

自然酒造りを始めたのは?

寺田さん

先代からです。戦後は量販店で取り扱う日本酒と同じように、協会酵母(※1)を使い、醸造アルコール(※2)を添加した酒造りをしていました。しかし、昭和の好景気とともにワインやビールなどの洋酒が普及し、日本酒全体の売り上げが落ち込んでくる中で、〈寺田本家〉も自転車操業に陥りました。同じ頃、先代が病気を患ったこともあり、いろいろなことを見直す機会がありました。その時、「本当の日本酒って何だろう」という原点に立ち返ったんです。それから、日本古来の酒造りに挑戦しようと、醸造アルコールの添加をやめて、協会酵母を使わずに、蔵に昔から住む酵母を使う、昔ながらの方法に切り替えていきました。その頃、蔵人たちの世代交代もありました。酒造りをしていると、より良いものを作りたくなるのは自然のことですし、若い世代は、より“本物”を好む傾向もあって、蔵人を含めみんなで自然酒にチャレンジしようという流れになりました。

※1 協会酵母

日本醸造協会が全国の酒蔵に提供している日本酒、焼酎およびワインの酵母菌のこと。アンプル、スラント、乾燥酵母の形態で頒布されている。

 

※2 醸造アルコール

でんぷん質物又は含糖質物を原料として発酵させ、蒸留したアルコールのことで、一般的には食用エタノールとされる。主に日本酒の増量、品質調整、アルコール度数の調整などに用いられている。

F.I.N.編集部

自然酒造りと、通常の酒造りでは、どんなところが異なるのでしょうか。

寺田さん

協会酵母と人工乳酸を使えば、すぐにアルコール発酵するので、作業時間が短縮されます。でも、それらを使わずに蔵の微生物を取り込むと、米と水を乳酸発酵させて時間をかけて造らなくてはいけないんです。それに、澄んだ酒を造るには活性炭素フィルターを通す「炭素ろ過」という工程があり、それでは生きた酵母を削り取ることになってしまいます。だから、〈寺田本家〉の酒は「無ろ過」で少し濁った色が特徴なんです。生きた酵母を使って酒造りをするから、「甘い」「辛い」といった味を超えて、呑んだら身体が元気になるような生命力のある酒ができるんじゃないかと思っています。日本酒は発酵食品です。古くから“百薬の長”と呼ばれ、ほどよく呑めば、どんな薬よりも健康になると言われていました。それが崩れてしまったのは、工程を省き、アルコールを人工的に添加してきたことが原因なのではないか。先代はそう考えたんです。

F.I.N.編集部

それは日本酒業界全体からみると珍しいことだったんですか?

寺田さん

自然酒造りを始めた当初、すでに何軒かの酒蔵は自然酒に切り替えていましたが、全体から見ると自分たちは異端児でした。安定して大量生産することが難しい昔の作り方を、わざわざ取り入れているわけですからね。

寺田本家に受け継がれる、発酵醸造の酒造り。

F.I.N.編集部

24代目となる優さんは、いつから酒造りに参加したんですか?

寺田さん

自分自身は、酒造りとは関係のない大阪の一般家庭で育ちました。大学を卒業してからはテレビの制作会社に入り、主に動物番組のカメラマンをしていたんです。その頃、〈寺田本家〉の次女である現在の奥さんと出会い、婿入りしました。もともと自然や農業に興味があったんですが、酒造りはそこからです。その頃、先代はすでに純米蔵に切り替え、自然酒造りに取り組んでいましたし、他ではあまり取り組んでない、昔ながらの酒造りは面白そうだと感じました。実は、寺田本家は女系の一家なんです。23代目も婿入り。だからこそ、新しい挑戦に抵抗がなかったのかもしれません。

F.I.N.編集部

古い酒造りの方法は蔵に残っていたんですか?

寺田さん

それが、ほとんど残っていなかったので、文献で調べ、昔の杜氏を訪ねて話を聞きながら少しずつ復活させていきました。うちの酒は“てのひら造り”を謳っていますが、それも江戸時代の手法です。今なら洗米は機械ですが、うちでは素手で米を洗い、蒸した米を麻布の上に広げて、冷ますのも素手なんですね。時間も手間もかかりますし、手が冷たくなるし、蒸した米を触るのは熱い。でも、ベタつき具合や蒸し上がり、もろみになったときにどうなるのかなどを手に蓄積することがいい酒造りに繋がるんじゃないかと思っています。それに、手のひらの常在菌も一緒に酒造りに参加してしてもらえば、この蔵だけの酒の味になりますしね。

F.I.N.編集部

常在菌は排除しないんですね。

寺田さん

うちは「雑菌歓迎」です。最近は、蔵全体を殺菌して、酒造りに適した酵母のみを使う方法が主流で、酒蔵の中には見学者に「納豆を食べて来ないように」と注意する蔵もあります。でも考えてみれば、そもそも自然界には「いい菌」「悪い菌」というものは存在しません。菌はその場所で自分の能力を発揮しているだけ。日本酒を腐造させるとして酒蔵に嫌われている「火落ち菌」と呼ばれる菌がありますが、その作用は酒を白濁させ酸味を強くすること。でも、〈寺田本家〉の酒はろ過しないため、もともと白濁していますし、若干酸味もある。ならば、火落ち菌も生かして酒造りをすればいいわけです。いろいろな菌を受け入れて造れば、味に深みが出るのではないかと考えています。考えてみれば、人間の腸内には100兆個の微生物がいるわけで、いわば人間は菌の塊ですから。

F.I.N.編集部

原料の米にはどんなこだわりがあるんですか?

寺田さん

すべて無農薬(※3)です。近隣で作られたものや山形、宮城からの米を使いますが、自分たちでも1.5ヘクタールの田んぼで米作りをしています。小規模ですが、自分たちで米作りを経験するとその年の天候を肌で感じられるので、米の状態を把握しやすくなるんですよ。昨年は、稲刈りの頃に雨が多く、日照時間が少なかったため、デンプンの蓄積が少なく脆い米が多かった。その米の状態を知っていれば、酒造りの段階でそれを調整することもできます。

F.I.N.編集部

無農薬(※3)の米作りは手間がかかると聞きます。

寺田さん

そうですね。そんなに広くない田んぼですが、自分たちでも米を作ると、農家の方々がいかに手間をかけて米作りをしているかを実感できますし、米に対するありがたみが増します。うちでは田んぼ体験イベントを開催して、お客さんたちに田植えや草取りに参加してもらったりもしてるんですよ。それから、自分たちが作っているのは、古くからこの地で栽培されていた在来種〈中生神力〉の米です。実が落ちやすいとか、成長しすぎて台風で倒れてしまうとか、品種改良された強い稲に比べて“くせもの”ではありますが、昔からこの土地で育てられた品種と湧き水を使って、この蔵に住む酵母の力を借りて酒を造ったら、この土地ならではの味わいに繋がるんじゃないかと思うんです。

※3 無農薬

文中の無農薬は、栽培期間中を指す。

日本酒造りの原点に立ち返ることで気付いた「発酵の力」。

F.I.N.編集部

原料には他にどんなこだわりがありますか?

寺田さん

水は敷地内の井戸で汲んだもの。蔵の後ろに神崎神社の豊かな森があるので、いい湧き水がたっぷりあるんです。それから、酒の大元となる種麹(たねこうじ)は自分たちで培養します。まず、蒸した米を2、3日、蔵の中に放置します。そうすると、カビが付くのですが、最初にアルカリ性の木灰を加えておくと雑菌が混じらずに、アルカリ性の環境に強い麹菌がうまい具合に付着してくれるんです。それを元に麹を作っていくという作業を、冬の間に行なっています。昔の人の知恵はすごいですよね。僕らは手造りですが、最新の分析器を使って科学的に検証しながら造っています。それを昔は感覚だけを頼りに造っていたわけですからね。それから、原料とは違うかもしれませんが、作業中に蔵人たちで「酒造り唄」を唄っています。昔から酒蔵に伝わる唄ですが、機械化されて途絶えていました。かつては「桶洗い唄」「米研ぎ唄」酒母造りには「酛摺り唄」など、作業ごとに唄があったんです。微生物に歌声を届けるとおいしい酒ができるということもあるかもしれませんし、それによって作業時間のタイミングを計ったり、リズムよく作業したりという目的もあったのかもしれません。昔から酒造りに伝わることを一つひとつ取り入れることで、蔵人や蔵全体の雰囲気が変わっていきました。そういった造り手の想いが酒の味となって、呑む人にも伝わるんじゃないかと思っています。

F.I.N.編集部

〈寺田本家〉というと、コペンハーゲンのレストラン〈Noma〉が採用したことでも有名ですが、どんな経緯だったのでしょうか。

寺田さん

自分は学生時代にバックパッカーだったこともあって、今でも海外に行くのが好きなんですね。数年前、ロンドンで自然派ワインのフェアがあるから、そこで自然酒についての話をしてほしいと頼まれて行ったら、最前列に〈Noma〉の方々がいて熱心に聞いてくださいまして。それが縁で、彼らが東京でポップアップレストランを開催するときに、僕らの酒を採用してくれたんです。僕らは好きなことをやってきただけ。今、日本酒が脚光を浴びていますが、気が付いたらそれとはまた違う流れの中にいました。自然派の食に興味のある方や、より本物を求める方など、〈寺田本家〉から発信するメッセージに呼応してくれた方に応援していただいていると感じています。

F.I.N.編集部

〈寺田本家〉にとっての「発酵の力」とは?

寺田さん

日本酒を含めて、日本の豊かな発酵食文化は世界に自慢できることのひとつです。また、微生物たちはその場所に根ざした土着のものです。無数にいる微生物の中で、増減を繰り返しながらその場所に適合していく。人間もそうなんじゃないかと感じます。良いことがあっても悪いことがあっても、長い時間軸で見ると、調和がとれていく。すべてが機械化されて効率化されて行く中で、微生物による発酵のスピードは昔から変わりません。それでも、日々少しずつ変化していく様子を眺めていると、本来の人間らしさを取り戻せるのではないかと思うんです。発酵を通して、命と向き合う視点が、現代には必要な気がします。

では、実際の酒造りはどのように行われているのでしょうか。後編へ続きます。

寺田本家

〒289-0221 千葉県香取郡神崎町神崎本宿1964

TEL:0478-72-2221

https://www.teradahonke.co.jp/

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