2025.09.26

東洋医学で疲れは癒せる?漢方薬剤師・松浦尚子さん×鍼灸師・瀬戸郁保さん。

ここ数年で疲れている人が増えた気がします。情報に常に晒され、他者との関わりの中でも相手を傷つけないようにとどこか緊張感を抱えながら過ごす日々。社会のあり方が変わるにつれ、疲れのかたちもまた変わってきているように思います。私たちはいま、何に疲れているのでしょうか。疲れとどう向き合えば、よりよく暮らしていけるのでしょうか。F.I.N.では、日々疲れの原因や疲労回復を探求する目利きたちとともに、5年先の定番になりそうな「疲れとの付き合い方」を探ります。

 

慢性的な疲労に悩む人が増えている昨今、漢方や鍼灸といった東洋医学への関心が高まっているように感じます。東洋医学は「疲れ」にも効果があるのでしょうか。そもそも、東洋医学は何にアプローチしているのでしょうか。今回は、漢方薬剤師の松浦尚子さんと鍼灸師の瀬戸郁保さんに、今さら聞けない東洋医学の基本から、世の中のニーズの潮流まで伺いました。おふたりが実践している健康法も必見です。

 

(文:大芦実穂/写真:西あかり)

Profile

写真左|松浦尚子(まつうら・ひさこ)さん

漢方薬剤師・養生アドバイザー。北海道生まれ。漢方薬局を営む両親のもと、幼い頃から漢方が身近な環境で育ち、自身も薬剤師の道へ。薬剤師として病院や調剤薬局への勤務を経て、2021年に漢方薬店〈LAOSI〉の立ち上げに参画。店長として店頭に立ちながら、養生や漢方によるセルフケアを発信している。

https://laosi.jp/

 

写真右|瀬戸郁保(せと・いくやす)さん

鍼灸師・登録販売者・国際中医師。青山学院大学卒業後、日本鍼灸理療専門学校、北京中医薬大学日本校(現・日本中医学院)中医薬科・気功科を卒業。古典鍼灸・奇経治療の大家に師事し、『黄帝内経』『難経』などの古医書を基にした経絡治療・本治法を修得。2004年、東京・表参道に源保堂鍼灸院を開業。

https://genpoudou.com/

生命力を上げる東洋医学

症状を緩和する西洋医学

F.I.N.編集部

最近、鍼灸院に通ったり、漢方を飲む人が以前よりも増えている印象です。いずれも東洋医学ですが、現場に立たれているおふたりも、そのような変化を感じますか?

松浦さん

感じますね。やっぱりコロナ禍がきっかけじゃないかなと。当時、医療現場でも医薬品がなかなか手に入らない状況で、できることといえば自分の免疫力を上げることくらいでしたから。健康意識そのものが高まったなという感覚があります。

瀬戸さん

コロナ禍は忙しかったですね。あの頃、どの病院も患者さんがいっぱいで、すぐに受診できないケースもあったじゃないですか。うちではそういう患者さんを受け入れていたんです。ウイルス性の風邪への対処法がわかっていたので、感染対策をしっかりとしながら、とにかくいつも通りやっていれば大丈夫だろうと。ここで他の医療機関と同じように休業していたら、健康よろず相談所としての鍼灸院の名折れになるだろうと、鍼灸院・鍼灸師の意地の見せ所でした。

F.I.N.編集部

おふたりは、東洋医学と西洋医学の違いをどう捉えていますか?

松浦さん

頭痛を例に取ってみるとわかりやすいかもしれません。頭痛と一言でいっても、実はいろんなタイプがあります。その原因を突き止めて、崩れたバランスを整えていくのが東洋医学。一方の西洋医学は、頭痛という症状にフォーカスして、まずは痛みを和らげる。根本にアプローチするのが東洋医学だとしたら、今出ている症状に対処するのが西洋医学だと思います。

瀬戸さん

そうですね。根本的な生命力を上げていくのが東洋医学だと思います。症状に拘泥するのではなく、人間全体を丸ごと観ることで、こころとからだが生きていきやすくするための作法のようなもの、とでもいえるでしょうか。「生きていきやすくする」というのは、料理研究家の辰巳芳子先生がおっしゃった「生きていきやすく食べる」という言葉のアレンジなのですが、この困難な時代を生きていくには、自分から積極的にこのこころとからだを調整していくことが大切。適応力を高めていくような、その術を伝えるのが東洋医学なのだろうと思います。

F.I.N.編集部

症状ではなく根本にアプローチするということは、より長い時間がかかるのでしょうか。

瀬戸さん

そんなことないですよ。例えば、昨日、今日やってしまったような、急性のぎっくり腰であれば1、2回の鍼治療ですっかり治る人がほとんどです。もちろん、慢性的な症状は長く通う必要がありますが、それでも5〜6回してくるとだいぶ改善したことを感じると思います。

松浦さん

漢方もだらだら飲む必要はありません。意外かもしれませんが、飲んだらすぐ効く即効性のあるものも多いんですよ。

F.I.N.編集部

では、不調が起きた時に、漢方と鍼灸のどちらに行けばいいのでしょう?

瀬戸さん

どちらでもいいと思います。鍼やお灸をするか漢方を飲むかの差であって、中身の考え方は一緒なので。病気を治すことを富士山登頂に例えるとしたら、いろんなルートがあって然るべきです。その頂点さえ目指していれば、東洋医学でも西洋医学でもいいと思います。

瀬戸さんが普段使用している鍼灸道具。左から金粒(シール状の鍼)、もぐさ、鍼。

健康の4条件は

快眠・快食・快便・快呼吸

F.I.N.編集部

東洋医学では「疲れ」をどのように捉えていますか?「疲れた」くらいで医療機関を受診するのっていいのかな?と思うのですが……。

松浦さん

簡単にいうと、皆さん栄養が足りていないのかなと。世の中には栄養価の高そうなものがあふれているし、食事に困っている人は少ない。それなのに、多くの人が栄養不足なんです。

F.I.N.編集部

栄養不足、というのは?

松浦さん

胃腸に負担がかかりすぎていてきちんと消化吸収できていないんですね。あとはうまく消化ができていない人が多い。玄米や生野菜は一見からだに良さそうに思えるかもしれませんが、消化という点ではあまりよくない。あとは急いでよく噛まずに食べるのも、からだにとってはすごくストレスです。白米、味噌汁のように、火を通したものをきちんと1週間食べるだけでも疲れがだいぶ軽減すると思います。

瀬戸さん

私もほとんど同じような考えです。健康の条件は、突き詰めると「快眠・快食・快便・快呼吸」です。この4つが整えば、いろんな病気は改善することが多いんですね。逆にいえば、疲れているというのは、この4つのどこかがおかしくなっているということ。だからまずはその中のどれか1つから取り組んで、突破口を見つけてあげればいい。

松浦さん

現代人はがんばることは得意。でも緩めることが苦手なんです。からだも陰と陽のバランスなので、陽ばかり強くても疲れてしまいます。

F.I.N.編集部

問診などをしていて、どんな理由から疲れを感じている人が多い印象ですか?

瀬戸さん

やっぱり精神的なストレスですよね。人間関係が多いかもしれません。でも、自分で「これが原因だと思う」といえるのはまだいいほう。言えない、わからない人がほとんどですからね。ただ最近は30代、40代のIT企業の社長がいらっしゃることが多くて、若い人が健康意識を持っているのはいいことだなと。ある社長は、社員に朝ごはんのおにぎりを配る取り組みを始めたと言っていましたね。

松浦さん

素晴らしいですね。私の知り合いの社長も、オフィスに置いていたコーヒーメーカーをお味噌汁の鍋に変えたと言っていました。会社のトップの人が健康の大切さに気づくと、会社全体が変わっていきますよね。

自然のサイクルに則した暮らしで

免疫力が上がり、疲れにくくなる

F.I.N.編集部

おふたりが疲れを取るためにやっていることもぜひ教えてください。

松浦さん

私、すごく元気なんです。あまり疲れません(笑)。とはいえ、もちろん食べ物には気をつけていて、自家製の味噌や梅干し、糠床、天然塩、醤油麹、塩麹、梅シロップや紫蘇シロップを摂っています。基本は消化のいい食事を摂ることと、疲労の原因となりうる添加物をなるべく避けることを心がけていますね。それだけですごく元気でいられますよ。

左から、自家製シロップ、デトックスに効果のあるクマザサエキス、手づくり糀床。(提供:松浦さん)

瀬戸さん

私は自分で自分に鍼をすることもあるし、セルフお灸をするときもあります。今日も金粒を貼っています。セルフお灸はキットが売っているので、初心者の方でも挑戦しやすいと思います。それから気功や野口体操*も日常に取り入れています。

*教育者・野口三千三が創案した身体メソッド。余分な力を抜き、重力と呼吸に従って動くことで自然な身体感覚を回復させる体操法。

シールになっているセルフお灸。台紙から剥がして、火をつけてツボの上に貼る。

F.I.N.編集部

普段から上手に疲れと付き合うために、私たちはどんなことに気をつけたらいいでしょうか。

松浦さん

自然に則した暮らしをしていけば、自ずと免疫も上がって、健康でいられると思います。東洋医学は陰陽五行がもとになっていますが、それを見ればこころもからだもすべて繋がっていることがわかります。私たち人間も動物と同じ生き物ですから、自然のサイクルに身を任せることが、結局一番生命力が上がる生き方なんですよね。

瀬戸さん

もともと明治までは東洋医学が標準治療でした。東洋医学には4000年の歴史があって、そこには人間が自然の中で見つけてきた知恵が詰まっているなと感じますよね。

F.I.N.編集部

5年先、10年先の未来、東洋医学はどんな役割を果たすようになると思いますか?

瀬戸さん

東洋医学が進む道は、西洋医学の代替ではなく、西洋医学の弱いところを補完していくような、補完医療にあると思います。健康と病気の間に「未病」というものがあります。これは検査では現れてこないけれど、何となく不調を感じている状態。これが「病気」までいってしまうと、漢方や鍼の治療だけでは難しくなってくるので、未病の時点で鍼灸や漢方を取り入れながら、健康な状態に戻していくのが理想です。もし病気になってしまっても、西洋医学とうまく組み合わせて、治す力を高めていけるといいですよね。

松浦さん

大きな病院や医者だけに頼らず、自分でセルフケアしていく時代がすぐそこまできています。漢方や鍼灸などの東洋医学は、セルフケアとの相性がいいんですよ。まずは普段の生活から見直してみてほしいなと思います。

【編集後記】

普段、免疫力をあげようと気をつけて生活しているものの、正直日々疲れています。おふたりのお話を伺ってかなり衝撃を受け、即座に省みました。聞いた情報を思い込んだままだったり、違って捉えていたり……。未来定番研究所の研究テーマの1つである循環型生活の推進や啓蒙を実際に業務で取り組んだり考える場面は多いのですが、循環のなかの人間の立ち位置の理解だけでなく、人間の体も循環の概念に合わせれば自然と元気になるという概念には至っていませんでした。きちんと食べてしっかり呼吸して消化し排泄する、そしてぐっすり眠ることで身体が整っていく。そうですよね!私の場合、早食いと睡眠時間の短さがおそらく原因です!

循環型生活もですが、日常に取り入れていくことを特別に難しく考えるのではなく「まず自分でできる選択を、できる範囲でやってみる」の精神なら、今後、疲れとうまく付き合っていけそうな気がします。広めたいお話ばかりの貴重な時間でした。

(未来定番研究所 内野)