2023.11.29

取捨選択

目利きに聞く「取捨選択観」。文化放送アナウンサー・西川あやのさん。

今回F.I.N.で取り上げるのは、時代の目利きたちの「取捨選択観」。昨今では情報が絶えず流れ、焦燥感に駆られることも少なくありません。そうした中、私たちは情報とどう付き合っていくべきなのでしょうか。そのヒントを探るため、ラジオ番組『西川あやの おいでよ!クリエイティ部』で日々膨大な情報と向き合いながらも、個性を発揮している文化放送アナウンサーの西川あやのさんにお話を伺います。

 

(文:船橋麻貴/写真:藤原葉子)

Profile

西川あやのさん(にしかわ・あやの)

文化放送アナウンサー。1991年東京都生まれ。学生時代からナレーターを目指し、2015年から文化放送アナウンサーとして活躍。現在は月〜金曜日に放送されている『西川あやの おいでよ!クリエイティ部』『桂宮治のザブトン5』にパーソナリティとして出演している。趣味は読書とテニス(本当は食事と飲酒)。

X(旧Twitter):@AyanO_N1shikawA

情報を届けるために大切なのは、「個」を出すこと

F.I.N.編集部

「聞き手に情報を届ける」というアナウンサーの仕事の中で、西川さんが大切にされていることは何でしょうか?

西川さん

ラジオは一方的に何かを伝えるというよりも、双方向のメディアだと思うんです。リスナーの方からメッセージをいただきますし、リアルタイムで実況してくださったりもするので。そういうパーソナリティとリスナーとの掛け合いがラジオの醍醐味であり、魅力でもあるんですよね。それは共演者との会話もそう。リスナーは掛け合いを楽しみにしてくださっていると思うので、共演者との会話からいろいろな情報を伝えられるといいなと思っています。

F.I.N.編集部

たしかに番組を拝聴すると、西川さんは共演者の新たな一面を引き出すのが巧みだなぁと感じます。その一方で、ご自身は「ラジオ界屈指の個性を発揮する人」とも言われていますよね。フラットな立場で番組を進行しながらも、自身の思いや考えをしっかりと伝えているように感じますが、そういうバランスは意識されているのですか?

西川さん

自分の「個」を意識するようになったのは、『西川あやの おいでよ!クリエイティ部』(以下クリエイティ部)が始まってからですね。ラジオはリスナーの生活の一部にしていただくことが多く、とくにこの番組は月〜金曜日の帯番組です。みなさんの生活の中にお邪魔し、番組を聴いていただくには、パーソナリティである自分自身に魅力がないといけない。そう気づいてからは、アナウンサーとしての役割と西川あやのとして「個」、そのバランスを意識するようになりました。そもそもラジオは「個」を出さないとあまり話を聞いてもらえないんですよ。それは共演者とお話しする時も一緒で、自分の話をしないと相手も話してくれない。情報を正しく伝えるためにも、相手の話を引き出すためにも、日常を削って自分をさらけ出さないといけないんです(笑)。

F.I.N.編集部

ラジオの魅力でもある「掛け合い」を届けるために、ご自身の情報もオープンにしているんですね。

西川さん

私はもともと自分の話をしたくてアナウンサーになりたかったわけではないので、最初の頃はすごく悩みましたね。今でも本当は恥ずかしい気持ちがありますし。文化放送に入社してから8年ほど。ラジオで日常のことを話しているので、リスナーは私のプライベートのことを全部知っている感じです(笑)。それこそ学歴から間取りまで。ありがたいことですけどね。

共演者から得た情報が、自分の新しい気づきに

F.I.N.編集部

アナウンサーという職業柄、日々大量の情報を目にしていますよね。その中には自分にとって必ずしも必要じゃないものもあると思いますが、その折り合いはどうつけていますか?

西川さん

私自身、情報の取り扱いに迷いがあったのですが、コロナ禍で気づきがあったんです。それまでは仕事で必要な情報について一生懸命勉強していましたが、コロナ禍に入って余白の時間が生まれた時に自分の周りを改めて見渡してみると、番組やゲストの方に教えていただいた映画や本、音楽ばかりでした。誰かから与えられた情報しかなく、自分が自発的に取りに行ったものはほとんどなかったんです。これは日々溢れ出す情報に気を取られて焦っていたからだと思うんですが、自分の人生なのにこれでいいのかなと。そう気付いてからは、自分の好みを優先できるようになりました。

F.I.N.編集部

コロナ禍以降は仕事とプライベートのオンオフをしっかりと切り替えているのですね。

西川さん

ところがコロナ禍が落ち着いた最近は、オフのときに吸収したものについて番組で話したりして。コロナ禍真っ只中の時はしっかりと自分と向き合えていたのに……という気持ちもありましたが、結局自分が心から好きで感動したものについての話じゃないと、リスナーにバレちゃうんですよね。だから情報の取捨選択は自分の好みを優先して、そこに共演者やリスナーの方を巻き込んでいくかたちにしています。

 

自分の好みを優先という話で言えば、『VIVANT』(TBS系/2023年7〜9月オンエア)がいい例かもしれません。『クリエイティ部』の共演者のみなさんが大ハマりして番組内でもよく話題にあがっていたのですが、実は私は1話と最終話しか見てないんですよ。アナウンサーとしては絶対によくないんですけど……、全話追いかけなかったことで見てないリスナーの気持ちが理解できて、フラットな目線で番組の進行ができた気がします。まぁプラスに受け止めすぎですけどね(笑)。あ、もちろん『VIVANT』はとても面白かったですよ。

F.I.N.編集部

あえてすべての情報を取りに行かなかった、と。番組や共演者から推薦されたものの中で、感銘を受けたものはありますか?

西川さん

金曜日に共演しているブルボンヌさんから熱烈におすすめされた「日プ」ですかね。韓国のオーディション番組の日本版『PRODUCE 101 JAPAN』のことなのですが、参加者のパフォーマンスレベルの高さや講師陣の情熱など、オーディション番組の進化に圧倒されました。一昔前と違って厳しさがすべてじゃないことを学びましたね。自分一人ではおそらく「日プ」には辿り着けなかったと思いますが、やはり信頼できる人が情熱たっぷりにおすすめしてくれたから、ここまで熱狂できているのかもしれません。

 

最近はネットでいろいろなものを購入できるし、自分の趣味嗜好に紐づいて情報が出てくるじゃないですか。その点、実際に人から不意に得られる情報って、偶然の中にも面白さがある気がしていて。というのも先日、月曜日のコメンテーターで小説家の山内マリコさんと一緒に本屋さんに行ったんです。私は芥川龍之介の書籍を購入したんですけど、山内さんは『東京人』という雑誌を買われていて。そこからどんどん話が膨らみましたし、自分一人では出会えなかった情報にも出会えた。視野や思考を広げるためにも、他者が普段触れているものごとを取り入れるのもいいなって思いました。

世間と自分をリンクさせないから、他の人の意見に流されない

F.I.N.編集部

西川さんは新しい情報を取り入れることに抵抗がないのですね。とはいえ、情報を多く取り扱う職業柄、その波にのまれて苦しくなることはありませんか?

西川さん

それが全くないんですよね。むしろ、いろいろな情報に触れさせてくれて、ありがたいとすら思っています。とくに仕事では、初めて落語や野球を深く知れたことで、自分の個性の形成にもつながったので。それは文化放送を通じて触れている、ということも大きいのかもしれません。そもそも私は学生時代からミーハーな方ではなくて、スイーツやカフェ巡りなど、流行に飛びつけないことに悩んだりもしました。その点、文化放送はそういう社風なのか、流行を追いかけることがそこまで多くない。そういう文化放送の色と自分の色が合っているのかもしれませんね。今のトレンドとされるキャンプやサウナなども得意ではありませんが、文化放送でそれらを扱うことは少ないですし。学生時代であればトレンドやブームに対してネガティブな感想を持つタイプでしたが、今は「みんなそれぞれ好きなものがあっていい」と思えるようにもなりました。それもこれも、プライベートでも仕事でも好きなものに触れられているからなのかもしれません。

F.I.N.編集部

流行になびかないこともそうかもしれませんが、西川さんが情報の取捨選択で大切にされていることは?

西川さん

世間と自分をリンクさせないことでしょうか。例えば、番組に有識者の方をコメンテーターとしてお呼びし、ある事象についてお話いただく場合、もちろん世間の意見はチェックしますが、それになびいて自分の意見を曲げることはないですね。アナウンサーとして「世間ではこういう意見が多いようですが」という聞き方はしますが、多数派の声になびかないようにしています。もちろん、コメンテーターの方の意見や主張にも。

F.I.N.編集部

なぜ他者の意見や主張になびかずにいられるのでしょうか。

西川さん

う〜ん、どうしてでしょうね。もしかしたら一人っ子の鍵っ子だったからかも。小さい頃から周りの環境に左右されることなく、自分の好きなものを好きな分だけ摂取していたので、「人は人。自分は自分」という考えが根付いているのかもしれません。

F.I.N.編集部

では最近触れた情報の中で、ご自身の新たな気づきになったこと、新たな価値観の形成につながったものはありますか?

西川さん

つい先日、昔の価値観が覆されたことがありました。哲学者の永井玲衣さん、芸人の大島育宙さん、私の3人でPodcast番組『夜ふかしの読み明かし』をやっているんですが、そこで村上春樹さんの『ノルウェイの森』を読み明かしたんです。3人とも10代の頃に出会って苦手になったいわくつきの1冊なのですが、大人になった今改めて読んでみたら、無駄な登場人物が1人もいないことに気づいたり、情景描写の美しさに感激したり。読後感が全く違ったんですよ。当時は全く感情移入できなかったのに、生と死の描き方にも感動してしまって……。さまざまな情報やものごとに触れ、自分自身が成長したから捉え方が変わったんだと思いますが、これはとても新鮮な体験でしたね。

F.I.N.編集部

苦手なものが好きになるというのは新しい体験ですね。最後に、5年先の未来、人々の「取捨選択」はどうなっていると思いますか?

西川さん

希望を言うなら、ラジオがもっと盛り上がっていたらいいなぁ。みなさんの選択肢の中に、当たり前のようにラジオが入っていてほしいですね。今はスマホやパソコンでもラジオが聴ける時代。それもリアルタイムで聴き逃しても、遡って聴取できます。いつでもどこでもラジオを聴けるようになった今、たくさんある番組の中からリスナーに選んでもらうには、コンテンツ力を高めていくことが大事だと感じています。そのために私個人としては、番組のチームワークを大切に一つひとつのシーンに力を入れていきたいと思っています。これからも共演者の方やスタッフとコミュニケーションを取りながら、聴きごたえのあるいい番組をリスナーに届けていけたら。

【編集後記】

「自分と世間をリンクさせない」。西川さんのこの言葉に、ドキッとしました。自分の考えだと思っているものは実は世間の論調で、その主語をすり替えていただけだったりして……。それはもはや、日々のおびただしい量の情報に自身が飲み込まれている状態と言えます。そうなってしまう前に、西川さんのように「自分の関心は何か?」に改めて耳を澄ますことが重要なのだと感じました。その上で、丁寧に取り入れるもの、そこそこにしておくもの、もう一度味わってみるものなど、情報を軽やかに取捨選択していくことができれば、スピードの速い情報社会の中でも焦らず、心地よく生きていけるのではないかと思いました。

(未来定番研究所 中島)