2019.11.29

「誰もが自分らしく働ける世の中を」 キズキビジネスカレッジの挑戦。

近年注目を集めている「大人の発達障害」。本人にとっての大きな課題の一つが「自分に合った働き方を見つける」ことです。これまでも障がいを持つ人の就職サポートは行われてはいますが、「軽作業や一般事務など限られた職種に就くこと」が想定されている場合がほとんどで、幅広い選択肢が提示されているとは言い難い状況でした。そうした中、今年4月、発達障害や、うつ病などの経験者を対象にした就労移行支援施設「キズキビジネスカレッジ(KBC)」(https://kizuki.or.jp/kbc/が誕生。設立にどのような想いを込めたのか?どんな未来を思い描いているのか? 事業責任者であり、自身も発達障害を持つ林田絵美さんに話を伺います。

(撮影:河内彩)

自分に合った専門スキルを学んで、

もう一度社会で働きたい人を支援

F.I.N.編集部

林田さんは、もともと会計士として働かれていましたが、会計士を目指したきっかけについてお聞かせください。

林田絵美さん(以下、林田さん)

小さい頃から人づきあいが苦手でした。発言がストレートで、空気を読まずに衝動的に思ったことをパッと口にしてしまい、人を不快にさせてしまったり、傷つけてしまったりすることが多かったと思います。いじめられた経験もありますし、部活でも人と比べて物覚えが悪く、自分の不器用さや要領の悪さもわかっていたので、将来社会に出てうまくやっていけることが想像できなくて。手に職をつけようと、会計士を目指しました。

F.I.N.編集部

キズキに入社を考えたきっかけや、KBCを立ち上げた想いをお聞かせください。

林田さん

会計士として働いていた時、自身の経験を活かして発達障害向けの会計士の予備校を作りたいなと漠然と思っていたのですが、会計士の仕事も楽しくなってきてこのまま続けていこうと考えていたところ、2017年にキズキ代表の安田祐輔と出会って一変したんです。安田の「発達障害者向けのwebメディアを作りたい」というSNS投稿に興味を持ち、コンタクトをとったのが出会いです。その時に、「会計士の予備校を作りたい」と話すと、安田は「会計だけじゃなく、マーケティングや英語、プログラミングなど、あらゆる専門スキルから自分にあったスキルを学べるビジネススクールを作りたい」と。実際、自分ももっとたくさんの職業を見て選んでもよかったなという気持ちもあったので、“様々なスキルを学べるビジネススクール”という言葉にピンときて、私も一緒にやりたいなと思ったんです。それから2018年9月にキズキに入社し、2019年4月に「キズキビジネスカレッジ(KBC)」を設立しました。

F.I.N.編集部

利用者はどのような方が多いのでしょうか?

林田さん

中退や離職をしてしまったけど、スキルアップしてもう一度社会で働きたい、自分の強みを活かして働きたいという方が通われています。現在約25名の方が在籍していますが、年齢はバラバラ。20代前半の方もいれば、40歳を過ぎて初めて発達障害の診断を受けたという方もいます。発達障害の場合、「幼少期からそう診断された人」よりも、「大学生活や職場で難しい局面が出てきて初めて発達障害という診断された人」が多いように思います。私もその一人です。

F.I.N.編集部

林田さんも就職をしてから、発達障害の診断を受けたということですが、どのよう状況でしたか?

林田さん

学生の頃は、今よりも自責傾向が強かったですね。また自分を責めている時は、人のことも受け入れられなくなっていました。自分を責める気持ちが強いからこそ防衛本能で人のことも批判的な思考になったり、無駄に承認欲求が強くなったりと、生きづらさを感じていました。就職してからも、ケアレスミスや物忘れも多く、忙しさやストレスもあったせいか、過呼吸で倒れてしまったんです。その時病院で出た診断結果が、発達障害の一種であるADHD(注意欠如多動性障害)でした。それまでいろいろなことがうまくいかず悩むことも多かったのですが、診断を受けて正直スッキリしました。だからこそ、同じように苦しむ人たちの助けになれたらと思っています。

F.I.N.編集部

とてもポジティブにご自身の特性と向き合って、解決の道筋を自ら切り開いているなと感じますが、そのきっかけはありましたか?

林田さん

大学生の頃、会計士試験などの試験ではうまく結果が出せるのに、なぜ人間関係では結果が出せないんだろうと考えたことがありました。試験は試験範囲や合格点があって目指すべきところがわかりやすいけれど、コミュニケーションは、私にとってはコツの掴みどころがなくぼんやりしたものでした。そこで人づきあいが上手な人を観察して真似したり、人と会う前に話すことを全部書き出したり、苦手な女子会では他の人がどうコミュニケーションをとっているかを観察してキーワードレベルで覚えたりするように。例えば、誰かが彼氏に対する不満言っていたとしたら、その愚痴に同調するのではなく、ちゃんと彼氏を立ててあげないといけないとか(笑)。ポイントをつかめば応用できるということがわかってきて。最初から前向きに自分の特性を捉えようと思ったというよりは、自分がどこに到達すべきで何が足りないかということを客観的に見て、解決することが必要だと気づいたんです。その結果、できることが増えていき前向きになれました。

物を失くすことが多い林田さん。ポシェットにコードをつけて、携帯電話や鍵など大切なものは繋げて肌身離さず持っている。

スキルはもちろん、自分自身の特性や傾向を

見つめ直すきっかけに

F.I.N.編集部

キズキビジネスカレッジの方針や大切に考えていることを教えてください。

林田さん

離職期間は自分を責めてしまいがちな苦しい時間ですが、ここに通うことでその期間を「自分のスキルアップやステップアップのためのポジティブな時間に使っている」と感じられるようにすることはコンセプトとして掲げています。利用者自身が、“前に進んでいる”という感覚を持てるか、その人の自尊心に着目して支援を行えているかを意識しています。

 

また、世間には「障がいは甘え」と捉える方もいますが、症状は人それぞれで一見わかりにくく、本人もいろいろな経緯で苦しんでいます。私も当事者だからこそ、「世間の誰かの考え」を提供するのではなくて、きちんと本人から聞いた「事実」に着目しています。これも私だけの考えではなく、キズキビジネスカレッジの方針の一つです。

 

一方で、「そのままでいい」というスタンスはとっていません。その人がどういう目標を立てて何を目指すかによって、本人が変わらないといけない部分も出てくる可能性があります。まず何を成長課題にしていくのか、特性を活かした職が何なのか、自分をしっかり知ることが大切。そのためにも月一回面談をしてしっかりコミュニケーションをとるように心がけています。

F.I.N.編集部

キズキビジネスカレッジではどのような講義を行っていますか? また、講師はどのような方がいるのでしょうか。

林田さん

自分の特性を客観的に分析する「自己理解講座」や「会計」「プログラミング」「webマーケティング」「英語」などの専門スキルが学べる講義があります。講師は外部の方もいますが基本的には社員が担当しています。精神保健福祉士や社会福祉士の資格を持つ人、引きこもりや発達障害の児童を支援してきた人などの他、高校中退後の大学受験からやり直しを経験して活躍している人、フリーランスや会社員など様々なキャリアを持つ人も。利用者には障がい者雇用という選択だけでなく様々な働き方を提案したいという考えもあり、幅広い経験を持つ方を採用しています。私も特別講座では「英語」や「発達障害の思考分析」などを担当しています。

F.I.N.編集部

講義を行う上で、気をつけていることはありますか?

林田さん

講義は、「スキル×実務」ということを意識して組み立てています。「スキルを身につけて実務に活かす」というのは、スキルだけでなくコミュニケーションが重要だと前職で学びました。知識を持って課題を設定し、課題に向けてディスカッションをして発表するというところまでを講義に入れています。グループワークで役割分担をすると、作業を請け負いやすい人がいたり、自分のことが終わったら人に関心がない人がいたりしますが、職場でもそういう傾向になりやすいことなので、コミュニケーション面での課題を発見することにも繋がります。私たちから一方的に「人とのコミュニケーションはこうしましょう」と教えるやり方ではなく、グループワークや私たちのサポートなどを通じて、利用者自身が自分の考え方の癖や人との距離の掴み方などを学びます。「そもそも自分はどういう傾向にあるのか、自己理解の部分から見直していく」というところに重きを置いています。

「発達障害だから」ではなく、

事実だけに着目することが大切

F.I.N.編集部

企業の理解や体制についての現状は、どのような状況なのでしょうか。

林田さん

障がい者雇用は増えているので、前向きな企業が増えている印象はあり、以前の「障がい者が働けない」という状況からは前に進んではいます。ですが、今の制度は、当事者の強みや特性に着目するより、障がいに着目した職業紹介になっているとも感じます。制度が考える次のステップは、現在の「障がいに左右されない・影響しない職種に限定されがちな就労状況」を「障がいを補いながら様々な職種へ就労可能な状況」にすることだと思っています。

F.I.N.編集部

職場や日常生活で、まわりはどのようなサポートをするのが理想だと考えますか?

林田さん

まず「事実に着目すること」が大事。発達障害という診断名を介してコミュニケーションを取ろうとすると人によって理解が異なります。また、何か「できないこと」について、障害だからできないことなのか、しょうがないことなのか、努力不足なのか、という議論も不毛だなと。発達障害という診断は、服薬などの社会的サポートを受けるときには重要ですが、日常生活でコミュニケーションをとる場合にはそこまで重要ではないように感じています。発達障害だからではなく、事実としていま何に困っているのか、どうしたら回避できるのか、シンプルに事実だけに着目して話し合えるといいですよね。また「何ができないの?」というマイナスの前提ではなく、「どんな特性なの?」と聞くとスムーズかもしれません。

F.I.N.編集部

発達障害は個性という考え方も聞きますが、林田さんはどのように考えますか?

林田さん

視力が悪いことが“個性”とみなすかどうかというのと同じだと思います。視力が悪いことが個性なら、発達障害も個性だと思うし、視力が悪いことがただ「視力が悪い」にとどまるのであれば発達障害も同じ。個性かどうかより、その特性に対して助けが必要かどうかです。私は、診断を受けて服薬して状況が改善しました。診断を受けたのは転機でしたし、診断というものは重要だと思っています。メガネが必要かどうか、薬や治療が必要かどうかということですよね。他に例えば、発達障害の特性として衝動性が強い人であれば、衝動性そのものが障がいになったというよりも、衝動性によって人からの信頼を失ったり人を傷つけてしまったり、社会的信頼を失うことが障がいだと思っています。脳の特性そのものというより、社会や既存のものと不具合を起こすことが障がいだと理解しています。

ハンディキャップを肯定できる

価値観も選択肢も多様化した社会に

F.I.N.編集部

林田さんが考える5年先の未来についてお聞かせください。どんな未来が理想ですか?

林田さん

障がいの有無に関わらず、人は協調しあって認め合って生きていかなくてはいけないので、障害のある人も妥協しないといけない部分もあると思います。多様性が認められる社会だからといっても、すべての人がありのままで生きる社会は難しい。だからこそ、社会の中で肯定できる判断軸がもっと増えて欲しいと思っています。いろいろな価値観を認めようという風潮にはなっているものの、障がいを持つ人の選択肢は限られていて、就職の際には否定の判断材料になってしまうのが現実。利用者の中にも隠して就職しようとする人もいます。また障がいや中退経験など、否定的な認知があるものに自分が陥ってしまうと、人は人生が終わったと思ってしまうんです。私もいじめられていた時、不登校になったら人生が終わると思っていました。だから不登校にもなれず、耐えるしかなかった。そうではなく、障がいがあってもキャリアが築けたり、不登校になっても他の進路があったり、価値観や選択肢が多様化した社会が理想です。新しい事例が出てくれば人の認知も変わるし、認知が広がれば選択肢も増える。私もこの事業を始めるまで障がいについて開示していなかったし、いじめのことも家族にも話していませんでした。でも他にも選択肢があるとわかっていれば、あんなに自分を追い込まなかったかもしれない。ここからいい事例を生み出して、発達障害の人が多様なキャリアが築けるよう、社会の認知を変えていきたいと思っています。

F.I.N.編集部

キズキビジネスカレッジの今後の課題や展望をお聞かせください。

林田さん

次の課題は、新しい障がい者雇用の形という意味での就労先の開拓、そこに向けたキャリア支援です。その人の新しい職種を開拓するためにどう支援するのか、強みを生かせる職種を作ってもらうためにはこちらからはどういう情報を提供しないといけないのかということについて、企業とも当事者ともコミュニケーションをとっていく必要があるのかなと思います。

Profile

林田絵美

ADHDという発達障害の当事者で、公認会計士。 教育福祉系スタートアップの株式会社キズキにて、鬱や発達障害によって離職した人がキャリアを築くための「キズキビジネスカレッジ」(https://kizuki.or.jp/kbc/を立ち上げ、事業責任者を務める。

編集後記

利用者が持っている唯一無二の才能を適切な職場へ就職支援しているキズキビジネスカレッジは、利用者のキャリアサポートだけでなく、多様性を許容する社会作りに一翼担っている。

チームや組織を考える時、標準的で同質な特性をもった個人の集まりが、一見するとまとまっているように思えますが。

個々の得意、不得意を補えるチームのほうが、結束力や特性を活かす事ができて、この多様化した社会では、より自然であるべき姿であるように思えました。

 

(未来定番研究所 窪)