未来をつくるハローワーク
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2018.10.19
未来を仕掛ける日本全国の47人。
毎週、F.I.N.編集部が1都道府県ずつ巡って、未来は世の中の定番になるかもしれない“もの”や“こと”、そしてそれを仕掛ける“人”を見つけていきます。今回向かったのは、福岡県の福岡市。編集者の川村庸子さんが教えてくれた、写真家で、〈ALBUS〉代表の酒井咲帆さんをご紹介します。
この連載企画にご登場いただく47名は、F.I.N.編集部が信頼する、各地にネットワークを持つ方々にご推薦いただき、選出しています。
世代を超えて、あらゆる人が家族のように集える場づくりを考える人。
酒井さんが、まちの写真屋〈ALBUS〉を立ち上げたのは2009年のこと。現像や撮影のサービスに加え、カフェやギャラリーのスペースも併設。写真を通じて多彩な企画を生み出す〈ALBUS〉は、地域におけるコミュニケーションの拠点として、多くの人に愛されてきました。そして彼女は今年4月、新たに〈いふくまち保育園〉を立ち上げ、さらに多くの人を巻き込む場づくりに取り組んでいます。推薦してくださった川村さんは、「必要なものは自分たちでつくる。人生の季節に合わせて、それをやってのけてしまう力強さと、人を惹きつける彼女のおおらかさに、未来を感じます」と話してくれました。酒井さんご本人にお話を伺ってみました。
F.I.N.編集部
酒井さん、こんにちは。本日は、どうぞよろしくお願いします。まちの写真館〈ALBUS〉に〈いふくまち保育園〉の運営と、酒井さんは写真家の枠に捉われず、多彩な活動をされています。こうした場づくりを始めるに至ったのは、どんなきっかけがあったのですか?
酒井さん
そもそものきっかけは、18、19歳頃に始まった、富山の子どもたちとの交流にまで遡ります。当時私は写真学校に通っていて、ある時、「とにかく何でもいいから写真をいっぱい撮ってきなさい」という宿題が出ました。あてもなく電車やバスを乗り継いで旅をする中、富山の路線バスで通りがかったあるバス停で、子どもたちを見かけました。慣れない一人旅で、少し寂しくなってきたタイミングだったこともあり、「ここでいろいろ聞いてみよう」とバスを降りたんです。それをきっかけでその子どもたちと仲良くなり、一緒に遊んだり、写真を撮ったりしました。そして、帰り際には「じゃあまた来年ね」と。それを機に毎年1回、その子どもたちに会いに行くようになりました。
F.I.N.編集部
偶然の出会いだったんですね。
酒井さん
はい。その交流は、かれこれ10年以上続いています。そんな中、地域の保育園や小学校がなくなることになり、閉校式の時に、私がこれまで撮りためた写真を展示する機会をいただけたんです。その時に初めて地域の方々が写真を見てくれて、「このお姉さんよく来てたけど、こんな素敵なことしてたんだね」と認めてくれました。それを機に、子どもたちに限らず地域の方とも親しくなっていきました。子どもが成長していく過程や、まちの移り変わりに興味を持ったのは、この交流があったからだと思います。
F.I.N.編集部
その後の酒井さんの人生の幅を広げてくれるきっかけになったんですね。2009年に写真舘〈ALBUS〉をオープンするまでは、どんな経験をされてきたんですか?
酒井さん
写真学校の在学中から、”カメラのナニワ”とも言われるカメラ専門店で働いていました。カメラや写真の専門店だけあって、オーナーは”写真の可能性を広げたい!”と前向きに話すほどチャレンジングな会社で、私は、新しく立ち上げる企画ギャラリーを担当させてもらいました。企業のメセナ活動(文化芸術活動)的な意味合いもあり、企画を自由に考えながら、面白い活動をしている方、有名な方など、様々な方と出会う中で、九州大学の「子どもプロジェクト」の方とも出会いました。
F.I.N.編集部
なるほど。それはどんなプロジェクトなんですか?
酒井さん
児童心理学の先生や、空間や人的環境の先生など様々な専門家が集まり、多方面から”子どもの感性を育む”ための居場所づくりを考えていくという内容です。興味があったので、一度活動を見学に行きました。例えば、取り組みのひとつにあるのが、「旅する 絵本カーニバル」。これは、絵本を通して、子どもはもちろん多くの世代が集える場を作ろうという取り組みです。セレクトした絵本を15冊ずつくらいボックスに分け、公園や公民館などいろいろな場所に持っていくんです。そしてそこで、絵本を全部面出しで並べて、素敵に空間を作っていく。空間を持ち運びできるように、そしてすべてがゴミにならないよう、何度でも使えるようにデザインして、大人も子どもも一緒に居られる場所を作っている。その場の作り方がとても面白いなと思いましたね。まだまだ学べることがあると思い、子どもプロジェクトに関わりたいと話して、九州に移住しました。
F.I.N.編集部
大きな決断ですね。そこではどんな学びがありましたか?
酒井さん
子どもたちの成長を富山で記録し、子どもたちの成長や発達に興味があった私にとって、それを学ぶためには、ここは楽園みたいな場所でした(笑)。当時の自分が知りたいことをダイレクトに学ぶことができるとともに、さらにその興味の範疇をも超える知の財産がたくさんありました。働いていたとは言いつつも、毎日本当に楽しくて、すごく面白い経験をさせてもらいました。
F.I.N.編集部
その後、〈ALBUS〉を開かれることになるのでしょうか?
酒井さん
3年ほど働いて、プロジェクト自体が一区切りを打つことになったので、今度はこれまでの学びを生かし、自分で、多くの人が集える公民館のような場を作りたいと考えました。自分の考えを形にするには、自分で開くしかないと。でも場を持つことは、当然ボランティアではできないですよね。そこで、商いを行うためにも、技術を習得している写真で写真屋(DPE)兼写真館を始めたという流れです。始めてから数年経って、人を雇うことや、経営することを学びました。今現在も1回1回つまずいては解決して、何とかやってきています(笑)。
F.I.N.編集部
写真の撮影や現像のビジネスは、多くの人が集える場を作るための手段でもあったわけですね。
酒井さん
そうですね。ただ、最初は撮影をやっていませんでした。公民館みたいに人が集まればいいな、くらいに思っていたので、スペースはあったけど、ギャラリーとして何か企画をすれば良いと思っていたんです。でも実際に運営してみると、1枚35円のプリントだと全く売り上げが立たない(笑)。店頭で数枚プリントをするために、その思い出を語りに1時間くらい話してくれるお客さんもいます。ありがたいことだけど、これでは運営が難しいなと。そこで写真館も始めることにしました。その都度、既存のいろんな写真館を参考にしつつ、今の形に落ち着きました。
酒井さん
〈ALBUS〉はビジネスなので、場を維持するためには、売り上げを立てないといけません。それでは、誰でも来られるというわけではないので、もう少し間口を広げたいと考えていました。また一方で、〈ALBUS〉を続けてきた中で、毎年撮影に来てくれる子どもの成長を見ることに喜びを感じていました。家族でもないのに、家族のような親密感がある。でも、会うのは1年に数回。本当はそれぞれ、楽しい時間だけじゃなく、悔しい、悲しい時間もあるはずですよね。そういう面も含めて、子どもたちの成長や家族に寄り添いたいと思うようになりました。私たちも含めて家族のように受け入れられる場所ってどういう場所だろう。しかも公共の場所であり、ビジネスではない環境となるとどうなるだろう。そしてたどり着いたのが、保育園だったんです。
F.I.N.編集部
今の酒井さんにとって、保育園という場が最適だったんですね。
酒井さん
今一般的に思われているような保育園ではなく、大人も、子どもがいない人も、年配の方もいてもらいたい。みんなで子どもを見合おうよ、という場を作りたい。もちろん、防犯上の都合や部屋の広さなどによる制限は多いんですが、その中でいつか自分が思い描く場所にできるだけ近づけるため、考えながらやっているところです。
F.I.N.編集部
実際に始められてみて、何か発見はありましたか?
酒井さん
保育の質を上げるためには、保育者の専門性を上げるということ以外にも、大人同士の環境をいかによくするかが大切だと感じています。保育の業界に入って思ったのが、子どもたちの発達、成長に関しては、研究が進んでいて深く読み取られているのだけど、それを実践する大人同士のやりとりが難しい。組織のヒエラルキーも気になります。そういうのをなるべくなくし、できるだけフラットにしていくところから取り組んでいるところです。
F.I.N.編集部
なるほど。子どもたちの成長を見届けることには、どんな魅力があるんでしょうか?
酒井さん
数え切れないほどたくさんありますよ。例えば、子どもたちは本当に日々成長していくので、昨日できなかったことも今日にはできるようになったり、突拍子もないことを言ったり、はたまた思いもよらない行動をとったり(笑)。その一つひとつがとても面白いです。
F.I.N.編集部
子どもたちの成長から大いに刺激を受けられているんですね。今後に向けて、酒井さんの目標を教えてください。
酒井さん
もう1箇所、保育園のようなまちの居場所を立ち上げたいと思っています。今は、経営上の都合で、0歳〜3歳までのお子さんを預かることにしていたのですが、いざ始めてみると、もっと長く成長を見守りたいと思うようになりました。一方で、5歳児までを預かるのには、今の広さや運営方法では難しい。新たに、5歳児までを預かることが可能になるように、具体的な目標を設定して頑張っているところです。さらにゆくゆくは、保育園という括りも飛び越えて、高齢者を含めた多くの世代にとって居心地が良い場をいかに作るかということにも取り組みたいですね。
F.I.N.編集部
それは、当初から思い描かれていた”制限なくいろんな人が集える場、公民館のような場”ということでしょうか?
酒井さん
そうですね。“誰でも来ていい場所”というのは本当に難しいけれど、できるだけそう言えるような場にしておきたいです。そこには、自分が高齢者になった時にどう受け入れてもらえるのかという不安感もあるのかもしれません。ある保育者が、「毎日忙しい最中、子どもたちが食事をこぼしたり、顔もぐちゃぐちゃにしながら食事をしたりしている姿を見ると、どうしても汚いな、と捉えがち。だけど、自分たちも高齢になって、例えば認知症になった時に、同じようにこぼしながら食べるかもしれない。その時に『汚いわね』と言われながら介助されたくはないはず。そうやって、自分に置き換えてみたら、違う視点で見守れる気がする」と言っていました。私はこの言葉に、本当にそうだなと強く共感しています。いろんな人にとって居心地の良い環境を作ることは、いろんな状況を自分に置き換えながら、自分がどういう場にいたいのか、どうやって成長したいのか、どういうまちに住みたいのかを考えることなんだと思います。これからも意識して続けていきたいですね。
F.I.N.編集部
自分以外の誰かの立場を、それぞれが少しずつでも想像していくことで、みんなにとって居心地の良い社会に一歩近づくのかもしれませんね。本日はありがとうございました。
ALBUS
〒810-0023 福岡県福岡市中央区警固2-9-14
TEL:092-791-9335
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