生活の多くがオンラインで完結するようになった今でも、私たちは何かを求めて外へ足を運びます。時間がかかっても、多少手間がかかっても、わざわざ行きたい。そんな気持ちを抱かせる場所には、どんな魅力があり、私たちは何を期待して足を運ぶのでしょうか。
F.I.N.では、好きな時に好きな場所へ出かけられる今、「わざわざ行きたい場所には何があるのか」という問いを手がかりに、目利きたちとともに、そこでしか得られない価値を考えていきます。
今回は、キャンセル待ちが1万組にも及んだ体験型展示「あの夏休み自販機」(サントリー主催)や、「あの職員室」を手掛けた〈CHOCOLATE Inc.〉のクリエイティブディレクター・小野寺正人さんに、ご自身がファンとしてわざわざ行きたい場所を教えてもらいました。
■〈調理室池田〉オーナー・池田講平さんの回答はこちら
(文:大芦実穂/写真:小野寺正人)
小野寺正人さん(おのでら・まさと)
1993年、北海道生まれ。博報堂、博報堂ケトルを経て2022年独立。アニメ、漫画、ラジオ、映画、舞台、楽曲、MV、ライブなど多様なジャンルのエンタメ作品を企画・プロデュース。主な仕事に、フルリモート劇団の「劇団ノーミーツ」の企画・宣伝、体験型展示「あの夏休み自販機」(2024)や「あの職員室」(2025)の企画など。
日々のマンネリを打破する
代々木上原の中国料理店〈マツシマ〉
店主の松島さんが1人でやっているお店なんですが、数カ月に1度くらいのペースで中国に行かれるんです。各地を旅しながら、レストランや市場、家庭で料理を学んできて、帰国後にその料理を出してくれる。だからメニューもかなり頻繁に変わります。料理人というより、もはや研究者みたいな雰囲気の人。コース料理も、前菜から始まって……というような型にはまったものではありません。見慣れない料理が、とんでもなくおいしかったりする。松島さんの旅のエピソードを聞きながら食べると、自分までどこかに行ったような気持ちになります。日常がマンネリ化してきたり、アドレナリンが足りないな、という時に足を運ぶようにしています。
〈マツシマ〉では、中国の地酒を数多く取りそろえ、料理とのペアリングも楽しめる。
めんどくささを吸収し、視野を広げる
長野県のゲストハウス〈古民家 noie梢乃雪〉
築100年以上の大きな茅葺き屋根の家を改装したゲストハウスに、年に一度くらいの頻度で通っています。(最近は足を運べていませんが……)。東京から車で4時間くらいの山奥にある場所で、時期によっては田植えや稲刈り、野菜の収穫を手伝うこともありますし、朝ごはんも皆で作って食べます。とにかく、なんでも自分たちでやらなくちゃいけない。正直、行くのも含めてめんどくさいんです。でも、そのめんどくささって大事だなと思っていて。クリエイティブ業界にいると、効率性とかAIの話ばかりになりがちで、気づくと視野が狭くなってしまうんですよね。ここでの暮らしを体験していると、「効率だけで人は生きているわけじゃないな」と、だんだん視野が広がっていくような感覚があって。凝り固まった考えをほぐすために、あえて「めんどくさい」をしに行っています。
北安曇郡小谷村という人口3,000人の小さな村の丘の上に建てられた〈古民家 noie梢乃雪〉。
虚構か現実かわからない体験
フロリダの〈ディズニー・アニマル・キングダム〉
ディズニーがつくった動物園なんですが、設定が細かくて、虚構だとわかっているのに、本物なんじゃないかと錯覚したほどです。例えばトラのエリアでは、東南アジアのどこかにあった王朝が滅び、今は廃墟だけが残っている、という設定になっています。崩れた建物や遺跡の中に、トラだけが住み続けている。ストーリー自体は虚構ですが、そこにいるトラは本物という。空を見あげると、見たことのない鳥が飛んでいて、それが飼育されている鳥なのか、野生の鳥なのかもわからない。スタッフに聞いても、やはり「わからない」と。僕も体験型の展示をつくっていますが、現実が一番強いと思っていて。だからこそ、虚構をどこまで現実に近づけられるか、ということを意識してやっています。
〈ディズニー・アニマル・キングダム〉内のエリア「ハランベ・マーケット」。
小野寺さんが、わざわざ来てもらうためにやっていること
「大変なものをつくる」
つくるのが大変なものを、あえてつくることです。お客さんからいただく感想で一番うれしい言葉が「ドン引き」なんですけど(笑)。そこまでのものをつくるには、エネルギーを込める必要があって、どうやって込めるのかというと、とにかく大変な作業をやること。例えば、「あの職員室」だと、教員机にシールの跡をつけるため、実際に何度も貼り直す作業をしています。面白い作品だけれど、エネルギーがこもっていないなというのは、見てみると結構わかるんです。「ここまでやる!?」と思われるものを制作すれば、お客さんは自然と集まってくると思います。でも、そこまでやるのが大変すぎて、普通はやらない。だからこそ、僕はやっていきたいと思っています。
「あの職員室」の制作現場。先生の机の中にある(入れる)ものを整理しているところ。
【編集後記】
取材を通して改めて感じたのは、日常とは違うものに触れたり、まだ知らなかったものを知ったりする体験には、人を強く動かす力があるということです。小野寺さんが紹介してくれた場所はどれも、ただ珍しいから惹かれるのではなく、そこにしかない熱量や、つくり手の執念のようなものが宿っていました。小野寺さんご自身の仕事にも通じる、本物をつくりたいという思いや、常識とされているものの少し先まで踏み込むような徹底したこだわり。その軸の強さが感じられる場所に人は時間や手間をかけてでも、わざわざ足を運びたくなるのだと思いました。
(未来定番研究所 榎)