「私たちを満たすものとは?」の特集で見えてきたのは、目利きの方々は「物質的なもの」ではなく、「無形のこと」に満たされているということ。今、幸せの尺度はより多様化しているように感じられます。そこで気になるのが、「幸せのためにお金を使うなら、何に使いたいと思うのか」。それこそが5年先の「満たされる価値観」につながると考え、探っていきます。
スタイリスト、料理人、カメラマンなど業界の目利きたちが信頼を寄せる、群馬県中之条町の古物店〈なんだかとても〉。道端に転がっていそうな石ころや鉄クズさえも、ここでは立派な商品。代表の篠原大地さんが物語を与えることで、価値あるモノへと姿を変えていきます。お店のアイテムは、どのような基準でセレクトされているのか。モノの価値はどのように決まるのか。〈なんだかとても〉を通じて、価格とモノの関係を探ります。
(文:大芦実穂)
篠原大地さん(しのはら・だいち)
〈なんだかとても〉代表。群馬県中之条町六合地区出身。東京でアパレル会社勤務を経て、2018年前にUターンし、古物を中心に独自の視点でセレクトしたものを扱うお店〈なんだかとても〉をスタート。
田舎と都会の価値観の違いが面白い
F.I.N. 編集部
篠原さんは、もともと東京で美術館やアパレルの仕事をされていたそうですが、〈なんだかとても〉を始めたきっかけは何ですか?
篠原さん
Uターンがきっかけです。2018年に中之条町に帰ってきてから、人から見たらガラクタと思われるようなものや、昔から使われてきた民具などを集め始めたんです。その時は売ろうとは思っていなかったのですが、結構な量になったので販売しようと。
群馬県中之条町にある〈なんだかとても〉の田舎店(実店舗)。現在、来店は予約制となっている。
F.I.N. 編集部
もともと古物がお好きだったんですか?
篠原さん
古着など古いもの自体は好きでしたが、日本の古物には実はあまり興味がなくて。中之条町に帰ってきたことで、暮らしの道具を目にする機会が増えて、だんだん興味を持っていった感じです。
F.I.N. 編集部
お店には、石ころや不思議な人形、壊れた網かごなど、興味深いアイテムが数多く並んでいますが、これらはどこで見つけてくるのですか?
篠原さん
地元で見つけることもあります。というのも、中之条町も例に漏れず少子高齢化が進み、家を片付けたいという家族が多くいらっしゃって。そういった話を受け、おうちにお邪魔し、モノを片付けながら商品を見つけることもあります。あとは田舎なので、よくおじいちゃんやおばあちゃんが外でごみを燃やしていて、そういうなかに面白いものが混じっていたりするので、駆けつけて阻止しています(笑)。
F.I.N. 編集部
燃やしてしまうくらいだから、おじいちゃんやおばあちゃんにとっては不用品ということですよね。それらを販売している篠原さんに対しての反応はいかがですか?
篠原さん
「これはこのくらいの値段で売るんだよ」と言うと、「そんなごみが売れるんか!」って訝しがられますね(笑)。でも、そこが結構面白かったりします。田舎で暮らす人にとっては当たり前で、価値がないと感じられるものが、都会で暮らす人にとっては珍しく、高価なものになったりする。ある場所のモノを、価値観が違う場所に持っていき、販売することに今は面白みを感じています。
「進化している鉄籠」/直径32cm。
F.I.N. 編集部
お客さんは都会に住んでいる方が多いですか?
篠原さん
そうですね。だいたいは関東近郊からいらっしゃいます。いい意味で変わった人が多い印象です。まず、「なんだかよくわからないもの」に興味を持っている時点で、いろんなハードルを超えてきているでしょうし。ご自身で何か制作されていたり、アートやクリエイティブに携わっている方も多いと思います。
F.I.N. 編集部
そのなかでも特に印象に残っているお客さんはいますか?
篠原さん
藁でつくられたモノがほしいというお客さんがいましたね。たしか祭壇をつくると言っていました。お店では、「これはこういう使い方をするものです」と説明を添えて売っていないので、ご自身の好きなように使っていただけたらと思っています。
わからないからこそ高値になる
F.I.N. 編集部
これまで一番高く値付けした商品はなんですか?
篠原さん
一番高値を付けたのは大きい油絵で、30万円。抽象画で、本当によくわからない絵なんです。中に人のようなものが見える気がして、見る人が見たら怖いと思うかもしれません。狂気もあるし、優しさも感じるような不思議な絵なんですよね。
「なんだかとてもな油絵」
F.I.N. 編集部
なぜその絵に30万円を付けようと思ったのですか?
篠原さん
わからなさ……ですかね。理解し得ないものを見た時の気持ちが反映されているというか。この絵ってなんなのか、人と語りたくなるというか。まさに「なんだかとても」な気持ちにさせてくれるので、その値段をつけました。
F.I.N. 編集部
値段を付ける際に市場調査はされますか?
篠原さん
基本的には1点ものなので、あまり参考にできないのですが、情報として知っておきたいので、例えば中古の油絵だったらどれくらいで売られているのか見たりもします。でもそこで出ている価格を意識して値段を付けたりはせず、あくまで〈なんだかとても〉の価値観で値付けをしています。
F.I.N. 編集部
逆に一番安く付けた商品は?
篠原さん
安いものだと小さな大黒さんとかかな。500円とか1,000円とか。無数にあるやつは安くしていますね。
〈なんだかとても〉に陳列された、大黒や恵比寿の集団
F.I.N. 編集部
安いモノと高いモノの値付けの差はなんでしょう?
篠原さん
モノに値段を付けるパターンと、値段にモノがついてくるパターンがあるなと思っていて。というのは、高い商品を見ると、人って「高そうだな」と思うじゃないですか。これはチープな方が合うなとか、これはこの値段だったら魅力的になるなとか、値段から考えていくことで、そのモノの価値を引き出せるのが面白いなと思っています。
F.I.N. 編集部
あえてこの価格を付けた、という商品はありますか?
篠原さん
うーん。古いタイル片ですかね。「感じるタイル」という名前を付けて、1枚18,000円で販売していました。昭和の時代にお風呂とかに使われていたタイルです。リフォームで壊されて、そのまま庭に捨てられていたので、拾ってきて奇麗にして売ったところ、「正気か?」という声も聞こえてきました(笑)。僕的には見た目も美しいし、想像力が膨らむ値段設定な気がしたんです。
「感じるタイル」
F.I.N. 編集部
たしかに、なんでこれが18,000円なんだろうって、1回考えますよね。
篠原さん
「18,000円」と提示した時に、それぞれの価値観でそのモノを捉えるわけじゃないですか。そこで「なんで」と思わせることが大事かなと思っていて。究極、〈なんだかとても〉で買い物をしなくてもいいので、まずはモノを買う時になぜその価格なのか一度考えてみてほしいんです。
F.I.N. 編集部
なぜ考えることが重要なのでしょうか?
篠原さん
モノの価値を考えるという行為は、その人の生活とか生き方にも大きく関わってくると思うからです。だから僕たちはモノを売る仕事だけど、価値観を提示する仕事でもあるんじゃないかと。
無意味なものが再評価される未来
F.I.N. 編集部
篠原さんご自身は、どんなモノにお金を払いたいと思いますか?
篠原さん
長く愛せるもの、使えるものですかね。誰がつくったとか、素材とか、それだけじゃなく、自分の価値観の延長線上にあると長く愛せるのかなと思います。とはいえ今一番欲しいものは軽バンなんですけどね(笑)。商品をたくさん運べて便利そうだなと……。こっちに引っ越してから、物欲がなくなっちゃいましたね。仕入れた古物を見ているだけで満たされちゃっているのかもしれません。
篠原さんが長く愛用しているスニーカー。「20代前半から履いています。破れても手縫いして補修したり、愛くるしいボロさです」(篠原さん)
F.I.N. 編集部
逆にお金を払いたくないのはどんなものですか?
篠原さん
みんなが持っているもの、長く愛することができなさそうなもの、ですかね。みんなと違うのがいいというのは、昔からの性格で、単純にみんなを笑わせたい、面白がってほしいというところからきていると思います。
F.I.N. 編集部
では、篠原さんが「贅沢だな」と感じる瞬間はどんな時ですか?
篠原さん
自然に囲まれたなかで、四季の移り変わりを見ながら、お酒を飲んだりしてゆっくりすること、とかですかね。あとはビールを美味しく飲めること。実は簡単なようで、いろんな条件が整っていないとできないんですよ。周りのみんなが健康で、自分の精神状態も良くて、それでやっとビールが美味しく感じるんじゃないかなとか。
F.I.N. 編集部
最後に、5年先の未来、私たちは何にお金を使うようになると思うか、篠原さんの考えをお聞かせいただけますか?
篠原さん
願望ですが、またモノにお金を使うようになってほしいですね。今の時代では無駄や無意味、よくわからないと言われているようなものだったらうれしいです。今まで効率化を求めるあまり、削られたり省かれたりしてきたものに、また光が当たるようになるんじゃないかなと。そうなったらいいですね。
【編集後記】
値段には、それぞれ理由があるはずです。だけどその理由は、誰にでも説明できたり、納得できるものだったりするとは限りません。〈なんだかとても〉で売られている品々からは、モノ自体に対する見方もそうですが、関わり方も問われているように感じました。
値段って一体なんなのか。値付けの面白さと奥深さを感じる大変貴重な機会をいただきました。
(未来定番研究所 榎)