もくじ

2019.01.09

隈研吾が見据える、未来の建築のあり方。

後編 変わってゆくことで、建築の可能性も、街の可能性も広がる。

建築家の隈研吾が見据える、未来の建築のあり方とは? 後編では「変わること」をキーワードに建築のあり方、まちづくりのあり方を聞きます。変化を恐れなければ、可能性は広がっていく。柔軟な発想の先には、建築家という職業の定義すら変えていきたいという思いがありました。

(撮影:鈴木慎平)

隈さん:

洞爺湖の「WE Hotel Toya」の改修プロジェクトもそうですが、これからの建築は「変わっていくこと」も重要。リノベーションという言葉が盛んに使われるようになってきましたが、まだまだ新築が標準で、リノベーションが特異という風潮はある。でも、本来はリノベーション行為こそが建築なんだと思うんです。今ある空間に手を入れて生まれ変わらせること、建築が「変わっていくこと」が当たり前となる時代が近いうちにやってくると思いますね。

F.I.N.編集部:

建築をリノベーションによって生まれ変わらせるということは、これからの時代の資源の有効活用にも繋がりますか?

隈さん:

その利点もあるでしょうね。人間は本能的に、このまま消費活動ばかりしていては資源が底を尽きてしまうぞ、と感じているのかもしれない。そして、この感覚は世界共通の同時代的なものだと思います。僕が中国で仕事を始めた20年くらい前は、中国ではピカピカの新築しか興味を持ってもらえなかった。でも今の中国の若い世代はリノベーションにとても積極的。老北京とか、老上海とか、古い建物に手を加えて再生している地区が山ほどある。リノベーションの動きは、もしかしたら日本の若手より盛んかもしれない。

 

F.I.N.編集部:

木造建築の未来についてもお伺いしたいです。新国立競技場が木材と鉄骨のハイブリッド構造で作られるなど、木造建築に新たな可能性が広がっているという認識が一般にも広まりつつあると思います。今、木造建築はどういった状況にあるのでしょうか。

隈さん:

可能性は十分に広がっています。あとは、実際に採用するための状況を整えること。一番話題になっているのは「CLT」という新しい木造建築材ですよね。ひき板を積層して作るこの素材を使えば、木造で中層建築を建てられるようになった。ただ、まだコスト面で問題がある。もっと活用されるようになれば、自ずとコストも下がって、鉄骨造と変わらない予算で木造建築が建てられるようになると思います。CLTの普及のためには様々な状況を整える必要がありますが、ひとつ、日本人の木材に対する価値観も変えていかなくてはいけない。日本人はやはり、木という素材に対して、潔癖なところがあるんですよね。木材に美しさを求めてしまうというか。本来、CLTはさまざまな種類の雑木、つまりクオリティの低い木材を集めて重ねることで、強い建材に生まれ変わらせるといった素材なのですが、日本ではCLTをつくるのに綺麗な木材を集めている。だから、コストが下がらないという点もあります。そういったところも意識が変わっていくといいですよね。CLTの使用に関してはヨーロッパが進んでいますが、例えば既にマンションに使用されていたりして、そこに住むことが地球環境に対して意識が高いということで、ステータスになっている。オーガニックコットンの衣類を選ぶように、コンクリート造ではなく、CLTで建てられたマンションに住むといった選択がなされているんです。いつか日本にもそんな状況が生まれてほしいと思っています。

F.I.N.編集部:

木造建築における世界の状況は、各国でプロジェクトを進めている隈さんだからお話しいただけることですね。世界で様々なプロジェクトが進んでいると思いますが、中でも特にワクワクして進めているものがあれば教えてください。

隈さん:

やはり子供のための建築ですよね。子供のための空間を木材で考えてほしいという案件もすごく増えています。幼稚園や保育園、子供のためのプロジェクトならどんな小さなものでも受けるようにしているんです。幼少期を木の建築の中で、裸足で過ごすことができたら、それは成長過程できっと大きな財産になると思いますから。実は教育先進国であるイタリアからもオファーがあって。イタリアのレッジョ・エミリア教育は日本でも有名ですが、そのレッジョ・エミリアから一緒に教育の場を作れないかと話があったんです。子供のためにどんな空間が作れるか。そういったプロジェクトは特にワクワクします。

© Kengo Kuma and Associates

© Kengo Kuma and Associates

北海道大樹町にて、2019年度オープン予定の学童保育所・児童館(仮称)。特徴的な庇(ひさし)を作り、夏は涼しくし、冬は日差しを取り込む。雨・雪を避けながら来所することができる建物。

F.I.N.編集部:

最後に、日本の都市づくりにおいて、隈さんの描く未来予想図はありますか?

隈さん:

日本は戦後、都市計画が弱かった。大学の建築学科でも、丹下健三の「東京計画1960」といった、大規模なものしか教えてこなかった。そんな状況だから、今、ストリートを面白くしているのは建築家ではなく、アクティビストだったりします。でもこれからは、都市計画を学んだ建築家と、アクティビストとが一緒に街づくりをする機会が増えていくと思います。僕らも、吉祥寺のハモニカ横丁の活性化に取り組んでいるんです。あの空間には、戦後の商店街の空気がそのまま残っている。そこでインテリアデザインに関わったりしています。そういった空間にも、建築家が入っていけるということを見せたかったんですよね。ビジネスとしてはもちろん大変なのですが(笑)、やる価値はある。少し耕すだけで、都市は変わりますから。

都市計画においては、これからの時代はチャンスが多いとも思います。車線は今ほどなくてもいい時代になりますし、余った車線をどう使うか考えるのも面白い。空き物件も増えていくと思いますが、その活用方法も様々なアイディアが生まれてくるはず。そうした活性化が起こらないと、東京は世界で生き残っていけない。日本の都市は「均一化」が進みすぎている。高度成長期は右へ倣えの精神がいい方向に作用したかもしれないけれど、これからの時代は均一化は脆さ。日本の成長の足を引っ張る可能性すらある。リノベーションを活用しながら、いかに多様化を進めるか。そして、建築家ももっと自由であっていい。例えば、ハモニカ横丁のプロジェクトを手がけると同時に、そういった場所で自らビジネスを始めるような建築家が出てきても面白いはず。海外では、デザイナーでありながら、クライアントワークをするだけじゃなく、自分でビジネスを起こしている人も多いんですよね。僕自身、建築家という職業の定義を変換したいと思いながら仕事をしています。多様化のキーワードとして、「小さな建築」や「変わってゆく建築」、布や木材を生かした建築が生まれ始めれば、未来の建築はもっと人に幸福を与えるものになっていくのではないでしょうか。建築にできることは、まだまだある。そう思ってあらゆる方向に意識を向けて活動を続けていきたいですね。

F.I.N.編集部:

貴重なお話をありがとうございました。これからのご活躍も楽しみにしています。

Amami © Kawasumi・Kobayashi Kenji Photograph Office

吉祥寺のハモニカ横丁では、インテリアデザインを提案。面白いと思えば、規模に関係なく関わる。公共建築から、まちの再生まで、活動の幅広さに驚く。写真は設計を担当した奄美大島のアンテナショップ「奄美(amami)」。

編集後記

コンクリートの巨大建築を大量生産する拡大・成長一辺倒の時代が終わり、今あるものを上手に活用し、小さな単位で変化する建築の時代へ。高度成長期の巨匠建築家とは違い、隈研吾さんは今を生き、現実を直視し、未来を見据える現代の建築家であると思った。とあるテレビ番組で、「右肩下がりの幸せを見つける時代」とコメントされていたのが印象的で、人口減少、環境、資源の観点からも小さな建築というのは説得力がある。これからはコンクリートから木へ逆戻しする時代だと思う。建築家自身ももっと自由に活動し、器を作るだけでなく、そこで行われる営みに参画するべきというお話には自分自身膝を叩いた。

(未来定番研究所 今谷)

もくじ

隈研吾が見据える、未来の建築のあり方。

後編 変わってゆくことで、建築の可能性も、街の可能性も広がる。