もくじ

2018.05.30

南紀白浜には、働き方の未来がありました。<全2回>

第2回| ワーケーション拠点としての未来

政府が「働き方改革」を提唱するなか、近年、IT企業を中心に、テレワークが一般的になりつつあります。中でも今、余暇を楽しみながら仕事をする「ワーケーション」という新しい働き方が注目されています。

「ワーケーション」の導入によって、働きかたの未来は今後どのように変わっていくのか。世界最大級のクラウド型顧客管理サービスを提供する注目のIT企業であり、白浜町で「ワーケーション」を実践している株式会社セールスフォース・ドットコムの吉野隆生さんに話を伺いました。

(撮影:植松琢麿)

セールスフォース・ドットコム 吉野隆生さん

テレワークを可能にするのは、事業スタイルと会社のサポート。

F.I.N.編集部

吉野さんは、白浜町に来られる前は、どちらにいらっしゃったんですか?

吉野さん

もともと東京にいて、この白浜にサテライトオフィスを構築するタイミングで、こちらに移住してきました。まもなく3年になります。

F.I.N.編集部

東京オフィスと白浜オフィスとは、社員はどのような分け方になってるんですか?

吉野さん

白浜に来ている部門は、弊社東京オフィスの内勤営業部隊の一部です。業務内容としては、ウェブページから資料請求をされた方や、当社のイベントに来られた方にコンタクトを取ります。電話でお客様から経営課題をヒアリングして、新規案件を発掘していくのがこのチームです。流れとしては、その後、東京のメンバーが、そのお客様の対応を引き継ぎます。

F.I.N.編集部

それって、白浜も東京も同じお客様を対応している、ということですか?

吉野さま

はい。内勤営業の業務内容は全く同じです。“働いている場所が違うだけ”です。なので、東京から白浜へ赴任したメンバーは、初日からいつもと同じ仕事をしています。

F.I.N.編集部

お客様の情報はどのように共有しているんですか?

吉野さん

弊社では、お客様の情報をはじめ、社内のあらゆる情報を、自社専用のクラウド上で管理しています。だから、パソコンとインターネットさえあれば、どこでも仕事ができます。この体制は白浜オフィスの立ち上げに関係なく、もともとベースとして構築されていました。そのため、白浜オフィス立ち上げの際にも、何か新しくインフラを整備するといった必要はありませんでした。

F.I.N.編集部

白浜オフィスには何名の社員がいらっしゃるんですか?

吉野さん

11名です。そのうち私を含む4名がこちらに移住し、残りの7名は東京から3カ月間の短期出張にきている形になります。 短期出張の7名は、3カ月間だけ、この白浜で東京と同じ業務をしながら、さまざまな「働き方改革」を実践し、地域と密接につながり東京に帰っていきます。 7名のメンバーは3カ月後にまとめて替わるのではなく、各月誰かが入れ替わり循環しているので、毎月メンバーが違うんです。

オフィス内の様子

F.I.N.編集部

ちなみに、いきなり白浜異動を告げられた社員さんって、どんな反応なんですか?

吉野さん

白浜異動は全く強制ではありません。会社からお願いするのではなくて、各自のキャリアプランに応じて、自主的に手を挙げて来てもらっているんです。ただ、「自主的に」といっても、宿泊先も会社が提供していますし、交通手段として車を手配しているので、社員が何か出費をするということはありません。気軽に来て、楽しみながら仕事ができる環境です。

テレワークの拠点として、白浜町を選んだ3つの理由。

F.I.N.編集部

白浜のほかにもサテライトオフィスはありますか?

吉野さん

現在、東京オフィスのほかに、大阪、名古屋と、ここ白浜です。

F.I.N.編集部

大阪、名古屋……に次いで、なぜ白浜だったんですか?

吉野さん

もともと会社の中で、在宅勤務やテレワークの考え方はベースにありました。そんな中で、平成27年に、総務省が推進する、「ふるさとテレワーク推進のための地域実証事業」に参画したのが、きっかけです。実証事業では、全国15の自治体がそれぞれ企業と組んで、事業に取り組んだのですが、そのひとつが当社と白浜町なんです。場所の候補がいろいろある中で、白浜町を選んだのには3つの理由があります。 まずは、羽田から飛行機で1時間あれば来られるという、アクセスの良さです。 3カ月ごとに人が行き来し、弊社の役員も社員との交流のために定期的に白浜に来るので、アクセスの良さは重要でした。 2つ目の理由が、ネットワークが進んでいたこと。もともと白浜町には災害対策用の防災ネットワークが構築されていて、それがフリーWi-Fiで提供されています。普段の業務はもちろん会社の専用ネットワークを使うんですが、万が一の場合もそのようなネットワークが使えるという安心感があります。 そして、もうひとつが、自治体の熱意です。当然、どの自治体も熱意はあるんですが、白浜町と和歌山県に関しては、誘致の段階だけでなく、誘致したあとも、どうやって定着させていこうかという、しっかりとした熱意を持って対応してくださったという経緯があります。実際、ここにきて3年近くになりますが、未だに自治体の協力には非常に助けられています。 この3点が、白浜を選んだ理由として挙げられます。

F.I.N.編集部

自治体の協力って具体的にどんなことですか?

吉野さん

地域との接点づくりです。会社としても個人としても、地域とのネットワークは皆無なので、その接点をどう作っていくかという部分で、役場が架け橋になってくださいました。例えば、企業同士のマッチングや、私たちのように移住した家族のサポートもしていただいてます。地域との接点って、働く上で非常に重要なんです。弊社は日々いろんなクラウドを使いながら、どうすればもっと生産性が上がるのか、「働き方改革」につながるのかということを常に考えているんですが、突き詰めていくと、「地域接点」に行き着くんです。

地域との接点が、仕事のやりがい、生産性の向上へ。

F.I.N.編集部

なぜ「働き方改革」に地域接点が重要なんですか?

吉野さん

弊社の全社カルチャーとして、「社会貢献」がひとつのミッションとなっており、「従業員はそれぞれ就業時間の1%を社会貢献活動に費やす」ということを掲げています。白浜オフィスでも、他のオフィスと同様に社会貢献活動をやっているんですが、都市部と比べて白浜ならではと感じるのが、地域に与える影響の大きさです。やはり都市部での「大多数の中のひとつ」という扱いと、小さなコミュニティの中での扱いとでは、関係の深さが違ってきます。そして、貢献実績が、住民の方からダイレクトに「ありがとう」という声として返ってくるんです。これって人間、誰でも嬉しいじゃないですか。生きる上でのモチベーションに繋がるんですよね。こういったモチベーションの向上が、仕事のやりがいに転換されるので、そういう意味で、地域との接点は、会社内での生産性の向上に深く繋がっています。

F.I.N.編集部

同じことをしていても、その舞台が都市部から地方に変わるだけで、そんな変化があるんですね。他に、ワーケーションによる生産性の向上を実感している部分はありますか?

吉野さん

定量的には、白浜オフィスは東京オフィスと比べて、生産性が20%高いという結果が出ています。尚且つ、残業時間も東京よりが若干短い傾向があります。これにはいろんな要因があるのですが、大きいのは、通勤ストレスの軽減ですね。例えば、東京だと満員電車で往復2時間かかっていた通勤時間が、白浜だと車で約10分。朝の通勤ストレスがないので、その結果、集中して仕事ができるというのもありますし、何より、この通勤時間の削減が積み重なると、トータルで毎月64時間ほど、東京と比べて自由な時間が作れるんです。それを、家族との時間や自己研鑽の時間、社会貢献に費やす時間などにあてられることで、モチベーションが向上し、またそれが仕事に転換される。結果、生産性の向上に繋がっています。トレーニングでスキルを上げたりしなくても、社員が本来持っている集中力や創造力を100%発揮できるような環境づくり、それが上手くいったのかなと思います。これはまさに、白浜という外部環境の要因です。

会議スペースの様子。

働き方に合わせて業務をデザイン。これからの企業が考えなければならないこと。

F.I.N.編集部

数値的な成果についてお伺いしましたが、働かれている社員さんの心の在り方といった部分には何か変化はありましたか?

吉野さん

具体的なデータはないですが、ここを経験した社員から、とても働きやすかったと聞いています。例えば、東京や大阪などの都市部では、仕事上の同僚と仕事以外で会うことがここと比べると少ないです。ここだと、平日の昼ごはんはみんな一緒に食べていますし、夜ご飯を一緒に食べることもよくあります。また土日も一緒に遊ぶことも多く、それが、プライベートの垣根を越えて、お互いを知るきっかけに繋がり、チーム内のメンバーが互いを認知しあい、仕事のしやすさに繋がっています。ここで築かれた関係は東京に戻ってからも変わらないので、白浜での経験はコミュニケーション活性化の良いきっかけになっていると言えますね。

F.I.N.編集部

なるほど。これだけの成果が実証されていれば、これから将来的にワーケーションに取り組みたい企業は増えてくると思うのですが、どうすれば上手くいくのでしょうか?一般化に向けてのヒントを教えてください。

吉野さん

難しい質問ですね(笑)これについては色々と回答が分かれるのですが、ひとつ言えるとすれば、「業務の中に人を合わせていく」のではなく、「人が働くという部分をベースに業務をデザインしていく」という改革が必要だと思っています。「社内環境がこうだから、やりたいけどできない」とか、よくある話ですが、そうではなく、働く側主体で創っていく。働く従業員の環境に合わせて業務フローやオペレーションを構築すると、割とスムーズにいくのではないでしょうか。もう一点は、働く成果がすべて可視化されていることも、ワーケーション成功の重要なポイントだと思います。在宅社員も含め、リモートワークのデメリットとしてよく挙げられることの中に、「社員がちゃんと働いているのかどうかが測れない」というのがあります。しかし、それは目の前にいるから測れるというわけではなく、成果物としてアウトプットがあり、それを評価する仕組みさえあれば、どこにいたって同じなんですよね。それがない企業に限って、目の前にいないから評価できない、朝からいて残業している人の方が評価されることが多々あると思うので、そういった評価の仕組みを変えていくのが必要だと思います。逆に、その2点さえしっかりあれば、成功するのではないでしょうか。

F.I.N.編集部

貴重なお話をありがとうございました。

一見すると、「生産性向上」とは真逆のように思える「余暇時間」。しかし、時間的・精神的な余裕は、あらゆる面で人々を能動的に変え、仕事においても遊びにおいても大きな原動力となっていました。しっかりと息抜きができて生産性も上がる、ワーケーションはまさに「働き方改革」でした。

編集後記

南紀白浜のシラコンバレーが成功しているのは、必然性を感じました。

・IT企業の多くは、それ以外よりも、地域接点やコミュニティを求めている。

・集中力や創造力を100%発揮できるような環境づくりに最適である。

・お互いを知るきっかけに繋がり、メンバーが互いを認知しあい、仕事のしやすさに繋がる。

という部分が気になりました。皆さんはいかがだったでしょうか?

(未来定番研究所 安達)