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第2回|
食、住まい、交通……。私たちの文化や習慣、暮らしの定番は、外国の方から見たら面白く、未来につながるポイントが多くあるようです。この連載では、そんな人たちが見つけ出した「未来の種」にフォーカス。「Seeds of Japan’s future(日本の未来の種)」と題し、日本で働いたり、暮らしたりしている外国出身の目利きに話を伺い、私たちが見えていない・気づいていない日本の魅力を新たに発見していきます。
第1回にご登場いただくのは、フランス出身の日本茶インストラクターのフローラン・ヴェーグさん。東京・谷中で日本茶専門店〈青鶴茶舗〉を営み、厳選した煎茶や釜炒り茶、和紅茶などを販売しています。今や飲食店やペットボトルでも気軽に飲め、私たちにとっては馴染み深い日本茶。フローランさんの目から見ると、どんな可能性を秘めているのでしょうか。
(文:船橋麻貴/写真:嶋崎征弘)
フローラン・ヴェーグさん(Florent Weugue)
フランス出身。2005年に来日。日本茶に興味を持ち、2009年にフランス人初となる日本茶インストラクターの資格を取得する。老舗日本茶専門店〈丸山園本店〉にて、4年ほど販売に従事。2011年に日本茶・茶器専門通販サイト〈青鶴茶舗〉を立ち上げ、2018年に東京・谷中に日本茶専門店〈青鶴茶舗〉をオープン。全国から厳選したシングルオリジンの茶葉と作家ものの茶器を販売している。
未来の種①
日本では日本茶を飲む習慣があまりない
僕が来日したのは2005年、25歳の時。子供の頃から、日本のマンガやゲームなどのカルチャーが好きで、フランスの大学では日本美術史を専攻していて。もっと日本語を学びたいと思って留学することにしたんですが、その時は日本茶の道に進むとは思ってもいませんでした。
そんな僕をお茶の世界に導いたのは、百貨店の物産展でたまたま味わった日本茶。フランスにいる時から好きで飲んではいたんですが、この時に飲んだ日本茶は、おいしくて奥深くて。ここまで感動したのは初めてだったんです。
留学中はホストファミリーと一緒に生活していたというフローランさん。「カルチャーショックを受けることもなく、すぐに日本の生活に馴染めたような気がします」
それで家で淹れてみようと思っても急須がない。僕がお世話になったホストファミリーでは、コーヒーを飲むのが習慣だったんです。それは他の家庭や飲食店でも同じでした。日本ではおいしいコーヒーには簡単にありつけるのに、おいしい日本茶を飲めるところがあまりない。これは僕だけじゃなく、海外からの旅行者の多くが驚く点です。
日本茶をおいしく淹れたいと思ったのと同じく、日本茶の歴史や文化についても学んでみたくなったんです。いざ勉強し始めたら、もう大変。品種の多さや歴史の奥深さなどを知れば知るほど面白くて……。気づいたら日本に残ることになっていました(笑)。
未来の種②
ワインのように個性豊かな、シングルオリジンの茶葉
それからは他の仕事をしながらお茶の勉強をしていました。よく通っていた赤羽のお茶屋〈思月園〉の店主・故 高宇政光さんから日本茶インストラクターという資格があることを教えてもらい、2009年に取得。その後、老舗日本茶専門店〈丸山園本店〉で販売の仕事を始めました。
そこで目の当たりにしたのは、お茶の市場の深刻さ。当然そういう状況だということは教科書や文献で知ってはいました。だけど実際にお客様とお話しすると、日本茶に大きな魅力や価値があること自体が認知されていませんでした。
というのも、僕が日本茶を勉強していくなかで一番魅力に感じていたのは、日本には「シングルオリジン」という単一農園・単一品種のお茶があることだったからです。日本では食後に番茶のように煎茶をがぶがぶ飲む習慣が根付いていて、市場に出回るお茶は味を均一にするために、いろいろな農園や産地の茶葉をブレンドすることが一般的でした。一方、シングルオリジンの茶葉は、品種や産地によって個性がまったく違う。まるでワインのように多彩で奥深い。そういう価値に気づかないのはもったいないと思ったんです。
日本茶は嗜好性の高いもの。そういう価値観が広まり、個性豊かで多彩な魅力を一度知ってしまうと、僕のようにきっと抜け出せなくなる(笑)。実際に新しい品種は常に作られているので、シングルオリジンの可能性は無限です。僕は「どの茶葉が好き?」と尋ねられたら「まだ見ぬ茶葉」と答えるくらい、新しい茶葉に出会えることが楽しみで仕方ありません。
フローランさんが営む〈青鶴茶舗〉には、静岡、京都、宮崎、福岡、埼玉などの茶葉がズラり。商品カードには「ラズベリージャム」「ウエハース」などと、独特な表現が書かれている
未来の種③
海外から見た日本茶の価値
〈丸山園本店〉で働くのと同時に、日本茶の魅力をフランス語で紹介するブログを始めました。2000年代からフランスでは日本茶が普及していたのですが、フランス語で正しい情報が書かれているものが少なかったからです。
日本茶を発信してから1年半経った頃、30年以上日本に住んでいるフランス人から「お茶の販売を一緒にしませんか?」という連絡が届きました。それで彼と一緒に海外向けに日本茶や茶器を販売するネット通販をスタートしたところ、フランス語圏からの注文を多くいただくようになりました。
なぜこんなにもフランス人から日本茶が愛されているのか。その理由は、日本とフランスの親和性の高さにある気がします。今僕が営んでいる日本茶専門店〈青鶴茶舗〉がある谷中もそう。古い建物がたくさん残っていて、商店街も人も賑やか。本物の東京の雰囲気が味わえる場所として、フランス人観光客からは人気です。
それから、日本のカルチャーが大好きというのも1つあるかもしれません。フランス人はマンガやゲームはもちろん、日本の食にも惹かれているんです。とくに日本茶は、ワインやコーヒーに勝るくらい奥深くて面白い。もちろん、現地のフランス人も急須で淹れているし、マニアともなればおそらく僕たちよりも慎重に扱っているでしょう。ここまで日本茶に惹かれるのは、日本人ほど馴染みがなく、それなりの距離があるから。だから、フランス人をはじめ、外国人は日本茶に価値を見出しているのかもしれません。
〈青鶴茶舗〉では、急須の産地として知られる常滑焼のものを中心に、日本各地の作家や職人の茶器をラインアップ
未来の種④
嗜好品としての可能性の広がり
ペットボトルのお茶の浸透やサードウェーブコーヒーの登場によって、日本茶文化が減退したといわれることもありますが、僕はそうは思いません。そもそも番茶や安価なお茶をがぶがぶ飲む文化が根付いているため、ペットボトルは自然にその役割を当たすようになったので。ではなぜか。それは高度成長期に何でも売れていた時代に、高級なはずの煎茶などについてお茶屋からの説明が足りず、海外のお茶やコーヒーなどが嗜好品として普及したからではないかと思います。
問題なのは、茶葉の生産量が減ること自体ではなく、高品質で適正な価格で売れるお茶が増えないこと。例えば、山の傾斜や山間部で栽培される高品質な「山のお茶」は、後継者不足からこの先なくなってしまう可能性があります。
そういう貴重な日本茶を守るためにはどうしたらいいか。そう考えると、やはり嗜好品として、その価値を改めて国内で見出すことだと思います。高級なホテルやレストランのコース料理とペアリングさせたり、スペシャルな1品としてシングルオリジンの日本茶を楽しんでもらったりと、その魅力と価値をまずは知ってもらう。僕としては、フランス料理とペアリングする日本茶を考えてみたいですね。
こうして嗜好品としての価値を認めてもらえるようになったら、作り手も飲み手も守っていけるかもしれない。難しいことだとは思いますが、些細なことを積み上げていけたら、日本茶の可能性はさらに広がっていくと思います。
【編集後記】
この連載を始めるきっかけの1つは、住んでいる地域に外国人居住者の方が本当に多いからでした。もし自分が外国に住んだら、その国のスーパーにここまで馴染むだろうか?みんな日本をどう思っているのだろう?文化や暮らしについて、私たちが気づいていない目線や考え方をぜひ聞いてみたい、探ってみたいと思っていました。
フローランさんのお店〈青鶴茶舗〉は未来定番研究所のほど近く。手のひらサイズでどれも可愛い急須が楽しげに並んでいて、フローランさんによるユニークな茶葉の味わい説明に心ときめくお店です。こんな近くに日本を愛し楽しんでいる方がいらっしゃるとは! そして「お茶が嗜好品となる」という目線に、驚きと発見あふれる時間となりました。
(未来定番研究所 内野)
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Seeds of Japan’s future
第1回| シングルオリジンのお茶を嗜好品に。日本茶インストラクターのフローラン・ヴェーグさん。
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