わたしが通いたいお店。<全6回>
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2018.11.27
難波里奈さんと考える、純喫茶という「場」の未来。<全2回>
昭和の空気感を現代に受け継ぐ純喫茶。
趣ある空間や独特のメニュー、そこに集う人々の会話……。まるで時を止めたかのように懐かしい空気感を漂わすこの空間は今、時代の流れとともに過渡期を迎えています。平成もまもなく終わりを迎える今、昭和を代表する文化の行く末はどこにあるのでしょう。
今回は、純喫茶をめぐる紹介本やエッセイ集で有名な難波里奈さんをお招きし、純喫茶という場のこれまでとこれからをたどる連載。1回目の今回は、純喫茶という場の魅力や、直面している”今”について、難波さんとともに考えました。
(撮影:河内彩)
(撮影協力:コーヒー・ロン)
F.I.N.編集部
純喫茶にまつわる著書を多く上梓されている難波さんですが、まず純喫茶めぐりを始めたきっかけを教えてください。
難波さん
昭和の面影をまとう雑貨や家具など、古き良きものが昔から好きで、それらを自分の部屋に集めて思い描く空間を作っていた時期もありました。でも、部屋の収納には限界があり、せっかく素敵なものを購入しても飾るスペースが足りず、段ボールに詰めたままで放置してしまうこともあって。ちょうどその頃、純喫茶めぐりも行なっていたのですが、「日々、違うお店に通うことは、自分の部屋を着替えるような気分で楽しめる」という視点に気が付いて、個人経営ならではのこだわりのある面白さに夢中になりました。十数年前から始めて、足を運んだお店は、日本全国の約2,000店舗を数えます。
F.I.N.編集部
そして現在は、「東京喫茶店研究所二代目所長」を務めていらっしゃいますね。
難波さん
「東京喫茶店研究所」の初代所長は芸術家の沼田元氣さんです。私が純喫茶めぐりをするようになったのは、沼田さんの純喫茶にまつわる書籍のファンであったことも大きなきっかけです。純喫茶めぐりを始めた当時は、まだまだ喫煙するおじさまや近隣で暮らす常連さんたちの居場所というイメージが大きかったのですが、実際に足を運んでみると、若い女性たちも思わず「かわいい!」と声をあげてしまうようなインテリアやメニューにあふれた、フォトジェニックな空間なんです。その魅力に惹かれたことも理由のひとつで、今も夢中でいます。
F.I.N.編集部
純喫茶とカフェは、コーヒーを飲む場所という点では同じですが、違いはなんでしょうか。
難波さん
それは沼田さんとも何度かお話したのですが、私たちは、営業が始まってから40年50年と時間を重ねたのが「純喫茶」、平成に入ってから営業を開始したお店が「カフェ」と大きく分けています。厳密に言うと、食品営業許可を申請する際に、飲食店営業許可を取っている店が「カフェ」、喫茶店営業許可を取っている店が「喫茶店」と分類されるのですが、それよりもお店に入ったときに感じたニュアンスで、純喫茶なのかカフェなのかを自分の中で定義してしまっています。ただ、捉え方も人それぞれですし、あえて決める必要もないのではと思っています。
F.I.N.編集部
純喫茶の店舗数はかなり減少したと言われていますが、今でも残っているのはどんな街ですか?
難波さん
神保町や早稲田などの学生街、浅草や上野、日暮里などの下町には昔ながらの純喫茶が比較的残っている気がします。「純喫茶」という場所を求める人たちが今も多いことや、再開発の影響を受けず、むしろ昔ながらのイメージを大切にされている街であることなどがその理由かもしれません。
F.I.N.編集部
純喫茶が減少した理由は、やはり街の再開発が大きいのでしょうか。
難波さん
様々な問題が複合しているようです。例えば、昭和の時代に純喫茶を始められた店主の高齢化です。急な病気や怪我で閉店せざるを得なかったり、さらに後継者がいなかったりすること、さらに建物の老朽化もあります。改築の必要が出てきたけれど、店主が高齢で後継者もいない、今後あまり長くお店を続けないだろうと考えてしまうことで、閉店が選択肢に入ってくることもあるんです。
F.I.N.編集部
低価格なカフェやチェーン系コーヒーショップの出現もその理由のひとつでしょうか。
難波さん
たしかにそうですね。それに、コンビニエンスストアの100円コーヒーの中にも、おいしいものはあるとおっしゃる純喫茶通の方は多いですね。ただ、それぞれに利点があるので、TPOで利用するお店を使い分けられれば良いと思います。私が純喫茶を選ぶ理由は、珈琲を飲むこと以外に付加価値がたくさんあるということ。例えば、純喫茶ではセルフサービスではなくフルサービスを受けることができます。昭和の息吹を感じるインテリアは、まるで博物館のようでそれを眺めることができるのも貴重な体験です。店主やそのとき居合わせたお客さんとの会話や、お店に用意されている雑誌や新聞、流れてくる音楽を楽しむことができるのも魅力のひとつです。純喫茶の減少の要因として考えられるのは、スマートフォンの登場も影響していると思います。当時、待ち合わせの場所として多く利用されていた純喫茶の役目が減ってしまったり、そもそも外出する機会が減少したりと、スマートフォンによって廃れてしまった場所もあるのではないでしょうか。
F.I.N.編集部
一方で、SNSによって情報が拡散しやすくなったという利点もありますよね。
難波さん
特に、あまりメディアに登場しなかった地域の情報を得やすくなったのは、スマートフォンのプラスの側面ですね。雑誌やテレビなどのメディアで紹介されるのは、どうしても東京・大阪・名古屋などの大都市圏が多くなってしまいますが、地方の小さな街にも素敵なお店がたくさん残っています。ご近所のとっておきの場所を誰かがSNSで発信することによって、日本全国の純喫茶ファンも知ることができるわけです。私はひとりで活動しているので、毎日1軒は必ず純喫茶に足を運んでいても、範囲は限られてしまいます。全国の皆さんがハッシュタグ「純喫茶コレクション」をつけて投稿してくれると、知らなかったお店に行こうと思いますし、リツイートすることで皆さんがその街に足を運ぶきっかけになればと思っています。
F.I.N.編集部
純喫茶めぐりが、旅のきっかけになるわけですね。
難波さん
純喫茶と散策をセットで楽しむ方が多いですね。ですから、ガイドブックでは紹介されていないような素敵な路地や味わいのある観光地を楽しんで、SNSに発信する方も多くいらっしゃいます。
F.I.N.編集部
ということは、その街の人が単なる「近所の古い喫茶店」ではなく、純喫茶の価値に気づき発信することで、街の活性化につながることも?
難波さん
SNSで報告してくださる方は全員「東京喫茶店研究所」の所員だと思っています。ですので、全国の方々が自分の暮らす場所の魅力を発信することで街の活性化につながる可能性はあると思います。また店主の方も、SNSを見た若い人が訪れることで活気を取り戻して、お店を少しでも長く続けてくださることもあると思いますので、素敵なお店を訪れたら、どこに魅力を感じたのか、ぜひ感想を店主に伝えてほしいですね。
難波里奈/東京喫茶店研究所二代目所長
東京都生まれ。会社勤めを続けながら仕事帰りや休日を利用して多くの喫茶店に足を運んできた。これまでに訪れた喫茶店の数は、約2000軒にものぼる。ブログ「純喫茶コレクション」をはじめ、著書『純喫茶、あの味』 (イースト・プレス)、『純喫茶とあまいもの』(誠文堂新光社)などを通じて喫茶店の魅力を伝えている。そのほかテレビや雑誌などでも幅広く活躍中。
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勝ち負けの今
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