2019.05.17

木造住宅をかっこよくできるモクチンレシピって?

東京23区だけでも20万戸以上あると言われている「木造賃貸アパート」。戦後、大量に建てられた木賃アパートと呼ばれるこれらの建物は、老朽化、耐火・耐震的な脆弱性、空き家問題などさまざまな問題を抱え「負の遺産」と称されることもあります。しかし、これからの時代に必要とされる住まいは新築物件だけでなく、このような木賃アパートの特徴を再活用した物件でもあります。木賃アパートを改修するための方法を料理レシピのように公開し、建物の改修アイデアを共有することで、建築、不動産業界の問題解決を目指しているNPO法人モクチン企画代表の連勇太朗さんにお話を伺いました。

戦後の住宅難を克服するために、

木造アパートが急増した。

連さん:「木賃アパートは、日本の戦後の住まいを支えてきた重要な存在です。1960年代後半のデータを見ると東京23区内の住まいの37.38%が木賃アパートです。戦後の住宅難を克服するために、民間の地主が自分たちの土地に木造アパートを建てたことが背景にあります。そして経済成長に合わせて地方から都市部に来た若者や家族がを受け入れる住まいとして機能しました。こうしたアパートは国や都市が計画的に整備したものではないので、デザイン性も機能性も高くありません。また、防災面の課題も多い。ただ、単純にすべてを建て直してコンクリートにするのは簡単ですが、そこにはコミュニティも、これまでに育まれてきた文化もあります。木賃アパートに対してどのように向き合うかは、これからのまちや文化を考えていく際に重要なトピックなのです。」

汎用性のある建築改修アイデアを、

料理レシピのように公開する。

連さんが運営するWEBサイト「モクチンレシピ」では、木造賃貸アパートの改修案をレシピとして紹介しています。物件オーナーは改修案の図面をダウンロードして施工会社に渡すことで、いまの時代にあったリノベーションをすることができるのです。連さんが木賃アパートの改修を手がけることになったはじまりは学生プロジェクトでした。

 

「もともとはデザインやアイデアをいろんな人と共有して、建築物を作ることに興味がありました。これだけ情報化社会が進み、あらゆるものがリソース化されていくなか、建築もいろんな人と共同で作る時代がくると思っていたんです。そして2009年に「木造賃貸アパート再生ワークショップ」を立ち上げました。いろんな大学の学生を集めて、北沢の木賃アパートを、自分たちが住みたくなるようなアパートに改修したんです」。

北沢のプロジェクトは見事に成功を収めましたが、連さんの中には新たな課題が見つかりました。

 

「自分たちが手がけたアパートは良くなったのですが、周りに同じような木造アパートがたくさんあることに気づいたんです。それでは本当の意味での課題解決にはならないなと。基本的に木造アパートは畳割で、寸法や間取りのパターンが決まっています。そのため、あるアパートで使えるアイデアは、他のアパートでも使えます。汎用性のある改修アイデアを料理のレシピのように公開すれば、多くの木造アパートを住みやすく改修することができると考えたんです」。

その後モクチン企画は法人化。2019年4月の時点では、47案のレシピが公開されています。「すこしの予算とちょっとした工夫で、たくさんの魅力を」というコピーとともに、壁塗装、建具交換、ベンチ収納、照明などのアイデアが並んでいます。

 

「毎月1、2個ずつ新しいレシピを公開しています。仕様書、図面をダウンロードして、施工する人に渡せば改修ができる仕組みで、いくつかのレシピを組み合わせ使うことができます。また、公開したレシピも、現場や使った人からフィードバックをもらうことで改善するようにしています」。

家賃を下げることは、

自ら資産価値を下げる行為。

モクチン企画では、地域密着型の不動産管理会社との提携プログラム「モクチンパートナーズ」にも力を注いでいます。

 

「モクチンパートナーズは、レシピと合わせて大事な仕組みです。不動産管理会社は地域のどこに空き家や空室があって、そのオーナーがどういう人かを把握しています。アパートの改修を担当するのも管理会社なんですよね。つまり、不動産会社のデザインリテラシーが上がることは、住環境の質が上がることにつながるんです。現在24社のパートナー会社がいて、今後もさらに増えていく予定です。私たちは、レシピを提供するだけでなく、レシピを使いこなすためのコンサルティングやエリア・マネージメントを通じて、地域の価値を高める方法論を提供しています」。

 

不動産管理会社では、空室対策のために家賃を下げる方法をとることが多く、連さんは、その傾向に大きな疑問を持っているそうです。

 

「家賃を下げるということは、自分たちが持っている資産価値を自ら下げることなんです。それによって入居者が入ったとしても、理想的な価値を生み出していることにはならない。そのためモクチンレシピを使って改修することで、家賃の現状維持、あるいは10%アップなど、自分自身で価値を作りだしてもらうのがサービスの目的です」

 

改修のアイデアやノウハウを公開し、不動産管理会社にシェアすることで、より多くの木賃アパートが生まれ変わります。それによって地域がより魅力的になることを目指しているのがモクチンレシピです。

木賃アパートの新たな魅力は、

周囲との繋がりを育めること。

「戦後、木賃アパートというのは、一つの発明だったんですよ。当時、普通の住まいには土間や縁側がありました。それらは地域との関係やコミュニティをつくるための空間的な装置です。木賃アパートはそれらをすべてなくして、ワンルームの部屋を並べて廊下でつなげた都市型の住まい。それまでの住宅とは異なり、周りとの関係を断って地縁や血縁から自由に生きる自由を担保した住まいだったんです。しかし近年では、1Kマンションやタワーマンションなど、ますますプライベート性の高い住宅が作られています。それに比べると、木賃アパートは木造なので周りの音は聞こえますし、低層なので道路との距離も近い。当初は周りとの関係を断つ住まいでしたが、これだけプライバシーを重視する物件が増えてくると、相対的にみて周りとの関係を築きやすい存在になっていきます。その特性を活かしながら、空間の居心地をよくすることで、周囲との繋がりを育めるように転化できるんです。木賃アパートに住む楽しさは、町の雰囲気や近隣の人々の気配を感じられること。東日本大震災以降、人々がつながりを求める傾向が高いのは、顕著ですからね。そういう人たちに、このような住環境を提供していくことが重要だと思います」

 

レシピを使えば使うほど、

物件の課題が解決される。

photo:kentahasegawa

具体的な改修方法を見せていただきます。モクチンレシピのひとつ「くり抜き土間」です。

 

「木賃アパートは、共用廊下の幅が狭く、玄関ドアとの距離がとても近くなっています。そのためプライバシーを確保するために閉じた空間を作ってきました。部屋自体も狭いので、廊下に私物を置いてしまう傾向も高いですよね。「くりぬき土間」のアイデアは、玄関前に土間空間を作る提案です。廊下と玄関の間にスペースができるだけで、開放的な雰囲気になります。また、木賃アパートの廊下は、壁に無造作に電気設備やメーター類があって景観上あまりよろしくない。「くりぬき土間」では、それらを1箇所に集約できるので壁まわりを綺麗にする効果もあります。耐震補強にも配慮しています。一般的には壁を増やすのが鉄則ですが、壁を増やすと開口を潰すことになるので、室内が暗くなってしまいます。1箇所に大開口をとって他は耐震壁にすることで、耐震性と採光の良さの両方を実現できるんです。モクチンレシピは、木賃アパート特有の性能的な課題、生活上の課題、機能的な課題を解決するためにデザインしています。レシピを使えば使うほど、土地やアパートの問題が解決されていくのです」。

どのように暮らしたいか。

それぞれが考えていく時代。

土地の問題や課題を解決するためにアイデアを共有するモクチン企画。連さんは、今後の住宅事情、まちづくりはどのように変わっていくと考えているのでしょうか。

 

「平成の時代は大企業主導、人口が増えていく前提に合わせた社会制度が主流でした。しかし新しい時代を考えると、そういった産業構造や社会制度から転換していく時期だと思います。その時に器になる空間、住まい、町は非常に重要になってきます。これまではプライバシーやセキュリティを過度に重視した空間が重宝され、新築至上主義でした。歴史や文化を継承できずに、スクラップアンドビルドを繰り返してきました。これからは、人と人のつながりや、時間のつながりを育めるような住まいや町をつくっていくことが大事になると思っています。昔はある年代になったら、家を買うのがステータスでした。それはサラリーマンとして働く人々の成功のモチベーションになっていたんです。しかし、働き方にも多様性が出てくるなかで、その思考は徐々に薄れてきています。どういう風に暮らしたいか。誰と住みたいか、どんな町で暮らしたいか。自分の生き方をそれぞれが考えている時代になってきています。私たちは住まい、建築、空間の観点から、自由な生き方を後押しできればと考えています」。

 

生き方とともに暮らし方にも多様性が広がっていく時代。私たちの住まいも、選択肢がより増えていくことでしょう。ぬくもりや、人との繋がりを感じられる木賃アパートの良さを見直してみてはいかがでしょうか。

 

 

モクチン企画

https://www.mokuchin.jp

木造賃貸アパートを社会資源と捉え、再生のための様々なプロジェクトを実践しているNPO法人。2011年より「モクチンレシピ」という改修のためのデザインリソースをウェブ上で公開し、様々な主体に提供することで豊かな都市と生活環境の実現を目指している。

Profile

連勇太朗

建築家。NPO法人モクチン企画代表理事。横浜国立大学、慶應義塾大学SFC、法政大学で非常勤講師も務める。また、共同代表を務める株式会社@カマタが運営するクリエイター用のコワーキングスペース、シェア工房の「KOCA」が、蒲田に今年4月オープンした。共著に『モクチンメソッド;都市を変える木賃アパート改修戦略』(学芸出版社)。

編集後記

連さんの挑戦は、大変興味深いお話でした。

建築・住宅業界における課題を解決することがモクチンレシピの軸にあり、今あるものの価値、魅力を生かすために、アイデアを共有して広げていくことが必要だ、というお考えに共感しました。

 

木造賃貸の「周りの音が聞こえやすい」「道路との距離が近い」という一見するとネガティブに思える特徴も、他者の気配を感じられるコミュニケーションのプラットフォームという視点で捉えると、これからの時代における、街や人との繋がりを創出する場としての可能性を感じました。

 

「家を持つ」という価値観も多様化し、新築を購入するのも魅力的ですが、建物の歴史、過去にその建物を建てたり、使っていた人たちの物語をも共有できる「木賃アパートに住む」いうのも、素敵な選択だと感じました。
(未来定番研究所 出井)