もくじ

2018.12.03

難波里奈さんと考える、純喫茶という「場」の未来。<全2回>

第2回| これからの純喫茶が果たす役割とは?

昭和の空気感を現代に受け継ぐ純喫茶。

趣ある空間や独特のメニュー、そこに集う人々の会話……。まるで時を止めたかのように懐かしい空気感を漂わすこの空間は今、時代の流れとともに過渡期を迎えています。平成もまもなく終わりを迎える今、昭和を代表する文化の行く末はどこにあるのでしょう。

今回は、純喫茶をめぐる紹介本やエッセイ集で有名な難波里奈さんをお招きし、純喫茶という場のこれまでとこれからをたどる連載。2回目は、純喫茶が後世に伝えるもの、また未来における純喫茶の可能性を探ります。

(撮影:河内彩)

(撮影協力:コーヒー・ロン)

F.I.N.編集部

昭和56年には15万軒以上あった喫茶店は、平成28年には6万軒とその数は減少傾向です(*1)。前回は、店主の高齢化、高齢者不足や建物の老朽化が原因ではないかとお話しいただきました。今回は、改めて純喫茶が街の中で果たした役割と未来に伝えていくものについてお伺いします。

*1 全日本コーヒー協会 統計資料よりhttp://coffee.ajca.or.jp/data

難波さん

まず、役割についてですが、純喫茶が最も多かったと言われている昭和30、40年代は、街の「サロン」のように使われていたそうです。まだ一般家庭に冷暖房やカラーテレビが普及していなかった頃、純喫茶へ行けば快適な空間でテレビを観ることができました。そこには、馴染みの人たちが集まっているから、そのまま話に花が咲くこともあって、街全体の「リビング」のような場所だったのではないでしょうか。それから時は経ち、人と人との繋がりは以前より薄れたと言われることもありますが、何もかもがあまりに便利すぎる現在、そこから少し抜け出したい人たちの癒しの場所として、純喫茶の価値が再び見直されていると思います。

F.I.N.編集部

純喫茶にも若い客層が増えているんでしょうか。

難波さん

特に大都市圏では、以前よりも純喫茶でくつろぐ若い方の姿を多く見かけるようになりましたね。昔から続く手作りのメニューのあたたかさ、純喫茶にあるインテリアや照明のデザインの良さに気付かれたのだと思います。それに純喫茶の店主や常連のお客さんは皆さん気さくですし、居心地がいい。30代なら小さい頃に見かけた懐かしい景色でしょうし、20代なら初めて触れる新鮮味もありますしね。

F.I.N.編集部

昭和の時代からライフスタイルも変化した現在、純喫茶に期待される役割とは?

難波さん

かつて、仕事中や会社帰りなど、休憩したいときに立ち寄るのに純喫茶が利用されることが多くありましたが、今はその役割をコーヒーチェーンのお店や、イートインスペースのあるコンビニも担っています。仕事帰りにコンビニで100円のコーヒーを買って、イートインスペースで飲んで気持ちを切り替えることで十分なときもあると思います。でも、純喫茶には感動すら与えてくれる建築の魅力があるのです。例えば、螺旋階段や噴水、豪華なシャンデリアなど、シンプルな方が良しとされる現在の住宅にはないものが純喫茶には残っているので、「生ける昭和の博物館」のようだと思っています。一杯500円のコーヒーを頼むことで、素敵な椅子に座ったり、豪華なインテリアを楽しんだり、店主や常連のお客さんに話を聞いたり、様々な体験ができます。そして、自分が気に入ったお店には、誰かを連れて行きたくなりますよね。純喫茶はただ珈琲を味わうだけではなく、その時間をきっかけに会話が生まれる空間でもありますから、これからも人々が会話する場所のひとつとして残っていって欲しいと思っています。

F.I.N.編集部

その純喫茶が、現在、減少の一途を辿っています。文化的にも意味のある純喫茶を未来に残すために、できることはありますか?

難波さん

多くの店主にお話を伺いましたが、後継者問題や耐震補強の問題など、私たちにはどうにもならない問題ばかりであることも事実です。ただ、訪れた人がいかに素敵なお店だったかを店主に伝えたり、SNSで発信してたくさんの人にその存在を知ってもらったりすることで、少しでも長く営業していただくためのお手伝いはできるのではないでしょうか。それに、以前なら、気付かぬ間に取り壊されていた純喫茶も、最近ではどうにかして残そうと動いてくださる方が増えました。例えば、純喫茶としての営業が17時で終わった後に、店主の娘さんがバーとして営業したり、土日にはジャズのライブを開催したり。会社勤めをしていて昼間の営業時間には間に合わない人も、夜だったらその空間を味わうことができます。厳密に言うと「純喫茶」ではなくなってしまうのかもしれませんが、営業の形態を変えることでその建物を味わうことができるわけです。閉店を決めた純喫茶を新しい店主が居抜きで借りて、内装を最小限の変更にとどめて営業を続けたり、大手のコーヒーチェーンが純喫茶の価値に気付いて、閉店する純喫茶をそのまま買い取ったりということもあります。長い時間を重ねたことで生まれる独特の壁の色や、豪華な照明、螺旋階段などは、一度壊してしまったら、全く同じようには復元できませんから嬉しいことです。

F.I.N.編集部

新しく、イチから「純喫茶」を始める人もいるのでしょうか。

難波さん

昭和の香りのする喫茶店を始める若い方もいて、コレクションした古いものを飾り、好きだったお店の什器を引き継いだりして、古き良きものの思想を後世に伝えようとしていらっしゃいます。きっと、そのお店が30年、40年経った時には、きっと立派な純喫茶になるのでしょうね。

F.I.N.編集部

では、改めて純喫茶の魅力とはなんでしょうか。

難波さん

100人の店主がいたら100の異なるお店があるところです。今ではもう決して同じものを建てることができない贅を尽くした建築や職人技が光る装飾など、ただ珈琲を飲む場所としては眩暈がするほど豪華すぎる空間です。そして、店主の皆さんは、その空間をまるで自分の子供のように大切にしているので、必要以上に見返りを求めず、サービス精神にあふれていらっしゃいます。その結果、独自の進化を遂げ、画一的でないメニューや内装などが、初めて訪れた人たちをも魅了してしまうのだと思います。

F.I.N.編集部

最後に、おすすめの純喫茶の利用の仕方とは?

難波さん

朝でも昼でも夜でも、1人でも誰かと一緒でも。思い立った時にふらりと寄れるのが純喫茶の良いところです。珈琲一杯はだいたい500円。「生ける昭和の博物館」のような「あたたかいやり取りが残るもう一つのリビング」、あるいは「静かに読書できる図書館」、または「窓の外に流れる景色をただぼんやり眺める旅先の電車の中」として、その日の気分に合わせて服を着替えるように選んで、皆さんの一日のどこかに純喫茶で過ごす時間があることを願います。

Profile

難波里奈/東京喫茶店研究所二代目所長

東京都生まれ。会社勤めを続けながら仕事帰りや休日を利用して多くの喫茶店に足を運んできた。これまでに訪れた喫茶店の数は、約2000軒にものぼる。ブログ「純喫茶コレクション」をはじめ、著書『純喫茶、あの味』 (イースト・プレス)、『純喫茶とあまいもの』(誠文堂新光社)などを通じて喫茶店の魅力を伝えている。そのほかテレビや雑誌などでも幅広く活躍中。

編集後記

大手資本では出来ない愛くるしい純喫茶はオーナーの生き方そのものが表現されていることが魅力。時代によって役割は変わっているとのことですが、わたしたちの捉え方次第で見えなかった新たな価値が見えていくということは、全てのことに通じているように思います。

(未来定番研究所 安達)

難波里奈さんと考える、純喫茶という「場」の未来。<全2回>

第2回| これからの純喫茶が果たす役割とは?