2022.04.06

地域を誇る

草加市〈シェアアトリエつなぐば〉から学ぶ、地域コミュニティハブの未来。

埼玉は草加市の住宅街にある、リノベーションされた2階建てアパートが今回の舞台となる〈シェアアトリエつなぐば〉です。子連れで働けるアトリエやカフェなど、さまざまな機能をもつユニークな場作りをしている「つなぐば家守舎」代表の小嶋さんにお話を伺いながら、地域コミュニティにおける未来を探ります。

(文:對馬杏衣/写真:黒崎 健一)

育った街、住んでいる街を好きになってもらいたい。

「仕事につながる・母親とつながる・地域とつながる」がコンセプトの〈シェアアトリエつなぐば〉には、地域の人が利用できるカフェやシェアアトリエ、コワーキングスペース、美容室なども入居しています。このつなぐばを作るきっかけの1つに、小嶋さん自身が経験した仲間とのコミュニティ作りがあるといいます。

 

「一級建築士として働いていた設計事務所を独立し、事務所を借りたいと思っていた時に、知り合いが植木屋の跡地にカフェを開いていたので、僕もその一角を間借りすることになりました。

 

そこが少し駅から離れてた場所で、ご飯に行ったり、買い物をするには難しい立地だったので、もっと自分たちが欲しいものやコトが手に入るような暮らしができたらいいなと思いはじめました。それから周辺の空いている倉庫や空き家を見つけて、仲間たちと工房などを作ったりしていたら、だんだん村みたいになっていったんです。

 

それぞれ結婚したり、子供が生まれたりというタイミングだったこともあって、同じ敷地内に家族やパートナーが集まって働いたり生活することが当たり前になっていました。そこに遊びに来た人たちからは、”こういう場所が羨ましい”と言われることが多く、ここ以外でも仕事や子育てをシェアできるコミュニティを広げたいなと考え始めました」

「つなぐば家守舎」代表の小嶋直さん。つなぐばの2階に事務所を構えている。

ちょうどその頃、草加市が主催するリノベーションスクールに講師として参加することになった小嶋さん。空き家を題材にして事業提案するワークショップで、「つなぐば家守舎」を共同で立ち上げることとなる松村美乃里さんと出会います。

 

結婚後に草加市に移住したものの、ゆかりのない街に愛着が持てないまま暮らしていた松村さん。自分が地元である静岡のことが好きなように、子供にも育った場所を好きになって欲しいという思いがありました。

 

「当時松村さんは、草加市の女性創業スタートアップ事業『わたしたちの月3万円ビジネス』に参加していました。その中で、子連れで働ける場所を作りたいという思いが生まれてリノベーションスクールにも参加してきたタイミングで出会いました」

 

こうして場を作りたい村松さんと、地域コミュニティを運営したい小嶋さんの考えがマッチングし〈シェアアトリエつなぐば〉の原点となりました。

「つなぐば家守舎」の松村美乃里さん。デザイナーの仕事と子育てを両立する中で女性の働き方を模索し、つなぐばを設立を決意した。(写真提供)

ほしい暮らしは、自分たちで作る。

物件を探していた二人は、草加市役所を通じて、2階建てのアパートの取り壊しを考えていた大家さんと出会います。地元にあるものを活用したいという思いが伝わり、アパートをリノベーションし使わせてもらうことになったのです。

 

「DIO(Do it ourselves)=ほしい暮らしは私たちでつくる」をミッションに掲げ、近隣の人や興味を持ってくれ人たちを集めてアパートの工事をスタートさせ、2018年6月に無事オープンしました。

リノベーションし「子連れで働けるシェアアトリエ」として生まれ変わった築33年のアパート。

シェアアトリエを一緒に運営する「パートナー」を募集する際には、さまざまなライフスタイルに対応できるように複数の契約形態を用意しました。家事や子育てをしながら無理のない範囲で、自分の得意なことや趣味を仕事にしたいという人たちから多くの応募が集まります。

 

「たとえば、普段はパートで働かれている方が、月2回だけお弁当屋さんを開くことになったんです。やっていくうちにお弁当を作るのが好きというより、曲げわっぱに具材を詰めていくのが好きだということで、”お弁当に具を詰めるワークショップ”まではじめました。

 

あとは、いつも着物を着て抹茶を点てるワークショップをしているパートナーさんに、参加者の方から『娘の成人式の着付けをお願いしたい』という依頼があって、それなら2階にある美容室で髪もセットできるし、コワーキングスペースで仕事をしているパートナーさんでカメラマンがいるので、『つなぐば写真館をやろう!』ということになったり……。

 

それぞれ異業種の人たちが集まっているのでいろいろな可能性が生まれたり、違った形でものごとが繋がったりするのも面白いところだなと思います」

カフェや料理を提供したいパートナーが利用するキッチン型アトリエ。

2階のコワーキングスペースにはライターやカメラマンなど、さまざまな職業の人たちが利用している。

そんな「DIO」の精神は、子どもたちにも受け継がれ、「子ども会」が開催されるようになりました。月に1回、子どもたちがやりたい事を話し合って企画し、それを形にできるようにパートナーや親達もサポートします。

 

「これからは、与えられる仕事ばかりじゃなくて、どんどん新しい職業を作っていく時代になるんじゃないかと思うんです。だからこそ言われた事だけやるのではなくて、ここで働く大人たちをみて、将来自分でやりたいことを見つけるきっかけにもなるといいなと思います」

単なる地域イベントではなく、日常になることを。

より地域との関わりを広げるきっかけとなったのが、意外にも新型コロナウィルスによる影響でした。アトリエやカフェが営業できなくなってしまうと、パートナーは稼ぎが無くなってしまう。そこでテイクアウトでお弁当やお菓子を作らせて欲しいという声があがり、イベントで使用していた屋台を常設することになりました。

目の前にある八幡西公園の三本木。フェンスを撤去し、広々とした空間に。

「子供たちも休園や休校をしていたので、目の前の公園には日中たくさんの人がいました。つなぐばができて1年半が経った頃でしたが、近隣の人たちにはあまり知られてない状態だったので、テイクアウト屋台を通じて気づいてもらえることができました。

 

今までは子育てママたちがメインで利用する場になっていましたが、もっと地域の人たちにも『ここがあってよかった』と思ってもらえるようになりたいという気持ちが強くなって、月2回開催するマルシェ『つなぐ八市』を始めました」

 

過去にもイベントは開催したことがありましたが、遠くのエリアから出店者を呼んだり、お客さんも郊外からくるような大規模なものでした。『つなぐ八市』はもっと地域の人たちに貢献できるようにと、近隣のお店をメインに開催することに決めました。

 

「『つなぐ八市』をやってみて分かったのが、近隣のお店なのに意外と地元の人たちは知らなかったんです。出店者やお客さんが会話している姿をみた時に、地域の人たちはこういうものを求めていたんだなと気づきました」

 

そして、小嶋さんは『つなぐ八市』をあえてイベントではなく、日常にしたいといいます。

 

「特別性のあることをやると、コロナ禍の時のように何かあった時にできなくなってしまうことに気づいたんです。これからは地域の人たちにとって日常になることを軸にやっていきたいです」

『つなぐ八市』開催日は地元の人たちで賑わう。

はじまりは地域の人の声から。どの世代も集まれる場所にアップデート

継続的に地域コミュニティとして運営していく上で、子育て世代だけではなく、シニア世代などさまざまな年齢層にも関わりを持ってもらうことが課題の一つです。これからのつなぐばの在り方を聞いてみると、すでにワクワクするような取り組みが始まっていました。

 

「大家さんと話している中で、老後はデイサービスとか介護施設ではなく、自分たちで楽しい場所を作って、そこでできることをしたいし、それが地域おこしになるんじゃないかという思いを聞いたんです。

 

それまでは”介護”とか”福祉”と聞くとなんとなく重いテーマに感じていて、あまり考えていませんでした。でも改めて福祉ってなんだろうと思って調べてたら、『幸福』という意味だと書いてあったんです。それならつなぐばも同じようにみんなの幸せを考える場だなと思ったら、途端に気が楽になりました」

 

さらに小嶋さんは、高齢者の人たちがボランティアで終わってしまうのではなく、自分たちの知識を使ってお金を稼げる仕組みにしていきたいと考えています。すでにリノベーションを始めている新たなキッチンアトリエは、お惣菜などを作って地域の人たちに販売するようなイメージで設計しているそう。

 

「僕らは〈シェアアトリエつなぐば〉だけを作りたかったというよりは、この地域が楽しい街になったらいいなとか、どの世代も暮らしやすい街になったらいいなという考え方です。今後も周りの建物も活用しながら、より地域の価値が上がることに取り組んでいきたいと思います」

Profile

小嶋直

東京都練馬区出身。大学卒業後、建築設計室に入所。2012年に独立し埼玉県川口市にて建築事務所を構え、リノベーションなどを手がける。2018年に埼玉県草加市で「つなぐば家守舎」を設立し、子連れで働ける〈シェアアトリエつなぐば〉を運営。2022年には文庫室や新たなシェアキッチンをオープン予定。

【編集後記】

その建物は懐かしい2階建てアパートですが、地域の集会所でもあり、仕事場でもあり、学ぶ場、遊び場でもあり、つなぐばの数々の機能と役割の多さに驚きです。

小嶋さんの活動は、組織や個人では解決できない問題を、人々をつなげることで、無理なく楽しみながら、解決しているように感じました。

参加者たちの能力を発揮できる場を作り、皆が協力しあえる環境を作ると、想像できないほどの可能性のある、地域が誇れるコミュニティができることを学びました。

 

(未来定番研究所 窪)