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    木材の可能性を拡張させる|プロダクトデザイナー・熊野亘さん

2026.03.25

#1 木材の可能性を拡張させる|プロダクトデザイナー・熊野亘さん

新しい素材が誕生する、あるいは素材の新しい使い方が見つかる。すると暮らしを豊かにするものが生まれ、やがて未来の定番になっていく。「未来をつくる素材」は、素材に着目してものづくりをする目利きとの対話から未来を考える連載です。

 

長野県御代田町を拠点に、木と向き合い続けるプロダクトデザイナーの熊野亘さん。古くから日本の暮らしや文化に寄り添ってきた素材だからこそ、探究は尽きないと語ります。今回は、木の個性を見極めながらデザインを続ける熊野さんに、その魅力と未来の可能性についてお話を聞きました。

 

(文:宮原沙紀、写真:清水隆史)

Profile

熊野亘さん(くまの・わたる)

プロダクトデザイナー。2001年からフィンランドへ留学。帰国後、プロダクトデザイナーのジャスパー・モリソンの東京スタジオでアソシエイトデザイナーを務める。2011年に自身のデザインオフィス〈kumano〉を設立。木工デザインを中心に、インテリア、家具、プロダクトデザインやプロジェクトマネージメントを手掛けている。2021年から武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科教授として、木工の授業を担当する。

https://watarukumano.jp/

木材は、同じものが1つとして存在しない「背景のある素材」

F.I.N 編集部

軽井沢に近い御代田町は、自然豊かで静かな場所ですね。熊野さんがこの町を拠点にしたのは、なぜですか?

熊野さん

フィンランドでは木を中心に学び、家具づくりに取り組み、日本に戻ってからは照明や眼鏡、電子機器など、さまざまな素材を扱うインダストリアルデザインも経験しました。けれど独立を機に、再び木に立ち返ったんです。実際に自然のなかに身を置いて木に触れていたほうが説得力のあるものづくりができると考え、生活と仕事の拠点を探しはじめました。そして辿り着いたのが、周囲に森があり産地も工場も近い御代田町。2017年に移住しました。

F.I.N 編集部

木との向き合い方に変化はありましたか?

熊野さん

薪割りをするなど生活のなかで木に触れ続けることで、素材への理解が深まってきました。木そのものの良さをなるべく損なわずに形にするようになり、無理なデザインをしなくなってきましたね。

F.I.N 編集部

デザインの構想段階において、素材はどのタイミングで検討されるのでしょうか? 形が先か、それとも素材の特性から形を導き出すのでしょうか。

熊野さん

素材は機能を最適化するためのもの。最初から素材ありきでデザインを考えることはほとんどありません。

 

これは私がデザインしたナタで、従来、ナタの柄は木製が一般的ですが、焚き付け用の木を割る際に「手が痛い」と感じる人も多い。そこで柄にシリコンを採用し衝撃を和らげ、グリップ感を高めました。科学や素材の進歩も踏まえながら、今求められる新しい価値を提案するためにはどんな素材がふさわしいのかを吟味しています。

熊野さんが〈Nicetime Mountain〉と製作したオリジナルプロダクト「NMG 001 Nata」。ナタを現代の技術や素材を用いてアップデートした。

F.I.N 編集部

これまで数多くの木製プロダクトを手掛けてきたなかで、「木」という素材にはどのような魅力や可能性があると感じられていますか。

熊野さん

木の面白さは、同じものが1つとして存在しないこと。樹種ごとに固有の性質があり、「この形にはこの木が合う」と見極めていくプロセスにも魅力があります。木は大きく分けて針葉樹と広葉樹があり、針葉樹は成長が早く、繊維の間に空気を多く含むため軽く、触れた時の肌ざわりが優しい。一方、広葉樹は組織が緻密で硬く強度が高い分、細い形状にも耐えられますが、触感は冷たくなりやすい。それぞれの特性は、デザインにも大きく影響します。

F.I.N 編集部

素材としての特性に加えて、熊野さんが木を選び続けている理由はどんなところにありますか?

熊野さん

木は自然の素材だから、伐採され、製材され、工場に運ばれ、誰の手で形づくられていくのか、その工程がとてもクリア。植えた人の記録まで辿れることもあります。日本において木は単なる素材ではなく、文化そのものでもあるんです。世界を見渡しても、これほどまでに木工の技術が積み重ねられてきた国はほとんどありません。これから世界はますます均質化していくなかで、こうした違いこそが価値になっていくはずです。

岐阜県高山市の家具メーカー〈飛騨産業〉と制作した家具コレクション「kei」では国産のクリ材を使用。

F.I.N 編集部

どのような視点でプロダクトに合う木材を選んでいるのでしょうか。

熊野さん

どんなプロジェクトでも、最初に考えるのは機能や目的、そして使い心地。そのうえで素材を選ぶ。そうした視点を大切にしながら、リサーチを重ねてデザインしています。例えば、広島の〈マルニ木工〉のためにサウナをデザインした時は、使用する予定だった吉野ヒノキが本当にサウナに適しているのかを改めて調べました。フィンランドの友人にサウナで一番使われている木は何かを聞いたところ、アスペンという広葉樹だと教えてくれました。そこで比重を調べてみると、広葉樹のなかではアスペンは比重が低く、一方ヒノキは針葉樹のなかでは比重が高い。つまり、日本のヒノキとフィンランドのアスペンの数値がほぼ同じだったんです。予定通りヒノキを使用して完成しました。

〈マルニ木工〉のサウナ「kupu sauna(クプ サウナ)」

日本の森林の約50%を占める「針葉樹」をどう生かすか

F.I.N編集部

熊野さんが今、個人的に注目している素材とその理由を教えてください。

熊野さん

家具といえば傷つきにくい広葉樹というイメージが強いですよね。針葉樹の家具は、まだまだ一般的とはいえません。でも実は、日本の森林の約50%は針葉樹。かつて建材用として大規模な針葉樹の植林が行われ、その結果として杉だけ、ヒノキだけといった単一樹種の山が各地に広がっています。これは自然の姿としては不自然。手を入れずに放置すれば、やがて環境にも影響が出てしまいます。だからこそ私たちは、針葉樹でも家具は作れるという可能性を形にして示していきたいと思っています。

F.I.N.編集部

針葉樹は、家具の素材としてのポテンシャルを秘めているのでしょうか?

熊野さん

針葉樹は軽くて加工もしやすく家具に向いた素材です。その一方で強度には課題があります。例えばこの椅子。〈カリモク〉の「MAS」という、私たちが手掛けている針葉樹の家具シリーズです。一見すべてヒノキでできているように見えますが、実は構造的に負荷がかかる部分、隅木やフレームの一部にはブナなどの広葉樹を使っています。強度が必要なところは広葉樹で支え、外側や脚にはヒノキを使う。そうやって素材を適材適所で組み合わせています。

〈カリモク〉の「MAS」

F.I.N.編集部

素材を組み合わせることで、より機能性の高い家具ができるんですね。

熊野さん

日本でもトップクラスの家具メーカーの高い加工技術を生かしながら、これまで家具には使いにくいとされてきた針葉樹にも可能性を広げています。国産材をもっと循環させて使うことで、森も少しずつ自然に近い姿へ戻っていくと思います。これまでは、日本に豊富に木があるにもかかわらず、わざわざ海外から木材を輸入して家具を作ることが当たり前になっていました。でもそれは本当に健全なのか。家具業界全体でも、そんな疑問が共有され始めています。自然に恵まれたこの国で、足元にある資源をきちんと生かしながらものづくりをしていく。そのほうが、ずっと持続可能で、誠実な在り方だと思っています。

F.I.N.編集部

熊野さんの取り組んでいる事業に「透明木材」というものもありますね。

熊野さん

透明木材とは、〈資生堂みらい研究グループ〉が研究している素材です。木材を漂白して色を抜き、そこに樹脂を含浸させて繊維だけを残すことで、構造的にはほぼ樹脂に近い素材になります。ただ、家具やプロダクトにそのまま使えるレベルにはまだ届いてはいません。透明木材を題材にした授業のなかで、アイデアを出し合いプロトタイプを制作し、展示を行いました。素材としては未完成でも、「もし実現できたら何が生まれるのか」を可視化する。その可能性を提示すること自体が、このプロジェクトの大きな意味だったと思います。

透明木材のプロトタイプ

求む、木材の可能性を広げる「現代版にかわ」の開発者

F.I.N.編集部

技術の進歩で、木材のさまざまな可能性も生まれているんですね。ものづくりの現場に立つデザイナーとして、「こんな素材があればいいのに」と開発を期待しているマテリアルはありますか。

熊野さん

木という自然素材を使ったとしても、現在は接着剤のほとんどがケミカルなものです。かつては「にかわ」のような天然由来の接着材が使われていましたが、効率や強度を優先するなかで化学素材に置き換わっていきました。もし接着剤も自然に近い素材に戻せたら、端材も燃料として循環させられるようになります。科学の力でもう一度「現代版にかわ」のようなものが生まれたら、木の可能性はもっと広がるはずだと思っています。

F.I.N.編集部

今後、木で作ってみたいプロダクトはありますか?

熊野さん

屋外でも使える木材が、もっと無理なく実用化できたらいいと思うんです。例えば公園の遊具のように、外で長く使われるものに木が使えるようになってほしい。現状では、耐久性やメンテナンスの問題から、どうしても木は選択肢から外されがちですが、そこはまだ可能性があるはずだと思っています。もし実現できたら、子供たちにとってもいい環境になるし、景観の面でも大きな意味がある。そうした流れが生まれれば、日本の森の木をもっと活用できるようになります。とても頑丈な木もあるので、ガードレールだって木でできたら面白いですよね。木の可能性を広げることは、森との距離を縮めることでもある。そんな未来が少しずつカタチになっていけばいいなと思っています。

熊野さんのご自宅の外壁にはこの土地に家を建てる際に伐採したアカマツを使用

【編集後記】

熊野さんのアトリエがある森を歩き、木は確かに、馴染み深い風景そのもののような素材だなと感じました。あまりにも当たり前に、あまりにも多くのものに使われているからこそ、新しい活用や未来の姿について考えることには特有の難しさがあるのではないかと思います。

そんななかで、これからさらに際立ち、生かされていくべきだと感じたのはやはり「同じものが1つとして存在しない」という特徴です。1つたりとも同じではないということによって、1つのものをかけがえなく思う感覚、多様な表情を楽しむ姿勢、森を歩き回りたくなる衝動などと共に、これから何度でも新しい気持ちで木を知ることができるのかもしれません。

(未来定番研究所 渡邉)