地域を誇る
2022.04.27
地域を誇る
F.I.N編集部では、4月のテーマを「地域を誇る」と掲げ、さまざまな観点から地域の今と未来について考察します。今回は壮大な自然と人の営みが共生する徳島県那賀町木頭地区にある「未来コンビニ」に着目。2020年4月の誕生以来、買い物手段が乏しかったこの地域の人たちの暮らしを支え、人と人、人と地域を結ぶ場となっているといいます。どのように地域のつながりやコミュニティに寄与しているのでしょうか。「未来コンビニ」の店舗責任者の宮脇貴之さんの元を訪れます。
(文:船橋麻貴/撮影:米山典子)
買い物に行くのに車で1時間強。
地域の人の暮らしを支える「未来コンビニ」。
徳島市内から車で2時間超、高知市内から1時間半ほどかかる徳島県那賀町木頭地区。西日本で2番目に高い山「剣山」の南麓に位置し、公共の交通機関は1時間に1本バスがあるかないか。住人も1,000名ほどの「四国のチベット」とも呼ばれるこの地域に、2020年4月に誕生したのが「未来コンビニ」です。名前にも冠されるように“コンビニ”という機能を兼ね備えた場を設けたのは、地域の人たちの買い物環境改善のためだったと、店舗責任者の宮脇貴之さん。
「ここ木頭地区から最寄りのスーパーに行くには車で1時間半かかるし、コンビニまでは2時間くらいかかります。かつては移動販売や魚の行商が来ていましたが、最近ではその数がめっきりと減ってしまっていたんです。ここで暮らす方々には週に1度、市街地まで行って買い物をする習慣があるのですが、この地域の過半数以上は高齢者。だから、それもなかなか頻繁には難しいんですよね。そうした問題を解決し、地域の人が気軽に買い物ができる場として未来コンビニをオープンしました」
地域の人たちの買い物問題を解決するためとはいえ、ネットスーパーやオンラインショッピングなどが定着した昨今の状況の中で、実店舗の必要性はあるのでしょうか。
「やはりインターネットやスマートフォンを使い慣れていない高齢者の方が多いので、実際に店舗で購入したいという方が多くいらっしゃいます。それに、アイスやデザートなどがふと食べたくなっても往復3時間かけて、市街地まで買い物に行くなんてことはなかなかできません。都会で当たり前にすぐに手に入るものが、この地域ではそうはいかないんですよね。些細なことかもしれませんが、未来コンビニができたことで、そうした日常における小さな不便を解消できていると思います」
壮大な自然の中にふと現れた、ガラス張りの未来的な建築。一際目を引く黄色いY字の柱は、木頭地区が誇る木頭ゆずをイメージしています。この地域が誇る産業をお店の象徴として使ったのは、より地域の人に愛され、地域のシンボルのような場にしたいという思いから。
「標高が高く、朝と夜の寒暖差が激しい木頭地区は、ゆずの栽培が最適な地域。しかし、“桃栗3年、柿8年、柚子の大馬鹿18年”と言われるように、ゆずの栽培は18年もかかってしまうので、これまでは産業としては成り立っていませんでした。そうした中、木頭地区では、研究や技術革新を繰り返し、ゆずが実るまで3〜5年に短縮させることができたんです。地域の人たちの努力の結果、主力産業となったゆずをイメージしたデザインを取り入れることで、地域のみなさんが入りやすく、誇りに思っていただけるような空間づくりを行いました」
生鮮商品や生活雑貨のほか、木頭ゆずを使ったサイダーやスイーツ、ソープなどが並ぶ棚を見ていると、他店とは違ったある店づくりがされていることに気づきます。
「お子さんや高齢者の方が商品を取りやすいよう、見やすいようにと、何度もシミュレーションをして、棚の高さを他店のものより低めに作っています。私たち未来コンビニは都心のコンビニとは違って24時間365日営業しているわけではありませんが、こうした小さな工夫を凝らしながら、地域の人に近い存在でありたいと考えています」
“子供は未来から来た未来人”
だからこそ、子供が夢と未来を描ける場に。
「未来コンビニ」が目指すのは、買い物環境の改善、そしてもう一つ、木頭地区の未来を担う子供たちのための場所になること。少子高齢化が進む限界集落だからこそ、子供たちに「未来コンビニ」でたくさんの文化に触れて刺激を受けてほしい、そして未来の無限の可能性と選択肢に気づいてほしい、という願いを込めます。
「未来コンビニのコンセプトの背景に、“子供は未来から来た未来人”というものがあります。この先の未来を作っていくのは、この地域で育った子供たち。だからこそ未来コンビニは、子供たちが自然と集まり、夢と未来を描いて行けるような場でなければなりませんね」
子供たちの未来を担う場として地域に根を張っていく中、宮脇さんはある出来事が印象に残っているそう。
「今年のお正月、子供たちがお年玉を握りしめて未来コンビニに来てくれたんです。普通の地域だとありふれた光景かもしれませんが、そのお年玉で一生懸命、駄菓子を選んでいる姿が心に残っています。
未来コンビニはなかなか子供だけでは来づらい場所にありますが、もっと利用しやすい環境づくりを行って、将来、子供たちが大人になった時に、未来コンビニがあってよかった、と思い出せるような場所になっていきたいです。
また、コロナ禍でのオープンとなってしまったのでイベントはそんなにできていませんが、木頭地区の歴史や文化を伝えたり、店内でディスプレイしているポップの書き方を教えたり、昔懐かしい駄菓子のポン菓子を提供したりと、子供たちが楽しめる場となって未来につなげていけたらと思っています」
他店には真似できないアナログな手法で
地域の人の暮らしに寄与していく。
食料品や生活雑貨を求めに来たり、カフェスペースで談笑したり。コロナ禍で地域の人との交流がはかりにくい状況とはいえ、お店には地域の人がひっきりなしに訪れます。オープンから2年ほど経った今、「未来コンビニ」はすでに地域の人にとってはなくてはならない存在になっているよう。
「私たちがいきなり『買い物ができる施設を作りました!』『木頭地区の未来のために、街を変えていくぞ』という姿勢から入っていたら、地域のみなさんにすぐには受け入れてもらえなかったと思います。私たちが大切にすべきは、地域のみなさんと一緒に歩んでいくこと。商品のセレクトもそう。惣菜やお弁当といったコンビニに欠かせないものより、調味料や豆腐や牛乳、スイーツといった商品が求められるなら、その声にきちんと答えていきます。手法は極めてアナログかもしれませんが、この地域で愛され、持続可能なお店にしていくには、他のスーパーやコンビニができないような取り組みに、一つひとつ丁寧に向き合っていく必要があると思っています」
こうして地域の人に向き合い、寄り添う「未来コンビニ」。ここ最近は、県外の人も訪れるように。
「たくさんのデザインアワード受賞がきっかけでメディアへの露出も増えたこともあって、週末は県内外の方にもお越しいただくようになりました。未来コンビニにはない商品をお求めの方には取り扱いしている別の商店を案内したりと、最近では道の駅的な役割も担いつつあります。地域の人にとっても観光客にとっても必要とされる場所という少し難しい立ち位置かもしれませんが、外の人たちと地域の人たちが楽しく交流できるような、地域コミュニティの場になっていけたら」
さらにこの春、「未来コンビニ」に加え、同じ木頭地区では短中期滞在用のゲストハウス、地元の人が楽しく健康に体を動かすためのキックボクシングジムのオープンも控え、さらなる活性化が進んでいきます。
「未来コンビニのほかにも新たな事業が始まることで、新しい雇用が生まれ、移住者も増えています。こうして地域が中から元気になることで、より地域に誇りを持ってもらえると思います。私たちとしては積極的に地域の人との接点を作りながら、この先も一緒に未来に向かって歩んでいきたいですね」
限界集落に誕生した「未来コンビニ」での挑戦的な取り組み。木頭地区のシンボルとして、そして地域の誇りとして、地域の人から観光客にまでこの先も愛されていくに違いありません。
■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント
・コンビニながら画一的でなく、地域の人ファーストの店舗設計や品揃え、接客をさまざまに工夫しながら実践している。
・便利に買い物ができるという実用性だけでなく、子どもたちが地域の歴史や文化に触れられるコミュニティ機能も備えている。
・新たな試みに取り組む際、ゲリラ的にそれを投下するのではなく、そこで暮らす人たちとともに考え、育んでいく姿勢を持っている。
未来コンビニ
住所:徳島県那賀郡那賀町木頭北川いも志屋敷11-1
TEL:0884-69-2620
営業時間:8:00〜19:00
定休日:木曜 ※2022年5月11日(水)より水曜に変更
【編集後記】
宮脇さんの、「地域の人々とともに歩んでいきたい」という力強い言葉がとても印象的です。取材を通して、買い物に訪れるお年寄りから地域の文化に触れる子どもたちまで、幅広い世代が未来コンビニに”たむろする”光景が目に浮かんでくるようでした。木頭地区だからこそできるこのお店づくりは、まさにそこで暮らす人々にとっての誇りになっていくように思います。
(未来定番研究所 中島)