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サステナブルシーフードを知っていますか?

tasobiの堀田幸作さんが「5年後にはカルチャーにしたい」と熱く語る「サステナブルシーフード」。では、それは一体どんなものなのか、本当にカルチャーになりうるのか。サステナブルシーフードを広める活動に取り組む人たちにお話を伺い、食の未来を紐解いていきます。

(イラスト:椿原 正洋)

魚好き。だけど魚に疎い国。

マグロやウナギが食べられなくなる。近年、日本の食文化を脅かすニュースが入ってくるようになってきてはいますが、寿司屋に行ってもマグロは廻り続けているし、丑の日には多くの人がウナギを食べる。初めて会った時、堀田さんは苦い顔でこう語りました。

「サステナブルシーフードは、世界では欧米を中心に浸透してきています。でも、日本では圧倒的に遅れているんです」

サステナブルシーフードとは、将来も今と変わらずに魚を食べ続けられるよう、魚獲量や環境を配慮した、適切な方法で獲られた魚介類のこと。

今、世界の海で何が起こっているか。それを知るために、海洋管理協議会「MSC(Marine Stewardship Council)」の広報・牧野倫子さんにお話を伺いました。MSCは、持続可能な漁業を認証する「エコラベル認証制度」を運営している機関です。

始まりは、イギリスの国民食。

———サステナブルシーフードという考えが生まれた背景を教えてください。

90年代初めに、イギリスで「魚がいなくなる」という危機意識が起こったことが始まりです。イギリスの魚といえば、国民食である「フィッシュ&チップス」で使うタラ。カナダの東側で獲っていたタラが、激減というか、ほぼいなくなってしまうくらいの量になってしまったんです。

———世の中の反応はどうでしたか?

国民食の主原料がないという現状を知って、パニックになりました。そんな危機意識の中で、環境保全団体であるWWFと油脂業の大手であるユニリーバが協力し、97年にロンドンで発足したのがMSCです。ユニリーバは、ヨーロッパでは冷凍食品のフライを展開していたので、タラがなくなることで、消費者同様、企業としても「これではいけない」と危機感を持ったわけですね。

イギリスは、魚を数種しか食べない。

———日本では、まだそうしたパニック状態にはなっていないですね。

イギリスでは食べる魚の種類が少ないという背景もあるかもしれません。数魚種でイギリスの水産市場の6割を占めてしまうので。1魚種でも主要な魚が食べられなくなるというのはかなりのインパクトになるんですね。ドイツにいたっては、7割以上が3魚種で占められています。ですので、MSC認証が広まったのも、最初の頃は北欧やイギリス、ドイツでした。南欧に関してはやっと最近です。

———北欧と南欧では、なぜ差があるのでしょうか。

北欧はもともと地球環境への意識が高いというのもありますが、スペインやイタリアといった南欧は、食べる魚の種類が多いからというのもあると思います。日本もそうですよね。

日本は、「オーガニック」「安心」止まり。

———サステナブルシーフードが日本で広まらない理由のひとつもそこにあるのでしょうか。

例えばウナギには「丑の日」といった記念日がありますよね。そのくらいポピュラーな魚でない限り、市場から消えるというのが認識されづらいんでしょうね。1種や2種くらい消えても、代替はいくらでもあるのだと、どこかで思っているふしがあるのかもしれません。それと、もともとヨーロッパでは、エコラベルが付いているものを選ぶ習慣がありました。魚だけではなく、肉や小麦、コーヒー豆など。日本人は、その意識がまだ薄いですよね。オーガニックであるとか、遺伝子組換えではないとか、成分は見るんですが。資源量という観点はないですよね。

———確かに。そうした意識を変えるために、MSCのような組織があったり、認証ラベルがあったりするのですね。

はい。持続可能な漁業を支援しようという団体は他にもあり、MSCのような認証団体はそのひとつです。「これはサステナブルシーフードです」というのは誰でも言うことはできるので、第三者としてそれを証明するための手段がないといけません。それがエコラベル制度です。私たちの最終的なミッションは、究極的にはエコラベルを付けなくていい世界をつくることなので、各機関と一緒にに共通のゴールを目指して頑張っていきたいと思っています。

 
 
一歩先を行く、世界のサステナブルごはん。

ヨーロッパを中心に、サステナブルシーフードが消費者の購買意識にも浸透していくにつれ、その魚を使った料理を提供する飲食店や施設も増えているそうです。ここでは世界のサステナブルごはん事情を紹介します。

マクドナルドのフィレオフィッシュ

現在、イギリスをはじめとするヨーロッパや、アメリカ、ブラジル、カナダなど、世界約40カ国のマクドナルドで提供しているフィレオフィッシュには、MSCエコラベルの認証を受けたスケトウダラが使用されています。きっかけは、2011年のロンドンオリンピック。ゴールドスポンサーであったマクドナルドは、選手村で、認証マークの付いたフィレオフィッシュとフィッシュ&チップスを提供しました。これを皮切りに、2013年にはアメリカのマクドナルドでも採用し、徐々に世界の店舗へと広がっていきました。ただ残念ながら、日本のマクドナルドでは、まだMSC認証を取った白身魚は提供されていません。

社食・学食・機内食

近年、企業の社食や大学の学食、さらには刑務所で支給している食事にも、サステナブルシーフードが採用され始めています。サステナブルシーフードの認知を広めたロンドンオリンピックをきっかけに、イギリスでは航空会社の機内食や、ロンドンにある企業の社食などでも、一部の魚を切り替えるようになりました。その波はアメリカにも押し寄せています。例えば、インディアナ州のノートルダム大学の学食では、メニュー名の横にMSCエコラベルが付いている料理があります。他にも、シリコンバレーにあるIT企業の社食でもサステナブルシーフードを使った料理が提供されていますが、ここの食堂ではラベルは見当たりません。環境に配慮した食事を摂ることは当然との意識からだそうです。

ペットフード

魚を食べるのは、何も人間だけではありません。日本人と同じように、魚が大好きなあの猫たちも、サステナブルシーフードを食べています。アメリカン・ツナ社と、アメリカの小売り大手であるホールフーズ・マーケット社は、2014年に、MSC認証を得たサステナブルシーフードを使ったペットフードを共同開発しました。使用している魚は、アメリカで漁獲されたビンナマグロ、インド洋から供給されるカツオやキハダマグロ。このペットフードでも、MSC認証を取った他のサステナブルシーフード同様に、漁獲した船や船長にまで遡ることのできるトレーサビリティが徹底されています。

サステナブル寿司

アメリカでも根付き始めた寿司文化は、新たな兆候を見せています。絶滅危惧種に指定された魚や環境負荷の高い漁業で獲られた魚を使わない「サステナブル寿司」の登場です。店頭などで、そのことを謳った看板を打ち出すことで、環境への意識が高い人を呼び寄せるプロモーションとしても機能させています。きっかけは、モントレーベイ水族館が始めた「シーフードウォッチ」という、魚介類の持続可能度合いを格付けした試み。資源量や漁獲方法などをもとに、魚種を緑、黄、赤の3色で区分けしたカードを配布しているのです。このカードの情報をもとに、取り扱う魚介類の見直しをしている飲食店が増えており、テーブルの上の見える位置にカードを置いている店もあります。

 
 
日本でも芽生え出した
サステナブルシーフード。

少しずつではありますが、日本の企業や飲食店も、サステナブルシーフードに対して意識を持ち始めています。どのような思いで料理を提供し始めたのかを伺いました。

MSC認証レストラン〈BLUE〉

日本初の個人経営でのMSC認証レストランとして、2017年の5月に千歳烏山にオープンしたシーフードレストラン〈BLUE〉。「地元である福井県の海でも海洋資源が減っていることを知って何か貢献したいと思い、サステナブルシーフードを使って飲食店を始めることにしたんです」と話すのは、オーナーの松井大輔さん。現在、MSC認証を取得しているメニューは8品。特にデンマーク産の甘エビを使ったバッファローシュリンプは、お酒を楽しむお客さんに人気なのだそう。「漁業を消費行動から変えていきたいんです。責任感を持って、お客さんにサステナブルシーフードについてお伝えすることを心がけています」。取り扱う魚種の拡大も現在検討中とのことで、今後の新メニューにも期待です。

BLUE

東京都世田谷区北烏山9-2-4

TEL:03-5969-8558

営業時間:18:00-24:00

定休日:月曜日

もの凄い鯖を、さらに凄く。〈Gris〉

フレンチレストラン〈Gris〉で毎月のコース料理の一品に使うのは、ノルウェー産のサステナブルな鯖で作られた干物「もの凄い鯖」です。「紹介してくれた堀田さんや、生産者である〈越田商店〉さんの思いを一皿で最大限に表現したいと思っています」とシェフの鳥羽周作さんは語ります。「もの凄い鯖」は、他店の料理人たちにも話題となりました。鳥羽さんが目指すサステナビリティは食材だけにとどまりません。「“きつい”イメージが強い飲食業界で、人材もサステナブルにしたいんです。例えば、もっとストリートとコラボして、格好良くなってもいい。憧れを抱かれる職業にしたいんです」。頼もしい料理人の存在が、サステナブルシーフードを少しずつカルチャーに近づけていました。

Gris

東京都渋谷区上原1-35-3 第一上原堂ビル1F

TEL:03-6804-7607

営業時間:12:00〜13:30(L.O.)※土、日、祝日のみ/18:00〜21:00(L.O.)

定休日:水曜日

 
 
堀田さんと考える、
サステナブルシーフードの明日。

サステナブルシーフードを知るきっかけをくれた堀田さんと、今一度、日本の魚食文化の未来について考えました。ちなみにこの日、取材場所として協力いただいた〈DAIKANYAMA Bird〉は、「もの凄い鯖」を初めてメニューに取り入れた飲食店。まさに、サステナブルシーフードのカルチャーを語るにふさわしい場所でのインタビューです。

魚は見えないから、分かりづらい。

———サステナブルシーフードが日本では“カルチャー”になりにくい理由はなぜだと思いますか?

昔、ロハスって言葉が流行りましたよね。だけど、残念ながら文化として定着しませんでした。それと近いのかなと。理屈っぽいものって、理解はできるけど心は動かないとういか、日本人にはあまり定着しないような気がします。昔、働いていたマクロビのカフェの、カリフォルニアにある本店で、研修したことがあるんです。すごく流行って、40席しかない店なのに、1日100万円以上売り上げていたと思います。欧米はマクロビみたいな考え方を受け入れる文化もあるし、アウトプットの仕方も真面目過ぎないんですよね。受け入れる側も、「今日はお肉を食べるけど、明日はマクロビで」みたいな感じで気負いがない。それに対してチャラいっていう空気も別になく、「そういう考え方もあるよね」というバランス感覚がある。でも、日本だとなぜか「偽善だ」みたいな空気になる。なんというか、文化的なものほどマイノリティになってしまう感じがあると思います。

———食に関する意識については、MSCの牧野さんも言っていました。体にいいか、安心か、までは意識がいくのだけれど、食べ物がなくなることまでは意識が及ばない、と。米がなくなるとしたら、危機感もまた違うのでしょうね 。

そうですね。一つひとつの選択が未来にどれくらい影響するかという情報が、一人ひとりに届いていないんだと思います。そもそも魚や漁業のことを知る機会ってないんですよね。「まき網」って何だろうとか、「底引き網」って何だろうとか。

———魚って、日本人の中で、距離的にも感覚的にも遠いところにあるのかもしれません。

そうですね。例えば、お米は田んぼで見られますね。この時期に苗を植えるんだとか。水を入れるんだとか。でも海だと、漁師さんが船を出す瞬間と、戻ってきた瞬間しか見られない。だから、分からなすぎですよね。海の中もまた見えないから。魚がいるのかいないのかも分からない。自宅で魚をさばく、ということも減ってきていますからね。

———昔はお歳暮に「塩引き鮭」をまるまる1本贈ることが多かったですが、今は贈られた方が困るからと言って、売れなくなっているそうです。

本当ですか!?減塩とか、核家族化とかも影響しているんでしょうね。それとはまた別の話ですが、魚って、上手くさばかなきゃとか、どうやって火入れしたらいいんだろうとか、すごい深刻に考えるじゃないですか。でも、家はレストランじゃないですから、もっと適当でいいじゃんって思うんですけどね。三枚おろしが上手くいかなくて中落ちいっぱい付いちゃったとしても、無駄になるわけじゃない。こそいで食べてもいいし、煮物やお吸い物にしてもいいし。

日本は、今、「腹痛」なのかも。

———日本人は魚を知らない、となると、やはり教育も関わってくるのでしょうか。

僕は「教育」という言葉自体に疑問を持っています。英語のeducationという意味には「引き出す」という意味もあるらしいんです。「教えて育てる」という日本語はそこが完全に抜けてますし、なんだか上から目線ですよね。

———言われてみれば……。相手から何かを引き出しながら、育てるということですかね。

友達が、デンマークのスーパーに行ったら、女の子がお母さんに「こっちのトマトの方が安いからいいよね」って話しかけたらしいんです。するとお母さんは、「ちょっと待って。良いかどうかは値段だけじゃないよ」と言って、「100円安いということは、育てる人、運ぶ人、売る人、それぞれに落ちるお金が小さくなるよね。うちの経済力を考えた上でバランスを見て、良いか悪いかを判断すべきなんじゃない?」って教えながら買い物をしていたらしいんですよ。「すごいな!この国」みたいな。よく見る光景らしいですよ。余裕がありますよね。

———豊かですね。何がその差を生んでいるのでしょうか?

「余裕」だと思います。あちらは税金が高いじゃないですか。その分、医療費も学費もかからない。老後も安心で、だから余裕があるんでしょうね。「将来のためにいっぱい貯めとかないと」、というのがない。余裕があって、初めて人は優しさを発揮できるんです。例えば、おばあちゃんが道に迷って困っていたとします。普段なら助けられるんだけれど、その時、人生で最悪の腹痛に襲われていたら、自分の全神経はお尻にあるんですよ。ちょっとでも意識を逸らした瞬間に……となりかねないから、優しさを持っているけど「余裕」がないから発揮できないんです。一方、デンマークのスーパーでは、お母さんは「夕飯の支度があるんだから、もう!」とならずに、1個1個ちゃんと向き合ってあげる。そういう余裕が大事なんでしょうね。

———今の日本に欠けているものは「余裕」、そして「優しさ」だと。

僕らが「皆さん、サステナブルシーフードを知ってくださいよ」と叫んでも、「もっと他に忙しいことがあるから」となっちゃうんですよね。なので、メッセージを難しくしすぎず、みんなが考えるきっかけになるような、楽しい伝え方を模索しているところなんです。

「おいしそう」を、掛け合わせたい。

———みんなに受け入れてもらいやすい、楽しい伝え方。何か考えていることはありますか?

まだ構想中なのですが、ひとつ言えるのは、日本人って、理詰めでいくより、情感に訴えかけた方が文化として定着するのではないかと。これ、ロハスとかが広まらなかったってことを、僕なりに解釈してみての持論ですが。サステナブルから「いいことそう」というのは連想できるけれど、そこに例えば「おいしそう」といったようなポジティブなイメージも必要じゃないかと思うんです。

———確かにそうですね。おいしさを入り口として、サステナブルシーフードに興味を持ってもらうという流れもあり得ますね。

はい。もちろん、エコラベルのようなものもすごく大切ですが、日本人はまだそれだけじゃ買わないんですよね。エコラベル=おいしさ、ではないので。だから僕らがやりたいのは、お客さんとしてはおいしさを追い求めてもらって、そこから「実はサステナブルらしいよ」って、深堀りしたい人はしてもらう、みたいな。若手シェフたちに料理を作ってもらったり、レシピを考案してもらったりということも考えています。忙しすぎる日本では、そのくらいカジュアルに分かりやすくしていかないと広がらない気がするんですよね。世の中をポジティブに巻き込んで、魚食文化の意識を楽しく変えていく、そんなプロジェクトを始めたいと思っています。

———カルチャー化するための新たな試み、楽しみです。飲食店や漁業の現場では、サステナブルシーフードへの意識の変化は感じられますか?

僕の周りにいる仲の良いシェフたちがサステナブルシーフードという言葉を普通に使うようになってきています。それはすごく大きいなと思いますね。こうやって徐々に広がって、大きな企業の意識も変わっていくといいですね。やっぱりそこが動かないと、マイノリティで終わっちゃうんです。サステナブルシーフードってどこで買えるの?ってなった時に、近場で買えるという市民権がないと、カルチャーとして定着したことになりませんからね。企業の動きにも、期待しています。

(取材協力: 海洋管理協議会、シーフードレガシー、DAIKANYAMA Bird)