2019.06.19

旅も生活も快適に。東急電鉄が目指すMaaSの未来。

「MaaS=Mobility as a service」は、ICT(通信情報技術)を活用して、あらゆる交通手段をシームレスにつなぐ新たな移動の概念として注目されています。Maas先進国であるフィンランドでは、2016年から首都のヘルシンキでMaaSのプラットフォーム「Whim」を導入。電車、バス、タクシー、レンタカー、シティバイクなどの移動手段を組み合わせた最短ルートを検索でき、クレジットカードで決済が可能です。また、月額定額制で公共交通機関が乗り放題のプランや、様々な移動手段が乗り放題のプランなどもあり、ユーザーは個々のニーズにあわせて選択することができます。アメリカや中国でもMaaSの取り組みが進むなか、日本でも注目サービスの実証実験が行われています。東急電鉄で「観光型MaaS」と「郊外型MaaS」のプロジェクトを担当している長束晃一さんにお話を伺いました。

 

写真提供:東京急行電鉄株式会社

駅から観光地までの、

二次交通を強化したかった。

4月から伊豆エリアで始まったのが「観光型MaaS」の実証実験。東急電鉄とJR東日本が中心となり、伊豆急行、伊豆箱根鉄道、伊豆箱根バス、東海自動車など地域の主要な交通事業者が参加。ドイツ、ダイムラーの子会社ムーベルと開発したアプリ「Izuko」を使うことで、既存の鉄道とバスに加えて、オンデマンド交通、レンタカー、レンタサイクル、さらには観光施設や宿泊施設の検索、予約、決済できるサービスを目指しています。

 

長束「東急グループは60年近く伊豆急行を運行するとともに、伊豆の不動産開発や観光振興にも携わってきました。海水浴で賑わっていた1970年代と比べると観光客が減少しているものの、最近はインバウンド需要もあり、これから増加することが予想されています。伊豆観光では自家用車を利用する人が多いのですが、最近は電車で訪れる方も増えています。しかし駅から観光地までの二次交通が弱く、不便さが課題になっていました。IT技術が進歩してナビタイムや駅すぱあとなどの交通ルート検索は一般化しましたが、旅の目的と交通がセットになっているサービスは実はまだ存在していない。「Izuko」が目指すのは、まさにそのポジションです。電車やバス、オンデマンドタクシー、レンタサイクルなどを組み合わせることで、より楽しい体験、より価値のある旅を提供できればと考えています」

 

 

ダウンロード数2万件を達成!

Izuko」アプリが旅を快適にする。

実証実験はJR東日本が開催する「静岡デスティネーションキャンペーン」に合わせて開始されました。利用者にとって嬉しいのは、2日間有効のデジタルフリーパスが用意されていること。東伊豆で使える「Izukoイースト」(3700円)と中伊豆と東伊豆を包括する「Izukoワイド」(4300円)があり、鉄道やバスを乗り放題(一部の交通は一方向のみ乗り降り自由)で利用できます。また、「Izuko」のアプリを使えば、下田海中水族館や伊豆シャボテン公園など、観光施設の入場券を割引価格で事前購入できるのも魅力です。

 

長束「実証実験は4月から6月までの第一フェーズ、9月から11月までの第二フェーズに分けて実施します。11月までにアプリダウンロード数2万件の目標を掲げていたのですが、おかげさまで5月末には2万件を超え、好調なスタートをきることができました。特にフリーパスはアプリを見せるだけで複数の交通機関を利用できるので便利だという声をいただいています。台湾の人々に向けたPRキャンペーンも行っていて好評ですね。ただし、アプリの完成度はまだ大いに改善の余地があると感じています。現状は交通機関の検索・予約と観光施設の入場券購入が可能ですが、第二フェーズでは、交通機関と観光施設、宿泊施設を旅のプランとしてつなげて販売していきたいですね。また、アプリの操作性についても改良していきたいと考えています」

伊豆のすべての交通機関が参加。

MaaS実現の鍵は、事業者との協働。

MaaSの構築には様々な事業者が関わるため、ローンチするまでにある程度の期間が必要です。昨年9月にデンマークのITS世界会議で発表してから8ヶ月という短期間で実証実験が実現したことを考えると、その背景には並並ならぬ苦労があったのではないでしょうか。

 

長束「MaaSを作るにあたって、アプリ自体を作る工程は、実は全体の1割ぐらいの比重でしかありません。たとえルート検索システムが完成しても、そこに参加しない交通機関がひとつでもあれば、サービスとして成立しません。そのため、参加いただく事業者との交渉と調整が、最も重要なポイントでした。今回、伊豆エリアのすべての公共交通機関と話し合いを重ね、参加いただけることになりました。リアルタイムのルート検索をするためには運行データが必要ですが、交通機関によって管理システムが異なります。たとえばバスの場合は運行情報のデジタルデータがないということもありました。ほかにも地域公共交通会議で最適なルートを検討したり、参加事業者間の利益配分を議論したり。ひとつひとつを積み重ねることで4月1日のサービス・リリースに至りました。これからはより良いサービスにするために改善を重ねていく段階です」

地元住民の足としても機能する、

オンデマンド交通の可能性。

今回の実証実験では、AIを活用したオンデマンド乗り合い交通も導入されました。伊豆急下田駅周辺の対象エリアでは、7人乗りのジャンボタクシーが稼働していて、「Izuko」のアプリで乗車場所と降車場所を選ぶと、AIが近くにいる車両をリアルタイムでマッチングし、最適な走行ルートを決定してくれます。現在は観光スポットを中心に停留所を設置していますが、今後は病院や銀行、スーパーなどにも停留所を用意して、地元住民の足としても機能する仕組みを検討しているそうです。地元の方々の反応はどのようなものだったのでしょうか。

 

長束「実証実験を行うにあたって地元の方々に向けた説明会を開催しました。実は、集まってくださった16名のうち、半数はスマートフォンを持っていなかったんです。そこでドコモやソフトバンクなどのショップの方に来ていただいて、スマホの使い方を伝えるところから始まりました。そしてマンツーマンでアプリの使い方を説明したのですが、そういう過程もサービスを広めるうえで大切なことだと感じました。今回はオンデマンド交通の対象エリアが狭かったので、『これぐらいの距離なら歩くよ』という健康的なご意見もいただきましたが、対象エリアを広げたり、過疎地でサービスを展開する際には、より有効に機能すると考えています」

高齢化、働き方改革にあわせた、

「郊外型MaaS」のカタチ。

伊豆エリアにおけるMaaSの実証実験は「観光型」に力点を置く一方で、東急電鉄では、神奈川県たまプラーザ駅周辺で「郊外型MaaS」の実証実験も実施しました。働き方改革にともなうワークスタイルの変化や高齢化によるライフスタイルの変化、シェアリングエコノミーの浸透など、郊外住宅を取り巻く社会変化に対応するためのモビリティ実験です。その背景にはどのような課題があるのでしょうか。

 

長束「『郊外型MaaS』は東京、神奈川のニュータウンの未来を想定したプロジェクトです。ニュータウンというのは1960年代から70年代にかけて、当時の20代から30代の方々が中心に定住したエリアです。多摩田園都市地区の郊外住宅がまさにそうですね。人口減少が課題になっている国内事情を考えると比較的恵まれていて2035年までは流入人口数が増えるといわれています。しかし都市開発から約40年が経過して、高齢化が進んでいるのが現状です。ひとくちに高齢化といってもエリアによって抱えている内容は異なるんですよね。ニュータウンのようにある時期に多くの世帯が定住したエリアでは、40年後ぐらいから10年単位でいっきに高齢化の波がくる。今回実証実験を行ったたまプラーザ駅周辺は駅から住宅地域まで20分から30分ぐらいの距離があり、坂道や狭い道が多い。高齢者にとっては買い物をするのも大変です。一方でニュータウンは広い一軒家を立てることを想定して区画整理を行ったため、若い世代には高価な物件が多い。現在、若い世代も高齢者も住みやすいマンションなどを開発していますが、朝の通勤ラッシュの改善も課題となっています」

通勤ラッシュにはもう乗らない。

ハイグレードバスという選択肢。

1月下旬から3月下旬にかけて実証実験された『郊外型MaaS』では、ハイグレードバス、オンデマンドバス、パーソナルモビリティという3つのモビリティサービスが提供されました。それぞれどのようなサービスなのでしょうか。

 

長束「ひとつ目は通勤時間にたまプラーザ駅から渋谷駅までをWIFI搭載のハイグレードバスが運行する、快適な通勤手段の提供です。通勤ラッシュの時間帯に通勤している方には好評で、サービスが続くならこれからも利用したいという声が出ていました。ふたつ目は坂道が多い住宅街をオンデマンドバスが運行して、スマホで乗車予約ができるサービスです。こちらは既存バス会社と連携してルートを決めて運行しました。スマホで予約したら30分以内にバスが来る仕組みだったのですが、『もっと早く配車してほしい』『家の近くまで来て欲しい』という意見をいただきました。3つめはパーソナルモビリティといって、小型電気自動車のカーシェアリングです。こちらは車両自体の評判は良かったのですが、価格面とチャイルドシートをつけられない仕様になっていたことが今後の課題となりそうです。『ショッピングセンターに行く際や子供の送迎に便利』という声があがっていました」

街の資産や課題と向き合って、

オリジナルのサービスを築く。

世界で取り組みが進んでいるMaaSですが、その国のモビリティカルチャーによって形態は異なります。日本の首都圏では複数の交通機関を乗り換えて移動するヨーロッパ型に近く、一方で、地方は車社会のアメリカ型だと言われることも多いです。しかし、長束さんは、それぞれの街に合わせたオリジナルのモビリティサービスを考えることが重要だと話します。

 

長束「実証実験を通して感じたのは、日本と他の海外が違う、ということではなくて、実施場所が1km離れると求められるサービスが違うということです。同じ伊豆でも下田市と伊豆高原では約40km離れているのですが、東京から出発する場合、到着時間に1時間ぐらいの差が出てきます。すると伊豆エリアで最初に使う交通手段、宿泊施設の到着時間、その日に体験できるアクティビティなどが異なります。つまり、どういう旅に適した土地なのか、ということが変わってくるんです。そのプランは土地ごとに無数にあるわけですね。『郊外型MaaS』の場合も同様で、たまプラーザの場合は坂道が多いですが、平地であれば、オンデマンドバスよりもキックスクーターや自転車の方が移動手段として求められるかもしれません。「Mobility as a service」というのはサービスそのものが使いやすくないといけないので、その土地にあった最適な手段を用意することが大切になってくると思います。それぞれの地域が目指していく方向を明確にした上で、行政と協力したり、不動産開発とも連携をとって、その街のオリジナルのサービスを作っていくことが求められるのだと思います」

「Izukoを使ってお出かけください。」(長束さん)

それぞれの街が有する資産や課題を明確化し、利用者が使いやすいサービスを考えることが、「MaaS」開発の鍵を握っているようです。実証実験の利用者の声が反映されることで、「より楽しい旅」や「より快適な生活」が実現していくのではないでしょうか。伊豆の「郊外型MaaS」の実証実験は第一フェーズが6月まで、第二フェーズが9月から11月まで行わるので、ぜひ、体験してみてください。

 

 

伊豆をもっと便利に旅するアプリ。Izuko:https://izuko.info

編集後記

長束さんのお話を伺って、MaaSが身近にある暮らしが、すぐそこまで来ているのだと感じました。

海外に目を向けてみると、MaaS発祥の地、フィンランドの新興企業kyytiが、スーパーマーケットと組んでリテールMaaSを展開しようとしています。これはスーパーマーケットをモビリティハブとして、スーパーマーケットがMaaSオペレーターの役割を担うというものです。さまざまな形のMaaSを賢く使い分けるのが当たり前の時代がもうすぐやってくるかもしれません。

(未来定番研究所 菊田)