2019.06.07

プログラミングが必修化。Society5.0時代の教育とは。

世界各国で導入が進んでいるSTEM教育。STEMとは、Science, Technology, Engineering, Mathematicsの頭文字で、科学、技術、工学、数学の4つの学問の教育に力をいれることで、IT社会やグローバル社会に適応できる人材育成を目指す、21世紀型の教育システムです。2020年からは日本の小学校でもプログラミングが必修化されるため注目を集めていますが、STEM教育は子供たちの未来にどのような影響を与えてくれるのでしょうか。2002年からワークショップなどを通じてSTEM教育やプログラミング教育を推進してきたNPO法人CANVASの代表、石戸奈々子さんにお話を伺いました。

写真提供:CANVAS

Society5.0時代が到来。

コンピューターが基礎教養に。

そもそも、これからの時代においてSTEM教育やプログラミング教育が重要だと言われるのには、どのような背景があるのでしょうか。

 

石戸「新しい技術の発明は社会を大きく変化させてきました。いま、AI、IoT等の技術が牽引する第4次産業革命を迎えようとしています。これは、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く第5の文明刷新「Society5.0」でもあるとされていて、産業に留まらず社会、文化、暮らしの全場面に変革をもたらしうるものです。私たちの生活に目を向けると、仕事にも勉強にも買い物にも、コンピュータやネットが入ってきています。コンピュータが他の領域と違うのは、コンピュータが、四角いパソコンを超えて、小さくバラバラになり、あらゆるモノ、分野、環境に溶け込み、定着し、それらを制御するものとなっていることです。そのためコンピュータの原理原則を知ることは、これからの時代に必要な基礎教養となるんですね。「よみかきプログラミング」の時代です。小学校でプログラミングが必修化されるのには、そのような背景があります」

暗記・記憶型の教育から、

創造的で多様性のある教育へ。

これまでの教育は工業化社会にあわせた人材育成モデルだったと石戸さんは話します。では、Society5.0時代にはどのような教育が求められるのでしょうか。

 

石戸「これまでの教育では知識を記憶・暗記することに評価の力点が置かれていました。これは、画一的な知識体系を教え込むことが求められた工業化社会においては極めて効率的な教育システムで、日本は世界に誇る教育を作り上げ、高度成長を成し遂げました。けれども時代が情報化社会、知識社会、創造社会にシフトするに従って、これからの子供たちに求められるのは、世界中の多様な価値観の人と協働しながら、新しい価値を創り出していく力だと思います。つまり、テクノロジーもツールとして使いこなしながら、コンピュータには代替できない創造力とコミュニケーション力を発揮することです。CANVASでは、そんな子供たちがたくさん出てくれることを目指して活動を続けてきました」

デジタル教育の道を、

すべての子どもたちに。

CANVASでは子供たちのために多様なワークショップを展開するとともに、全国から選りすぐりのワークショップを紹介する博覧会イベント「ワークショップコレクション」の運営も行なっています。しかし石戸さんが当初から目指していたのは、学校への導入でした。

11月7日(火)東京大学にて開催された『プログラミング教育の最初の一歩~未就学児のからの楽しい学びの作り方~』シンポジウムの様子

石戸「私たちのゴールは、すべての子供たちにいまの時代にあった学びの環境を届けることです。ですので、2002年設立当時から学校への導入を願っていました。しかし、創造力やコミュニケーション力を育む活動に対する理解が得られにくく、また、子供たちがデジタル技術を使うことに対する拒否反応も多く、学校への導入は当時はハードルが高く感じました。携帯電話を持たせないように規制する流れもありましたので。CANVASを始めた頃に世界中の子供向けの施設を視察してきたのですが、欧米では地域活動として、子供たちの創造力や表現力を育む学びの場が充実しているんですよね。子供たちの生活を考えると、実は学校にいる時間よりも放課後の時間の方が長い。そこで課外活動としてワークショップを始めました。でも、どんなに頑張っても約50万人にしか届かない。子どもたちは1000万人いるわけで、学校に入っていくことが悲願でした。転機となったのは2010年。当時、デジタル教科書教材協議会(DiTT)を立ち上げて提案したデジタルランドセル構想が政府に受け入れられて、2020年までに一人1台パソコンを持って学習する環境を整えることが政府の目標として掲げられました。それは、デバイスを導入することが目的なのではなく、テクノロジーを活用して、記憶・暗記型から思考・創造型の学びに変化させるということで。ようやく、これまで学校外でやってきたことが学校の中でも取り組むことができる、大きな変化だったと思います」

プログラミングを通して、

主体的に学習する能力を伸ばす。

2020年からプログラミング教育が導入されますが、石戸さんは著書「デジタル教育宣言」のなかで、「プログラミングを学ぶ」ことでななく、「プログラミングで学ぶ」ことが大事だと伝えています。これはプログラミングを通して「創造的に考えること」「新しい解決策を生み出すこと」「協働すること」などの、「学ぶ姿勢」を教育するということ。

 

石戸「プログラミング教育の導入というのは、プログラミング言語をマスターすることが目的ではないんですよね。小学校では、プログラミングの体験を通じて、身近な生活の中でコンピュータが活用されていることを知り、そして、問題の解決には必要な手順があることを学び、コンピュータをよりよい人生や社会づくりに生かそうとする態度を身に付けることを目指しています。大事なことは、たとえどのような職業についても汎用的に使える力を育むことです。そもそもいま使われているプログラミング言語は10年後使われているかわからないですからね。今日の常識は10年後の非常識かもしれない、それぐらい目まぐるしく変化する時代を私たちは生きています。その中で大事なことは、生涯にわたって学び続ける力だと思います。プログラミング教育を先行導入した学校の先生からは『子供たちが実際に作りながら試行錯誤するので、主体的に学習する態度が育まれた』と言われることが多いんですよね。それが大事なポイントで、自ら学ぼうとする意欲が育まれる学びこそが、よい学びだと思うんです」

好きなことが見つかるように、

多くの選択肢を用意してあげる。

CANVASのCI。テーマは「みんなでつくるCI」。 

石戸「私たちは色々なワークショプのカリキュラムを用意していて、国語、算数、理科、社会などの内容が含まれているものから造形や身体表現など、様々なものがあります。人によって自分の好きなことや得意なことは違いますよね。音楽で表現することが得意な子もいれば、文字で表現することが好きな子もいる。一つでも二つでもいいから好きなことや得意なことと出会えるのは幸せなことです。入り口が何であれ、すべてのことは繋がっているので、そこから自分の世界を広げていけばいい。だからできるだけ選択肢を用意することで、子供たちが好きなことに出会えたらいいなと思っています」

 

学歴社会から学習歴社会へ。

評価基準も変わっていく。

暗記・記憶型の教育から創造的で多様性のある教育にシフトするということは、生徒の評価基準についても考え直す必要がありそうですが、今後、どのようになっていくのでしょうか。

 

石戸「私たちが学校外で協働する力や創造力の重要性を伝えていたときに、学校側から難しいと言われた理由の一つが評価でした。思考力、創造力、問題解決力、協働する力など、21世紀型スキルと言われているものの多くが、定量的に評価しにくいものなんです。では、それをどう評価するかというのはとても難しい課題なのですが、たとえばMITメディアラボでは、子供たちが作る作品や制作課程などをポートフォリオで評価することを推奨しています。これからの時代は、学歴社会ではなく学習歴社会ではないか、という議論があります。子どもたちの学習の履歴はテクノロジーを活用することで詳細に記録することができるので、一発勝負の入試よりも学習履歴で評価する方が、その子の正当な学習状態を測れますよね。」

時代に合わせて変化することは大切なことではありますが、プログラミング教育などはじめてのことに対する不安の声はないのでしょうか。

 

石戸「プログラミングが必修化するにあたっては、不安の声も確かに聞かれます。プログラマーを育成するのか?といったことをたまに聞かれるのですが、そのような専門的なことをするわけではないんですよね。例えば、国語の授業があるからといって、みんなが作家になるわけではないし、体育の授業があるからといって、みんながスポーツ選手になるわけではないですよね。それと同じです。先生方からも、自分たちが取り組んだことのないことを教えることへの不安の声もあります。2002年にCANVASを始めた頃は、プログラミング教育のワークショップは、実はあまり人気がありませんでした。でもある時期からすごく人気が出てきました。それまではキーボードで打ち込むコンピュータは普通の人にはハードルの高いものでした。スマホやタブレットの普及によりコンピュータが身近になりました。コンピュータが人間に近づいてきたのです。だからこそその重要性の認知も広がったのではないかと思います。プログラミングも同様です。これまではプログラミングというと難しい英数字を打ち込む専門家にしかできない領域のものだと思われていました。しかしいまではブロック遊びをするようにプログラミングができるようなツールも多数生まれ、マウス操作ができるだけでプログラミングをすることができます。インターネット上で無料で見ることができる初心者向けのチュートリアルもたくさんあります。プログラミングは難しい!と思わずに、まずはやってみてもらえるといいなと思います。」

 

学校、家庭、企業、地域が、

一体となって学習環境を築く。

石戸「私はプログラミング教育の導入が、『開かれた学校づくり』のきっかけになると良いと考えています。先生が、企業や地域団体とも協力して、色々なリソースを組み立てていく役割を果たしてくれるとよいなと思います。授業においても、先生はファシリテイターの役割がより求められるようになると思います。知識を伝達する部分は動画等を活用しながら、先生は、議論を促して子どもたちの理解を深めたりなど、人間にしかできない子どもとの向き合い方に時間を割けるようになるといいと思いますね。これからの時代の学びというのは、先生がすべてを背負うのではなく、学校も家庭も企業も地域も一体となって新しい子供達の学習環境を作っていくことが大事だと思っています」

 

AIやブロックチェーン、VRなどの技術革新が進むこれからの時代には、個々に合わせた多様な学びを提供することが可能になっていくだろうと、石戸さんは話します。石戸さんや有識者が集まって立ち上げた超教育協会では、まさにソサエティ5.0時代の教育環境の在り方を根本的に考え直しているそうです。教科の枠組みや入試制度、1つの学校に通い続けることなど、それらの仕組みはこれからも本当に成立するのか……。デジタル時代の教育改革は、まだ始まったばかり。議論が活発に行われることで、子供たちの未来が開かれていくのではないでしょうか。

 

遊びと学びの秘密基地 CANVAS:http://canvas.ws

Profile

石戸奈々子/NPO法人CANVAS理事長、株式会社デジタルえほん代表取締役、慶応義塾大学教授。

東京大学工学部卒業後、マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員研究員を経て、NPO法人CANVAS、株式会社デジタルえほん、一般社団法人超教育協会等を設立、代表に就任。総務省情報通信審議会委員など省庁の委員多数。NHK中央放送番組審議会委員、デジタルサイネージコンソーシアム理事等を兼任。政策・メディア博士。

著書に「プログラミング教育ってなに?親が知りたい45のギモン」(ジャムハウス)、「子どもの創造力スイッチ! 遊びと学びのひみつ基地CANVASの実践」(フィルムアート社)、監修に「さわって学べるプログラミング図鑑」(学研プラス)など。

編集後記

「小学校教育においてプログラミングが必修化される」というニュースが報じられても、どこか他人事のように思っていました。しかし石戸さんのお話を伺って、プログラミングをはじめ「STEM」領域の学びは子ども達だけでなく、変化の目まぐるしい世界をこれから生きていくすべての人にとって必要なものだ、と考えを改めさせられました。

大人も子どもも、一緒に学べる場がこれから求められてくるのかもしれません。

(未来定番研究所 菊田)