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  • 「応援消費」のこれから。消費と応援が結びついた新しい社会を読む。

2026.02.11

「応援消費」のこれから。消費と応援が結びついた新しい社会を読む。

ここ数年、応援を通じて何かを支える行為は、誰にとっても身近な習慣になりました。一方で、その熱量に疲れを感じたり、応援の対象や方法を見失ったりする人も増えているように思います。

 

以前よりも日常に溶け込んだからこそ、応援との距離の取り方が改めて問われているのかもしれません。そこで今回は「応援はどこへ向かうのか」という問いを手がかりに、その行方とそこから生まれる新たな関係性や可能性を目利きたちとともに探ります。

 

ふと手にとった商品が、誰かの未来を支える一助になる。現代の私たちの生活には、好きな対象に情熱を注ぐ「推し活」や、社会の正しさに一票を投じる「エシカル消費」といった、買うことで誰かと繋がる「応援消費」が溶け込んでいます。

 

なぜ私たちは「誰かのために」という願いを、消費という行為に込めるようになったのでしょうか。目に見えない「贈与」の温かさと、無機質な「交換」の経済。その狭間で揺れ動く応援消費の姿を、研究の第一人者である東京都立大学教授の水越康介さんのお話から読み解きます。

 

(文:末吉陽子/イラスト:わじまや さほ)

Profile

水越康介さん(みずこし・こうすけ)

1978年生まれ。東京都立大学経済経営学部教授。神戸大学経営学部卒業、神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(商学)。専門は市場戦略論(マーケティング論)、インターネット・マーケティング。2019年より現職。著書に『ソーシャルメディア・マーケティング』(日本経済新聞出版社)、『応援消費の謎 贈与・消費・寄付・ボランティア』(碩学舎)、『マーケティングをつかむ[新版]』(共著、有斐閣)、『応援消費 社会を動かす力』(岩波書店)など。

震災とコロナ禍で変わった

支援よりも軽やかな「エール」の形

F.I.N.編集部

まず、消費を伴わない応援と、消費を伴う応援の違いについて教えてください。

水越さん

大きくいうと、消費を伴わない応援は寄付やボランティア、あるいはシンプルな「頑張って」という声援のように、支援の気持ちをそのまま行動に移すものです。一方で消費を伴う応援は、「買う」という消費行動そのものが応援になる、という点が特徴です。もともと経済構造とは関係のない「支援行動」と、生きるために不可欠な「消費行動」は別々に存在していましたが、それらが最近になって繋がってきました。

F.I.N.編集部

日本では、何がターニングポイントになったのでしょうか?

水越さん

1つ目のターニングポイントは、2011年の東日本大震災の頃です。国も「買って応援しよう」というメッセージを発信するようになり、消費と応援の結びつきが目立つようになりました。

 

いま振り返ってみると、影響力があったと感じるのは、お笑い芸人の宮川大輔さんが出演しているテレビ番組『満天☆青空レストラン』(日本テレビ)です。被災地の食材や被災した農家を取りあげて、「お取り寄せして買ってあげてください」と、いわば応援消費マーケティングを行っていました。

 

2つ目は、コロナ禍です。ステイホームで外出自粛を余儀なくされ、レストランから足が遠のいたことで、これまで飲食店に卸されていた野菜や農作物の行き場がなくなってしまいました。農家さんが非常に困っているという状況が連日ニュースなどで報じられ、消費者が応援購入するケースが増えました。

F.I.N.編集部

たしかに、震災とコロナ禍は「何かしたい」と思っても、現地に行ったり継続的に関わったりするのが難しい状況でもありましたよね。だからこそ「買う」という行為が、応援の入口として機能した、そう理解すると腑に落ちます。「支援」と「応援」は意味としては近いものの、支援が「困りごとに対して積極的に手を差し伸べる行為」だとすると、応援は「気持ちを添えて背中を押す行為」に近い気がします。結果として、応援の方がより軽やかに取り組める行動として受け取られやすいのではないでしょうか。

水越さん

そうですね。おっしゃるとおり、「支援」と「応援」では心理的ハードルが違うと思います。「支援」と言われると、どこか重く感じます。 例えば「支援に来てください」といわれると、自分が責任を持って何かを成し遂げなければならないようなプレッシャーを感じてしまいそうです。でも「応援」なら、「頑張れ」と心のなかで祈るだけでもいいし、東北の食べ物をちょっと買うだけでもいい。

 

「応援」という言葉になったことで心理的なハードルが下がり、重く捉えすぎずに「自分にできる一歩」を踏み出しやすくなったからこそ、応援消費がこれほど広まったのかもしれません。

「応援したい、けれど得もしたい」

グラデーションに浮かびあがる人間の本質

F.I.N.編集部

応援消費はどのようなものなのか、もう少し伺ってみたいです。「誰かを助けたい気持ち」「物を買う行為」が、なぜ同時に成り立つのでしょうか?

水越さん

応援は、基本的には見返りのない「贈与」に近い行動で、社会のベースにあるものです。一方で、助けてもらうと「ありがとう」と答えねばならないと思うし、お歳暮や年賀状をもらえば「返さないと悪いな」という気持ちになりますよね。これが人類学などでいう「互酬性(ごしゅうせい)」であり、交換の原型のようなものです。

 

この互酬性を元に現代社会は交換行動が成立しており、「もらったんだから返しましょう」「お金を払ったんだから物をください」という制度になりました。交換の方が合理的ですし、相手の行動も予測できるので、社会としては都合がいいんです。現在の社会の多くは、この交換行動がシステムとして強固に作られています。

 

このシステムのなかに、「誰かを助けてうれしい」という贈与の気持ちと、「物を買う」という消費行動を繋げる「応援消費」という話が入ってきているのだと考えています。

F.I.N.編集部

ふるさと納税は、まさにその「贈与」と「交換」のグラデーションのなかにありますよね。

水越さん

そうなんです。制度が始まった当初は、「自分の故郷を応援したい」という非常にピュアな気持ちを「寄付」という形で届ける、純粋な贈与に近いものを期待されていました。 ところが、気づけば多くの人が「どの自治体なら豪華な返礼品がもらえるか」を基準に選ぶようになり、本来の目的よりも、実質的な「物の売り買い(交換)」の側面が強まってしまいました。

 

こうした変化に対し、「本来の趣旨から外れている」という批判も多いのですが、実はこれこそが人間の本質的な姿でもあるんです。人間という生き物は、誰かを助けたいという純粋な「贈与」の気持ちも持っていますが、同時に「どうせあげるなら、自分も何かもらえたらうれしい」という欲求も捨てきれません。 贈与というものは、時間の経過とともに、何らかの形で見返りが発生する交換や、お返しをし合う互酬の状態へと自然に流れていく傾向があります。

 

ふるさと納税で起きた逆転現象は、制度が歪んだというよりは、「応援したいけれど、得もしたい」という人間の抗えない本性が、制度の仕組みによって浮き彫りになった結果だと捉えることもできる。そう考えると、非常に興味深い現象だといえますね。

10年後の応援消費は

「なお良く生きる」ための羅針盤に

F.I.N.編集部

応援消費と聞いてイメージしやすいのは「推し活」ですが、どのようなタイプがあるのでしょうか。

水越さん

大きく2つのタイプがあります。1つは「推し活」、もう1つは「エシカル消費」です。推し活がこれほど熱狂的になったのは、SNSによる「面識のない相手に対して、一方的に親密さを感じる心理的な関係」の構築が大きいです。

 

SNSでアイドルの日常が見えることで、ファンは一方的でありながら「相手とわかり合っている」ような感覚を抱きます。この疑似的な距離の近さが、「自分が支えなきゃ」という強い当事者意識と応援消費を促進しているのです。推し活系はとにかく強度がすごく高く、持続的です。ファンは「推しを起用した企業は正しい、ありがとう」と声をあげ、自分の買い物を推しの成功に直結させて考えます。

 

一方で、人や社会、環境に配慮したエシカル消費は震災支援なども含め、「直後は寄付するけれど、1回だけ」というように持続性が低い傾向にあります。

F.I.N.編集部

エシカルなものがいいとはわかっていても、値段が高いとつい安い方を選んでしまう……。そんな自分に矛盾を感じる人も多そうです。

水越さん

それは日本特有の「デフレ感覚」が影響しているかもしれません。日本では長年、100円と110円をシビアに比べるような「10%の差」に非常に敏感な時代が続きました。しかし、最近はインフレ化してきているので、金額に大きな差がなければ、あまり気にしなくなる可能性もあります。

F.I.N.編集部

では、企業が応援されるためには、どのような姿勢を持つべきでしょうか。

水越さん

短期的なマーケティングとしてアイドルを活用するだけでは不十分です。売上をあげたいという下心を前面に出しても、今の消費者は付いてきません。これからの企業には「真・善・美」、そして「オーセンティシティ(本物らしさ)」が求められます。「この企業は本当に社会を良くしようとしている本物だ」と感じた時に、初めて顧客の支持が集まります。

 

たとえば、障害者アートをプロデュースしている企業がありますが、彼らの戦略は非常に賢明です。アートを一般消費者に売る(BtoC)だけでなく、航空会社などの大企業と組んで機内のアメニティーに採用してもらうといった「企業間取引(BtoB)」を重視してきました。消費者に直接訴えかけると、「社会貢献の道具にしている」といった誤解や炎上のリスクが伴うこともありますが、信頼ある企業と組むことで、ブランドの価値をスマートに、かつ確実に高めています。

 

飲料パッケージを手掛ける企業の例も非常に面白いです。自社の容器を使うだけで、それを利用している飲料メーカーも「私たちは森林保全に貢献しています」というマークを商品に表示できる仕組みを作っています。商品の売上の一部が、森林保全活動に寄付される仕組みです。

 

このように、誰もが気負わずに応援のサイクルに加われる「窓口」をデザインすることが、これからの企業には求められていると思います。

F.I.N.編集部

最後に、5年先、10年先の未来、私たちの「応援」はどうなっているでしょうか。

水越さん

応援も支援も、人間の本質的な行動としてなくなることはないでしょう。哲学者の柄谷行人氏は、「経済的な『交換』と温かい『贈与』が合体した新しい社会が未来の姿だ」と説きました。私は、今の応援消費こそがその「未来の予兆」だと考えています。

 

5年先、10年先、応援は特別なことではなく、社会の当たり前なインフラになっているはずです。今日の買い物が誰かの未来を支える1票になる。そう自覚して財布を開く人が増えるほど、社会は少しずつ、温かい場所になっていくのではないでしょうか。

【編集後記】

「応援消費」という言葉は、どこか特別な行動のようにも聞こえますが、取材を通して見えてきたのは、むしろ私たちの日常そのものでした。

「人は何かを応援したいけれど、得もしたい」。 水越さんの示唆に富んだこの言葉は、私個人としてだけでなく、百貨店に身を置く立場としても目を背けられないと感じました。では、どんなかたちであれば、消費して終わりではなく、無理なく、気持ち良く関われるのか。今回の取材はその手がかりを与えてくださったように思います。

(未来定番研究所 榎)